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第24話:ハーフヴァンパイア

「さあ、皆さんお召し上がりください。コカトリスの肉を使った料理は最高のごちそうですよ」


 大テーブルを埋め尽くす大量の肉料理を前に、ダンディーは両手を広げ、朗らかな声でそう言った。


 頑丈な鱗に覆われたコカトリスはさばくのに一苦労するのだが、エリザベートの鋭利な爪と、ダンディーの怪力の前では普通のニワトリとなんら変わらない。


 一時間足らずで焼肉、香草詰め、スープなど様々な形に加工された。

 それだけではなく、森の素材をふんだんに使ったフルーツの盛り合わせなども用意されている。

 大貴族の食事だって、ここまでの料理は出されないだろう。


「おお、これは美味そうだ。では遠慮なくいただくとしよう」


 最初に手……足を伸ばしたのはハイエースだった。

 ハイエースは器用に大皿から、肉や野菜を大量に取っていく。


「馬なんだから草でも食べてればいいのに……」

「黙れ。私は馬では無く聖獣ユニコーン。よって、肉を食うのは当たり前なのだ」


 アナスタシアの突っ込みを無視し、ハイエースはコカトリスの肉をモリモリ食べていく。

 ちなみに突っ込みを入れたアナスタシアも、自分の皿に目一杯肉を盛りつけていた。


「君達、少しは遠慮とかしないわけ?」

「もちゅ」


 一方、シュヴァルは少量の肉と、野菜をメインに取っていた。

 モチョはシュヴァル達の足元で、皿の上に盛りつけられた山菜を美味しそうに齧っている。


「いえいえ、シュヴァルさんもたっぷりお召し上がりください。少々作りすぎてしまいまして、まだ半分以上コカトリスの肉が余っているので、保存加工しないとならないくらいですよ」

「そうそう。私もたくさん食べる方だけど、お客様相手に張りきり過ぎちゃったわねぇ」


 エリザベートが照れくさそうに笑いながら、シュヴァルの頭より大きな肉塊を一口で丸のみにした。

 この奥さんだったらコカトリス一体くらい余裕で平らげられるのではと思ったが、虎の尾を踏む危険があるのでシュヴァルは黙っていた。


「ねえねえ、あんた達って人間の街から来たのよね? どういう所? 可愛いお洋服とか、アクセサリーとかあるの?」


 不意に話しかけられ、シュヴァルは振り向いた。

 すぐ横に座っていたアルマが、シュヴァルを見上げながらそう聞いてきたのだ。


「僕が今住んでる場所は比較的大きな街だから、そういうのもあるよ。でも、僕自身は研究ばっかりで、あまり街の散策とかはしてないんだけどね」

「ふーん、あの首輪の変な子とか、ああいうファッションが流行ってるの?」

「アナスタシアです。あと、これはファッションじゃなくて……あ、やっぱりファッションかも」


 おしゃれ的な物ではないが、アナスタシア自身が可愛い奴隷ちゃんを演じるために装着しているパーツなので、ファッション奴隷という意味では合っている。


「ふーん、ちょっと興味あるわね」


 そう言いながら、アルマは小皿に取り分けたフルーツサラダをちまちまと食べていた。

 肉には全く手を付けていない。


「アルマ、好き嫌いしないで肉もちゃんと食べなさい。ニンニクをたっぷり使っていて美味いぞ?」

「やだ! パパ嫌い! 吸血鬼っぽくないし、ニンニク臭いし!」

「子供の頃からバランスのよい食生活をと思っているのですが、アルマはなかなか言う事を聞いてくれなくて。外遊びも嫌いで、見ての通り色白で小柄ですし」

「それはまぁ、個性とかもあるので無理強いはしない方が……」


 どう思います? という感じでダンディーから話を振られたので、シュヴァルはお茶を濁した。

 吸血鬼のハーフなんだから、ニンニクだの昼間の外遊びなんかしたくないのだろう。


「ほら、シュヴァルもこう言ってるわよ。私、血なまぐさいの嫌いだもん」


 シュヴァルの返事に気を良くしたのか、アルマはにっこり笑う。

 それだけ見ると愛らしい猫耳少女にしか見えないのだが、何せあの両親の娘なので油断は出来ない。


「じゃ、ごちそうさま」


 アルマは小皿に取り分けた自分のフルーツサラダだけを食べると、そのまま椅子から降りる。


「アルマ、今日はお客さんをおもてなしする日だって言ったでしょう?」

「ママとパパがやればいいじゃない。私、昼間に起こされて眠いのよ。コカトリスだって獲ってきたし」


 アルマは背を向け、さっさとリビングから出ていこうとしたが、両親に呼び止められてめんどくさそうに答える。それと同時に、アルマの視線が一か所に釘づけになる。アルマは、アナスタシアの方を見つめ、しばらくじっとしていた。


「あの……何か?」

「……別に。じゃ、私はまた寝るから」


 アナスタシアの問いかけには答えず、そのままアルマは部屋を出て行ってしまった。


「申し訳ありません。なにぶん、あの子は生まれも育ちもずっとこの森でして、私達以外は魔獣くらいしか知らないのですよ。どこかで一般常識を学ばせたいとは思っているのですが」

「でも、元気そうなお子さんでいいじゃないですか」

「シュヴァルさんはお優しい方ですな。やはり、一人っ子だからわがままなのでしょうかね。やはり、ここらでもう一人くらい妹か弟が必要かな?」

「あらやだ、あなたったらお客さんの前で!」


 エリザベートは照れ臭そうに剛腕をダンディーに振るう。人間でいうと「やだもー」みたいな感じでぺしっと叩いたのだろうが、人間なら首がねじ切れているだろう。

 もっとも、ダンディーは、はっはっはと笑っていたが。


 ダンディーとエリザベートは存在は非常識ではあるが、中身はアナスタシアたちよりよほど常識人だったので、何だかんだ言いつつ楽しい会食となり、気がつけば太陽が西の空に沈む時間になっていた。


「随分と遅くなってしまいましたな。今日はうちに泊まっていってください。部屋はどれも綺麗に清掃してありますし、沢山あるのでお好きな所を使ってもらって構いませんので」

「お気遣いありがとうございます。では、そうさせてもらいます」


 シュヴァルは素直に好意を受け取ることにした。


 吸血鬼と野獣の住処に泊まる事になるとは予想だにしていなかったが、大分警戒心は薄れていたし、夜の魔の森に今さら出ていく勇気もなかったからだ。


 そうして、エリザベートは食事の後片付けをし、ダンディーは、シュヴァル、アナスタシア、ハイエース、そしてモチョ達を二階へ案内した。ちなみにモチョは足が短いので、アナスタシアが両手で抱えて運んだ。


「元々使用人の屋敷だったので、どの部屋も作りは一緒です。お好きな場所をどうぞ。我々一家は一階に住んでいますから、何かあればお気軽にお声掛けを」

「あれ? でも、アルマさんは二階から降りてきましたよね?」


 アナスタシアがそう聞くと、ダンディーは溜め息を一つ吐いた。


「仰る通りです。ここ百年ほど、あの子は二階の一番奥で寝ているんですよ。小さい頃はパパのお嫁さんになると言ってくれた可愛い娘だったのですが、そろそろ自立心が芽生えているのかもしれません。娘の成長を喜ばしいと思いますが、同時に寂しくもあります」


 至極まっとうなパパっぽい意見を述べられても、シュヴァルもアナスタシアも、もてない男の気持ちしかわからないので、そうですね、とだけ答えた。


 そうしてダンディーが一階へ降りていくと、シュヴァル達は部屋割りを相談する事にした。

 その中で、アナスタシアだけは、神妙な表情をしていた。


「シュヴァル、私は今日、人間をやめるかもしれない」

「君が人間かどうか微妙なラインだけど、いきなり何を言い出すんだい」


 突如アナスタシアがよくわからない事を言い出したので、シュヴァルもよくわからない突っ込みを返した。


「ほら、昼間に猫耳ハーフヴァンパイアとかいうあざとい属性持ちの美少女が、私の事をじっと見てただろ?」

「ああ、アルマさんの事ね」

「あれは、この究極の美少女である私を、生贄として選んだんだと思う。だからきっと今夜、あの娘は私の血を吸いに来ると思う」

「でも、あの子は血なまぐさいの嫌いって言ってたじゃないか」

「それは嘘だ。だってあの子は半分は吸血鬼なんだぞ? 本当は血に飢えているに違いない。でも、両親がああだから、真の吸血鬼として覚醒出来ずもやもやしているんだ。そこに、この生贄に相応しい奴隷美少女のアナスタシアちゃんが来てしまったってワケ」

「勝手に設定作られても、アルマさんも困っちゃうんじゃないかな」


 アナスタシアのクソ長い説明台詞に対し、シュヴァルは端的な意見を述べた。

 だが、そこで考えを曲げるアナスタシアではない。


「そういうわけだから、私は今日、吸血鬼の眷属になるかもしれない。新たな属性を得られるチャンスだ。ハイエース、私があざとい猫耳吸血鬼に襲われても、絶対に助けに来るなよ?」

「安心しろ。助けん」

「それはそれで腹立つが、まあいいや。じゃあ、おやすみなさーい!」


 アナスタシアは手近な部屋に飛び込むと、早速ベッドに潜り込んで目を閉じた。

 ベッドに入って数秒と経っていないのに、すうすうと可愛らしい寝息を立て始める。


「もう寝たのかな?」

「いや、あれはハッタリだ。眠っているフリをして、あの娘が来るのを待っているのだろう」


 ハイエースは呆れたようにそう言うと、自分も適当な部屋を選んで入っていった。

 相変わらず、馬小屋で寝る気は無いようだった。


「はぁ……今日は疲れたな。僕も休ませて貰おう」


 シュヴァルもあくびをかみ殺し、ハイエースの隣の部屋を借りることにした。

 いざとなったら即座にハイエースの部屋に救援を求めるためである。


 ハイエースは満腹になったせいかすぐに爆睡し、シュヴァルも、綺麗に整えられた柔らかいベッドに包まれ、昼の疲れも相まってすぐに眠りに落ちた。


 ただ一人、アナスタシアだけが興奮して寝付けなかった。

 吸血鬼というチート属性を得られる可能性があるのだから、なかなか眠れないようだった。

 外見だけなら、サンタさんのプレゼントを待っている子供のようだ。


 それから一時間ほど経つと、きぃ、という小さな音と共に、アナスタシアの部屋に何者かが入り込んで来た。アナスタシアはキター! と叫びたい気持ちで一杯だったが、頑張って寝たふりを続行する。


「ふふ……可愛らしい寝顔ね」


 アナスタシアの予想通り、ハーフヴァンパイアのアルマは、闇の中で楽しそうに笑った。

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