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第11話:色付きの初日

 シュヴァルにとって黒歴史となった泥酔デーから数日後、『貴殿に赤銅(あかがね)の称号を与える』との通知が来た時、シュヴァルとアナスタシアは目を疑った。


 だが、何度見直しても合格という事しか書いておらず、「間違いだったら向こうのせいなんだから、そのまま受ければいいじゃん」というアナスタシアのろくでもないアドバイスもあり、シュヴァルは晴れて色付きの錬金術師となった。


 今、二人はウキウキ気分で宿を出払う準備中だ。明日にはシュヴァルのために用意された工房へと移住する事になる。研究成果は全部レポートにまとめてあるし、廃屋同然の工房には財産などない。このまま二人と一匹で明日から移り住む事にした。


「驚いたな、まさか本当に色付きになれる日が来るなんて……」

「これも全てアナスタシアちゃんのお陰だな!」

「いや、君は足を引っ張った方だと思うけど」

「もちゅ! もちゅ!」

「何を言うか! ほら! モチョだってアナスタシアちゃんのお陰だって言ってるぞ!」

「いや、それは早く毛づくろいしてくれって事じゃないかな」


 実は本当にアナスタシアのお陰というのが若干腹立たしいが、何だかんだいいつつシュヴァルもアナスタシアも上機嫌だ。


「色付きになると特典があるんだろ? これで私の究極美少女化計画にまた一歩近づいたわけだ」

「それはまあどうでもいいとして、色付き……といっても赤銅は一番ランクの低い奴だけど、それでもあまりいないからね。研究費は今までと段違いだし、他にも色々と特典があるよ」

「へぇ、他にはどんなの?」

「他の部門の色付き錬金術師と勉強会が出来たり、学院に来ている依頼を受けたりかな。まあ、どっちも僕にはあまり関係無いけれどね。僕の専攻はゴーレムだから」

「学園に来た依頼? それって、冒険者ギルド的なやつ?」

「そんな所だよ。錬金術師を仲間に加えたい冒険者は意外と多いんだ。特に、色付きっていうのはいわば実力の証みたいなものだから。まあ、実際に依頼を受ける人はあまりいないんだけど」

「なんで? モンスターをバンバンぶっ倒して素材とか売れば金になるじゃん」


 アナスタシアが首を傾げると、シュヴァルは何言ってんだコイツみたいな顔になった。


「あのね、冒険者っていうのは文字通り『危険を冒す者』の事だよ? 何かの理由でまっとうな職に就けなかったり、根っからの戦闘狂とか、そういう荒くれ者もの集まりさ。研究職がやるものじゃない」

「えー、じゃあモンスター討伐とかやんないの?」

「……なんで不満そうなの。きちんとした職に就けて、安全な街中で研究に打ち込めるなんて最高じゃないか。それ以上望んだら罰が当たるよ」

「せっかくゴーレムの研究してるんだから、その……何だっけ? ロケットパンチ? でモンスターハンターにならない?」

「アームゴーレム! 大体、僕は戦闘経験なんて皆無だよ。そもそも錬金術師を仲間に加えるのは、戦闘要員のためじゃないから」


 そう言って、シュヴァルは血沸き肉躍る戦闘を求める聖少女(自称)アナスタシアに、錬金術師の役割を簡単に説明した。


 錬金術師を旅の仲間に加える理由は、その汎用性と知識にある。解毒剤や体力回復に役立つ薬の精製。雪国を渡る際は吹雪や雪崩を避けるための障壁を瞬時に錬成。砂漠では大気中の僅かな水分をかき集め氷を作ったり、湿地の泥水から泥だけを分解し清水を得る事も出来る。


 地味だが仲間に居ると非常に心強い存在なのだ。ちなみにシュヴァルはどれも出来ない。


「僕の専攻はゴーレムだからね。アームゴーレムはまだ力の調整が出来ないから、あれをもっと軽量化してたくさん作るんだ。学長も期待してくれてる研究なんだから頑張らないと」

「ちぇっ、つまんないの」


 アナスタシアは不満げだったが、シュヴァルの目は希望の光に満ち溢れていた。これでようやく一人前の錬金術師とみなされたのだ。まだ可能性を買われただけだろうが、その期待にいち早く応えねば。


「でも、赤銅ランクだと結構カツカツではあるんだよね。研究にはお金が掛かるし、補助金だけじゃやりたい事が全部できない。だから、一応簡単そうな依頼があれば受けるつもりはあるよ」

「なるほど、どんなの?」

「代筆とか郵便配達とか」

「それ、色付きになって受ける仕事? もっとデカい依頼を受けろ!」

「そうかもしれないけど、僕、あんまりプライドとか無いし……」


 シュヴァルの本業はあくまでゴーレムの研究だ。なるべく予算を切り詰め、質素倹約を心がけよう。シュヴァルはそう決意し、次の日が来るのを今か今かと待ちわびた。



 そして翌日、シュヴァルとアナスタシア、そしてモチョは、中央都市のはずれにある古びた工房へと案内された。


「……凄いな。さすがに中央都市の工房だけはある」


 室内に入ると、シュヴァルは思わず嘆息した。


 長年使われていないらしく、少し埃っぽいし多少年季は入っているが、雨漏りしない石造りの堅牢な建物。それに、まだ充分に使えそうな機材。今までは寝食兼研究所という感じだったのに大違いだ。


 建物は二階建てで、一階は十人くらい動き回ってもすいすい移動出来るくらいのスペース。そして二階は生活場所として分ける事が出来る。街外れではあるが、歩いて市場に買い出しだっていける。


 今までの廃屋工房と比べたら、まさに天と地ほどの差があった。


「父さん、母さん、僕……ついにやったよ」


 シュヴァルは目尻に浮かんだ涙を手の甲で拭う。


 今までろくに研究成果を出せなかったせいで、もう何年も実家に帰っていない。だが、今までの苦労がついに実を結んだのだ。もう少し生活が落ち着いたら、今度こそ故郷に錦を飾って帰ろう。


「いや、まだこれからだ! 学長やグラナダ様が期待してくれてるんだ! アームゴーレムをより優れた……名前は、スーパーアームゴーレムにしよう! とにかく、もっともっと頑張って、より高みを目指さなきゃ!」


 学長とグラナダはアームゴーレムに関してはほぼスルーなのだが、シュヴァルはそんな事を知らないので一層燃え上がっていた。自分の研究が人々の役に立つのなら、これほど名誉な事はない。


「もちゅ! もちゅー!」

「ん? ああ、ごめんごめん。アナスタシア、モチョに餌を……って、アナスタシアは?」


 モチョがシュヴァルのズボンの裾を引っ張った事で、シュヴァルの意識も現実へと引き戻された。現実に戻ると、先ほどまで横に立っていたアナスタシアが、いつの間にか忽然(こつぜん)と姿を消していた。


「まいったな。首輪を付けた格好であんまり出歩かないで欲しいんだけど」

「もちゅ! もちゅ!」

「まあ、さすがにあの年で迷子になったりはしないだろうけど……モチョ、どこに行くんだ?」


 モチョは短い脚をちまちま動かし、工房の入口まで行くと、シュヴァルの方を向いて立ち止った。シュヴァルが捕まえようとすると、今度は外に走っていく。まるで「付いて来い」と言っているようだった。


「もしかして、アナスタシアがどこに行ったか分かるのかい?」

「もちゅ!」


 モチョは鼻をひくひく動かしながら、街の中央通りの雑踏の中を器用に歩いていく。万が一踏まれても分厚い脂肪と弾力ある毛皮を持つ毬鼠(まりねずみ)なら大丈夫だが、人込みを歩き慣れていないシュヴァルの方が追いつくのが大変だ。


 そうしてしばらくモチョに先導されながら到着した先は、街中の酒場だった。酒場は単に飲食だけではなく、冒険者たちの情報交換や、仕事の依頼なども請け負っている。ここから錬金術学院に対し、依頼が流れることもある。


「まさかとは思うけど、この中にアナスタシアがいるんじゃないだろうね?」

「もちゅ!」


 嫌な予感がしたが、モチョはそのまま酒場の中に入り込んでしまった。シュヴァルとしては荒くれ者集う酒場なんかに極力近づきたくないのだが、このまま放っておく訳にもいかない。


「お、お邪魔しまーす」


 シュヴァルはなるべく目立たないように挨拶し、酒場へと足を踏み入れた。案の定、全身傷だらけの筋骨隆々としたおっさんが、豪快に酒を飲んだり、何かのギャンブルをやっているようだった。


 シュヴァルにはあまり縁のない世界である。だが、その中で一際浮いている存在が目に付き、他のおっさん共も全員それを眺めていた。


「お嬢ちゃん、ここはおもちゃ屋じゃねぇんだから。とっとと帰ってほしいんだがな」

「私は色付きの錬金術師のしもべです! ほら、学院の手紙だってあります!」

「んー……色付きの錬金術師ねぇ。そんならまあ、頼んでみるか」


 シュヴァルは膝から崩れ落ちそうになった。カウンターの親父を困らせているのは、おっさん美少女アナスタシアその人だった。先日送られてきた手紙を証拠として、カウンターに背伸びして突き出している最中だった。


「君、こんな所で何してるんだ……」

「あ! シュヴァル……じゃなくってご主人様! ちょうどいい所に。今、このおじさんから依頼を受けた所です」

「なんで君はそう無駄に行動的なのかなぁ」


 まだ工房に辿りついて五分も経っていないのに、アナスタシアは早速依頼を受けてしまっていた。ゴーレム研究のゴの字も出ていない。


「で、何の依頼を受けたの?」


 昨日、アナスタシアには代筆や郵便配達程度の業務なら請け負うと話しておいた。多少順番がずれるが、先にある程度依頼を受けておいて生活の足しにするのも悪くない。


「魔獣討伐」

「なんでそんなもん受けるの!?」


 得意げに胸を張るアナスタシアの脳天に、シュヴァルは思わずチョップを叩きこんだ。

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