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第10話:赤銅のシュヴァル

「やはり……わしらの想定していた通りだったな」

「ええ、ヴィオラは反発するでしょうが、シュヴァルの色付きは確定せざるを得ないでしょう」


 面接を終えたアナスタシアとシュヴァルが宿に向かっている頃、ラウレルとグラナダは真顔で、シュヴァル渾身の自信作アームゴーレム……ではなく、笑顔のアナスタシアちゃんフィギュアを眺めていた。


 ラウレルは机に置かれたリボルテックアナスタシアを手に取り、グラナダの方へ視線を向けた。


「グラナダよ、わしら錬金術師にとって、最も気をつけねばならない事は何かな?」

「一時の感情や感動に惑わされるな。真実を探せ、でしょう?」


 グラナダが間髪入れずにそう答えると、ラウレルは頷いた。ラウレルとグラナダは学長とその右腕であると同時に、師弟関係でもある。今の発言は、ラウレルが何度もグラナダに言い聞かせた言葉だった。


「左様。わしら錬金術師が『魔技師』などと呼ばれるのもそれが由縁だ。わしらは技師であり研究者なのだ。熱意や狂騒に惑わされ、本質を見失うのは避けねばならない。研究とは、誰がやっても同じ結果になる真実のみが残らねばならない」


 ラウレルはアナスタシア人形を再び眺め、隅っこに追いやられたアームゴーレムと、その錬成法の書かれた分厚い論文を見る。その視線の意味する事を補足するように、グラナダが口を開く。


「アームゴーレムとやらは間違いなくダミーですね。奴の本命はその人形なのでしょう」

「そうだ。証拠は先ほど言った通り。この論文は、熱意という感情に満ち溢れすぎている。情熱を傾けられているのは間違いない。だが、それすらも奴の計算で、危険な罠なのだよ」


 ラウレルはアナスタシア人形を机に戻し、再び論文をめくる。アームゴーレムがいかにすごいか、ここに辿り着くまでにどんな実験をしてきたか、錬成方法もびっしりと書き込まれている。


 だが、この人形については一行も記載されていない。


「昔話をしてやろう。わしがまだお前くらいの年の頃、一つの水難事故があった。父親と息子が川遊びに出掛けた際、息子が溺れてしまったのだ。そこで父親は反射的に川に飛び込んだ。その結果、父親も息子も溺れ死んだ」


 一息でそこまで言うと、ラウレルは再び言葉を紡いでいく。


「大切な息子が溺れているのだ。衝動に駆られるのは当たり前と言えるだろう。人として尊敬すべき精神だ。だが、実はそのすぐ横に、キャンプ用のロープがあった事を、父は失念していたのだよ。そのロープを投げ、引き上げてやれば父も子も助かったであろうに」

「つまり、感情に流されず、冷静に事実を見極めろという事ですか」

「その通り。この論文は熱意が籠っている。実用性は抜きにしても、読ませようとしているのは伝わってくる。つまり、感情に訴えかけてくるのだ」


 そう言いながら、ラウレルはアームゴーレムを再び見る。無骨なそのゴーレムは見た目だけなら相当なインパクトがある。


「シュヴァルがこのようなゴーレムを色付きの面接に持ってきた理由として考えられるのは二つ。見た目のインパクトと熱意をアピールする事で、本当の研究を気付かれないようにするため。もう一つは……」

「そもそも、色付きになる事に興味が無い」


 グラナダがそう言うと、ラウレルは深く頷いた。


「わしらはシュヴァルという男を面接し、色付きという首輪を嵌めるために呼び寄せた。だが、試されたのは、むしろわしらの方かもしれん」

「かもしれません。アナスタシアを模した人形がそれを示しています」

「うむ……わしらがこの人形の存在に気付くか否か。奴はそれを試していたのだろう。研究成果を全て出せと言ったのに、奴はアームゴーレムと論文のみを出した。道化のような芝居までしてな。人形は指摘されなければ出さなかっただろう」


 ラウレルはつい先ほどの面接風景を思い浮かべる。うだつの上がらない錬金術師が、もたついた動作で不格好な腕だけのゴーレム相手に悪戦苦闘しているのに、吹き出しそうになっていた。


 だが、それこそがシュヴァルの狙いだとしたら……。


「この程度の芝居に騙される奴の軍門には下らないという事だったのだろう。そして、あの魔無しの少女を模したゴーレムの記載は全く無い。これは、奴からの挑戦状なのだよ」


 ラウレルは眼光鋭くアナスタシアちゃんリボルテックフィギュアを握りしめる。奴の研究成果の最奥部に隠された人体実験。その被害者である少女を模したゴーレムの情報は皆無。お前らは感づいているだろうが、俺の研究を教えてやる必要はないと言われているようだった。


「いえ、シュヴァルは一つだけ情報を出しました。『いずれ色を付けて、これを大量生産していく』と」

「ふむ……あの少女を踏み台にし、異形を大量生産する。その異形は色付き連中共に匹敵する力を持つ、という意味合いかもしれんな」


 深読みし過ぎである。ラウレルもグラナダも、立場上、他の組織の上層部との付き合いも多い。そこはまさに謀略渦巻く魔境であり、相手の言っている事をそのまま真に受けると、後々致命的なダメージを受ける。だからラウレルとグラナダは、自然と相手の行動の裏を読む癖が付いていた。


「最初はグー」でジャンケンが始まるとしたら、相手はパーを出してくる。その裏の裏をかいてチョキを出すくらいの事をしなければならない。


 だが、あまりにもその性質が長引いたせいか、シュヴァルのようなド直球な人間には逆に無防備になっていた。裏の裏を読んでチョキを出したら、何の捻りも無くグーを出されて自爆している状態だった。


 いずれにせよ、それを訂正してくれる人間はここにはいない。ラウレルとグラナダは、謎の敗北感に包まれていた。ラウレルは深く溜め息を吐き、自分専用の椅子に腰を下ろす。


「まったく、わしの想像通り……いや、想像以上の怪物かもしれん。人体実験を行う奴は地下にいるかもしれんが、社会的な立ち回りまで考え動ける奴はそうはおらん。色付きすら興味が無い、と割り切れる人間もおらんだろう」

「ですが。このまま奴を野放しにしておく訳にはいきませんよ。当初の予定通り、シュヴァルは色付きにせざるを得ないでしょう。少なくとも、今の辺境の土地に置いたまま、ろくな監視も付けないのは危険過ぎます」

「色付きになれば監視は付くが、動かせる資金も立場も強化される。奴の目論見通りわしらがあの人形に気付かず面接に落としていたら、自由に動き回れる……。どちらに転んでも、わしらの負けだったという訳だ」


 ラウレルは敗北を認めたが、それでもどこか楽しげであった。


「まったく、大した男ではないか。上手く飼い馴らせれば、魔術師共も震えあがる逸材たりえるかもしれん。シュヴァルには『赤銅(あかがね)』の首輪を嵌めておくことにしよう」

「赤銅ですか……色付きの中では位が低い方ですね」

「他の錬金術師達の立場もある。それに、あまり強権を与えてしまうと、奴はそれすらも利用しそうだからな」

「分かりました。では、手続きが整い次第、シュヴァルには改めて通達を送ります」

「うむ。では頼んだぞ」


 グラナダは丁寧に礼をし、学長室を出て行った。ラウレルは肩をほぐすように首を回し、椅子に背を預けた。


「犬用の首輪で獅子を抑えられるとは思えんが……ふふ、面白くなってきたわい」


 果たしてあの男は今、宿でどんな表情をしているのだろう。もしかしたら、グラナダと今話した内容すらも想定し、ほくそ笑んでいるかもしれない。


 赤銅のシュヴァルと実験体アナスタシア。奴らが錬金術師達の救いの神となるか、はたまた破滅をもたらす悪魔となるか、それはラウレルにすらも想定が出来なかった。




「せっかく色付きの面接に辿りつけたのに。僕はもう駄目だ……」

「まーまー、面接に落ちらっれ死ぬわけじゃないひ。げんきだそーれ!」


 シュヴァルの色付きが確定した頃、アナスタシアとシュヴァルは宿でべろんべろんに酔っぱらっていた。


 宿に向かう途中、アナスタシアがどうしても酒が呑みたいとだだをこねたのだが、さすがに幼女連れで酒場に向かう訳にはいかず、酒瓶を何本か購入し、家呑みならぬ宿呑みをする事になった。


 二人ともやけっぱちモードでガンガン飲んでいたので、顔は真っ赤で、知性の欠片も感じさせないアホ面を晒していた。身体の小さいアナスタシアに至ってはろれつすら回っていない。


「色付きになって出世すれば、故郷の父さんや母さんに胸を張れたのに……」

「大丈夫らって! にんげんはおかねじゃないろ!」

「ウウッ……おとーさん、おかーさん……」

「よしよし、かわいいかわいいアナスタシアおかーさんが慰めてあげるろ! ほーら、ママでちゅよ~」

「ああ~っ! ママーッ!!」


 シュヴァルは泣き上戸になっていて、反対にアナスタシアは笑いながらシュヴァルを優しくあやす。完全に二人とも錯乱していた。ちなみにモチョは丸まって部屋の隅っこで寝ている。今、この部屋で最も知性のある生き物は多分モチョだ。


 この狂宴は数時間続いたが、VIP待遇の宿を取ってもらっていたので、幸い誰にも見られる事は無かった。

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[一言] 深読みし過ぎワラタ
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