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第21話:VS 巨大蜘蛛

 トレーナーレベルならぬ美少女レベルがまだ低いせいか、ハイエースはアナスタシアの命令をガン無視した。


「いや、目の前に巨大蜘蛛いるよね? なんで倒さないの?」

「むしろ何故、私がお前に命令されて倒さねばならんのだ。私はシュヴァルに協力はするが、貴様の手下ではないぞ」


 ハイエースは微動だにせず言い切った。


「でもほら、私、ヒロイン枠だよ? このパーティのなかの紅一点だよ? それが、魔物に襲われたりしたら……」

「キシャアアア!!」


 痺れを切らしたのか、巨大蜘蛛が口から糸を吐きだした。

 体格が大きい分、糸も頑丈でとても太い。

 アナスタシアは一瞬で絡めとられ、頭だけ出したカイコの(まゆ)みたいになってしまった。


 そして、そのまま巨大蜘蛛の元へ引き寄せられていく。


「ほら! 捕まっちゃったぞ! このままじゃR-18でいやーんな、あられもない姿になっちゃう~☆」


 捕まってる割に、アナスタシアはちょっと嬉しそうだった。

 巨大蜘蛛も、弱そうな奴から捕獲したものの、ハイエースの存在を警戒してか、すぐにアナスタシアに襲い掛かる様子はない。


「そうか。それは大変だな」

「えっ、ちょ、そろそろ助けて欲しいんだけど……」


 ハイエースはやっぱり言う事を聞かなかった。

 それどころか、一歩も動いていない。


「ハイエース! 私がこのまま蜘蛛に食われたらどうなると思う!? 究極美少女計画に遅れが出るぞ! しかも聖女が死ぬんだぞ! 世界的損失だ!」

「まあ、確かに魔無しの実験台であるお前は貴重といえば貴重だが、他に魔無しが全くいない訳ではないからな。貴様は死んでも代わりはいるが、美少女を錬成するシュヴァルを最優先で守らねばいかん」

「お、おのれエロ馬! 仕方ない! シュヴァル! あのパンチングマシーンで私を助けるんだ!」

「アームゴーレム! あと、あれは戦闘用じゃないから!」

「何でもいい! とにかく馬力はあるんだから、この蜘蛛をぶっ飛ばして!」

「今回は持ってきてないよ。これから設計図を描いて、それから土を集めて錬成するから、三日間くらいあればなんとか……」

「遅いわ!」


 一流の錬金術師であれば、頭の中に設計図と錬成方法を用意している。

 後は、それをなぞるだけで発動させる事が出来る。

 だが、悲しいかなシュヴァルは三流なのだ。


「あのさ、アナスタシアがかわいそうだから、助けてあげたほうがいいんじゃないかな」


 というわけで、シュヴァルは、ハイエースの陰に隠れながら助け船を出す。

 シュヴァルに戦闘能力は皆無だが、さすがにアナスタシアが頭からバリバリ食われるの見るのは忍びない。


「だが、やはりおっさんを助けるのはちょっとなぁ。助けて下さいお願いします、と頼みこめば、助けてやらんこともないぞ?」

「助けて下さい! お願いします!」


 間髪入れず、アナスタシアは懇願した。プライドもへったくれもなかった。


「うーん……やっぱ、イヤ♪」

「うおおおおおお! ハイエースてめぇぇぇぇえええ!!」


 糸でぐるぐる巻きにされながら、アナスタシアは絶叫してじたばたもがく。

 しかし、非力なアナスタシアではどうにもならない。


「キシャアアア……」


 一方、獲物を捕らえて優位に立ったはずの巨大蜘蛛も、困ったように鳴いた。

 蜘蛛からしたら、生と死を賭けた戦いが始まると思っていたのだろう。

 だが、あまりにも目の前の連中がぐだぐだすぎて、逆に何か罠があるんじゃないかと勘繰っているようだ。


「もちゅちゅー!」


 だが、その馬鹿っぽい雰囲気を吹き飛ばす者がいた……モチョだ!


 毬鼠(まりねずみ)は、人間の実験や愛玩動物として飼われるくらい大人しい性質を持っている。

 野生での自衛手段は、丸くなって防御するのがメイン。

 武器といえば、クルミを割るための鋭い前歯がある程度。

  

 それでもモチョは主を救うため、恐怖に震えながら、自分より何十倍も強大な蜘蛛に向かって行った。

 それはまさに、英雄的行為であった。


「キシャアアア!」

「もちゅちゅ~!」


 だが、モチョは動きが遅いので、あっさり絡めとられた。

 元々丸まって防御するモチョだが、蜘蛛糸に巻き取られ完全に毛糸玉になっている。


「くっ……! モチョが危ない! 仕方がない! モチョを救うついでに貴様も助けてやる!」

「えっ!? 私ってネズミ以下なの!?」


 アナスタシアの言葉を無視し、猛烈な勢いでハイエースは地面を蹴った。

 さっきまでとはえらい態度の差だ。


「モチョは確かに弱いが、精神の気高さには私も一目置いているのだ。貴様ではなく、モチョがヒロインになるべきだったのだ!」

「何かよく分からんが、ものすごく馬鹿にされた気がする!」


 アナスタシアは憤慨(ふんがい)する。

 このむさ苦しいオスの中で、少なくとも外見上は可憐な乙女だというのに、この扱いはいかがなものか。

 でも、とりあえずハイエースがやる気を出したのでよしとした。


「キシャアアアア!!」


 巨大蜘蛛の方も、ハイエースに対し威嚇(いかく)するように顎をカチカチ鳴らす。

 こっちもようやく本調子に戻れて、心なしか嬉しそうだ。


「とおぉぉぉぉぉおう!」


 だが、その時、森の闇の中から何かが飛び出してきた。


 その影は決して大きくは無いが、ハイエースと同じか、それ以上の速度で巨大蜘蛛に迫る。

 蜘蛛は、正面から突っ込んでくるハイエースに気を取られ、一瞬反応が遅れた。


 それが命取りになった。


「スパイダーシュート!」


 よく分からない掛け声と共に、飛び出してきた影が、思いきり蜘蛛の腹を蹴りあげる。

 人間より遥かに巨大で重い蜘蛛が、まるでサッカーボールのように宙を舞う。


「キシャアアアアアアアアア!!(俺が何したって言うんだああああ!)」


 哀れ巨大蜘蛛は、ものすごい勢いで大木を飛び越え、きりもみ回転しながらぶっ飛んでいった。

 結局、一回も攻撃しないままの退場であった。


「ふう、危ない所でしたね、お嬢さん」


 ぐるぐる巻きにされた糸をほどきながら、蹴りを放った者が不安もほぐすように笑いかける。


 その影の正体は、非常に整った顔立ちをした青年だった。

 暗い森の中でもなお輝くようなプラチナの髪に、ルビーのような深紅の瞳を持っている。

 細身ではあるが、無駄のない均整の整った体型。

 若干日焼けしていて、実に健康的に見える。


 半袖シャツに長ズボンというラフな格好であるが、醸し出す雰囲気は実に紳士的だ。

 どこかのエロ馬とはえらい違いだった。


「あ、ありがとう、ございます」


 モチョと共に糸を全て解いてもらい、アナスタシアは礼を述べた。

 見知らぬ人間なので、アナスタシアはおすまし聖女モードである。


「ふむ、あの巨大蜘蛛を一撃で蹴り飛ばすとは、大した力だ」


 危機が去った途端、悠長に歩いてきたハイエースがそう言った。

 アナスタシアは内心で舌打ちする。

 ついでに、おっかなびっくりといった感じでシュヴァルもいる。


「いえいえ、あの程度の魔物くらいなら造作もない事です。あなたも相当な力を持っているようですが、不意を突かれて対応が遅れてしまったのでしょう? 間に合って何よりです」

「そ、そうだな……」


 にこにこと笑みを浮かべながら助けに入って来た好青年にそう言われ、ハイエースはすこし口ごもった。さすがにあえて見捨てようとしたとは言い出しづらいらしい。


「とにかく、助かりました。なんとお礼を言っていいのやら」


 飛び出してきた青年に敵意が無い事を知り、シュヴァルも礼を述べる。

 それに対し、青年は気にしないでくださいと手を振る。


「しかし、あなた方はあまり戦闘に慣れていないようですが、何故、こんな場所に来たのですか? 先ほどの蜘蛛のように、ここには危険な獣がわんさかいます。もしも迷われたようでしたら、出口までお送りしますが」

「い、いえ、実はちょっと、吸血鬼に用がありまして……しばらく探索をしないとならないんです」


 シュヴァルは青年の好意を申し訳なく思いつつ、遠まわしに断った。


 本当はこの屈強な青年に護衛して貰い、今すぐにでも森を出たいのだが、そうすると時間を潰すという作戦が実行出来なくなってしまう。


 だが、プラチナの髪の青年は、驚いたように目を見開いた。


「吸血鬼!? あなた方は吸血鬼にわざわざ会いに来たのですか!?」

「え、ええ、まあ、成り行き上仕方なくというか……」


 シュヴァルが二の句を次げようとすると、青年は感極まった様子でシュヴァルの両手を握った。

 ものすごい力で、シュヴァルは手が潰れんじゃないかと思うくらいだった。


「おお! おお! 今日はなんていい日なんでしょう! 吸血鬼に会いに来る人間がいるなんて!」

「あ、あの? もしかしてあなたは、吸血鬼を狩りに来た人なんですか?」


 青年の奇行を確認するため、アナスタシアはそんな問いかけをした。

 これだけの強さを持っているなら、狩猟対象として吸血鬼に挑む冒険者かもしれないと考えたのだ。

 見た所一人だし、共闘するメンバーとして見なされたのかもしれない。


「いえいえ、まあ、こんな所で立ち話もなんですから、移動をしましょう」

「もしかして、貴様は吸血鬼の居場所を知っているのか?」


 今度はハイエースが問いかけた。

 出来れば遭遇したくない相手だし、何か情報を掴んでいるかもしれない。

 ハイエースの問いに対し、青年は、あっ、と声を上げた。


「ああ、これは失礼。何せ久しぶりに人間に会ったもので、つい興奮してしまいました」


 青年は一呼吸置き、さらに言葉を続ける。


「申し遅れました。私は吸血鬼のダンディーと申します。いやあ、久しぶりのお客様だ。きっと妻と娘も喜びますよ」


 吸血鬼ダンディーは、綺麗に並んだ白い歯を輝かせながら満面の笑みを浮かべた。

 剥き出しになった犬歯は、獲物の牙に突き刺すようにとても長く、鋭かった。


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