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起業の意味

○第8話:起業の意味


M典駅前独立系ネットカフェひまわり。

ここにはいわゆる個室の他に四帖程度の広さの座敷が設定されている。

その一室、そう猫屋敷紳士同盟が集った一室の空気は異様な緊張感が龍神のようにうねり暴れていた。

「主席、君はなんて言ったんだい。僕には起業と聞こえたのだが、きっと聞き間違いであろうよ。」

かのえ君の問いかけに僕はゆっくりと頭を振ります。

「いいえかのえ君、聞き間違いなどではありません。僕は起業とそうはっきりと申し上げたのです。」

仁王立ちで語る僕をさっちんが心配そうに見上げます。

「主席、僕達はそこまで大変な努力をしなければならないのでしょうか。」

僕はやや目を伏せ、たてた人差し指を2度3度横に振ってからさっちんの疑問、いや不安に答えました。

「さっちん、君は大変誤解をなさっているよ。いいかい、より有利だから起業をするのですよ。僕が調べた限りでは起業をすること自体は本当に君たちが目を丸くして驚くほど簡単なのです。ただ、起業後成功することが成功し続けることが困難なのです。」

「そうです、その困難さを僕は主張したいのであります。」と仰るかのえ君の持つ不安はそうとうに大きいもようです。

僕は芝居がかった溜息を一つついて、長々と語り出すのであります。

「現状に甘んじていると遠くない将来に僕達は愛すべきご主人様を失ってしまうでしょう。何故なら同じスマートフォン用の暇潰しゲームという土俵には数多くのライバルがひしめき合っているからであります。僕達の猫屋敷はご主人様達を繋ぎ止め続ける為に魅力を発散させ続けていなければいけません。そして残念なことに僕達4人が今持っているものだけでは魅力を維持し続けるのは困難であると僕は結論付けました。なぜならその魅力は常にライバルのそれより高く強くなければならないからであります。人も必要ですし、資金も必要なのです。だからといって買収の提案を受けることは本末転倒なのでございます。猫屋敷の権利を売り渡すことはすなわちご主人様との決別を意味します。ですから起業なのであります。幸いなことに僕達には売り物にできる技術力と発想力が御座います。某中国企業の最終的な目的は僕達のゲームを彼らのコミュニケーションツール内で楽しめるように実装することです。彼らが僕達に出資することで買収のために予定していたよりずっと少ない金額で目的を達成できるとしたら、彼らは僕達のゲームの所有権を諦めてくれるとは思いませんか?」

かのえ君とさっちんは僕の演説を聞いてうーんとうなったきり気持ちを決めあぐねております。

彼らの気持ちは理解できます。正直な処、起業に対する恐怖は僕にもあるので御座います。しかし、僕の頭が冷静なときを狙って状況を判断すると起業に挑戦するのが最も正しいらしいと信じられるのです。

「主席、起業をするにしても僕達はまだ高校生なのです。大学を卒業して自他とも認める一人の社会人になってからそれを行うのが奇をてらわない安全にして正当な道ではないでしょうか?」

「かのえ君、僕は好機を逃さないことが最も安全な道だと考えます。かのえ君には、今目の前にどっしりと巨躯であぐらをかいている好機が見えてはいなさらないのか。その好機は厄介なことに体が大きいほど俊敏なのです。ためらっているとあっという間にどこかに行ってしまうのです。」

ここでさっちんが手を上げて平行に進んでいる僕達の会話がうまく交差するように角度をつけてくれました。

「主席、そしてかのえ君。主席と僕達の違いは考えていた時間にあるように思います。主席がおそらくは長い時間をかけて決心をされたように、僕とかのえ君にも時間が必要なのです。」

僕はさっちんに礼を言い、たお先生のご意向をお伺いいたしました。

たお先生は「3人の結論に従う」とそれだけを申されました。

「僕よりもっとよろしいアイディアをかのえ君やさっちんが思いつかれるかもしれません。僕は主席としてお二人が結論に至るのを必ずお待ちします。たとえそれで好機を逃すことになってもです。それが紳士同盟の絆なのであります。」

そしてその夜は4人それぞれが各々の道をたどって、家路についたのでございます。


起業という二文字は僕が想像していたよりもかのえ君とさっちんには重く、お二人は自宅に辿り着いた後改めてどっしりとしたものを自分のそばに感じて思い悩んだそうでございます。

かのえ君は風呂で湯に浸かっている時に下手くそな鼻歌をタイル張りの壁に反射させながら”猫屋敷とはご主人様とは己にとってのなんぞや”と自らに問い続けたそうであります。

彼は有難いことに僕の主席としての能力に全面的な信頼をよせて下さっております。ですので僕が起業こそ最善の手段というならきっとそうなのだろうと疑うのをやめたのだそうです。

しかしことが起業ともなりますと、面白半分というわけには行きません。失敗した場合に負債を背負うリスクはもとより成功した場合も社会を構成するひとつとして責任ある行動を取らなければなりません。

義務教育は誇らしい成績で終了している彼ですが、彼個人の無意識下の人生設計においては大学を卒業するまでは無責任な半人前でおりたかった筈です。

さっちんは布団に潜り込み部屋の明かりを落としてわずかに月明かりが忍び込む天井を眺めた時に、じわじわと綿飴が育つように心の中に良く判らない何か膨れてきたのだそうです。

そして本人にもどうしてだがよく分からなかったそうなのですが、自分が起業をするとそれを想像しそうになるとその想像を妨害するように涙がじわりじわりと滲んできて、己というやつがひたすら情けなくなってしまったと申しておりました。

さっちんは”巻ちゃん、”様を信仰しておりますので、前進する道しか考えておりません。

今、自分は”巻ちゃん、”様との素晴らしい時間を享受できている。

進化を止めればいつかは”巻ちゃん、”様を失う。

ならば自分は進化を続ける、そういう論法です。

でも実際には自分の魂がガタガタブルブルと震えて怯えきっていることを嫌というほど思い知り、それが情けないというのです。

もはや建前も去勢すら無い、蛮勇を振るってがむしゃらに二人は起業に同意してくださったのです。

有志四人の気持ちが一つになったなら、僕達紳士同盟はさながら超音速で飛ぶミサイルの様なものです。

毎日学校の教室でもひまわりの御座敷でも熱を入れて打ち合わせを行い、某中国企業に起業を考えている旨打診をしました。

某中国企業も僕達がたてた企画に大いに興味をもって下さり、話はとんとん拍子で進み、打ち合わせをすることになり、彼らの来日の日はあっという間にやって来たので御座います。


さてその当日。

時刻は午後4時10分を回ったところです。

僕達は一日借りきったハイヤーで空港へ先方を出迎えに行かなければいけません。

某中国企業からはお二人いらっしゃるそうですので、ハイヤーには後2人しか乗れません。主席である僕と背が高い男前で見栄えがするかのえ君がゆくことになりました。

たお先生とさっちんには今日のために借りた時間貸しの会議室の準備と通訳の方との打ち合わせをお願いしております。

この段取りは先方にも仔細を連絡済みで、空港から会議室までは僕が英語で彼らとコミュニケーションを成立させることにいたしました。

僕の英会話が全くの付け焼き刃でしか無いことも連絡済みでございます。

ですので初めは僕と通訳の方でお出迎えをさせていただきたいと提案をしたのですが、多少でも英語が出来なさるなら直接仕事以外の対話をする時間が欲しいと希望をされてしまったのであります。

会議が始まったらそれぞれお互いの国の言葉を用います。

理由は微妙なニュアンスまで誤解なく相手に伝えたいからでございます。

その思いはさっちんが通訳の方に念押しをしてくれているはずです。

今、ハイヤーの後部座席に僕とかのえ君が並んで座っております。

横目で彼を見ると両腕をぴんと伸ばして膝小僧に突っ張っていて、彼の緊張した気持ちがダブダブと漏れだして僕の方へと漂ってきます。

「かのえ君、お願いした携帯電話は持ってきているだろうね。」

彼には先方が滞在中に使っていただくための携帯電話をリース会社から借りておく仕事をお願いしてありました。

かのえ君が仕事をしそこねるとは思えませんが、僕は彼を見ていてどうしても何か声をかけてあげなければいけないと思ったのです。

彼は自分のカバンを開いてがさごそとあさりだしました。

「ああ、持ってきているよ。中国語も選べるスマートフォンを用意したんだよ。うん、持ってきている、大丈夫だよ。」

「流石かのえ君だ。機種は選べたのかい?」

「選べたよ。中国製の性能のよろしい物を選んだんだ。」

「ありがとう、それでいいよ。もし真逆に日本製のエントリーモデルだったならきっと彼らは機嫌を損ねてしまうよ。」

「おお、主席もそう考えなさるかね。僕もそこを心配したんだ。」

かのえ君の表情に少しですが自信の色がかぶりました。でも僕はそんな彼を見て彼よりもずっと嬉しそうな笑顔をしていたのであります。

空港で待っていらっしゃったのは女性がお一人と、三十代半ばのように見える男性がお一人でありました。

男性の方が事前の約束通り鞄に彼らの商標をピン止めして下さっていたので一目でわかりました。

僕達が恐る恐る歩み寄ってゆくと、僕達を見つけた女性のほうが駆け寄ってきてめちゃくちゃな発音の日本語でむやみに元気よく「こんにちわ」とおっしゃられました。

僕とかのえ君はちょんの間「今、こんにちわと言われたのかな?」と間顔を見合わせた後、最も有名な中国語「?好」を声を揃えて言いその後やや軽くお辞儀をいたしました。

そのようなお互いを思いやったやりとりがあったものですから、これから行われるビジネス交渉に対する恐怖はだいぶ薄らいだのですが、ハイヤーに乗り会議室へと向かう中、後部座席のお客人二人が資料を取り出し何やら難しい顔をしなさりだすと、助手席に座っているかのえ君がちらちらと後ろを盗み見てはぎゅっぎゅと拳に汗を握るのであります。

正直な処、不安に押しつぶされそうなのは彼らを隣に見ている僕も同じでありまして、覚悟を決めるのに今暫く時間が欲しいという意見の一致を僕とかのえ君は瞬間的なアイコンタクトで確認し合ったのです。

かのえ君が運転手の方に「ちょっと露店で買い物をしたいので次の信号を過ぎたら5分ほど停車をしていただけますか。」と伝えます。

ハイヤーが止まると僕とかのえ君は檻から逃げ出すように表に出て、お客人を手招きしました。

そして、交差点付近にある有名な鯛焼きの屋台に直行し鯛焼きを運転手の方の分も含めて5つ買い求めました。

車中に戻って鯛焼きを頬張るとなんとも和やかな雰囲気になりこころが落ち着きます。中国からいらっしゃったお二人は魚の形を模した菓子を手にしてなんとも楽しそうです。

しかし鯛焼きの効果はそれほど長くは続かず、お客人はまた難しい顔で資料をにらみ出します。

そうするとかのえ君はまたもや落ち着きを失い、その負の連鎖の先に僕の不安の膨張があるのです。

かのえ君が運転手の方に「ちょっと記念写真を取りたいのだが橋を渡りきったあたりで5分ほど停車をしていただけますか。」と伝えます。

写真を撮った後しばらく車を走らせてはまたぞろ「あの公園でイベントが行われているようです」などと言って停車をしたのでした。

そのようなことを幾度か繰り返して僕とかのえ君は自分の中の不安を誤魔化しながら会議室へと向かったのであります。

お客人二人は大変に小気味が良いお方たちで、頻繁な寄り道にとても楽しそうにして付き合ってくださいました。

とうとう会議室についてしまうとたお先生とさっちんが今日のためだけに用意をした名刺を構えて待っております。

お客人の若い女性はさっちんの方へと即座に駆け寄り、さっちんは半歩後ずさりをしますがそのまま捕まってしまい、さんざん頭を撫でられてしまうのでした。やはりさっちんの可愛らしさは世界共通なのだなと思いました。

お客人の興奮が収まった後、通訳の方を介してお互いの自己紹介を行いました。

さて、僕達の起業のお話は第8話ではここまでとさせていただきたいと思います。

某中国企業との会議の顛末と、その後僕達がどのようになったかについては、また後で必ず説明をさせていただきます。

実はこのとき僕達はもう一つ事件を抱えていたのであります。

そのお話を少々進めさせていただきたいので御座います。


先ずはご主人様たちのチャットを紹介させていただきます。

それはただごとではない内容で御座いました。

何度でも申し上げさせて頂きますが、チャットは僕達紳士同盟の有志が裏声を駆使して読み上げます。決して小鳥がさえずるような美少女のこそばゆくも愛らしい声を想像して文書を読まれない様、どうぞよろしくお願いいたします。

>めGu☆彡:まりちゃんストーカーってそれ本当なの?

>まりすけ :気のせいだと思いたいけど

>あさがおな:警察に相談すればー

>ちずリョナ:そーだよー

>まりすけ :気のせいかもしれないし、恥ずかしいし

>めGu☆彡:言ってる場合じゃないってー

>ぁらяё :男兄弟を活用すればいいんじゃねすか

>まりすけ :一人っ子なのよね。高校生にもなって親に送り迎えしてもらうのもなんか

>ちずリョナ:あんたはどんだけ八方ふさがりなのだね

「これは由々しき事態ですね。」と僕は我が愛する”まりすけ”様に降りかかった悪意ある人為災害に対し、額に血管を野太く浮き上がらせてその怒りを表したのです。

「我がいとしの”まりすけ”様は他人を思いやることができるお方です。その性善説の象徴ともいえる心優しきマイレディーが悪意を感じているのですから、きっと本当にストーカーは存在するに違いありません。」

「主席、お言葉ではありますが僕達は紳士なのですから軽はずみな行動はよろしくありません。先ずは本当にストーカーが存在するのか確認をすることが肝要です。」

僕の気持ちはだいぶ荒ぶっておりましたので、その台詞を申されたのが女子用の体操着の上にエプロンで武装をしたさっちんでなければ、相手の胸ぐらをつかんで無様に悪態をついていたことでしょう。

本当にさっちんの特殊な衣装姿は僕達の魂の特効薬であります。例え僕が”まりすけ”様を思うあまり殺人衝動に駆られてしまったとしても、可愛らしいさっちんを見たら血塗られた出刃包丁のような気持ちも瞬時に腰抜けになってしまうのであります。

”まりすけ”様は荒川区にお住いですので、僕達が身辺警護をするのはそう難しくはない距離と申せます。

「主席のお気持ちは痛いほど解ります。しかし僕達には少なくとも逮捕権はありません。」

「かのえ君、しかし警察に任せているときっと事後の対応になってしまいます。それであまりにも主席が無念ですし、指を咥えて見ているのは紳士のすることではございません。」

「ああ、さっちん。悪事を傍観することは、そしてなによりお仕えするご主人様のプライベートが蹂躙されてしまうのを許すことは紳士の行いではありません。」

かのえ君とさっちんは紳士としての正しい行動が不能になった情けない僕に代わって、”まりすけ”様を守って下さると、そう申されているのです。僕は唇を結び、次に拳を握り、ガチガチになった思いと体を立ち上がらせます。

「二人共、本当にありがとう。僕の”まりすけ”様をよろしくお願い申し上げます。」

僕は上半身をほぼ九十度方向けかのえ君とさっちんに礼を尽くします。

そうです今回の場合は柔道の達人であるかのえ君と空手の有段者であるさっちんに任せるのが得策なのです。

僕は本当に冷静さを欠いてしまっておりますから、よしんば何らかの武道に心得があったとしてもストーカーを見た瞬間の僕は早まって何をしてしまうか解りません。

それはきっと酷く余計なことで、僕達紳士同盟の立場やひょっとすると”まりすけ”様の立場さえも最悪な状態にしてしまうに相違ありません。

どんなに最悪な気持ちでも、その判断が出来ないようでは紳士を名乗ることは出来ません。

「主席、クアッドコプターをお借りできますか。」

「それはよろしいですが、君たちほどの男たちが一体何に使うと云うんだい?」

「主席に見ていていただきたいのです。貴方が今どれほど冷静さを欠いていらしても、最終的にどうなさるのか判断するのは主席たる者の責務でございます。そこからお逃げになることを僕は許すつもりはございません。」

僕はうむと力強く頷いて、翌日学校で二人に空撮用のクアッドコプターを手渡しました。

その日の放課後からかのえ君とさっちんは”まりすけ”様の警護にあたります。


実は某中国企業の来日に先立って、起業を前提とした行動を2つ行っておりました。

1つは仮想サーバーをもう一台借りて受け入れ可能なユーザー数を6千人から倍の1万2千人に増やすという発表です。これは某中国企業の方が来日されたときに実際に見ていただくため、徹夜で作業をして僕達のゲームのホームページと、ゲーム内の連絡欄での発表までこぎつけたのです。

作業を急いだことには理由があります。僕たちが商談に臨むにあたってアクティブユーザー数がたったの数千というのは、僕達の話を全くさせてはもらえないのと同意だったので御座います。ですので、今後段階的にアクティブユーザー数を増やす戦略を示したかったのです。

もう一つはaPhone用アプリケーションを開発するためのプログラマ探しです。

これはユーザー様のご要望にお応えするというよりは、将来的に日本国内のアクティブユーザー数を概算で4割増しに出来るという理由で、aPhone対応のための何らかの行動を事前に起こしておきたかったのです。

僕達は高校生が責任者と言い張る会社設立の予定しかない団体ですので、応募がなくて本当に苦労しました。

「緑川るり子さん。」

「はい、」

やっと応募して下さったのはコンピュータープログラマを養成する専門学校の学生で御座いました。

早速面接を行うことになり、僕が予約をしたレストランに来ていただきました。

テーブルを挟んで彼女の向かい側に僕とかのえ君が並んで座ります。

彼女の履歴書を見ると学生ですのである意味当然ですが、業務実績と資格の類が全くありません。

流石にちょっと心配になったので、用意していたプログラマの適性試験に挑戦していただきました。

結果は65点。

紳士同盟の4人が先日面白がって挑戦したときは僕とかのえ君とさっちんが95点で、たお先生が100点でした。

僕が「質問をしてもよろしいでしょうか。」と面接を続けると「は、はい!」と如何にも緊張でカチコチになった様子が伝わってまいります。

「aPhoneアプリケーションを開発した経験はおありですか?」

「あ、あの。その。ありません。」

「そうですか。」

「でも自宅のパソコンはMachなのでこれから勉強できると思います。」

「分かりました。次に僕達の募集に応募された動機を教えていただけますか?」

「はい!わたしもねこやしきのゲームをやっておりまして、それで…その、好きなゲームでして、つまり興味がありました。作る側になりたいと思いました。」

彼女はそう言ってご自身のスマートフォンを取り出して猫屋敷のゲームを起動して、僕たちに見せてくださいました。

この面接の結果はまた別の話にさせて頂きます。


一寸ここで、今更ではありますがお断りをさせて頂きたいことがあります。

僕とかのえ君とたお先生は、確かに特殊な衣装に身を包んださっちんを愛でてめろめろになっております。

しかし、この感情は変であって決して恋ではないと、僕はそう宣言をしたいので御座います。

もし僕たちの感情が恋であったなら、僕達は男色家でございますと、そのようになりましょうや。

だがそうではなく、あくまでも変という感情なのです。

それは恋にとてもよく似た気持ちではありますが、気持ちが僕達からさっちんに向けて一方通行に暴走をしているという点において大いに異なっているのです。

正直に申しますとさっちんの気持ちや立場などどうでもよいのであります。

ただひたすらにあの存在が愛いらしくて辛抱ならないのです。

恋はそれが片思いであっても、心の中にこうなりたいという理想状態がございまして、その成就を願って努力をするものだと僕は考えます。

ところが変はそういった恋とは異なり目指すゴールなどはなく、常に’もっと’とおかしな物差しで測ったより高い場所を目指してしまうのです。

おかしな物差しなのですから変であると断言して間違いございません。


かのえ君にクアッドコプターを預けた日、岡めぐみさんが散々に曇った表情で僕の処にやって来ました。

「一寸話があるんだけど。」

「よう御座いますよ、どうぞ先をお話ください。」

岡めぐみさんはもじもじと落ち着かない様子で僕に「場所を変えない」と耳打ちされます。

僕はどうやら”まりすけ”様のストーカーの件に違いないと直感し、素知らぬ顔をして彼女のあとに続き人があまり通らない端の方にある避難用の階段の踊り場に行きました。

「ねぇ、私のゲーム友達でまりちゃんってコがいるんだけど。」

「どうかされましたか?岡さんの表情はどうもただごとではありません。」

「そのコがね、ストーカーに悩まされているみたいなの。」

「警察には相談されましたか?」

「それが出来てないから、こうして話しているのよ。アンタしか相談する相手、思いつかなかったのよ。大人に話したら警察にたのめって言われるに決まっているし、とはいえ女の子に頼む話ではないし...男どもの中でアンタら優等生でスペックだけは高いでしょう?何とかしてくれるとしたらアンタらしかいないもん。」

「お話はよく解りました。しかし僕達はただの高校生です、余計なこと以外は出来ないのではないでしょうか?」

「ちょっ!アンタ!!そんな薄情なヤツなんて思わなかったわ!」

もちろん僕はマイレディー”まりすけ”様のストーカーの問題を僕達の手で解決する気でおります。

でもそれは岡さんを含むご主人様たちには知られずに秘密のうちに実行したいのであります。

理由は場合によっては僕達がストーカーに対して、ご主人様には知られたくないことをしてしまうかもしれないからです。

しかし、岡さんの勢いはちょっと凄まじく、僕がうんと云うまでは引き下がりそうにありません。

「では今すぐ、確かまりちゃんとおっしゃられましたか?その方に電話をして僕達が彼女の問題を解決するために働いても良いか了承を得ていただけますでしょうか。その了承の中には彼女の住所等一部の個人情報を彼女が会ったこともない僕達に知られるという内容も含みます。この了承が頂けないなら、きっと僕らのすることはストーカーと何ら変わらぬプライベートの蹂躙でしかありません。」

少女が見知らぬ男性に住所を知られるなど了承するはずがありません。

僕はこの条件で岡めぐみさんに僕達を諦めていただけると確信しておりました。

しばし間をおいてから岡さんは”まりすけ”様に電話をして事情を説明されました。

僕はきっと諦めて下さると楽観して電話をなさる岡さんを眺めておりましたが、どうやら岡さんの必死の説得に”まりすけ”様が同意され初めているご様子で、僕も表情に焦りの色が現れ始めます。

「OKもらったわ。この一件、絶対に引き受けてもらうわよ。」

岡さんがそう申されましたので、いよいよ僕も覚悟を決めるしかありません。

「では僕の首から下、制服がよくわかるように写真をとって彼女にメールで送ってください。」

「わかったわ、まりちゃんにうちの制服の男子は味方だって伝えればいいのね。」

もし僕たち紳士同盟以外に”まりすけ”様の周辺に我が校の制服を着た男子が居たら、僕達が気安く事情を確認できますのでそれでかまいません。

「それと彼女が下校するときは岡さんにメールをするように伝えてください。岡さんにはお手間を取らせてしまい心苦しいのですが、そのメールを受け取ったら僕に電話で教えていただいたいのです。」

「お安い御用よ。」

「それと..」

「わかってる。まりちゃんの顔がわかる写真と学校と自宅の住所をアンタにメールすればいいのね。」

「はい。流石は岡さん、完璧です。」

僕は早速事の次第をかのえ君に電話で伝え、さっちんと打ち合わせをするように指示をいたしました。


その日家路につく僕は頻繁に後ろを振り返り、まるで挙動不審者でした。

また、霰さんにストーカーの真似事をされているのではないかと気が気ではないのです。

駅の改札を出て家まであと数分というところで、僕はふと思い立って霰さんに電話をいたしました。

『もっすー』

「霰さん。今、一寸お話をする時間は御座いますか。」

『なくわなこともないなんてことはないな』

「ではお話を続けさせていただきます。霰さんは今、何方においでですか?」

『六軒通りのコンビニあるでしょう?ファメマのほう。』

「はい。」

『あの先の信号左に曲がってぇ、』

「はい。」

『二つ目の角を左に曲がってぇ、』

「はい。」

『ナナメるけど道なりにますっぐ進んで、一つ面の角の先の左側の、えーと、いち、にー、えー四軒目。そこにおりまふ。』

「はい。」

そこはズバリ我が家ですね。

『で、なんすかー』

「休戦協定を結びませんか?」

『えー、なんかケンカしてたっけ?』

「我が家の玄関における休戦協定です。最近、僕が帰宅したときの玄関における霰さんのゲリラ行為は目に余るものがあります。特に罰を与えたり賠償を求めたりは致しません。これ以上はもうなさらないと明言していただきたいのです。」

『オーケー牧場』

終話してスマートフォンを仕舞い、家に到着し、玄関の鉄扉を開けると霰さんが待ち構えておりました。

「霰さん。先ほど休戦協定を結んだことは覚えていらっしゃいますよね。」

「あっという間に破棄されたそれは、後に5分間協定と呼ばれるのであった。」

その言葉を聞いた瞬間、僕はこれから霰さんにどの様な酷いことをされてしまうのかと想像をして、うーんとうなって気絶をしてしまいました。

気が付くと場所はリビング、霰さんの膝の上。霰さんが僕を団扇でそよそよと仰いでいらっしゃいます。

「あ、起きた。あ兄ちゃんご飯食べる。」

「はい。」

僕がよろよろとテーブルに向かうと、霰さんが先回りをして椅子を引いてくださいました。

霰さんがご飯をよそってくださいました。

霰さんがお茶をいれてくださいました。

僕のカバンを霰さんが僕の部屋に運んで行ってくださいました。

その帰りに僕がお風呂に行くことを見越して、霰さんが僕の新しい下着と寝巻を持って来て下さいました。

今、淡々と霰さんの行動を列挙しておりますが、僕がどれほどの恐怖を感じているかわかって頂けますでしょうか?

僕の妹がこんなに甲斐甲斐しいわけがないのです。

お茶に一服盛られていたとしてもまったく不思議ではないのです。

「どう?」

「さて、どうと仰られてましても、僕は何を答えればよろしいのでしょうか。」などと言いつつ、僕の心には一つの余裕もありません。

「いや、休戦協定を求めて来たくらいだから、逆に超優しくしたらなまらすっげい精神攻撃になるかと思って。」

成程、これは一本取られました。確かに僕の心臓は常に停止する寸前の状態にありました。

僕の寿命が3年縮んだところで、第8話を終了とさせていただきます。


次回、第九話「まりすけ様大ピンチ」。

僕達紳士同盟、完全インドア派ですが、たまには体張ります。

結局ハード展開のままにしてしまいました。本当に次回9話が心配です。

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