第19話:死者を蘇らせる方法
死者を生き返らせる。それは誰しもが願う事。
愛しい人ともう一度会いたい。道半ばにして倒れ、夢を再び追いたい……様々な思いがある。
だが、それは不可能な事。少なくとも、神に等しい存在でなければなしえない奇跡である。
「そんな事出来るわけないじゃないか!」
「大丈夫だ。私にいい案がある」
「前もそう言って危ない目にあったじゃないか!」
依頼を受けた翌日、シュヴァルはアナスタシアを引き連れ、仕方なく依頼人の元へ向かっていた。もちろん断る気まんまんである。というか、どう頑張っても出来ないものは出来ない。
今回は依頼人に詳細な内容を聞くので、ハイエースとモチョは自宅待機である。
「ここが依頼人の家……って、でかっ!?」
郊外の広々とした敷地には、非常に質の良い素材で作られた大きな屋敷があった。面積もさることながら、青々とした緑の絨毯が広がる庭園には、噴水まで設置されている。
「当たり前だよ。ここ、侯爵家だよ?」
シュヴァルは深い溜め息を吐いた。どうやらこの侯爵家、この辺り一帯でもかなり歴史ある一家であるらしい。アナスタシアはその辺りを一切気にしないで、依頼料に飛び付いたらしかった。
「ま、まあいいんだ。侯爵家だろうが貧乏人だろうが、これからやる事は変わらないから」
「そうだね。どっちにしろ断るんだし」
「いや、ちゃんと依頼はこなすぞ」
「……どうやって?」
まさか本当に死人を生き返らせられると思っている訳じゃないだろう。
シュヴァルはそう考えたが、アナスタシアは異常な存在なのでいまいち常識が通用しない。
シュヴァルが不安に駆られていると、屋敷から駆け寄ってくる一人の婦人の姿が見えた。
「ああ! あなたが娘を救って下さる錬金術師様ですね!?」
「え? い、いや、僕はですね……」
「こんな所で立ち話もなんでしょう。ささ、どうぞどうぞ!」
黒いドレス――どうやら喪服であろう地味な衣裳を見に纏った婦人は、シュヴァルとアナスタシアを、まるで一国の王をもてなすように屋敷に誘った。どうやら、この女性が依頼人であるらしい。
断るタイミングを逃したシュヴァルは、仕方なくアナスタシアを引き連れ、屋敷へと足を踏み入れた。
内装は派手ではないが非常に凝った物ばかりで、シュヴァルは、自分のオンボロ靴で絨毯を踏む事を躊躇したくらいだった。二人は婦人に促されるまま、応接室らしき場所に通された。
「申し遅れました。私はブロッシェと申します。夫が亡くなって以来、愛娘のアムリタだけが私の家族だったんです……それなのに、ああ、ああ……!」
シュヴァル達に菓子と紅茶を運んできたメイドが、婦人をいたたまれない様子で眺めている。ブロッシェ婦人は、シュヴァルの前でさめざめと泣きだした。
涙声でブロッシェ婦人が語った内容はこうだった。夫に先立たれたブロッシェ婦人には、アムリタというとても美しい一人娘がいたそうだ。心優しく魔力の才に溢れ、それでいて決しておごらない自慢の一人娘だった。
「ですが先日、階段から足を滑らせて……打ちどころが悪かったのでしょう。神は何故、あの子をあんな目に……!」
そう言ってブロッシェ婦人は再び号泣した。
アムリタは16歳の誕生日を迎える直前、階段から転げ落ち、頭を強く打って亡くなってしまったそうだ。葬儀は既に済んでおり、アムリタは敷地内の一角で、夫の眠る墓に並んで骨になっている。
「私だって無茶な事を言っているのは分かっています。でも、どうしても心の整理が付かないんです。あんなに若くて元気だったあの子が、一瞬で死んでしまうなんて。あの子が生き返るのなら、どんな代償を払っても構いません」
「ええと、その、大変申し上げにくいのですが……」
ここまで悲しみに暮れている婦人に対し、「やっぱり無理です」と言い出すのには勇気がいる。とはいえ、無理な物は無理だ。シュヴァルは意を決し口を開こうとした、その時、
「ご主人様は、アムリタ様を復活できると言っております」
アナスタシアが爆弾発言をした。その様子に、ブロッシェは目を見開く。
シュヴァルはもっと目を見開いていたが。
「ほ、本当ですか!? シュヴァル様!」
「え、ええ!? それは無理ですよ!」
「そんな! で、でも、今アナスタシアさんは生き返らせられるって!?」
ブロッシェはものすごい力でシュヴァルの両手を掴む。繰り返すが、死人を生き返らせるなんて絶対に無理だ。ラウレル学長だって、グラナダにだって無理である。ましてシュヴァルが出来るわけがない。
「このままでは無理です。ある道具が必要です」
「ど、道具? 一体何が必要なんですか!?」
アナスタシアは平然とした口調で『道具』が必要であると述べる。
だが、どんな道具があろうと死人は生き返らない。
「それは、豆です」
「ま、豆? 豆ってあの……植物の豆ですか」
「そうです。それさえあれば可能だとご主人様は言っています」
言ってない。シュヴァルが口を挟む前に、アナスタシアは「ただし」と条件を付けた。
「その豆は、誰も死者を出していない家から貰ってこなければ駄目です。でなければ娘さんは蘇生できません」
「わ、わかりました! 早速探してきます!」
そう言って、ブロッシェは凄まじい勢いで部屋を飛び出していった。家の従者たちに号令をかけ、散り散りになって豆を求めて家を飛び出していく。もちろん、ブロッシェ自身も飛び出していった。
「……一体どうするつもりなんだい? 豆なんかで生き返ったら苦労しないよ」
「当たり前じゃん。死人が生き返る訳ないでしょ」
「は?」
何を言ってるんだこいつ、という表情でアナスタシアを見るシュヴァルに対し、アナスタシアは用意されたお菓子を食べながら、不敵な笑みを浮かべた。
「要するに、あのおばさんが娘さんの死を受け入れればいいわけだ。それで、死人が生き返らないって事を自覚すれば依頼達成ってわけ。楽だろ?」
「納得してたらあんな依頼出さないよ。豆なんかでどうしろっていうんだい。だいたい、死人が出てない家があるわけないじゃないか」
「いい所に気付いた。さすがはシュヴァルだ」
「いや、意味が分からないんだけど」
「私は異世界人だ。しかも現代日本人だ。だから色々詳しい。昔、えらい坊さんが、子供を亡くして悲しむ母親に、今と同じ事を言ったんだよ。で、親は家を全部回ったけど死人のいない家はいなかった」
「そりゃそうだよ」
「そこで母親は気付くわけだ。この悲しみは私だけじゃなくて、人間なら誰もが逃れられない死の悲しみなんだなって。だから、ブロッシェさんが帰ってきたら、シュヴァルは慰めながら、『人間は死ぬのが当たり前なんだよ』って言ってあげればいいんだ」
「それ、どこの情報なんだい?」
「インターネットでそう言ってた」
「その、いんたーねっと? っていうのは、神様か何かなのかい?」
「いや、子供からお年寄りまで、ある事無い事適当に書いてる掲示板みたいな場所」
「ただの与太話じゃないか」
シュヴァルが突っ込むと、アナスタシアはむっとした表情になる。
「何を言うんだ! たまには専門家だって書いてるぞ! さっきのもホームページに書いてあった!」
「でも、その書いてある情報が本当かどうか判断するのは、素人の君なんだろ?」
「そうだよ」
「じゃあどれが正しいか分からないじゃないか! やっぱり与太話レベルだよ!」
「なんだと! インターネットを馬鹿にするな!」
シュヴァルとアナスタシアがぐだぐだな会話をしていると、窓の外にたくさんの人影が見えた。先ほど出ていった従者たちで、皆が浮かない表情をしている。その中には、ブロッシェ婦人の姿もあった。
「ほら、やっぱり豆が手に入らなかったんだ。ここまでは言った通りだろ?」
「……で、これからどうするんだい?」
「だから、シュヴァルは仏のごとく『お母さん、死者のいない家なんてないんですよ。受け入れなさい』って諭すんだ」
「なんか、騙したみたいで気が進まないなあ……」
とはいえ、それ以外に事態を収拾する方法が思いつかない。シュヴァルは咳払いを一つし、ブロッシェが戻ってくるのを仕方なく待った。
それから数分後、がっくりと肩を落とし、ブロッシェ婦人が応接室に戻って来た。
「駄目でした……どこにも死者を出していない家はありませんでした……」
絞り出すようにそう呟くブロッシェ婦人を見て、アナスタシアがブロッシェから見えない角度でシュヴァルを軽く小突く。セリフを言えという合図だ。
「……ブロッシェさん。僕には分かっていたんですよ。死者を出していない家なんて、この街のどこにもいないという事を」
「ええ、そうですね。だから……私は魔の森に向かいます!」
「えっ」
アナスタシアが怪訝な表情を浮かべる。想定していた事態と違うではないか。
「魔の森!? そんな無茶な!?」
「ご主人様、魔の森とは?」
おすましモードを装ったアナスタシアが、若干上ずった声でシュヴァルに尋ねる。シュヴァルが答える前に、ブロッシェが先に口を開く。
「魔の森は恐ろしい場所です。怪物が跋扈し、冒険者も滅多に近寄りません。ですが……あの森には伝説の吸血鬼が住むと言います。そして、吸血鬼は不死身の生物と聞いた事があるのです。ですから、その吸血鬼を探して豆を貰ってくれば……娘は……生き返る!」
「ちょ、ちょ! ちょっと待ってください!」
シュヴァルが、再び出て行こうとするブロッシェの肩を慌てて掴む。
「あんな場所に行ったら絶対死にますよ!」
「いいんです! 私にはもう何も残されていません! 私の命を賭けてでも吸血鬼を探しだし、豆を手に入れてきます!」
「分かりました! とりあえず分かりましたから! 落ち着いて下さい!」
シュヴァルはなんとかブロッシェを宥めた。
シュヴァルがアナスタシアを睨むと、アナスタシアは目をそらした。
「……とりあえず、吸血鬼に関しては僕達が何とかしますから。ブロッシェさんはくれぐれも大人しくしていてください」
「えっ!? 娘を生き返らせる素材を得るのに、シュヴァル様がそこまでして下さるのですか!?」
「まあ、こちらが言い出した事ですから……でも、かなり、いや、相当厳しいと思いますし、死者を生き返らせるのは限りなく不可能に近いと言うか……」
「分かっています。死者を生き返らせるなんて相当に難しいでしょう。ですが、それすら超越する方法をご存知のシュヴァル様。どうか、私達家族を救って下さい!」
そもそも与太話なのだが、仕方なくシュヴァルは「善処します」と答え、重い足取りでアナスタシアと共に屋敷を出た。シュヴァル達が見えなくなるまで、ブロッシェをはじめとする屋敷の従者たちは、最敬礼を送り続けていた。
「……で、アナスタシア。どうするのよ、これ?」
「まいったな。どうしよう」
シュヴァルとアナスタシアは、途方に暮れていた。