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2 去り際のセリフ


 彼氏以外の男と二人で出かけるなんて考えられない。心からそう思ってた過去の自分が、今となってはとても純粋だと感じる。


 私は今、地元の駅前でレンタル彼氏なる人物が来るのを待っている。


 本来、レンタル彼氏を利用する女性は、彼らのプロフィール一覧を見て好きなタレントを選べるらしいけど、今回の場合は別。心晴こはるからの誕生日プレゼントなので、彼女が独自に私に合いそうなタレントを選び、今日の待ち合わせも取り付けてくれたというわけだ。


 心晴の好意にはとても感謝しているし、恋愛に悩む私を思いやってくれる彼女の心遣いも嬉しかった。でも、同じくらい不安もある。どういう人が来るのかも分からないし、良く知らない相手と二人きりにされたって会話につまりそうだからだ。


『大丈夫!そんな心配しなくても!彼なら、ひなたのこと安心させてくれるから』


 ここへ来る前、大学で心晴に言われたことを思い出す。そうだよね。相手はプロのレンタル彼氏だもん。きっと楽しませてくれるはず。せっかく心晴がくれたプレゼントなのに不安になるなんてもったいない。


 そう思う一方で、交際中のゆうに対して申し訳ない気持ちにもなった。


 今日、レンタル彼氏と遊んだら、優との関係に変化が起きたりするのかな?


 不安と緊張。交互に胸を染めるプラスとマイナスの感情でドキドキが止まらない。何とか平常心に落ち着きたいと思いつつ、気分は思い通りになってくれない。


 その時だった。彼に声をかけられたのは。


「矢野ひなたさんですか?」


「は、はいっ」


 声が裏返ってしまったのは、その人があまりにも爽やかでかっこよかったから。恥ずかしさと緊張感が増し、思わず彼から目をそらしてしまう。


 どうして私のこと分かったんだろう?あ、そうか。事前に心晴が私の写真をこの人に見せたと言ってたな。


「はじめまして。凜翔りひとといいます。今日はこうしてお会いできてとても嬉しいです!」


 凜翔君は満面の笑みを見せた。乗り気じゃなかったのにそんな反応をされると、いたたまれない。高校生か大学生になりたてなのかな?服装や見た目は大人っぽいけど、彼の話し方はどことなく年下っぽい。


「あの…!私こういうの初めてで、何したらいいのか全然……」


 正直になろう。凜翔君にはそうした方がいいような気がして、私は今の気持ちを口にした。


「なので、今日、失礼があったらごめんなさい。先に謝っときます」


「ひなたさんは謙虚なんですね」


「え!?そんなこと初めて言われました」


「予約を取って下さった三枝さえぐさ心晴こはるさんも言っていました。とても感じのいい女の子だって」


「心晴が?」


 嬉しいけど、恥ずかしいっ!心晴、この人とそんなこと話してたんだ!顔が熱くなってくる。


「三枝さんの言ってた通りの女の子ですね、ひなたさんは」


 彼の柔和にゅうわな笑みが、無防備な心を貫きそう。そういうことをサラッと言わないでほしい。心臓に悪いから。


 相手は仕事でそうしている、それは分かってるし、彼氏がいるから他の人と恋愛する気なんてない、その心づもりだったのに、うっかりときめいてしまう自分がこわい。


 あどけなさを残した凜翔君も、高いプロ意識を持ってレンタル彼氏をやってるんだろうな。色んな意味で感心し、良い意味で期待を裏切られた……。


 凜翔君との出会いで自分の中に生まれる様々な想いを実感しながら、その日のデートは始まった。


 心晴は3時間コースを予約してくれたので、あと180分も凜翔君と行動を共にしなければならない。大学の講義2コマ分もある。長い。うまく乗り切れるんだろうか?


 駅前から歩き出してすぐ、凜翔君が屈託くったくない表情でいてきた。


「ひなたさんは、普段周りの人達からどんな風に呼ばれてますか?」


「呼び捨てが多いです」


「じゃあ、俺もそうした方がいいですか?」


「そうですね、それでお願いします」


 無表情でぎこちなく答える私とは反対に、凜翔君はリラックスしている感じ。さすがだな。こういう仕事している分、女慣れしてそう。


「俺からもお願いしていいですか?」


「はい…?何ですか?」


「敬語はナシでいきましょ?」


「え?でも……」


 相手が明らかに年下だと思えても、初対面の相手にタメ語は話せない。私の気持ちを読んだのか、凜翔君はイタズラな瞳でこちらの顔を覗き込んできた。


「俺も普通にしゃべるから。ダメ?」


「ダメじゃ、ないです」


「じゃあ決まり!俺のことも、凜翔でいいから。行こ、ひなた」


 手を伸ばされて、思わずつかみそうになってしまう。何してるんだろ!たとえレンタル彼氏のサービスだとしても、好きでもない人と手をつなぐとかナシでしょ!とっさに手を引っ込め、私は凜翔の前をずんずん歩いた。凜翔は遠慮がちに追いかけてくる。


「手つなぐの、苦手だった?」


「苦手じゃないけど……。これでも一応彼氏いるから、ちょっと」


「そっか、ごめん。そうだよね。ひなた可愛いもん。彼氏いて当たり前だと思う」


 褒め言葉もド直球。なるほど。言葉や仕草で女性を気持ちよくさせる、それがレンタル彼氏の仕事の本質なんだろうな。


「自分ではそんな風に思わないけど、褒めてくれてありがとう。凜翔」


「ううん。本当のこと言っただけだよ」


 その時、凜翔の笑った顔が、少しだけ寂しそうに見えた。



 結局手はつながなかったけど、交わす言葉が増えるたび緊張感は薄れ、凜翔との時間を素直に楽しもうと思えるまでに気持ちは楽になっていた。



「どこに行く?ひなたの行きたい場所どこでも言って?」


「実は、ずっと気になってる映画があって……。それでもいい?」


 なんてのはウソ。今日はあらかじめこう言うと決めていた。


 早く時間が過ぎてほしいし、退屈しのぎにはもってこい。今日のデートに楽しさや疑似恋愛なんて全く期待していなかったので、映画を観るのが無難で楽なチョイスだと思っていた。



 狙い通り、凜翔との時間はあっという間に過ぎた。それもそのはず。映画館で2時間も使ったのだから。


 映画館を出ると、凜翔と一緒にいられる時間は残り20分となった。私が映画を選んだ理由を察していただろう彼と気まずくならなかったのは、観た映画が爽快感抜群のアクションものだったからだと思う。


「久々に映画でスカッとした!」


「私も!主人公がトラックで敵を追いかけてビルを突き壊して進むとことか!」


「そうそう!」


 お互いに、映画の余韻よいんで気持ちが高ぶっていた。


 凜翔は朗らかに映画の感想を言い、私の意見も求めた。待ち合わせの時の他人行儀な空気からは考えられないくらい、私達は長年の友達同士みたいに語り合っている。


「主人公の向こう見ずな性格、好き!」


「俺も!友達になりたい!」


「うん!共感できるよね!やること全部無謀なんだけど一生懸命なとことか応援したくなる!」


「分かる分かる!」


 楽しかった。時間つぶしのためにと適当に選んだ映画なのに、こんなに引き込まれるなんて。


 映画の話題で盛り上がりつつも、どちらかともなく帰りのことを意識しはじめ、駅に足が向く。凜翔がレンタル彼氏でいてくれる時間は残り10分に迫っていた。


 会う前はあんなに憂鬱ゆううつだったのに、今は名残惜なごりおしい。恋ではないけど、凜翔ともう少し話していたい。こんな気持ちになるのは久しぶりだった。付き合ってる優に対してすら感じた記憶がない。


 こういう場合、別れ際には何て言えばいいんだろう?『バイバイ!』『またね!』『今日はありがとう!』どうせ今日1日の関係なんだからどれでもいいはずなのに、どれも違う気がした。


 考えていると、凜翔がポツリとつぶやいた。


「寂しいな。ひなたとバイバイするの」


「私も〜」


 真に受けず、軽く合わせておいた。


「今日は凜翔と遊べて楽しかったよ。じゃあね」


 名残惜しさなど表に出さず、私はさっと凜翔から離れて手を振った。デート終了の時間まで数分あるけど、この辺りがベストタイミングだと思えた。


「俺も楽しかった!今日は来てくれてありがとね、ひなた!」


 彼に手を振り、私は改札に向かって歩く。もう二度と会えないんだと思うと、やっぱり寂しい。


 凜翔は、離れていく私の背中目がけて叫ぶように言った。


「……ねえ!俺のこと好きになって!」


 え……?それ、どういう意味?


 凜翔の放った言葉の意味が分からなかった。改札前で立ち止まり、私は彼の方へ引き返そうとした。でも、人の往来に阻まれうまく進めない。


 サラリーマン男性の肩にぶつかったりなどしてようやく凜翔のいた場所に戻ったけど、彼はもうそこにいなかった。


「……何だったの?」


 無意識のうちに独り言。去り際の彼のセリフは、私の意識を丸々もっていってしまった。


『俺のこと好きになって!』


 凜翔は、どういう気持ちであんなことを言ったんだろう?もしかして、私のことを好き、とか?


 まさかね。彼氏がいることは話したし、今日、彼に気に入られそうなことは何もしていないし、美人でもない。そんな私にあんなことを言う理由はひとつ。うん、営業トークだ。今後も贔屓ひいきにして下さい的な意味の。


 思いのほか楽しかったけど、凜翔は好みのタイプだけど、今後レンタルすることはありません。学生だし、まずお金がないです。ごめんなさい。


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