第23話:吸血鬼と野獣の娘
シュヴァル達が案内された部屋は、かつてこの城の使用人が使っていた屋敷のリビングだった。
想像していたよりもはるかに人間らしく……いや、人間の住処よりずっと温かみがあった。
テーブルや椅子などはさすがに年季が入っており、ところどころ修繕した後があるが充分使える。
恐らく、ダンディーが自作した物もあるだろう。長年愛されて使われてきた独特のにおいがあった。
暖炉には薪がくべられ、パチパチとはじける音が心地よい。
「普段、私達一家はいつもここで食事をとっているのですが、広々しすぎていましてね。今日はお客さんが沢山で、にぎやかになりそうだ」
ダンディーは楽しそうな笑みを浮かべ、そう言った。
もともと使用人が何十人も使っていたであろうリビングはとても広く、ハイエースも余裕で入れる。
ただ、巨体のエリザベートはドアを通る時、多少かがむ必要があるらしいが。
「じゃあ、あなたはお客様の相手をしていてちょうだい。ごめんなさいね、お客様が来るなんて想像もしてなかったから、とりあえずはハーブティーでも飲んでくつろいでいてください」
エリザベートが穏やかな声でシュヴァルに話しかけ、ティーセットを抱えて戻って来た。
全員分をトレーに載せているが、エリザベートがでかすぎておもちゃみたいに見える。
「いえ、お構いなく」
「何をおっしゃるんです。今日はごちそうを作らないとならないわね。ちょっと娘と森に食材を集めにいきますから。アルマ! アルマ! いつまでも寝てないで起きてきなさい!」
エリザベートが二階の階段に向けて大声を出すと、しばらくして、とたとたと軽い足音が聞こえてくる。
「ふぁ……うるさいなぁママ、まだお昼じゃない……」
二階から瞼をこすりながら眠そうに降りて来たのは、愛らしい少女だった。
綺麗な銀の髪を無造作に伸ばし、瞳は深紅色。
外見だけ見ると、アナスタシアより少しだけ背が高く、どこか勝気そうな雰囲気だ。
だが、彼女には人間ではない事が分かる特徴があった。
髪の合間から、猫のような耳が生えているのだ。さらによく見ると、お尻からふさふさの尻尾が生えていた。彼女は気だるげにリビングに入ってくると、その耳と尾をぴんと立てた。
「パパ、ママ、その……変なの誰?」
吸血鬼と野獣の娘――アルマと呼ばれた少女は、シュヴァル達一行を『変なの』と呼んだ。
冴えない男、首輪を付けた異様に可愛らしい幼女、頭に一本角の生えた馬、あと丸い鼠という、統一性のない変な連中なのだから仕方ない。
「アルマ! この人達は、わざわざ私達を訪ねて来てくれたお客さんだぞ。失礼な事を言うんじゃない」
「だって、変なんだもん」
ダンディーが咎めると、アルマはぷいっとそっぽを向いた。
シュヴァルとしても、特に否定する気持ちになれなかったので、ダンディーに気にしないでいいと首を振った。
「アルマ、今日はお客さんをおもてなしするから、森でちょっと食材を取ってきてちょうだい。ママは野草を摘んでくるから、アルマは……そうねえ、コカトリスを仕留めてきて貰えるかしら」
「こ、コカトリス!?」
「あら? 何か? コカトリスのお肉はとっても美味しいですよ。それとも、お肉は苦手かしら?」
「いえ、そういう訳では無くて……」
シュヴァルは吃驚した。
エリザベートが「ちょっとお皿を出してきてちょうだい」のノリで、口に出した狩猟対象コカトリスは、ニワトリに似た頭と、ドラゴンのような身体を持つ怪物だ。
肉は美味。各部位も色々な素材として優秀ではあるのだが、恐るべき猛毒を持ち、並の冒険者では歯が立たない。
「しょうがないなぁ。じゃあ、私ちょっと狩ってくるから、三十分くらい待ってて」
「いいんだ……」
アルマがあっさりオーケーするのを見て、シュヴァルはもう突っ込むのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
ダンディーと、同等の実力者であるエリザベートの娘なんだから、それくらい楽勝なのかもしれない。
「というわけで、もてなしの準備は妻と娘に任せて、我々は少し歓談でもしようではありませんか。後で、一家交えてお食事をしましょう」
エリザベートとアルマが連れ立って出ていくと、ダンディーはシュヴァル達をテーブルに誘う。
シュヴァル達も、大人しくテーブルに座る。
なお、ハイエースも馬の癖に人間のように二本足で椅子に座っている。
モチョは行儀よく床で待機し、熱いものが飲めないので皿から水を舐めていた。
「先ほどは失礼しました。アルマ……ああ、本名はアールマティーと言うのですがね、500歳で少々反抗期が来ているのか、最近は私のいう事をあまり聞かなくて困ったものです」
「しかし美しい娘だな。父親に似たのだろう」
ハイエースがその巨体をテーブルに前のめりにしながら、ダンディーに話しかけた。
両前足の蹄で器用にティーカップを持ち、いい香りのするお茶を飲んでいる。
シュヴァルもおっかなびっくりという感じで口を付けたが、フルーツのような香りのするそのお茶は、温かさと安らぎを心にもたらしてくれる。
「いえいえ、美しいのは妻に似たからでしょう。私としては目に入れても痛くないほど愛しい娘ですが、最近はわがままで、お客様に失礼な働きはしますし」
「いやまぁ、確かに変なのは事実なので……って、どうしたの、アナスタシア?」
シュヴァルがダンディーに相槌を打っていると、アナスタシアはお茶には手を付けず、ティーカップをじっと見つめていた。
「くっ……! あざとい美少女がまた現れてしまった……私も猫耳を実装する機能をそのうち付けよう」
ぶつぶつと呟くアナスタシアは放っておき、シュヴァルは再びお茶を飲んだ。
「しかし、本当に美味しいお茶ですね。今までの疲れが取れるようです」
「はっはっは、喜んでいただけて何よりです。エリザベートの淹れてくれるお茶は最高なのですよ。ご馳走できる相手が出来て張りきっていましたよ」
ダンディーもそう言いながら、優雅にお茶をすすっていた。
魔の森の中とは思えない、窓から差し込む温かな光が、彼を照らしている。
「あの、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「吸血鬼は、日光が苦手なのでは?」
ようやくシュヴァルも突っ込む余裕が出てきたらしく、当たり前の事を聞いていた。
お茶を飲むダンディーは貴族紳士さながらだが、彼は吸血鬼である。
「ええ、昔は苦手でした。若い頃は一分と持たず塵になったものですが、数千年の修行のかいがあって、今では日光浴をしないと落ちつかないくらいですよ。やはり何事も鍛錬ですね」
「そうですか」
なんと言っていいのか分からないので、シュヴァルは適当に流した。
「ところで、なぜあなた方は我々を尋ねて来たのですか? 吸血鬼討伐なら分かりますが、どうもそうでは無いようですし」
「それについては、私から説明します」
ようやくティーカップから顔を上げたアナスタシアが、ダンディーに対し経緯を解説した。
インターネットうんぬんに関しては省いたが、簡単に言うと、不死者の豆を貰いにきたという事を伝える。
「なるほど……死者は生き返らないという人間の教えですか。深い話ですね。ですが、私ではそのご婦人の要望に応えられないでしょう」
「吸血鬼は、不死身はないのですか?」
アナスタシアが疑問を口にすると、ダンディーは苦笑しながら口を開く。
「いいですか? 不死身の生き物などというのは存在しないのですよ。私とて、首を切り落とされ、心臓に杭を打ち込まれ、それから全身を百分割され、日当たりのいい場所に各部位を埋葬され、聖水で清められる。これを毎日欠かさず百年ほどやられたら、再生など出来ませんよ」
「それはもう、ほとんど不死身なんじゃないですかね?」
黙って聞いていたシュヴァルが、つい突っ込んでしまった。
そんだけ頑丈なら、生きていくのに苦労しないだろう。
「いえいえ、『不死身』と『ほぼ不死身』ではまるで違いますよ」
「確かに、カニとカニカマは全然別物ですからね」
「カニカマって何?」
アナスタシアのよく分からない例えは無視し、シュヴァルは溜め息を一つ吐いた。
もともと適当に時間を潰して断るつもりだったが、吸血鬼に会って無理だと断られたと言えば、ブロッシェ婦人も諦めるだろう。そういう意味では、ダンディー一家と出会えたのは僥倖だった。
「まあ、反魂を使えば生き返らせる事は可能ですが」
「えっ、生き返っちゃうんですか?」
マジかよ、とシュヴァルは思わず口から漏れそうになった。
さっき不死身じゃないって言ってたじゃん。
「死なない事は不可能です。ですが、死んだ魂を復活させる事なら可能ですよ。でなければ、塵になった私が復活できないでしょう?」
「はぁ……やっぱり吸血鬼ってすごいんですね」
「とはいえ、私としては他者に反魂を使う気はありませんがね。物語には終わりがあり、花は散るから美しいのです。死んだ者は土に還り、そしてまた生きるものの糧となる。それが自然のあり方なのですから」
ほぼ不死身の吸血鬼にそんな倫理を説かれても反応に困るのだが、言っている事はまあ理解出来た。シュヴァルとしても、そんな怪しげな術に関わるのは嫌だ。
「僕も同感です。ブロッシェ婦人にはかわいそうですが、今回は諦めてもらいます」
「それがいいでしょう。おっと、帰って来たようですな」
ダンディーが窓の外に顔を向けると、エリザベートとアルマの姿が見えた。
巨獣が大なべ一杯の香草を抱え、猫耳の少女がダチョウより二周りくらい大きな怪鳥の首を掴んで、ずるずる引っ張ってくる。
「持ってるものが逆なんじゃないかなぁ……」
シュヴァルが、その珍妙な絵面にまた突っ込みを入れてしまった。
ダンディーはそれが余程ツボにはまったのか、大声で笑い出した。
「はっはっは! やはりあなた方は面白い方だ。さて、私も少々席をはずします。コカトリスの毒抜きと解体には少々手間取りますからな。妻とアルマばかりに仕事をさせてしまうと、またパパなんて嫌いと言われてしまいますからな」
そう言い残し、ダンディーは全員分のお茶を淹れなおした後、一礼をしてリビングを出ていった。
「何かもう、僕は、これからどうすればいいんだろうね」
「まあまあ、せっかく滅多に食べられない珍味も食わせて貰えるんだし、飯食ってから帰ればいいじゃん。どうせ森の中じゃろくな物食べられないんだから」
「君は、なんて言うかタフガイだよね」
「タフガイじゃない! かわいいかわいい奴隷聖女ちゃんだ!」
「黙らんか親父小娘。純正の美少女とはアルマのような者を言うのだ。見ろ、私の美少女アンテナは正しかっただろう?」
「もちゅ!」
ダンディー一家がいなくなった後、みんな好き勝手な事を呟いていた。
纏まりのない一団であった。