第13話:性獣ユニコーン
「……いた」
アナスタシアの視線の先、森の開けた場所では、純白の一角獣ユニコーンがのんびりと草を食んでいた。
「へぇ、綺麗な魔獣だなぁ」
アナスタシアと一緒に様子を窺っていたシュヴァルはそう呟いた。それは、本当に美しい獣だった。細身ではあるが均整の取れた体躯。真っ直ぐに天を突く一本角。全身を覆う純白の毛皮は、木漏れ日に照らされ白銀に輝いていた。
「そこに隠れている奴ら、とっとと出てくるがいい」
アナスタシア達が絵画のような光景に見入っていると、ユニコーンが茂みの方を見て話しかけてきた。
「やっぱりバレバレだったみたいだね……どうしよう?」
「どうもこうも、当初の作戦通り行くだけだ」
アナスタシアが勝手に突っ込もうとするので、仕方なくシュヴァルとモチョも従う。ユニコーンは先ほどの位置から動いていない。少なくとも、いきなり襲いかかってくる事はなさそうだ。
「また冒険者とかいう雑魚共か? 私を退治しようとしても無駄な事、今すぐ引き返せば追わないでやろう……って、これは随分と貧相な冒険者だ」
「いや、僕達は冒険者じゃなくてですね」
「だったら何だ? ここは迷う程深い森ではないぞ? 小川に沿って歩いていけば、すぐに森を出られる」
「そうじゃなくて、ユニコーンさんにお願いがあって来たんです」
「ん? おお! これはこれは美しいお嬢さん。いや失礼。最近むさ苦しい男ばかり見ていたので、つい男のほうに気を取られてしまった。これでは紳士失格だな」
ユニコーンはシュヴァルを無視してアナスタシアの方を凝視すると、深々と頭を下げた。といっても、アナスタシアは小柄なので、ユニコーンが頭を下げても顔の位置は同じくらいなのだが。
「いえいえ、私はアナスタシアと言うんですが、ユニコーンさんは、何でこんな所に陣取っているんですか?」
「可愛らしいレディ。よくぞ聞いてくれた。実は私は『究極の美少女』を求めて召喚に応じたのだが、召喚主は中年男性の魔術師だったので、私は奴を蹴り飛ばして逃走したのだよ」
「魔術師にしろ錬金術師にしろ、年若い乙女なんて少ないですからね」
ユニコーンにシュヴァルが突っ込みを入れた。そもそも、うら若き令嬢だったら魔術師や錬金術師なんかにならず、社交界でダンスでも踊っているだろう。ヴィオラが特例であって、魔術師も錬金術師もほとんどはおっさんか妙齢の女性である。
「私はこれまで数多くの異世界召喚に応じてきた。それは、私の理想とする清らかな乙女を探し求めたからだ。だが、これまで一人として私の基準を満たすものはいない。そこで私は各地を転々とするのをやめ、この森でしばらく美少女を待つことにしたのだよ。だが、来たのは筋骨隆々の男や、それに準ずる女冒険者ばかりだ」
ユニコーンはやれやれといった感じで首を横に振った。シュヴァルとしては、冒険者なんだから筋骨隆々なのは当たり前なのではと思ったが、下手に機嫌を損ねるとまずいので黙っていた。
「そっかー、大変だったんだねぇ。でも、こうして美少女アナスタシアちゃんが来てやったからもう大丈夫だ!」
だが、アナスタシアは輝くような笑みでユニコーンに向け両手を広げた。地味に上から目線である。
「はっはっは、可愛らしいお嬢さん。確かにあなたは将来、それはそれは美しい淑女となるでしょう。だが、まだ少々幼すぎるかな。私はもう少し大人の女性が好みでね」
「ちっちゃいのはちっちゃいので可愛くない? どんくらいが好み?」
「そうだな……年齢は13~15歳くらい。胸はやや大きめ。腰はくびれているがお尻は若干大きめで、それを少し気にしている大人しい可憐な女性などがいいな」
「なるほどなるほど。わかるわぁ」
(どうしよう……早く帰りたい)
急に性癖トークが始まり、シュヴァルは一刻も早く自宅に帰りたい気持ちで一杯だった。ここはもう用事を済ませ、とっとと撤収しよう。シュヴァルの中にそんな気持ちが芽生える。
「ね、ねえアナスタシア。今のユニコーンさんの感じだと、アナスタシアはちょっとストライクゾーンから離れてるんじゃないかな? ここは用事だけ済ませて、早く帰ろう?」
「んー、まあ仕方ないか。ねえ、ユニコーンさん、アナスタシアのお願い、聞いてくれる?」
「私は人間ごときの命令など聞かないが、将来のレディの頼みとあらば何なりと」
「あのね、街の人達がユニコーンさんがここに住んでると怖いんだって。だから、ちょっと場所を変えてくれると嬉しいな♪」
アナスタシアは上目遣いでユニコーンを眺める。ユニコーンはその可愛らしい動作にご満悦である。
「そんな事ならお安い御用。この辺りで待っていても美少女はもう現れないだろうと、元の世界に帰るつもりだったのだ。確か、冒険者にはギルドのような物があったな? 私のたてがみを少し刈っていくといい。それを出せば、私を撃退したと思わせられるだろう」
「ほんと!? ユニコーンさんありがとう!」
アナスタシアが笑いかけると、ユニコーンは鷹揚に頷いた。それからアナスタシアはシュヴァルの方を振り向いて親指を立てた。これでミッションクリアである。
「まさか本当にこんなに上手く行くなんてね。じゃあ、失礼してたてがみを少しだけ……」
「ああ、お前は駄目だ。私は男に触れられたくないのだ。アナスタシア嬢、少々大変だが、あなたにやってもらいたい」
「まっかせて! でも、私じゃ背が足りないから少し屈んでくれる?」
「どうぞどうぞ。これでどうかな?」
ユニコーンが首を下げ、アナスタシアに顔を押し付けるような体勢を取る。これくらい下げてもらえれば、アナスタシアでも容易に毛を刈る事が出来る。
だが、その時、ユニコーンに異変が起こった。
「ん? んん? んんん……?」
「な、何?」
アナスタシアに顔を押しつけるようにしていたユニコーンは、急にアナスタシアのうなじや、様々な部分の匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせる。
「……貴様、処女ではないな?」
「失礼な! 私は立派な処女だぞ!」
「確かに肉体的に処女である事は間違いない。だが、私の処女ソムリエとしての腕前を舐めてもらっては困る。貴様の奥には何かが眠っている。これは一体……」
変態みたいな発言をしたユニコーンは、アナスタシアを睨むように見つめている。
「た、確かに私は元々は美少女じゃないけど、今は美少女だから問題ないはずだ!」
「元は美少女ではない? どういう事だ? 詳しく話せ」
「うーん、なんて言いますか、ちょっと面倒な話なんですけど……」
下手に嘘を吐いて機嫌を損ねるとまずい。シュヴァルはそう判断し、アナスタシアのこれまでの経緯を簡単に説明した。元々はユニコーンと同じく別の世界からやってきたおっさんであり、今は錬成した体で美幼女になった存在であると。
「なるほど、そういう事情だったのか」
「で、ユニコーンさん的にはどうなんですか? アウト? セーフ?」
「掛け値なしの美幼女である事は認めよう。それに肉体的には処女だ。だがなぁ、元おっさんというのは……うむむ……」
ユニコーンは懊悩しているらしく、前足で地面をガリガリ掘っていた。それから五分くらいして、彼は結論を出した。
「やはりギリギリアウトだな。私が求めている基準を満たしていない。80点を合格ラインだとすると、アナスタシアは73点くらいだ」
「ちぇっ、やっぱりまだ美少女度が足りなかったかぁ」
アナスタシアはユニコーンの判定を若干不服に思いつつも、大人しくその結果を受け入れた。確かに、まだ究極美少女化計画は初期段階だ。ユニコーンに認められるのは時期尚早だったのだろう。
「じゃあ仕方ないね。討伐は失敗したって事にして、僕らはもう帰ろう。すみません、アナスタシアを連れてすぐ帰りますんで。お騒がせしました」
アナスタシアの首根っこを掴んで、シュヴァルは一礼をし、彼女を引きずりながら撤退する事にした。さすがにこの状況でたてがみを寄越せとは言いづらい。被害が出なかっただけでよしとしよう。
「ああ、ちょっと待ちたまえ」
帰ろうとするアナスタシア達の背中に、ユニコーンが声を掛けてきた。
「なに? もしかして、やっぱり私を帰すのが惜しくなったとか?」
「いや、今からお前達を殺すから」
「「なんで!?」」
アナスタシアとシュヴァルの声がハモる。ユニコーンは先ほどまでの悠然とした態度ではなく、大地を四肢でしっかりと踏みしめ、突撃体勢を取っていた。
「貴様らがただの通りすがりの人間だったら見逃していた。だが、究極の美少女を求め、何年も異世界を旅した私を、よりによっておっさんを改造して騙した罪は重い。よって……貴様らをこの場でぶち殺す!」
「なんだと!? 私を美少女扱いしないどころか、おっさん扱いするなんて! シュヴァル! あいつをぶっ飛ばすぞ!」
アナスタシアは激昂していた。ユニコーンにとっても、アナスタシアにとっても『おっさん』は絶対に許せない単語なのだ。それを口に出したら戦争である。
「たかが脆弱な人間風情が調子に乗りおって! 我が一本角で突き殺してくれるわぁ!」
「ウワーッ! 誰か助けてーっ!」
シュヴァルの悲壮な叫びは誰にも聞こえなかった。
そして……戦いが始まる!