第14話:VS 性獣ユニコーン
聖獣ユニコーンは激怒した。かの邪智暴虐な男どもを抹殺せねばと決意した。
「たかが脆弱な人間風情が調子に乗りおって! 我が一本角で突き殺してくれるわぁ!」
「ウワーッ! 誰か助けてーっ!」
シュヴァルの悲壮な叫びは誰にも聞こえなかった。
いや、ただ一つ、シュヴァルの呼び掛けに応える存在がいた!
「もちゅ!」
今にも突進してきそうな異界の魔獣に立ちはだかったのは、ふわふわまんまるの毬鼠――モチョだった。
「もちゅ!」
「何だと? 『我が主を害せんとする不届き者め。主を殺そうとするなら、まずは我を倒していくがよい。我とてそう簡単にやられはせん』だと?」
すごい圧縮言語だった。
「ふん、ただの獣が私にかなうと思うのか? だが、その勇気に免じて勝負してやろう。貴様の力、とくと見せるがよいわ!」
「もちゅーっ!」
先に仕掛けたのはモチョだった。毬鼠とて立派な野獣。厳しい生存競争を現代まで生き抜いてきた生物の一種なのだ。鋭い前歯の一撃は、硬いクルミの殻すら砕く威力を持っている。
「もちゅちゅ!」
モチョの最強攻撃、鋭い前歯がユニコーンの前足に見事突き刺さる。
「……えーっと」
前足にモチョをぶら下げたまま、ユニコーンは困ったように突っ立っていた。当たり前だが魔獣ユニコーンの体はクルミより硬い。その体毛には魔力が漲り、歴戦の冒険者の剣の一振りすら弾き返すのだ。そして冒険者の剣の一振りは、クルミくらいなら粉々にする。
「もちゅーーーーーーっ!」
モチョは必死だ! 一生懸命ユニコーンの前足に何度も噛みつき攻撃を加え続ける。ユニコーンとしては、こんな小さい動物が頑張っているのに踏み殺してしまうのは、何だかいじめっ子みたいで可哀想な気がしていた。
「ていっ」
「もちゅ!?」
仕方ないのでユニコーンは軽く前足を動かし、とりあえずモチョを地面に転がす。そして、箒で落ち葉を払う要領で、尻尾で優しくモチョを押しのける。
「もちゅちゅ~!」
ユニコーンは軽く払っただけだが、モチョは丸くなってぼよんぼよん地面を跳ね、遠くの方へ消えていった。ユニコーンの圧勝である。
「さて、なんか余計な茶々が入ったが、次は貴様らだ……って、いねぇ!?」
ユニコーンがモチョに気を取られている隙に、シュヴァルとアナスタシアの姿は影も形も無くなっていた。
「ふざけるな! 仲間が『ここは俺に任せて先に逃げろ!』って言ったら、普通は加勢するか躊躇するだろうが!」
ユニコーンの怒りのボルテージがさらに上がった。
ユニコーンは腹立ちまぎれに近くの巨木を蹴り飛ばす。大人が手を回してようやく届くくらいの太い幹が、まるでマッチ棒ように折れて倒れた。
「ふー、危ない危ない」
「モチョ、大丈夫かなぁ……」
「大丈夫だ。モチョを信じろ! 私ほどじゃないがモチョは別ベクトルで愛らしいから、ユニコーンも手心を加えるはずだ。モチョだって私達のために身体を張ってくれたんだぞ!」
「まあ、向こうの殲滅対象は僕らだから、ネズミ一匹にムキになったりしないだろうけどね。落ち着いたら探しにいかないと」
シュヴァルとアナスタシアは、鼠に全てを託し必死に逃げていた。二人とも鈍足だが、それでも最高速度で森の中を走って逃げる。
「モチョのお陰で結構時間が稼げた。これだけ離れればいくら魔獣でも……」
「甘いわ! 貴様ら、生きて帰れると思うなよ!」
「げぇっ!? エロ馬!?」
アナスタシアが悲鳴を上げる。何だかんだ言いつつモチョが結構いい仕事をしていたというのに、ユニコーンは真っ直ぐにアナスタシア達の方に向かってくる。
「な、何で!? 草や木で視界は利かないはずなのに!」
「ふん、私をただの魔獣と思うな。私は異世界に呼ばれるたび、女子寮の会話を聞き取れるよう聴覚を鍛えているのだ」
「能力自体は凄いけど、なんかあんまり締まらないね」
シュヴァルは逃げつつツッコミを入れるが、ユニコーンは突っ込んでくる。倒木や下草、泥などもあり足場は最悪のはずなのに、まるで草原を駆け抜けるように何の苦も無く魔獣は距離を一気に詰める。
「死ねえええええええっ! 小娘オヤジ!」
「ウワーッ!」
ユニコーンは駆けた勢いを殺さず跳躍した。その高さは優に五メートルは越えており、もはや空襲というレベルであった。ユニコーンはアナスタシアを自慢の一本角で串刺しにしようとするが、アナスタシアはギリギリで転がって回避した。
「な、何するんだ! 死んだらどうする!」
「殺すつもりなんだから当然だろう!」
ユニコーンは前足で地面を掻くと、再びアナスタシアに向かって突進する。アナスタシアは地面をごろごろ転がって何とか突きを避け続ける。
「ひいいっ! し、死ぬ! 死んじゃうからやめて!」
「ふははは! やはり美少女の恐怖に歪む表情はいいぞ! 貴様は中身はおっさんだが、外見は掛け値なしの美少女だ! 嗜虐心をそそられるぞ! いいぞぉ! じわじわとなぶり殺しにしてくれるわ!」
ユニコーンの目は血走っており、もはや完全に変態だった。本来ならアナスタシアを串刺しにする事など造作も無いだろうが、あえてギリギリの所で回避出来るくらいに追い詰めているようだった。
「こ、この変態! いたいけな美少女をいじめるなんて紳士として最低だぞ!」
「その通りだ。だが、貴様はいたいけな美少女ではない。ならば普段出来ない抑圧した部分を発散するにうってつけではないか! 偉大なる魔獣である私を謀った罪を、その身で償うがいい」
ユニコーンは何だかんだ言いつつ楽しそうだった。いずれにせよ、このままではアナスタシアは変態性癖の犠牲になる事は確定である。
「こんのおおおおおおっ!」
「ぐわあああっ!?」
その時、ユニコーンが吹き飛んだ。細身とはいえ馬の体を持つ魔獣は、きりもみ回転をしながら十メートルはぶっ飛んだ。完全にアナスタシアに意識を集中していたユニコーンの顔面を、シュヴァルが背嚢に背負っていたアームゴーレムを装着し、思いっきり殴りつけたのだ。
「シュヴァル!? すごいぞ! 世界を獲れるパンチだ!」
「だから、これはそういう道具じゃなくって……ほら、壊れちゃったじゃないか!」
アームゴーレムはパワーはあるが制御が利かない。というか、元々農作業用として設計されているので他者を殴るように出来ていない。ユニコーンを殴った衝撃で、ゴーレムはバラバラに砕け散っていた。
「ああもう、これ一個作るのに結構な手間が掛かるのに……ん? 待てよ」
シュヴァルは残念そうに砕けたアームゴーレムの破片を拾い、急に真顔になった。
「……そうか! 発想を逆転すればいいんだ! アームゴーレムは外すのが大変だけど、わざとバラバラに分解するような使い捨てタイプにしたらどうだろう? この発想を忘れないうちに書いておかないと! アナスタシア、メモ持ってない!?」
「んなこと言ってる場合かー!」
「貴様らあぁぁーーーーーっ!」
もう会話が滅茶苦茶だ。しかも、ぶっ飛んだユニコーンは無傷だった。魔獣は起き上がり、再び臨戦態勢を取っていた。切り札のアームゴーレムは使ってしまったし、アナスタシアとシュヴァルの戦闘力は皆無。モチョはどっか行った。ゲームオーバーである。
「貴様……シュヴァルとか言ったな? まさか破壊兵器を隠し持っていたとはな。貴様はゴーレム使いか? だが、その程度では多少驚くくらいで、私には傷一つ付けられんぞ」
「いや、これは破壊兵器じゃなくてね……」
「そうだぞ! シュヴァルはそんな野蛮な事はしないぞ! シュヴァルは、究極の美少女作成計画の片手間にゴーレムを作ってるんだ」
「逆、逆」
間違ったフォローをするアナスタシアにシュヴァルが訂正を入れるが、その言葉でユニコーンの雰囲気が変わった。
「究極美少女作成計画だと? それは一体なんだ?」
「そのまんまの意味だぞ。アナスタシアちゃんを究極の美少女にするため、シュヴァルは研究を進めてる。もともとお前に会いに来たのも、その計画の一つだったんだ」
「いや、そうじゃなくて……」
「ふむ、興味深い。続けろ」
アナスタシアが間違った計画をべらべらと喋り出したので、シュヴァルは止めようとする。だが、それをさらにユニコーンが遮った。
「ユニコーンは美少女に反応するんだろ? だから、美少女度を計るために会いに来たんだ。まあ、どうもまだお気に召さなかったみたいだけど」
「なるほど……私に美少女ソムリエをさせた訳か。確かに、美少女を見る目に関して、この世界で私の右に出る者はいないだろう」
ユニコーンはよく分からない自画自賛をし、うんうん頷いた。
「……よし、いいだろう。私もシュヴァルの計画に協力しようではないか」
「は?」
シュヴァルは間の抜けた返事をするが、ユニコーンはすでに敵意は無いようで、ゆるりとした口調で言葉を紡いでいく。
「実を言うと、私はもう疲れていたのだよ。数多の異世界を探しても、私にふさわしい美少女を見つける事は出来なかった。この世界でしばらく待っていたのも、休憩を兼ねていたからだ。ならばもう自分で作ってしまうしかない」
「そうですか」
シュヴァルは適当に流した。ここでユニコーンが再び激怒するような事になれば、それこそ皆殺し待ったなしである。とりあえず穏便に済まさねばならない。
「よって、貴様らの『究極美少女作成計画』に私も乗らせてもらおうではないか。自慢ではないが、私は役に立つぞ? 身体の錬成には様々な素材が必要だろう? 見た所、貴様らにそれを集める力は無さそうだ」
「つまり、アナスタシアちゃんを美少女として認めたって事でいいんだな?」
「貴様ではない。あくまで貴様は実験台第一号だ。貴様で成功した後、改めて私が探した素養ある美少女を素材とし、究極の美少女として磨きあげるのだ」
「何か納得いかないけど、まあ、私の美少女化計画に協力者が増えるんなら、いいか」
「ええ……」
シュヴァルはげんなりした表情をしていたが、アナスタシアとユニコーンの間では、すでに条約が結ばれてしまったようだった。下手に反論すると余計事態がこじれる。
「分かったよ。でも、僕はあくまでゴーレムが専門だから、肉体錬成は後回しになるけど」
「なるほど、ゴーレムを専門という事にしつつ、裏で美少女を錬成しようという訳か。なかなか頭の回る男だな。気に入ったぞ」
「……もう何でもいいです」
「よし! これにて一件落着! じゃあ、ユニコーン。ちょっとバタバタしたけど、これから一緒に究極の美少女を目指そうな!」
「ああ、私も出来る限りサポートをしてやろう。この世に生まれて数百年で、今日は一番いい日になったぞ」
いつの間にか、アナスタシアとユニコーンはすっかり打ち解けていた。こいつらに何を言っても駄目だ。シュヴァルは死んだ魚のような目で、美少女と聖獣が笑いあう美しい光景を眺めていた。
「じゃあ、とりあえずユニコーンさんは僕らの工房に一緒に来てもらう事になるけど……それでいいですか?」
「構わんぞ。私も一刻も早く究極の美少女に出会いたいからな」
こうして、ユニコーンはシュヴァル達の仲間に加わった。
その後、遠くに転がっていたモチョを回収し、シュヴァルとアナスタシアは、ユニコーンを連れて街へと戻った。街中が大騒ぎになったのは言うまでもない。