One room Love story
ふと、大切なものが消えてしまう夢を見た。
現在世の中では理不尽な事なんぞ溢れかえっているし、ほぼ毎日の残業やら飲み会の際のタバコの匂い、上司の機嫌をとる為の愛想笑いなど消費される日々に窒息しそうになっていた。
年も二十を過ぎると現実ではやたらシロクロつけられる。胸が少しでも満たされるように暴飲暴食を繰り返しているとリアルな数字となり表記されるし、肌の荒れ方は目を塞ぎたくなるほど。でもしょうがないじゃない、受付の女の子から「顔色悪くないですか」と問われても社会はこんな一個人を待ってくれる訳ないのだから。
昔はまだ良かった。といっても高校での話。
課題の提出やバイトに追われていたけれども多分、恋愛においても人生においても全力で走っていくことができていた。もちろん、そんな“全力”を尽くすことで将来明るい光が差し込むという理想を抱いているだけでしかないにせよ、その頃の私は今の私より幾分かは素直で、何事に対しても熱意があったように思える。
けれどもそんなのは思春期まっただ中で見ているだけの淡い夢でしかない。
青春はそれこそ痛くて苦しいこともあったけれど、私が“私”でいられた時間であった。
私は生まれ育った風景や親元を離れ、東京へと生活を移す。
東京は、言ってしまえば無機質な街だった。
新宿、日比谷、光が丘。今では仕事上訪れるようになったその場所は、テレビで紹介されていた時には人が賑わい、キラキラしていたのを覚えている。しかしかつて私が抱いていた街並みとはほど遠く、皆互いに他人には無関心であり、おいしいと評判のカフェやレストランが並んでいても私には全くと言っていいほど味が感じられなくて。
東京という街には元々彩りなんかない事に気付いてしまう。そうするともう、思ってしまったからには自分自身も憂愁に閉ざされて閉まった様にしか感じられなくて。
そんな感情を押し殺すようにして会社へと足を運ぶ。あまりよく知らない女子のグループに入ったり味のしないお酒を勧められ無理やり体中へ流し込んだりして、なんとか東京に染まろうとした。
そんな頃からだろうか、いつしか私は甘えてしまったら負けと感じるようになる。
それは単に私自身の強がりゆえなのかもしれないのだけれども、とにかく東京という影も形もない大きなものにのみ込まれようとしていた。例えいつかの私が“私”でなくなったとしても。このまま色を忘れてしまえるのなら、そっちの方がきっと、ずっと楽であるハズだから。
ただ、誰かが認めてくれればそれで良かった。
そんな私はある冬に一人の男性と出会う。
当時彼は仕事帰りで遅い時間であったし、きっと疲れていたのにと今となっては思うのだけれども、そうなる運命だったかのように夜の公園、誰かに必要とされたいと一人泣いていた私の前に現れた。
―――大丈夫、さむくない?
温かなココアを私の手に握らせて彼は優しく微笑む。そしてこの後私に一人じゃないよと甘く呟くのだ。
そんな彼は数分後、この部屋に訪れる。
寂しいと流す雫はいつのまにか彼のぬくもりで消えていったかのように、かつては冷たかったこの部屋に確かな温かな光が灯っていた。消して途絶えることのない、鮮麗な光が。
大丈夫。
私の居場所はここにあるから。