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第12話:聖獣ユニコーン

「シュヴァルが魔獣討伐の依頼を受けただと?」

「はい。先ほど街の方から連絡がありました」

 

 グルナディエ錬金術学院の本館――学院の中心部にグラナダの工房はある。部屋の主であるグラナダは黒檀(こくたん)で出来た立派な椅子に腰かけ、ヴィオラの報告を聞いていた。


「色付きになった途端、いきなり最上級の怪物退治を受けるとはな……付与された権限を極限まで利用するつもりなのだろう」


 グラナダは嘆息した。色付きだろうと基本は研究職。普通はせいぜい代筆や雑用。それに簡単な薬の調合程度の依頼しか受けない。それだって身辺整理が落ち着き、生活を確立してからが大多数だ。少なくとも、魔獣討伐なんてものを初日に受けた人間は、歴史上シュヴァル以外にいない。


 魔獣とは文字通り『魔力を持つ獣』の事だ。獣人や亜人という生物はこの世界にも存在するが、基本的には人間と別の文化を持っているし、生活圏も違うのであまり争い事は起きない。


 それとは別に、魔獣は異界より呼び出された召喚獣だ。一応、旧アナスタシアもこれに該当する。


 大体の場合、魔獣の力は召喚主の能力に比例するし、自分より強い人間の命令には従う。だが、全てがそうとは限らない。召喚した魔術師が制御しきれなかったり、自分より強力かつ知恵ある魔獣が呼び出され、そのまま逃げだしてしまったりする事もある。


 今回もそのパターンの依頼だった。幸い、今の所大きな被害は出ていないが、かといって放置しておけばどんな事になるか分からない。討伐隊が何度か出向いたが、皆、ことごとく撃退されている。


 そんな冒険者すら受けるのをためらう依頼をシュヴァルは受けた。監視役のヴィオラの報告を聞いた時、グラナダは冗談だと思ったが、酒場を通した正式な依頼書を見て真顔になった。


「もしかしたら、魔獣相手ならシュヴァルが死ぬ可能性も……」


 身の程知らずに魔獣に挑み、そのまま還らぬ者になった冒険者は多い。シュヴァルに実力があろうと、魔獣に殺される可能性もある。


「いや、それは無いだろう。奴は馬鹿ではない。何か勝算があるのだ」

「ですが、勝算とは……?」


 ヴィオラが問いかけるが、グラナダはただ首を横に振るだけだった。


「分からない。だが、無策で飛び込むのはあまりに厳しい相手。何らかの対策があると考えるのが自然だ。これが成功すれば奴の名声は一気に高まる。それこそ、格上とされる我々と同一視されるくらいにな」


 グラナダは膝の上で両手を組み、シュヴァルの持つ魔獣対策を考えた。だが、グラナダの頭脳を持ってしても全く想像が付かなかった。


(あの男の考えている事が分からない……一体、奴はどんな手で魔獣を倒す気だ?)




「一体どんな方法で魔獣なんて倒す気なんだい? 僕はさっぱり分からないよ……」


 グラナダとヴィオラが頭脳をフル回転させている頃、シュヴァルはげんなりとした表情で、前を歩くアナスタシア&モチョを眺めていた。


 シュヴァルが今までの人生で倒した最強生物は、田舎に居た畑を荒らすイノシシである。落とし穴を掘って捕らえて鍋にした。大変美味だった。なお魔獣は見た事すらない。


 だが請け負ってしまった以上、荒くれ者相手に断る度胸が無く、結局引き受けてしまった。失敗すれば報酬は払われないが、とりあえず受けておいて駄目だった事にすればまだ何とかなる。


「ふっふっふ、分かってないなぁ。魔獣討伐のために特効武器を買ったじゃないか」

「……そのフリフリのドレスの事かい?」


 今のアナスタシアは首輪を付けておらず、先ほど街の洋服屋で買った美しいドレスを羽織っていた。白をベースとして、薄桃色のフリルとリボンが何個も付いた上質なゴスロリドレスである。

 ちなみにこのドレスを買ったせいで、最初にグラナダから貰った金はほぼ吹き飛んだ。


「どうだ! 可愛いだろう!」

「君の元の姿を知らないで大人しくしてれば、どこかのお姫様みたいに見えると思うよ」

「そうだろうそうだろう! これで魔獣もイチコロだぞ」

「いや、その理由がよく分かんないんだけど。まさか色仕掛けで魔獣をたらしこむとか言うんじゃないだろうね」

「んー、60点ってとこかな」


 そう言って、アナスタシアはくるりとその場で回転し、シュヴァルの方へ向き直る。


「私が何の根拠も無しに魔獣討伐なんて受けると思う?」

「思うから聞いてるんだよ」

「まあ聞きなよ。今回の討伐対象は『ユニコーン』なんだ」

「ユニコーン? 僕は魔獣についてあまり知らないんだけど、君は知ってるのかい?」

「もちろん。ユニコーンってのはな、一本角の生えた馬みたいな奴なんだ。ちゃんと依頼を聞く前にどんな奴か確認したから、私が知ってるのと違わないはずだ」

「それで、そのユニコーンとバカ高いドレスに何の関係があるんだい?」


 シュヴァルが疑惑の視線を投げかけると、アナスタシアは満面の笑みで言葉を紡いでいく。


「ユニコーンってのは『清らかな乙女』だけに心を開くんだ。今までの討伐隊の連中は、むさ苦しいおっさんばっかりだったらしい。でも、ここにアナスタシアちゃんがいるからな!」

「……清らかな乙女?」


 シュヴァルが疑問を口にすると、アナスタシアはすかさずローキックを放った。雑踏の中だというのに、ドレスに隠して周りに見せない神技だ。脚力が無いからダメージはゼロだが。


「とにかく、私がユニコーン相手に『ユニコーンさん、街の皆さんが怖がってます。別の場所に行ってネ♪』って頼めば、ユニコーンは『はい。分かりました。麗しきお嬢様』ってどっかに行くんだ。簡単だろ?」

「そりゃ、討伐じゃなくて撃退でも報酬は貰えるけどさ」


 低級な害獣討伐は始末しなければ報酬は出ないが、魔獣クラスになってくるととりあえず被害を防ぐ事が出来たというだけでかなりの報酬が貰える。それだけ難易度が高い仕事なのだ。


「それでアナスタシアちゃんがこうして着飾ったってワケ。さあ、早速準備して、魔獣の出る森に向かうぞ!」

「元おっさん現美幼女……ユニコーンの判定的にはどうなんだろうねぇ」


 シュヴァルは溜め息を一つ吐いた。この状態になったアナスタシアを宥めるより、とりあえず魔獣ユニコーンの所に行って、駄目だったら速攻で逃げよう。そう考えた。


 大抵の場合、魔獣は力だけでなく知恵もあるから、問答無用で殺しに来たりしないはず。事実、討伐隊も怪我は負ったが死人は出ていない。通りすがりで迷った事にして、縄張りから逃げだせば多分大丈夫だろう。


「どっちにしろ、出掛ける準備をしなきゃならないから出発は明日以降だね」

「えぇー、どのくらい美少女になったか判定してもらういいチャンスなのにぃ!」

「ユニコーンの出る森まで歩いて一日は掛かるし、他にもいろいろ準備したいからね」

「ちぇ、じゃあぱぱっと準備して、ユニコーン討伐に向かおう」


 話が纏まると、シュヴァルとアナスタシア、それにモチョ達は新たな住処となった工房へと戻った。そして三日後、シュヴァル達は、(くだん)のユニコーンの森へ到着した。


「ここが魔獣の出る森かぁ。やっぱりユニコーンの森って感じだ。なんて言うか、すごく爽やかだ」

「ユニコーンの森って感じって意味が分からないけど、邪悪な感じはしないね」


 アナスタシア御一行の到着した森は、魔獣が住まう噂とは裏腹に静謐(せいひつ)な森だった。小鳥のさえずりは聞こえてくるし、清らかな流れを湛える小川、陽光に照らされた木々には、青々とした葉と、真っ赤な木の実が沢山なっている。


 元々は旅人達の休憩場としてよく利用されたらしいが、最近ユニコーンが出没するという事でぱったり人が来なくなったらしい。


 ユニコーンが自分から襲いかかって来た事は無いのだが、日本で例えると、『ここには巨大熊が住んでいますが、人が襲われた事は無いので大丈夫です』と言われているようなものだ。


 いくら安全と言われても、異界の魔獣がうろついているというだけで恐ろしい。こんな所に好き好んでくるのは余程度胸がある者か、命知らずの馬鹿だけだ。


 発案者アナスタシアがどちらに属するかは、皆の判断に任せたい。


「この森、結構広いみたいなんだよねぇ。馬一頭をどうやって探したものか……モチョも見てないとならないし」

「んー、じゃあ二手に分かれるとか? シュヴァルはあっち、私とモチョはこっちみたいな?」

「そんな事したら迷っちゃうよ。この小川あたりを拠点にして、荷物とモチョは置いていったらどうだろう」

「確かに、モチョは置いて行った方がいいかもしれない。この戦いにはモチョの戦闘力では付いてこれないだろう……」

「君も僕も戦闘能力ないでしょ。そもそも戦闘する気ないし」


 シュヴァルとアナスタシアがそんな会話をしていると、不意にアナスタシアの胸元に抱かれていたモチョがすり抜け、小川の方に近付いて行った。


「もちゅ! もちゅ!」

「どうしたモチョ? 喉乾いたの?」

「もちゅ!」


 アナスタシアがモチョを回収しようと近付くと、モチョのすぐ近くには動物の足跡があった。U字型のそれは狐や狸の物ではない。馬の蹄の形をしていた。


「ナイスだモチョ! 多分これが魔獣の足跡だ!」

「もちゅちゅー!」


 アナスタシアがモチョをこねまわすと、モチョは嬉しそうに丸くなって短い脚をバタバタさせた。


「見つかっちゃったかぁ。このまま見つからなければよかったのにね」

「何言ってんだ! アナスタシアちゃんが莫大な報酬を、楽勝で手に入れられる依頼を受けてきてやったのに!」

「とにかく、この足跡を追ってみよう。万が一駄目そうだったらすぐ逃げるからね」

「大丈夫だって。シュヴァルは心配性だなぁ」


 アナスタシアは上機嫌でシュヴァルの腰をばんばん叩いた後、モチョを抱えて小川に沿って歩き始めた。シュヴァルも観念したのか、最低限の背嚢(はいのう)のみを背負って後を付いていく。


 川沿いを十分ほど歩くと足跡が途切れ、その先は茂みになっていた。さすがに少し緊張しているのか、アナスタシアは唾を呑み、ゆっくりとその茂みから顔だけを出す。


「……いた」


 アナスタシアの視線の先――森の開けた場所には、純白の一角獣がのんびりと草を食んでいる姿があった。

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