突然のことには気をつけよう
ハルティナに力を与えられた翌日。俺は拐われたプレシアを助ける旅に出るべく、準備を整えていた。俺の傍らにはマズルジアナ大洞穴から出てきた精霊王ハルティナが佇んでいた。
「ねえねえキリクゥ? そろそろアレの時間じゃない〜?」
その甘ったるい喋り方をやめろ。
「時間じゃない〜? とか言われても俺は全くその気にならない。それに、本当に1日キスをしない程度で俺は死ぬのか?」
「ほんとよ? 前回キスをしてから既に14時間が経過している。そろそろ倦怠感が襲ってきたり?」
なぜ疑問形。
「お前は……自分がそうしたくせに、俺の身に何が起こるか本当は知らないんじゃないか?」
ええー、そんなことないわよー、とか間延びした声を出すハルティナ。だんだんムカついてきた。
「大体俺にはプレシアがいるんだ。プレシア以外の女とキスなんてしたくもない」
「そんなこといってもねぇ……ていうか、キリクってそのプレシアって娘とキスしたことあるの?」
「ぅぐ……」
「ぷぷー。この歳まで幼馴染やってきてぇ? まだキスもしたことないのぉ?」
今度はひたすらこちらを煽る喋り方をしてきた。こいつさっきからふざけてるのか。
「お前には言われたくないな。どうせ勇者の事も好きだったけど、勇者には振られて大洞穴で今の今までいじけてたんだろ?」
「うぐ……」
図星。こいつも所詮お姉さんぶったBBAか。
「よし、準備完了!」
ハルティナと無駄な会話をしているうちに身支度が整った。これでようやく旅に出ることができる。
「旅に出るのはいいんだけど、キリクあなた家族は?」
「いないよ。俺は孤児だよ」
「そう……なんだ」
急にシュンとしたハルティナ。こいつにも他人の気持ちを推し量ることができるのか。まあ孤児だからといって困った事も悲しかった事もなかったが。
「村のみんなが俺を育ててくれた。隣のバイサさんも雑貨屋のホルスさんも、村長のミリティア姉さんもみんな優しい人だから。それに……」
俺にはプレシアがいたから、なんてのは言えなかった。言おうとした途端に恥ずかしくなってきたから。
「それに?」
「いや、なんでもない。さあ、村長に挨拶してから村を出よう。夜までには隣町までの道を半分は歩いておきたい」
「はいはーい。じゃ、私は消えとくわね」
そういうとハルティナは姿を消した。
「姿は見えなくても近くにいるから、間違っても私以外の女と仲良くしないでよ?」
「束縛する女は嫌いだ」
「というわけなので村長、これから旅に出ます」
村長の家。事情を説明して村を出ることを伝えた。目の前にいるのは村長のミリティア姉さん。歳は20後半で、髪は茶色でロングストレート。身長は高く、スレンダーな体型をしている。なぜこの若さで村長をしているのか、それは俺も知らない。聞きたいと思ったこともないし、聞いても意味がないから。
「そうか……数日前にプレシアが連れていかれてからこうなるのではと思っていたが……寂しくなるな」
俺がいないと寂しいと言う。本心でなくともその言葉には込み上げてくるものがあった。では、と俺が踵を返そうとしたところで俺のすねに衝撃が走った。
「イダッ!」
俺があまりの痛みにその場にうずくまると、村長のミリティア姉さんがどうしたと心配してくれた。
「ああいや、なんかぶつけたみたいで……」
『なにが“ぶつけたみたい”だ! だれなのこの女!』
『誰なのとか言われても、村長だよ。名前はミリティア。世話になったんだから変なことしないでくれよ?』
どうやら透明なハルティナにすねを蹴られたらしい。というかいま自然に会話してたけど、ハルティナの声は村長に聞こえてないみたいだし、俺も口を開かずに会話が成立した。これがいわゆる念話?
俺の力ってこんな使えないのばっかりだったらどうしようとか、唐突にそんなこと思って不安になった。
「ほんと、大丈夫か? すごく痛そうだけど……」
そう言いながらミリティア姉さんが近づいてきた。
『ハルティナ! 俺この人にホント世話になってるから変なことしないでくれよ?』
『そんなこといってくるあたり怪しい! なんか私と名前ちょっと被ってるし、このアマムカつく! これでも喰らえェ!」
透明で見えないけど、ハルティナがミリティア姉さんを蹴ろうとしてる気がしたので、ミリティア姉さんの前に立ち、ミリティア姉さんを守ろうとした。
『ちょ! キリクじゃまぁ!』
ドン。背中にキックをもろに食らった。その衝撃で前にいる姉さんの方へ倒れこむ。……ん?
姉さんの方へ、倒れこむ。……やべえ!
と思った時には既に遅く、勢いのまま俺はミリティア姉さんを押し倒してしまった。そして、これまた勢いのまま……
「んぅ……!!?」
やっちまったぜ。
いま俺は……ミリティア姉さんとキス……してる。
いや、不可抗力不可抗力……。いや、その、あの……。
「んはぁ――ミリティア姉さん! ごめん!」
そう叫んで俺は荷物を引っ掴んでその場を逃げるように立ち去った。いや、実際逃げた。本当にごめんミリティア姉さん。プレシアを連れ帰ったら再び謝罪に向かいます。
そして部屋には呆然とした“透明な”ハルティナと、これまた呆然としたミリティアが残された。
「キリク……これが、きす……?」
『ちょ! キリクゥ! この女やばい! やばいよ! というか置いてかないでぇ!』
念話で絶叫しながら走り去っていくキリクの後を追うハルティナ。こうして部屋にはミリティアだけ。
「キリク……帰ってきたら覚えておけよ?」