第16話:アナスタシア、ハイエースされる
魔術師リーデルと、その妹モニカがシュヴァルに対し不当に高評価を付けている頃、当のシュヴァル御一行はというと――。
「貴様! 私を納屋に住まわせるとは何事だ!」
「馬の癖にベッドに寝なくてもいいだろ! いい加減にしろ!」
「馬ではない! 私は誇り高き魔獣ユニコーンだっ!」
「もちゅ! もちゅ!」
「何? 『たとえ魔獣といえど、一度契約をした以上は主の命令に従うべき』だと? モチョよ、貴様の忠誠心は嫌いではないが、不当な扱いを訴える事も時には必要だぞ?」
「あーもう、みんなうるさいな! 研究に集中できないじゃないか!」
グダグダだった。
魔獣を従えて帰って来た赤銅のシュヴァルは一躍有名になり、シュヴァルを仲間に加えたいという冒険者達の依頼がかなり来ていたが、彼は全て断っていた。
そもそも、あの依頼はアナスタシアが勝手に受けてきた上に、色々な偶然が重なって成功しただけである。シュヴァル本人はただのゴーレム研究家だ。冒険なんかしたくない。
というわけで、シュヴァルは秘境探索などの依頼を全部突っぱね、その結果、『実力はあるが気に入った依頼しか受けない偏屈な錬金術師』というイメージが先行しつつあった。
といっても、シュヴァル達はユニコーン騒動以来ほとんど外出せず、引きこもって研究ばかりしていたので、街の噂に関しては『なんか噂になってるらしい』程度にしか把握していなかったが。
「それにしても、貴様はいつ究極の美少女を作る研究をするつもりなのだ? 農家のように土ばかりこねくり回していて、一向に着手せんではないか」
「そうだぞ! 馬の言うとおりだ。アナスタシアちゃん究極美少女化計画はどうした!」
「だから僕はゴーレム研究専門だって言ってんでしょ。ちょうど今、新しいタイプの実験中なんだから、ちょっと静かにしててくれないかな」
シュヴァルは、ユニコーン戦でぶっ壊したアームゴーレムをベースに、低コストで出力を落とし、使い捨てられる新型ゴーレムを研究している最中だった。今までは着脱に時間が掛かっていたが、自壊するようにするという逆転の発想だ。
「うまい事、効率よく作れるようになるといいんだけど……色々な素材で試してみないとならないなぁ」
「ならば依頼を受けてみてはどうだ? 三下の獣なら私が蹴散らしてやろう。そして、とっとと何とかゴーレムを終わらせ、究極美少女を作るのだ」
「君達、ちょっと美少女から思考を離してくんない?」
シュヴァルは溜め息を吐いた。何だかんだ言いつつアナスタシアは家事やらを手伝ってくれるし、ユニコーンが護衛として住んでくれるのはありがたい。モチョもマスコットとして心を癒してくれる。環境としては恵まれているだろう。でも、うるさい。
特に新しいアイディアや方程式を考えている最中なので、美少女美少女とせっつかれると集中できない。唯一、一番格下であるはずのモチョだけが静かにしてくれている。
とりあえず、アナスタシアとユニコーンを一時的に追っ払おう。シュヴァルはそう決意した。
「二人にお願いがあるんだけど、ここの所ずっと研究ざんまいで、そろそろ食料のストックが切れそうなんだよね。悪いけど、買い出しに行ってくれないかな?」
「えー、エロ馬と?」
「私に小娘おやじと、はじめてのおつかいをしろと言うのか! 私は聖獣ユニコーンだぞ!」
「そこを何とか頼むよ。アナスタシア一人だと荷物もあんまり持てないし、ユニコーンだけじゃ買い物が出来ないでしょ? 僕が体調崩したら、美少女計画も結果的に遅れるんだから」
「「了解した」」
アナスタシアとユニコーンは即座に頷いた。どうやら美少女計画は彼女らにとって魔法の言葉らしい。
「仕方ない。一秒でも早く買い物を済ませ、私の望む美少女をシュヴァルに研究させねばならん」
ユニコーンはよく通る声で異常な発言をしつつ、アナスタシアを背に乗せ、工房を出て行った。
「はあ、やっとうるさいのが消えてくれた……」
「もちゅ!」
「ん? ああ、背中がかゆいのかい?」
シュヴァルは椅子に腰かけ、膝の上で丸くなったモチョの背中を軽く掻いてやった。そうして一人と一匹は、しんと静まり返った部屋の中で筆を走らせた。
銀色に輝く一角獣に跨った美しい少女が、ゆっくりと街中を歩いていく。本当は邪魔な人間共を蹴散らして進みたいところだが、アナスタシアもユニコーンも『他者から絶賛される美しい自分』に酔いしれているので、外面は極めていいのだ。
まるで絵画から抜け出てきたようなその光景に、道行く人々は皆、足を止め、後ろを振り返る。一人と一頭は何だかんだ言いつつ上機嫌だ。
「ところでさ、ユニコーンって種族名でしょ? 名前とか無いの?」
他の人間には聞こえないくらいの声量でアナスタシアが問いかける。
「特に無い。今まで別に不自由していない」
「でもさ、『おい、人間』って呼ばれてるみたいで変じゃない? よし、私がぴったりな名前を考えてあげよう……ハイエースってのはどう?」
「ハイエース? 何だそれは?」
「私がいた世界にある乗り物。大きくて速くて、女の子を乗せて運んだりするんだ。ハイは高等。エースは優秀って意味がある」
「ふむ……高等かつ優秀か。まさに私に相応しい。いいだろう、今後、私の事はハイエースと呼ぶがよい」
ユニコーンは大層満足した様子で、大仰に頷いた。ハイエースにはある隠語の意味があるが、ここでは言及しないでおく。
「失礼。ちょっといいかしら」
ハイエースと化したユニコーン、そしてアナスタシアの前に、一人の人物が立ちはだかった。他の人々は魔獣ユニコーン、そして錬金術師シュヴァルの従者アナスタシアを遠目から見ていただけだったが、声を掛けたのは、他ならぬ『銀』の女性錬金術師ヴィオラだった。
(ウッ! 錬金サーの姫!?)
アナスタシアはハイエースの背の上で表情を強張らせた。以前、シュヴァルの面接の際にやたら絡んで来たこの美しい女性は、自分の姫ポジションを奪われる事を恐れている――とアナスタシアは思いこんでいる。アナスタシアにとって、もっとも警戒すべき人間の一人だ。
「な、何かご用ですか?」
アナスタシアがごにょごにょ話しかけると、ヴィオラは警戒心を感じ取ったのか、微笑みながら優しく返事をする。
「そんなに警戒しなくてもいいのよ。本当はあなたの主人の工房で本人に聞く予定だったけど、あいつがいなくて助かったかもしれないわ」
ヴィオラはそう言うと、表情を引き締め、ハイエースとアナスタシアに改めて向き直る。
「単刀直入に聞くわ。偉大なる魔獣ユニコーンを、あなたの主人がどうやって従えたのか、それが知りたいの。錬金術師一人の力で魔獣を抑えるなんて、どう考えても赤銅のレベルじゃ出来ないわ」
ヴィオラはシュヴァルがユニコーンを従えたと聞いた時、耳を疑った。色付きの上位でも魔獣を撃退することは難しい。だというのに、シュヴァルはたった一人で成し遂げた。奴が実力を隠しているのか、あるいは何かトリックを使ったのか、それを見極める必要があった。
「美しいお嬢さん。その点に関しては、私が直接答えよう。それは、私がこのお嬢さんの心意気に惚れたからなのだよ」
「心意気?」
ヴィオラが怪訝な表情をすると、ユニコーンは天を仰ぎ、歌うように呟いた。
「そう、私の前にこの少女が一人現れ、私に『ここから立ち去って欲しい』と頼みこんだのだよ」
「なっ!? アナスタシアちゃんが一人で!?」
「まあ、一応……」
ヴィオラは目玉が零れ落ちるんじゃないかというくらい見開き、固まった。その反応を見た後、ハイエースはさらに言葉を紡いでいく。
「そう、その時にシュヴァルは後ろに控えていただけだ。私はこの少女の勇気に感銘を受け、少女の主であるシュヴァルに従う事にした。勇将の元に弱卒なし、というだろう? 高貴な魂を持つ私は、この少女の気高き魂に共鳴したというわけだ」
「そんな危険な事を……」
ヴィオラは震える声でそう呟いた。それ以上の言葉は出ないようだった。
「質問はそれだけですか? では、私たちは用事がありますのでこれで」
アナスタシアがそう言ってハイエースの横腹に軽く蹴りを入れると、ハイエースはヴィオラに聞こえないように舌打ちし、ヴィオラに会釈をしてその場を去った。
「……おい、全然話が違うじゃないか」
「何を言う。お前が一人でお願いをしてきたのは事実だろう?」
「そこしかあってないじゃん!」
ヴィオラから離れ、人ごみを抜けた後、アナスタシアは不満げにハイエースを糾弾した。確かにそうだが、現実は全然違う。
「黙らんか。私はあの娘の好感度を落としたくないのだ」
「あの娘って、ヴィオラの事?」
「その通り。冒険者連中は野郎共か、筋肉だるまのような女ばかりで失望していたが、あのヴィオラという娘、なかなかに美しく、聡明そうだ。私の究極美少女のベースになる候補としてキープしておきたい」
「くっ……! 究極の美少女は私なのに!」
「お前で実験をした後、あのヴィオラという美少女をさらなる高みへと昇らせるのだ。ふふ、なかなか楽しくなってきたではないか」
ハイエースはいやらしい笑みを浮かべた。思わぬところで拾い物が出来た。上機嫌になったハイエースは足取りも軽くシュヴァルに頼まれた店へと買い出しを急いでいった。
「なかなか大変な事になってきたわね……」
その頃、ヴィオラは悔しげに爪を噛んでいた。正攻法で魔獣を従えたとは考えていなかったが、まさかアナスタシアを生贄に捧げる鬼畜の所業をしていたのは想定外だった。
魔無しの少女は確かに研究素材としてはレアだが、魔獣はさらに貴重な存在だ。だからこそシュヴァルは真っ先にあの依頼だけを受け、それ以外を断ったのではないか? 失敗してアナスタシアが死んでも素体を一つ失うだけだ。そして奴はその賭けに勝った。
「まずいわ……このままでは、本当に錬金術師だけの問題ではなくなってしまう」
ヴィオラの中に焦燥感が募る。あのシュヴァルという男を野放しにしておけば、いずれ取り返しのつかない事になる。もはや一刻の猶予も無い。
「ユニコーンを召喚した魔術師に会ってみるしかないわね」
そもそも、この状況を作り出したのは魔術師連合のミスなのだ。どういった魔獣を解き放つことになったのか、まずはそれを知らねばならない。そう決意し、ヴィオラは足を進めた。




