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10 リアル彼氏

 そっと私の体を離し、凜翔りひとは言った。


「ひなたに会わせる顔ないから避けてたのに、本当は偶然にでも会いたいと思ってた。部室で思い出の曲弾いてたらひなたが現れてホントビックリしたけど、嬉しかった」

「私も。まさか軽音楽部の部室に凜翔がいるなんて思わなかったよ」


 まるで運命みたいだね。そう言うように、私達は互いを見つめ合う。


 『木枯らしのエチュード』が引き合わせてくれた。私も今後、この曲が大好きになりそう。


「ひなたのこと、好きだよ」

「私も…!」

「こんな俺でよかったら、付き合って下さい」

「ふつつかものですが、こちらこそよろしくお願いします!」

「あはは…!」

「ふふっ」


 想いを伝え合って、互いの顔を見つめ合う。照れくささと喜びで笑い声が漏れた。


「なんか、ひなたとこうしてるの照れるね。しかも自分の部屋で」


 照れくさそうに凜翔が笑うと、胸の奥がうずくような幸せを感じた。


 そして、次の瞬間、変な緊張感が湧いてきた。凜翔の部屋で二人きりだってことを意識してしまったから。


「レンタル彼氏として出会うなんて運命的だよねっ。でも、それより前から会ってたなら声かけてくれればよかったのにっ」


 緊張を紛らわすためそんな疑問を口にした私を見て、凜翔はぎこちなく答えた。


「……話したかったけど、こっちからグイグイ行けるほど自分に自信なかった」

「えっ、凜翔ほどの人が…?」


 レンタル彼氏として人気の凜翔がそんな消極的な思考だったなんて信じられない。私の顔を見て、凜翔は何か言いたげに視線を泳がせた。


「私、変なこと言った…?」

「そうじゃないけど……。レンタルデートも、実は仕組んだことだったり……」

「それってどういう…?」


 尋ねようとした時、カバンの中のスマホが鳴る。


心晴こはるから電話だ…!」

「いいよ、出て?待ってる」


 凜翔がそう言ってくれたので「ごめんね」と謝り、心晴の電話に出た。


杏奈あんなに聞いたよ!ひなた、大学でひどい目に遭ったんだって!?大丈夫?』


 杏奈から電話が来たらしい。口早に心配する心晴に、私は言いようのないくらいホッとしていた。杏奈やゆうだけじゃない、心晴にまで心配をかけて申し訳ないという思いと同時に、大切に思ってもらえていることが嬉しくて……。


「もう大丈夫だよ。凜翔が助けてくれたの。今、凜翔の家にいる」

『凜翔君ちに!?』


 心晴は驚きの声を上げた。歓喜も含まれたような声音だ。私が凜翔に助け出されたことまでは、杏奈からも聞かされていないらしい。


『もしかして、凜翔君と付き合うことになった?』

「うん。ついさっき……」

『やっぱりそうなんだ!おめでとう!よかったね!』


 喜びに満ちた心晴の明るい声を聞いて、だんだん実感が湧いていた。凜翔と恋人同士になったんだ、私。


「ありがとう。心晴のおかげだよ。あの日、悩む私にレンタル彼氏を紹介してくれたから」


 ひとりではきっと見つけられなかった出会い。最初は戸惑ったけど、レンタルデートという形からでも凜翔の存在を知ることができて本当によかったと思ってる。


『あのね、ひなた、そのことなんだけど……』


 気まずそうに言葉を探している気配は、いつもの心晴らしくなかった。


「心晴…?」

『あのね、ひなた……』


 そこで突然、声が途切れる。凜翔が私の手からスマホを抜き取ったからだ。


三枝さえぐささん、その続きは自分で話します。今までありがとうございました。このお礼はまた改めてさせて下さい」


 心晴にそう言い、凜翔は一方的に電話を切ってしまった。何が何なのか分からず、私はうろたえた。


 取り上げられたスマホを返されると同時に、私は凜翔にいた。


「心晴と知り合いだったの?」

「……うん。三枝さんと出会ったのは、今年の春。大学生になってすぐ、レンタル彼氏のバイトを始めた頃だった」

「そんなに前から?知らなかったよ……」


 なんか、少しショック。心晴はそんなこと一言も言ってなかった……。


「心晴、どうして話してくれなかったんだろ……」

「俺がそう頼んだからだよ。三枝さんを通して一大学生としてひなたを紹介してもらうこともできたけど、それだと三枝さんに気を遣ってひなたは俺への評価甘くすると思った。だからあえてバイト中にレンタル彼氏としてひなたに会いたかった。『親友の知り合い』っていう先入観なしのまっさらな目で俺を見てほしかったから」


 ひなたに振り向いてもらえる立派な男になりたくてレンタル彼氏のバイトをすることにした。ーーそう前置きし、凜翔は話した。


 彼がレンタル彼氏の仕事を始めて最初に担当したお客さんが心晴のお母さんだった。仕事で疲れてる母親に日常を忘れて元気になってほしいという願いを込めて、心晴は母親に凜翔とのデートをプレゼントしたそうだ。


 心晴のお母さんとのデートが終わる頃、母親の様子を見に来た心晴と出くわし、凜翔は衝撃を受けた。


「三枝さんって、ひなたと一緒に昭の部屋に来ることあったでしょ?昭からも聞いてた。三枝さんはひなたと一番仲がいい女友達だって」


 そのことを瞬間で思い出した凜翔は、心晴の顔を見るなりある事を頼み込んだ。もちろん、自分の素性を明かして。


「お願いします!ひなたさんとのデートを取り次いで下さい。もちろんレンタル料金は俺が払いますから…!昭の弟だということは伏せて、お願いします!」


 でも、心晴は最初、その頼みをキッパリ断った。


「ひなたは昭君ひとすじだからそんなことできないよ」

「そうですよね……。無理を言ってすみませんでした」


 凜翔も、心晴の返事に納得した。彼氏のいる人と近付きたいなんて、そんなの無茶だと自分でも分かっていた。


 その後、凜翔は心晴と何度か会う機会を得た。心晴のお母さんが月に1、2度、凜翔を指名してデートの予約を入れたからだ。心晴のお母さんはレンタルデートで久しぶりに若々しい気持ちを取り戻し、仕事への活力も湧いたという。正社員の仕事が決まったのも、そういう心境の変化が影響していたのかもしれない。


 お母さんのデートが終わる頃、心晴はたいていお母さんの迎えに来た。それは、母親を心配してというより、凜翔が私に対して何かしでかさないかという懸念からそうしていたようだ。


「三枝さんの顔を見るたび、無言で牽制されてるのが分かった。でも……」


 心晴にお願いを断られてから半年近く経った10月、なんと、心晴の方から私とのデートを予約してきた。凜翔は当然、驚いた。


「ひなたのこと真面目に想ってくれるなら紹介してもいいよって、三枝さんは言った。それが、ひなたとの最初のレンタルデートだったんだよ」

「そうだったんだ……」


 私の知らないところで心晴がそんな風に動いてくれていたなんて……。


 思い返してみたら納得できることがいくつもある。初めてレンタル彼氏を紹介してきた心晴のノリもどこか不自然だったし、凜翔の話をする時の心晴もいつもと違う感じがした。何かをごまかすような様子だった。


 考えを整理していると、凜翔は柔らかく目を細めた。


「三枝さん、ひなたのことが本当に大切なんだね」

「……でも、心晴とはもうすぐ離れ離れになるんだ」


 引っ越しのことを思い出して気持ちが沈む。


 心晴がいてくれる。そのありがたみが、今回のことでより分かった。


 刻一刻と別れの時は迫っている。寂しかった。凜翔と気持ちがつながって他のことで悩めるほど気持ちに余裕ができたのか、それとも恋愛と友情で生まれる感情は別物なのかは、分からないけど……。


「大学祭、いい日にしよ。三枝さんにとっても、ひなたにとっても」

「うん!」


 心晴が予約してくれた学園祭での三人デート。心晴への恩返しの意味も込めて、最高の日にすると決めた。




 大学祭当日。


 朝から心晴と待ち合わせ、彼女の運転する車で大学に向かった。凜翔とのデート予約は午後からなので、それまでは二人で学内を回ろうとあらかじめ約束していた。


 大学に向かう車の中で、私達は先日のことを話していた。


「そっか。あの後、凜翔君から全部聞いたんだね。隠しててごめんね」

「ううん!心晴がしてくれたこと、嬉しかったよ」

「……凜翔君や優君から聞いてるかもしれないけど、昭君のこと色々知ったら見損なって……。だからってコソコソレンタルデート取り付けるのは間違ってたよ。ひなた、優君と付き合ってたのに」

「そのことはホントもう気にしなくていいよ。それより、昭のこと見損なったって?もしかして、色んな子と遊んでたって話?」


 信号待ちになり、心晴はうつむいた。


「うん……。ひなたと昭君が別れた後くらいに、ひなたに会いに大学行ったら駐車場でたまたま優君と会って、昭君はすごい女癖悪いって教えられて……。優君、だいぶ前からそのこと知ってたみたいなんだけど、ひなたには教えられないって胸痛めてた」


 先日の電話で優が言っていたことを思い出した。思い悩む価値、昭にはないって。そういうことだったんだ。優が言葉をにごした理由が分かった。どこまで優しいんだろう……。


「昭にヨリ戻したいって言われた。断ったけど」

「マジで!?ありえない!!」


 それまでしんみりしていた心晴は興奮し、アクセルを踏む足にも力が入っている。


紗希さきちゃんともうまくいってないんだって。だから寂しくなったのかも」

「そんなの自業自得だよ!ひなた、昭君に戻るなんて絶対ダメだよ!」

「大丈夫、分かってるから」


 それに、私は凜翔だけが大好き。他の人へ行くなんて、もう考えられない。


 凜翔のことを想うだけで自然と頬が緩んでしまう。私の様子を見た心晴は、満足げに言った。


「そうだよね。ひなたには凜翔君がいるもん。昭君なんて目じゃないよね」

「うん。もう、何のこだわりもなく接するよ、昭とは」

「バイトも学校も一緒だし、それがいいよね」


 木枯らしの匂いがしそうな外と違い、車内の空気は春みたいに穏やかな色に変わっていく。


「凜翔君の部屋、どうだった?」

「ドキドキしたよ、やっぱり」

「さっそく進展あったり!?」

「し、進展!?」

「付き合うことになったなら、これから好きな時に会えるね。連絡先も交換したんだし」

「そう!大進展だよ。今まではいつ会えるか分からない、謎のレンタル彼氏だったからね。ドライブも買い物も食事も全部手探り状態だったし」


 自分の恋愛みたいに楽しく話す心晴の調子に合わせつつ、私は内心気後れしていた。付き合うことにはなったけど、凜翔との関係はまだこれといって進展していないから。


 親衛隊に襲われた時に汚れた髪を洗うため、あの後凜翔はシャワーを勧めてくれた。だけど、その後恋人らしい触れ合いは一切なかった。凜翔のピアノ演奏を聴いたり大学の話で盛り上がって、それはそれで楽しくはあったんだけど。


 好きな人の家でシャワーを浴びる。その後に訪れる甘いシチュエーションを過剰なほど期待していた。勝手な妄想で盛り上がった私が悪い。でも、それが実現しないことで凜翔との間に壁があるように感じ、少し寂しくなったのもたしか。


「せっかく付き合えることになったのに、寂しく思うのって変だよね……。凜翔の気持ち知らなかった今までの状態と比べたら断然幸せなはずなのに」


 心の内を口に出すと、心晴はうなずき同調してくれた。


「分かるよ。相手と自分の気持ちの高まり方が違うっていうか、温度差を感じる時ってあるよね」

「そう、そうなの!」


 凜翔は凜翔。元カレの昭や優とは違う。分かってても、強引に触れてくるそぶりのない凜翔を寂しく思った。


「かといって、いきなりがっつかれてもそれはそれでショックだけど。凜翔ってそういうイメージないし……」

「そうだね。恋愛初期は特にだけど、そこらへんの微妙なさじ加減、大事だよね」


 心晴はとことんうなずいてくれる。呆れることなく面倒な相談に付き合ってくれたおかげで、話す前よりいくらか気持ちが楽になった。


「心晴って、付き合ってどれくらいでキスとかしたの?」

「イサキとは付き合ってその日にしたかなぁー……。あ…!でも、あたし達の場合は別だよ。凜翔君とひなたのペースがあるし、うん!」


 心晴はしまったと言わんばかりにフォローしてきたけど、私は再びモヤモヤした気分になってしまった。


「やっぱり、自信なくなってきたー……」

「ひなた、しっかりして!?」


 うなだれる私を気遣いつつ、心晴は運転を続けた。


「ひなたと凜翔君は、出会い方も普通とは違うし、まだ始まったばかりじゃん?幸せになるに決まってる。じゃなきゃ、最初から凜翔君に会わせたりしなかったよ」

「……そうだよね。ありがとう、心晴」


 そうだ。凜翔とは始まったばかり。こんなの、少し前の私からしたら贅沢すぎる悩みだ。


「大切にするよ。凜翔と、この恋を」

「うん。そうだよ、ひなた。あたしもさ、今回の引っ越しでイサキと離れ離れになることに不安はあるけど、好きな気持ちがあるから頑張るつもり!」


 そうつぶやく心晴の声は、静かな決意に満ちていた。ずっと私と同じ位置にいたと思っていた心晴がすごく大人びて見える。


 私もいつか、心晴のように揺るぎない気持ちで立てる日が来たらいいなと思った。



 大学に着くと思ったよりたくさんの来場者がいて学内は騒然としていた。あえて早めに来た私達は、普段ない賑わいに気分を高まらせた。


「ひなたんとこの大学祭、年々人多くなってない!?すごっ」

「そうだね。有名人呼んでる効果かも。でも、有名人が来るのは明日の野外ライブなのにな〜」


 もう少しゆっくり色々見て回ろうかと思っていたけど、来場者のためにセッティングされた講堂のテーブルセットはほぼ全席埋まっていて、私達が座れそうなのは風の当たる外のテラス席だけだった。それでも、テラス席にもまばらに人の姿がある。


「ごめんね、心晴。外の席しかなくて」

「大丈夫大丈夫!コート着てるし全然寒くないから」


 元気に笑う心晴を連れてテラス席に着くと、優が声をかけてきた。彼にしては珍しく、ジャージに腰だけエプロンを巻いたラフな格好をしている。


「ひなた、今来たの?心晴ちゃんも久しぶりだね」

「うん、今一緒に来たの。優は?早いね」

「今朝大学開く前に来て準備してた。今はさっそく店番任されてる。準備期間中けっこう休んじゃったから先輩命令で」


 久しぶりに顔を見る優は、優しい面持ちはそのままに、前よりイキイキして見えた。


「ああ、豚汁出してるんだっけ、売れてる?」

「予想以上の売れ行きだよ。昼前なのにこんなに人来るなんて思わなかったから、もうすぐ材料追加で買い出し行かされそう!」

「ははは、大変だね」

「ここ寒いでしょ?ウチの店来て。今ならサービス出来るよ。先輩どっか行っちゃったし」

「え、でも……」


 忙しそうなので遠慮したものの、直後にクシャミをした私を見て、優はバスケ同好会が設置した飲食席で二人分の豚汁をごちそうしてくれた。ブースの中にテーブル席が作られている簡易な飲食席だが、風よけもされて外よりだいぶ暖かい。


「あたし、トイレ行ってくるよ」


 豚汁を平らげてすぐ、心晴は席を離れた。もしかして気を遣わせただろうか?テーブル席で優と向かい合う形となり、心晴が抜けたことで二人きりになってしまった。


「ごちそうさま。美味しかった。優が作ったの?」

「うん。今日の分は。カット済みの材料を味噌とダシ汁で煮ただけだけど」

「そうなの?でも、すごいよ。お袋の味って感じがする!」


 自分でも少しテンパっているのが分かる。不自然にならないよう明るく会話をつないでいると、優はこちらの気持ちを探るように微笑した。


「凜翔君とうまくいったみたいだね」

「え!?いや、それは、あの……」

「声のトーンで分かるよ。おめでとう」

「……ごめんね」


 優の気持ちに応えられなかったクセに、あっさり他の人を好きになってしまった。


「知ってたんだね、優は。昭が色んな人と遊んでたこと」

「凜翔君に聞いたんだね」

「……うん」

「そんな顔しないで。うらやましくなるくらい幸せなとこ見せてくれなきゃ、俺が手を離した意味ないでしょ?」


 うつむく私の頭を、優はそっと撫でた。付き合っていた時の触れ方とは違う、妹をあやすお兄ちゃんみたいな撫で方だった。


「よかった。ひなたの幸せを見届けられて」

「優……」


 本当にもう、優とは終わったんだなと思った。そのことに後悔はないのに、もの寂しさを感じた。


 まだもう少し何か話していたい気がしたけど、豚汁を買いに来たお客さんと心晴が同時に飲食席へ来たので、優も私も、席を立たなければいけなくなった。


「また来てね。心晴ちゃんも!」

「ありがとう優君。ごちそうさまでした」


 私達が出て行くと同時に、バスケ同好会の出店は混雑し始めた。


 それから中庭に行くと空いたベンチを見つけたので、心晴と私はそこへ座った。人があまり来ず静かだ。


「優君と話せた?」

「やっぱり心晴、気遣ってくれたんだ」


 心晴はうなずいた。


「優君は優しいね」

「うん。別れたことも付き合ったこともなかったかのように、普通に接してくれる」

「そういうの、助かるけど胸も痛むよね」

「そうだね……。元気そうで良かったけど」

「さっきあたしが抜けたの、ひなた達に気を遣っただけじゃないんだ……。優君に対して後ろめたかったから、顔合わせづらくて。もちろん、優君はあたしのしたこと知らないだろうけど……」


 そうだ。心晴は、私の幸せのために凜翔を紹介してくれた。優からしたら、本当の恋敵は凜翔じゃなくて心晴なのかもしれない。


「そうな風に思わないでいいよ。大丈夫。私は自分の意思で凜翔を選んだ。心晴のせいじゃない」


 それに、昭のことはもう責められないなと思う。優がいたのに凜翔を好きになった私には。


 私は言った。


「周りがどう動こうと、本来行くべき方向へ人は自然に流れていく。そうなんだって思うことにしたよ。恋する相手もそう」


 心晴が紹介してくれたおかげで凜翔との出会いは早まったけど、心晴の手引きがなかったとしても、凜翔とはきっとどこかで出会う運命だったのかもしれないと思う。昭と付き合ってる私を、凜翔が見つけてくれたように。


「その考えいいね。あたしもマネするよ」


 心晴はそうつぶやき、空を眺めた。その一言は、新しい土地でお母さんと生活していくことを言ったのかもしれない。



 それからいくつかの展示や出店を周り、凜翔との待ち合わせ時間になった。彼はいっこうに姿を見せず、レンタルデートの予約時間を1時間過ぎてもその姿を現さない。


「待ち合わせ、ここであってるよね?」

「うん、大学の正門でいいはずだよ……。もう一回電話してみるね」


 凜翔の番号にさっきから何度も電話をかけているのに、凜翔は出そうになかった。プルルルルという音の代わりに凜翔のスマホから流れるメロディーが『木枯らしのエチュード』だったことに胸がキュンと鳴るものの、会えるはずの時間に会えないことが不安をあおる。


「凜翔君、勤務態度はいたって真面目で遅刻なんて一度もしたことないのって、ウチのお母さんも言ってたのに……」


 さすがの心晴も不安げな顔をした時だった。


 紗希さきちゃんが怒りの形相で私の元へやってきた。


「アンタのせいで、昭も凜翔もおかしくなった!」


 叫ぶように言い、紗希ちゃんは目に涙を浮かべた。ツヤツヤだった彼女の肌も、堂々とした雰囲気も、疲れているのかくすんで見える。バイト中は極力目を合わせないように接したので、彼女の顔をまともに見るのはこれが久しぶりだった。


「ひなたのせいって、何!?言いがかりはやめてよ」


 かばうように私を背中に隠し、心晴が紗希ちゃんと対峙たいじした。心晴の勢いにひるんだものの、紗希ちゃんは負けじと食ってかかった。


「アンタには関係ない!その女に用があるの!」

「ごめんね心晴、私が話すよ。ありがとう」


 「でも……」とためらう心晴の前に出て、私は紗希ちゃんに尋ねてみることにした。凜翔が遅刻していることについて、紗希ちゃんは何か知っているかもしれないから。


「凜翔がおかしくなったって言ったよね。今日、私達、凜翔と三人で学園祭を回るつもりだったんだけど、凜翔だけまだ来てない。それって私のせい?」

「そうだよ」


 話が早いと言わんばかりに、紗希ちゃんは矢継ぎ早に言った。


「他のタレントにアンタとの関係告げ口されて、凜翔は会社の人と揉めてるの!アンタに入れ込んだ罰も受けるかもしれない。ただでさえ凜翔は人気のタレントだから、アンタと親密になってるって知った客がストーカーまがいなことしてるって話もある。昭だって、私と別れたいって言い出した!アンタが未練がましくバイトに居続けたせいで……!」


 言い終わる頃、紗希ちゃんは軽く息切れしていて、充血した目からはとめどなく涙が溢れていた。昭に別れを告げられてから泣き続け、今日もずっと私を探して大学中を歩いていたんだろう。


 彼女に呼び止められた時から、昭のことで文句を言われるのは覚悟してた。でも、今は凜翔のことが心配だった。一刻も早く彼の元へ行きたい……!


 だけど、興奮状態の紗希ちゃんはすんなり私を逃がしはしないだろう。歯がゆい思いで、彼女と話すことにした。


「昭のことは言い訳する気ないよ。ヨリ戻したいって言われた。でも、一度は紗希ちゃんを選んだ昭を受け入れるつもりはないし、凜翔のこともこのまま放っておく気はない」


 カバンの中にたまたま入れておいたメインバンクの通帳を開き、残高を紗希ちゃんに見せた。大学1年の頃からバイトでコツコツ貯めてきたお金。


「コレで全て解決するとは思ってないけど、

凜翔に何かあった時は、レンタル彼氏の違約金、これで払ってもいいと思ってる」

「信じらんない!普通そこまでする!?」

「普通はしないかもね……」


 自分でもビックリだ。


「凜翔にはそれだけの価値があるから、お金なんてしくない」

「……バカじゃないの」

「バカだよ」


 バカになるくらい、恋をした。


「昭のことも大好きだった。でも今は、凜翔だけが好き。何があっても一緒にいたいんだよ」


 この恋は永遠だなんて保証はどこにもないけど。それが、今の想い。


 返す言葉を失ったものの、紗希ちゃんはそのまま引き下がるのも悔しいといった様子でそこに立ちつくす。


 そこへ、よく知る人物が二人もやってきた。昭と優だ。


 彼らは同時に「打ちのめされたー」と言い、紗希ちゃんの視線を遮るように私の前に立った。放心する心晴と顔を見合わせ、私は目をしばたかせる。


「紗希はさ、ひなたが凜翔を想うくらい俺のこと好きだったか?」

「好きだよ!だから、彼女いるの分かってて告白したんだよ……」

「ううん、違う。本当のこと言えよ。お前は意地になってるだけだ。本命の凜翔に振り向かれないのが分かってたから」


 昭の言葉に、その場の全員が凍りついた。紗希ちゃんは、昭ではなく凜翔のことが好きだったらしい。同じ高校の音楽科に入った頃からずっと。


「……そうだよ。友達としてはいいけど、昭なんて本当は好きじゃない。凜翔の好きな女が…この女が悲しめばいいと思って近付いただけだよ…!悪い!?」


 それから紗希ちゃんは、開き直ったかのように事情を話した。感情的に話すので所々聞き取りづらくもあったが、こういうことだった。


 高校時代から謎の多かった凜翔。音楽科に属するという以外、紗希ちゃんは凜翔と接点がなく、ようやく話せるようになったのは凜翔を追うように同じ大学の軽音楽部に入ってからだった。


 紗希ちゃんは昔から好きになった男子を振り向かせるスペックがあったし、自分でもモテることを自覚していたので、部活を通して会話が増えるうち、凜翔のことも振り向かせられると思っていた。だけど、どれだけ経っても凜翔は振り向いてくれそうにない。


 彼がレンタル彼氏のバイトをしていることを知っていた紗希ちゃんは、凜翔の好きな人を突き止めるため店のホームページを探し彼のプロフィールを見た。そこで凜翔の初恋経験を知った。


 軽音楽部の活動が終わるとメンバーで飲みに行くこともしょっちゅうある。紗希ちゃんはソフトドリンクにお酒を混ぜた物を凜翔に飲ませ、恋愛に関する雑談を振った。凜翔の恋愛事情を聞き出すための作り話だ。


 知らず知らずお酒を飲まされていた凜翔は気を緩ませ、普段ははぐらかすような突っ込んだ質問にも答えていた。


 年上の初恋相手って誰??ーー尋ねると、凜翔は答えた。


『兄の彼女……。ひなた、今、幸せかな…?』


 正気のようで酔っている凜翔の幸せそうで切なげな声音を、紗希ちゃんは忘れないと言った。


 凜翔の恋愛相手を知った後日。軽音楽部のメンバーと凜翔の家に行く機会を得た紗希ちゃんは、わざと昭に近付いた。紗希ちゃんの狙い通り、昭は彼女の甘い誘惑に引っかかり私は振られることになった……。


 紗希ちゃんの本音を知って、何とも言えない気持ちになった。


 優が紗希ちゃんに尋ねた。


「違ったらごめんね。……もしかして、大学でひなたの妙なウワサ広めたのは君?時期も合ってるし、そういう話聞いてたらそうかなって思って」

「だったら悪い?」


 紗希ちゃんは悪びれることなく優を睨みつけ、乱暴に私を指差した。


相馬そうまさんと付き合ってるのに凜翔に傾いたこの人が悪いんだ!男好きもウソじゃないじゃん!私は悪くない!なんでそんな目で見られなきゃいけないの!?」


 優も、昭も、心晴も、あわれみと軽蔑の眼差しで紗希ちゃんを見ていた。優は諭すように言葉を継いだ。


「未成年だから、女の子だから、君は見逃されてるだけで、根も葉もないウワサを言いふらすのは名誉毀損という立派な罪に当たるんだよ。親衛隊に実害受けてるから傷害罪もつくよね。ひなたは被害届なんて出さないだろうけど……。これだけは言わせてほしい。恋愛で傷ついたのは君だけじゃないよ」


 優の言葉は、皆の言葉を代弁しているかのようだった。言いたいことを言ってもらえた、そのはずなのに、私の気持ちはスッキリしなかった。ずっと謎だったウワサの原因が分かったというのにーー。


 紗希ちゃんの心に、優や私の気持ちがどれだけ届いたのか分からない。でも、それきり黙り込んだ彼女を、どうすることもできないと思った。


「ひなた、大丈夫?顔、真っ青だよ」

「うん……。平気。なんでもないから」


 心配してくれる心晴に微笑を返すと、私は優と昭に尋ねた。


「一緒にいるってことは、二人、仲直りしたの?」

「いや?全然!」


 答える両者の声が重なり、思わず笑ってしまった。口では否定してるけど、息ぴったりな感じがする。


 ここへ来るまでのことを、昭が説明してくれた。


「さっきたまたまツレと豚汁食ってたら、紗希から『あの女シバく』ってメールが来て……。ひなたのこと言ってるの分かったから、ちょうど店番してた優も連れてきた」

「いきなり無言で腕引かれたからビックリしたよ」

「だってお前、俺がひなたと別れてから話しかけても無視するじゃん。豚汁買ってやったのにありがとうもないしさ。出店とはいえ店員ならもっと愛想良くいろよな」

「昭にだけは言われたくないよ。連れてくる前に一言くらい説明してくれても良かったと思うけど?」

「お前、せっかくモテるのにそういう細かいことばっか言ってると女寄り付かなくなるぜー?」

「忠告ありがとう。昭の半分でいいから俺にも軽さが必要だったのかもね」

「嫌味か?いい性格してんなー」

「お互い様でしょ」


 親友同士だっただけあって、二人の言い合いはやっぱり、親しかった歴史を感じさせる。また前みたいに仲のいい友達に戻るのも間近なんじゃないかと思えた。


 昭はめげずに優に頼んだ。


「やっぱり、お前と絡めねぇのキツいわ。無視されてよーく分かった。ひなたのことで色々俺に不満があるのは分かるけど、そういうのリセットしてもう一回前みたいに友達やってよ。頼む」


 心晴と私は肩を寄せ合い、二人を見守った。


 優は真摯しんしに答えた。


「そうだね。女の子に対していい加減なところを改めるって言うなら考えてもいいかな」

「えー!?それは別にいいじゃん!お前が俺の彼女になるわけじゃないんだし」

「そういう問題じゃないよ。って、言って通じる相手じゃないか」


 ため息をつき、優は言った。


「このまま絶縁状態でいてひなたに精神的負担かけたくないから、普通に話すくらいならいいよ」

「マジで!?言ってみるもんだな」

「今はまだ知り合いの域を出ないけどね。そこんとこ忘れないでよ?」

「お前、しばらくしないうちに強くなったな……」


 いつになく高圧的な優に苦笑しつつ、昭は嬉しそうに笑った。チャラチャラしてるけど、全力で昭を好きだった時を思い出すいい笑顔だった。


 二人の友情が復活する日は、もうすぐ。私の安堵あんど感を察して、心晴も柔らかく目を細めた。


「よかったね、ひなた」

「うん…!」


 肩を並べて歩き出す昭と優につられ、心晴と私が移動しようとした時だった。


「ムカつく!ムカつく!ムカつく!」


 恐ろしいほど低く恨みのこもった声で、紗希ちゃんが叫んだ。


「今までの男は皆私だけの言うことを聞いて私だけを好きになったのに、お前ばっかり皆に可愛がられるなんて間違ってる!ウワサじゃりてないみたいだし、もっと痛い目見ればいいんだ……!」


 紗希ちゃんは持っていたカバンの中からカッターナイフを取り出し、むき出しになった刃先を私に向けた。


 悲鳴をあげる間もなく振り下ろされるカッターナイフ。私は身を縮こまらせ頭を抱えるようにしゃがみこんだ。守ろうとしてくれた昭や優、心晴の動きがスローモーションのように見えた。


 ギラリと光る刃が髪の先をかすめる感覚がし恐怖を覚えた時、何かを投げ飛ばすような重々しい音と紗希ちゃんの悲鳴が聞こえた。


「きゃあっ…!」


 少林寺拳法の投げ技で、紗希ちゃんを地面に叩きつけたのは、彼女の背後から現れた凜翔だった。


 ピアノを弾いている時とは違うワイルドな一面を見て、胸がドキドキした。こんな状況なのに、凜翔の男らしさに見惚れてしまう。


「待たせてごめんね、ひなた」


 何事もなかったかのように挨拶をする凜翔に、昭と優は目を丸くしツッコミを入れた。


「女の子投げといてそれはないだろ。相変わらずマイペースだよな、お前」

「今のは痛かったでしょ、大丈夫?」


 昭と優は地面に横たわった紗希ちゃんを心配し彼女の体を支えようとした。そちらへは目もくれず凜翔はまっすぐ私を見た。


「三枝さんからメールもらって、急いで来た。危ない目に遭わせてごめんね」


 私が紗希ちゃんと話している時、心晴はこっそり凜翔にメールを送ってくれていたそうだ。


「ううん、凜翔のおかげで助かったよ。でも、大丈夫なの?バイト先でトラブルがあったって聞いたけど……」

「もう平気。違約金払って辞めてきたから。今日のデートは俺の都合でキャンセル扱いになったから、そのことも店の人と話してきた」


 他人事みたくあっさり報告する凜翔に、真っ先に食いついたのは紗希ちゃんだった。投げ飛ばされた痛みに顔を歪め、彼女は言った。


「信じられない…!じゃあ、やっぱり本当なの?この女のためにレンタル彼氏のバイトしてたって……」

「そうだよ。そろそろ潮時かなって思ってたし、魅力的な男になれたって言い切る自信は今もないけど、ひなたによけいな心配かけたくないから」


 静かに、だけどどこか怒りの感情を漂わせ、凜翔は紗希ちゃんに言った。


「ひなたを困らせたくなくて進路に無関心なフリしてたけど、この大学選んだのはひなたに追いつくため。音楽に関わり続けたのもピアノを弾いて想い出の曲を奏で続けるため。連絡先も、ひなたの以外は興味ないから、紗希にも教えなかった」

「……」

「紗希の気持ちに気付けなかった俺が悪い。身勝手なことして紗希を傷つけたね、本当にごめんね。ひなたは悪くないよ。『分かって』なんて、言う気ないけど」


 凜翔は私の背中に手を回し、その場を後にした。心晴も一緒に来た。昭と優は、同情心からかしばらく紗希ちゃんのそばにいたようだった。



 大学祭でのライブを最後に、凜翔は軽音楽部をやめた。メンバー達には残ってほしいと頼み込まれたらしいけど、紗希ちゃんが私に危害を加えたと分かった時点で、凜翔は退部の決意をしていたそうだ。



 紗希ちゃんのことは他人事じゃないと思った。優が彼女に正論を突きつけた時、モヤモヤしたのはそのせい。優の言葉が心に突き刺さったからだ。


 だからって、凜翔と紗希ちゃんを仲直りさせたいとは微塵みじんも思わないけど。


 良くも悪くも、それが恋。綺麗で汚くて、だけど守りたい感情ーー。



 大学祭最終日の夜、近所の大型河川で花火が打ち上げられた。心晴はイサキさんと、私は凜翔と、四人並んで花火を見た。


 花火を見上げている時、凜翔はバイトを辞めるまでの経緯を話してくれた。


 偶然カフェで会った日、凜翔は高級料亭でお客さんを待たせていた。それにも関わらず私と過ごすことを優先し、結局凜翔から料亭デートをキャンセルしたのでお客さんが怒って店にクレームを入れたらしい。そこで初めて、凜翔はお店の人の信用を失った。それでも解雇されずに済んだのは、上位の人気を得るタレントだったから。


 しかし、優秀すぎる働きを見せる凜翔を妬むタレントはたくさんいた。その中の一人が、いつしか私が指名したカイトさんだった。


 カイトさんは私とのレンタルデートを終えた後、凜翔が私に貢いでいるとか私と凜翔は体の関係でつながっているといった、ある事ない事を他の女性客に吹聴し、凜翔のイメージを落とそうとした。カイトさんとのデートで私が退屈してしまったことが彼のプライドを傷つけてしまったらしい。その上凜翔はカイトさんの常連客をも奪う人気ぶりだったので、なおさら彼の嫉妬心を膨らませた。


 カイトさんに煽られ凜翔を付け回したり、ネットで凜翔を誹謗中傷するお客さんまで出てきた。このことを重く見た店側は、やむなく凜翔を解雇する方向で話をしてきたという。


 違約金を払ったことについて、凜翔は何も言わなかったけど、私と付き合うことを店に言ったせいだと分かった。


「私とのこと黙ってれば、お金払わずに済んだかもしれないのに……」

「いいんだよ。元々あってないようなお金だったんだから。自分磨きがバイト最大の目的だったし」

「でも、違約金って高かったよね?実は、前に店のホームページで見てさ……」

「そっか、見られちゃったんだ」


 凜翔はさほど気にしていないようだった。


「ごめんね。私が凜翔以外の人とデートしたりしたから……」

「そうさせてしまったのは俺だから、逆に謝りたいよ」


 花火大会の会場は混雑しているのに、隣に座る凜翔の声は涼やかでよく通って聞こえる。


「でも、もう、他の人とデートなんてさせないから」


 周囲の目も気にせず、凜翔はその腕を私の肩に回し、一瞬のキスをした。


「……凜翔っ!?今のって……」

「大好きだよ、ひなた」

「あ、ありがとうっ!でも、あの、そういうことじゃなくてね?ビックリしたっていうか……」


 この前、シャワー上がりに何もなかったことを思い出し、今日の凜翔を意外に思った。驚きの分、胸は熱くなっている。


 凜翔はそっと私の髪の毛をなでつけ、艶っぽい笑みを見せた。いつも穏やかで涼しげな瞳の奥に、欲情の色が見えた気がした。


 ドキッとした私は、あわてて今日着てきた服の感想を凜翔に求めた。


「あっ、えっと、これ!凜翔に選んでもらった服だよっ。覚えてる?」

「もちろんだよ」


 凜翔はそっと私の手を取り、指先を撫でるように手をつないだ。ピアノの鍵盤に触れているような優しい触れ方に、体が熱くなる。


「他の人といても俺のこと思い出してもらえるように、ひなたの服選びしたから。付き合ってなくても一緒にいられる口実になるし、買い物っていいよね」

「凜翔、そんなこと考えてたの!?計算高いよっ」

「そうだよ。いけない?」


 距離をつめられ、凜翔の肩が私のそれに触れた。上着越しなのに凜翔の体温が伝わってくる。ううん、これは私の熱かもしれない。


 凜翔は意地悪な笑みを見せた。


「ひなたがカイトさんを指名したって知った時、どれだけ嫉妬したか分かる?」

「ち、違うの、あれは適当に選んだだけでっ」

「冗談だよ」


 そう言いつつ、目が笑ってない。凜翔、本気でヤキモチ妬いてる!?


「今までの彼氏なんて忘れるくらい愛してるから、これから覚悟しててね」

「かっ、覚悟!?覚悟ってっ!」

「ふふっ。ひなた可愛い。でも、俺以外の人にそういう顔見せたらダメだよ?」


 レンタル彼氏をやめリアル彼氏になった凜翔は、早くも私を翻弄させる。


「お、お手柔らかお願いしましぇっ…!(んだっ…! )」


 甘くて熱い、未来の予感がした。




 その後、私への恋愛感情を再確認した昭は、凜翔と兄弟対決をすることになったらしい。


 優と昭はまだ完全に元通りの関係とはいかないみたいだけど、学内で二人が一緒にいるのを見かけることが増えてホッとした。

 二人は私のウワサを耳にするたび否定して回ってくれているそうで、そのうちじょじょに居づらい空気は消えていった。私が一度は付き合った彼らの言葉は、学生達にとって何よりも説得力があるらしい。


 12月になってすぐ、紗希ちゃんは音楽大学へ転学しファミレスのバイトも辞めた。凜翔がいるからこの大学に来たものの、元々は音楽系の大学へ進みたかったそうだ。


 引っ越してすぐ、心晴はイサキさんとの結婚が決まりこの土地に戻ってくることになった。心晴のお母さんもそれを喜んでくれているらしい。


 紗希ちゃんがいなくなったことで、凜翔は再び軽音楽部に入り直し、引き続きキーボードを担当している。紗希ちゃんの後続として1年の新メンバーがボーカルをすることになったけど、凜翔はボーカルを抜いて人気メンバーとなった。


 レンタル彼氏をやめてもなおモテ続ける凜翔にハラハラさせられるけど、告白されるたび凜翔は決まってこう言った。


「好きな子泣かせたくないから、女性とは連絡先交換しないことにしてるんだよ。ごめんね」


 私にも向けられたことのあるそのセリフ。あの時、凜翔の言葉の奥には、私に片想いしてくれていた彼の一途さが宿っていたんだと知った。











《完》


 最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。たくさんある作品の中から気にとめて頂けてとても嬉しいです。連載中、ページがめくられているのが分かるたび、励まされていました。


 前々から気になっていた「レンタル彼氏」という題材。いつか小説として書き起こしたいと思っていたので、こうして完結させることが出来てよかったです。達成感でいっぱいです。


 公募への投稿作品を作る一方、こちらのサイトでもファンタジーや恋愛ものを発表していきたいと思っているので、もしよろしければ時々のぞいて頂けたら嬉しいです。


 貴重なお時間をありがとうございました。



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