オフ会を迎えて
○第6話:オフ会を迎えて
今宵もいつもの様に僕達紳士同盟4人はネットカフェひまわりに集い粛々と御屋敷のメンテナンス作業を行うのであります。
僕は肥大したサービスのログファイルをFTPでローカルPCにホットバックアップしコンパクションをする作業をしていたのですが、その途中でふと気付くとたお先生がEmaczでBBSの投稿を熱心にチェックされています。
僕は休憩がてら少々たお先生と雑談をしようと、温かいコーヒーを片手に彼の横に腰を下ろし同じモニタを眺めました。
「たお先生、何か興味深い投稿でも御座いましたかな?」
するとたお先生はモニタを僕の方に向けてとあるスレッドの記事を読むようすすめられたのであります。
「どれどれ、たお先生が気にされるほどのスレッドです。僕の気持ちも読む前からただ事ではありませんよ。」
たお先生のお話では悪名高いクラッカー達が情報交換に使っている裏社会の極秘サイトだそうです。
スレッドのタイトルは”恐怖のアンタッチャブルサーバー”で御座いました。
どうやら性悪のクラッカーがどこかのサイトに手を出し、逆にこっぴどい目にあわされたその顛末を話題にされているようです。
読み進めると’鬼畜’だの ’まじ殺される ’だの凄まじい単語が飛び交っておりますので、恐らくGoogol様のサーバーに手を出したに違いありません。
Googol様でしたら相手は天才SE集団ですから、仕返しに何をされてもおかしくはありません。
しかしたお先生は具体的なURLが記述された個所をぴんっとハードディスクドライブのヘッドがシッピングするときの様な動作で指さされたのであります。
「たお先生、これは僕達の御屋敷のホスト名ではありませんか。」
驚きです、あろうことか子猫の様にいたいけにネットの片隅に在る僕達の御屋敷が恐怖のアンタッチャブルサーバー扱いとは遺憾極まりありません。
とは言えもし僕達が気付かぬところで何らかの非道徳的な失態を演じていたのなら慙愧に堪えませんので、先ずは冷静になろうと考えました。
一体全体何をもって、このような言いがかりをつけてきたのでしょうか?ちょっとスレッドの書き込みを読ませていただきましょう。
『あのゲームの運営、まじキチってるわ』
『ケツの毛一本も残さずぶち抜いてくからかなわん』
『むこうは正当防衛のつもりなんかな?』
『デフォで倍返しなんか』
『いやいややつら無傷だしな、単に逆鱗に触れたわけだ』
『こえー』
『存在がヤバすぎる』
『ねこやしきまじ悪魔』
『おいおい、悪魔とか勘弁勘弁。俺が奴らに何されたと思っている。せめて魔王にしてくれよ。』
『ちょいげーのくせに』
『ポート全然開いてないし、パスワード硬いし、いろいろ鉄壁だし魔王でいいよもう。』
『DDoSでもヨユーで追跡してくるし、勝てる気がしない』
『ちょいげーの皮をかぶった魔王』
『それだな』
”それだな”じゃあありません、全く失敬な者共でございます。
僕達は只の善良な市民であり、悪党どもに魔王よばわりされる様な事は一切行ってはいないとここに胸を張って宣言するのであります。
「たお先生。僕はこの様な性格ですから表向きは平静を装っておりますが、実は相当に彼らの暴言を腹に据えかねているんですよ。そして、この失礼な連中をどうしてやろうかと、そんなことまでを考えてしまっているのです。」
「例えば、こんなふうに?」
たお先生が僕の相手をしながら何かスクリプトを書いていたことには気づいていましたが、彼がエディタを閉じて’./kta.sh’とタイプした時、僕の脳裏を死神が釜を振り下ろすイメージがひゅうぅーと冷たくよぎったのであります。
僕が憤慨していた掲示板の投稿者は皆サイバー犯罪者で投稿は無論匿名で行っております。
ところがたお先生のスクリプトが実行された直後、掲示板をサービスしているサーバーのシステムログの情報と投稿とを紐付けた完全に匿名ではないデータが一瞬にして作成されたのでございます。
そして更にその犯罪者共の掲示板はログイン画面が消失し、誰もが簡単に掲示板の内容を読むことができるようになったのです。
一寸表現が遠回しでしたので今一度簡単に言い直させていただきます、今、警察がこの掲示板にアクセスして下さったなら、表示されている情報を参考に容易にサイバー犯罪者共を一斉検挙することが可能…そういう状況をたお先生が作られたので御座います。
犯罪者たちは大慌てで掲示板を閉鎖して、サーバーをオフラインにしたようです。
おそらくこれから彼らはサーバーのストレージを物理的に粉砕し、証拠隠滅を図るはずです。
”犯罪者共の自慢話がさらされている”その情報はたお先生によって流布され各有名SNSを媒介にして爆発的に広がります。
たお先生は本当にぬかりがありませんので、犯罪者共がサーバーを閉じる前に掲示板のスナップショットを相当量とっていらっしゃり、これをあちらこちらの匿名掲示板に張り付けられたのです。
某検索エンジンのポータルを確認すると検索の急上昇ワードに”サイバー犯罪者”が現れました。首尾は上々の様です。
僕とたお先生は犯罪者たちがすっかり血の気が引いた顔で右往左往する様を想像して、思わず自分の口元が緩んでしまうのを感じます。しかしそのような下品な表情は紳士の道に反しますので、キッと凛々しく表情筋を引き締めなおすのでありました。
「たお先生、またすばらしい善行を成しましたな。」
「いえいえ」
「人として当然の善行、ですか?またご謙遜をなさる。それを自然に行えるたお先生のような方はごくわずかなのです。いやしかしです、今の善行は万人の為になる素晴らしい内容でしたから、もう金輪際僕達を悪魔や魔王などと呼ぶものは居ないでしょう。はっ、はっ、はっ。」
「ふっ、ふっ、ふっ」
「はっ、はっ、はっ、はっ、はー」
翌日、僕達は僕達の御屋敷が”冥府の界王”と呼ばれていることを知るのでした。
たお先生に一杯のコーヒーを差し出しくつろいでいると、かのえ君とさっちんがやってきます。
「主席、僕達の作業はすっかり終わりましたよ。もし、主席とたお先生も今日の作業をお仕舞にされたのでしたら、きっと僕達はご主人様達のオフラインミーティングについて打ち合わせをするべきなのです。」
「ああ、その通りだようん。君の言うとおりだよかのえ君。ようし、では打ち合わせを始めようじゃあないかね。」
僕は皆を座敷の真中のあたりに集めて向かい合って座りました。
全員の真剣な表情が良く見えます。
「打ち合わせを始める前に、絶対に断わっておくよ。僕達には紳士同盟十戒があることを忘れてはいけないんだ。僕たち有志の大義はこの上に成り立っているのだから絶対に厳守しなければいけない。そして、それに従えば僕達はご主人様のオフラインミーティングに直接は何の干渉もできないんだ。判るね。」
「ああ主席よく判るとも。つまり僕たちは間接的に干渉する手段を見出さなければいけないんだ。」
「うむ君は本当に優秀に過ぎる男だね、かのえ君。それじゃあ僕が言うべきことは何もないじゃあないかね。そうさ、僕達は何らかの間接的な手法を用いてオフラインミーティングに参戦を果たさなければならない。さもなければ、何も手出しをできなければ、きっと僕らは悔しくって死んでも死にきれないと僕はね考えるんだよ。」
そして僕達は1時間5分にわたって次から次へと矢継ぎ早に実に精力的に意見を出し合ったのです。
しかし、山のように出た意見の全ては何らかの理由で紳士同盟十戒に違反してしまうのですから、僕達ときたらその悲惨な状況に一寸絶望をして残っている力も出せず、くてんとうつむいてしまったのです。
「嗚呼、これが現実のお話ではなくゲームの世界でしたらアバターなどを用いて間接的にご主人様方に係ることができるのですがね。そう、僕達の猫カフェのゲームのようにですよ。」
「そうだね、さっちん。僕も君の意見に賛成をさせてもらうよ。僕達のゲームと同じ方式でしたら紳士同盟十戒のいずれの項目とも無縁なのですから、とても素晴らしいのです。」
「現実のアバターと申しますとロボットの様なものを指し示すのでしょうか?」
「君ぃ、言わんとすることは良く判りますけどね。現代の技術水準から言ってロボットというのは一寸夢がありすぎではないかと僕は考えます。」
この煮詰まった状況で急にさっちんの表情がぱっと明るく輝きました。今日の彼の下半身はローレグパンツに黒のパンティーストッキングです。それまで輝いていたのは下半身だけだったのですが表情も同時に輝くとなりますと見る方は興奮しすぎて危険極まりないので御座います。あぶないのです。さて、そのさっちんが申されるには。
「システム開発には”難解なことは人間にやらせよ”と云う格言が御座いますから、それを今回の状況に適応してみてはいかがかな。」
「ふんふん、興味深いね。そのお話の続きを聞かせていただけますか?」
「承りました。つまり僕が申しあげたいのは、ロボットではなくそこを人間にしてはいかがか?と云う事なのです。」
「ふむむ、成程。その場合、人間とは協力者と読み替えてよろしいと、そうなのですね?」
「ええ、そうなのです。」
「何とも素晴らしい提案です。その大筋は非の打ちどころが御座いません。しかしそこには一つの問題が存在すると、そう僕は考えるのであります。」
「そうですね主席。理論的には完全無欠なのですが、当の協力者たるべき人物に心当たりがないのは本当に残念で仕方がありません。」
「全くです。」と僕が申しあげた直後、6つの視線が僕の額のあたりの一点で交差します。
「恐らくは皆が同時に思い当ったのですが。」とかのえ君が6つの視線を代表して申されます。
「はい。」
「主席の妹君にご協力をお願いするのは難しいお話なのでしょうか?」
僕はその提案に対して戸惑いを隠しきれません。
たしかに、今度実施されるオフラインミーティングのステークホルダーを見渡してみると、僕達の協力者になりうる人的リソースは霰さんしかおりません。
そして、彼女に協力の依頼をすることができるのは兄である僕しかおりません。逆に僕が紳士同盟にいるからこそ霰さんに白羽の矢が立ったとも申し上げられます。
僕は紳士同盟の主席でありますから重責を担うことは全くやぶさかではないのですが、難敵霰さんが相手となりますと情けない物言いになりますが少々荷が勝ちすぎている気がするのです。
とわいえ、それ以外に手がないことは4人全員が理解しております。
そうなのです、よく判っておりますから、僕はやり遂げて見せなければならないのです。
「はい確かに困難極まりないことです。僕の妹である霰さんは僕にとってオングストローム単位で理解が困難な究極物質です。しかし、皆様のご期待に添えるかどうか本当に分かりませんが、御役目を引き受け難題に挑戦させていただきましょう。」
「おお、流石主席なのであります。やっていただけますか。」
「主席には負担をかけてしまいますが、これは主席にしか成し得ない大事なのです。」
「健闘を祈る。」
「了解した。まかせてくれと大見得を切れないのは本当に申し訳ないが、最善の努力をすると約束するよ。」
そして僕達は霰さんが協力者になってくださるという前提で、彼女に携帯してただくガジェットと僕達のサポートメカの開発を突貫で開始したのであります。
すっかり夜もふけてしまったので、それぞれの作業を分担し、続きの作業は各自自宅で行うことにいたしました。
僕が請け負った作業の中で最も重要なことは無論、霰さんから協力の約束をとりつけることです。
その下準備として僕は、帰りがけにコンビニエンスストアに立ち寄り、リッチなタイプのプディングを一つと芳醇な香りのカフェオレを買い求めました。
我が家に到着すると玄関を前にして、僕はずしゃりと両方の足を踏ん張り正面に構えます。
玄関に入ってしまっては完全に敗北が確定してしまいます。
玄関は霰さんの絶対勝利圏、もしくは僕にとっての死地及び墓場ですので足を踏み入れるわけにはゆきません。
僕はリッチなタイプのプディングをとりだし蓋を半分ほど開け、扇子で仰いでその芳醇な香りを玄関の方へと届けます。
そこには玄関には魔獣霰さんが潜んでいる筈です。
「ほうら霰さん、プディングですよ。」
すると玄関の鉄扉がガチャリとわずかに開きぞっとするような猛獣の如き眼光が暗闇から覗きます。
僕はいっそう頑張って扇子を動かしより多くの芳香を送り出します。
「ほうら、ほうら、霰さん。」
「ぐるるるる」
「霰さんリッチなタイプのプディングですよ。」
「がるあああっっ!!」
「痛っ!」
霰さんは僕の手からリッチなタイプのプディングをむしりとり、がるがると唸り声を上げながら猛然とプディングを大きな塊のまま口の中へとかき込むのでした。
僕は霰さんがプディングを貪り食っている間、彼女の耳元で「霰さんはお兄ちゃんの協力者」と一定の音律で早く出来るだけ数多くささやき続けました。
「がるるっ!がるっ!!」
プディングを食べ終わった霰さんは彼女の野生の持って行き場を失っております。まるで爆発寸前のダイナマイトです。
「どうどうどう」
「ぐがぐがぐがーっ」
「ほうら、ほうら、霰さん。」
「ぐるるるる」
「霰さん芳醇な香りのカフェオレですよ。」
「がるあああっっ!!」
「痛っ!」
霰さんは僕の手から芳醇な香りのカフェオレをむしりとり、がるがると唸り声を上げながら猛然と喉の奥へと流しこむのでした。
僕は霰さんの耳元で「霰さんは僕の合図で正気に戻ります」と一寸芝居がかった要領で囁きます。
「3、2、1」
パチン........
僕が霰さんの耳元で指を弾くと彼女の体は瞬間的に冷凍されてしまったように凍りつきました。
そして氷がゆっくりと溶け出すように、野生の掟に緊張した霰さんの表情は柔らかく溶けていったのです。
「あれ?あ、あ兄ちゃん。あれ?外?」
僕は霰さんの肩にそっと手を起きゆっくりと頭を振って、正気に戻った彼女が今抱いている異能者特有の不安を取り除いてしまいました。
「いいんだ、大丈夫だよ霰さん。お兄ちゃんが大丈夫と云うのですから、あなたは本当に大丈夫なのですよ。」
「あ兄ちゃん!あ兄ちゃん!」
霰さんは安堵の気持ちが正気に勝っておいおいと泣きじゃくりながら僕の胸元にすがりつきます。
僕はそんな霰さんの頭を愛おしげに撫でてあげるのです。
「さあ霰さん。もうよう御座いましょう。実は僕から霰さんにおりいってお願いしたいことがあるのです。」
このとき霰さんの脳裏に’霰さんはお兄ちゃんの協力者’というフレーズが木霊のように幾重にも反射して鳴り響いたのであります。
「私はあ兄ちゃんの協力者..はっ!わ、わかったわ。」
「ではお手数ですが僕の部屋まで来ていただけますか。」
「うん!」
通常、我が家には玄関から堂々と入るものですから霰さんも当然玄関の鉄扉に向かってまっすぐに歩いてゆきます。
僕は霰さんの小ぶりな頭蓋骨を後方より鷲掴みにしてきゅっと1ラジアン庭の方へ向かって回転させました。
「霰さん玄関は凶方位です。庭から入りましょう。」
僕は玄関で幾度も霰さんに脅かされ、先日はとうとう雪崩式フランケンシュタイナーまで仕掛けていただきましたので、凶方位は言い過ぎではなくて僕のその言葉は一文字一文字が切実に過ぎるのです。
「わかった!」
霰さんはそう言って玄関の方へとこれっぽっちの迷いもなく突き進んでゆきます、わかっておりませんっ!
こうなりますと僕も最後の手段を取らざるを得ません。
僕は中学一年生の妹の体側に五指を突き立て左右両側から高速振動を加えたのであります。
「きゃっ!やーだっ!くすぐっっ!ヤバイ!ヤバイ!!」
「玄関ではなく庭へ行きますか?」
「わっ!わかっ!!ちょっ!やーーっ」
しかし、高速振動を止めると霰さんの足は彼女の本陣である玄関へと向かいます、どうやらそれが本能の様です。
僕はやむなく高速振動を連続的に続けながら霰さんを自分の部屋に導いたのですが、都合3分半ほど必要でしたので僕の両手はオーバーヒートした状態になってしまい鉛筆一本持ちあげるにも難儀する有り様なのです。
やれやれと僕は勉強机の椅子に腰掛け、霰さんをベッドに座らせ「ミステリーショッピングという言葉をごぞんじですか」と二人が腰を下ろすまもなく質問を投げかけました。
「しらない」
ええ、そうでしょうとも、僕もそれは実の処判っていたのですがそれが礼儀と考えてあえて質問をさせていただきました。
「では少々説明をいたしましょう。それは消費者の立場で行われる調査の手法の一つなのです。日本語では覆面調査と申します。」
「覆面ー、調査ぁー?」
「順に申し上げます。霰さんもご存知のように僕は仲間たちとスマートフォン用ゲーム”カフェねこやしきにようこそ”を真剣に運営しております。」
「そだねー」
「カフェねこやしきにようこそは手軽に楽しめるゲームであると同時に、最大6人という少人数のコミュニティーを成立させるためのコミュニケーションツールなのであります。」
「こみゅ?こみゅ?こみゅ?」
「簡単に申し上げますと僕達のゲームは、ゲームという共通の話題を中心に決して多すぎない友達とより深いお付き合いができるという状態を最終的なゴールにしております。」
「うほほーっ」
猿ですか?
「僕達は誠実にして真剣な運営としてどれだけゴールに近づけたかを知りたいと考えております。」
「そ、それは大事だね」
「そこで僕達はミステリーショッピングの手法をやや広い意味で応用することを思いついたのです。」
「お、思いつきましたか」
「ミステリーショッピングを実施するにはミステリーショッパーという特別な調査員が必要なのです。そして僕達にとってミステリーショッパーになり得る有能で信頼の置ける人材は、霰さん、あなたしかいないのです。」
僕は最後の力を振り絞って、先ほどの高速振動で疲労しきった人差し指を持ち上げて、霰さんをぴしっと指差しました。
「まじっすかっ」
「もし霰さんが登録しているスレッドで’みんなで遊びにゆきましょう’などというお話がありましたら是非僕に教えてください。それこそまさにミステリーショッピングのチャンスなのであります。」
「うーん、 無い」
僕の妹は物忘れ選手権の世界チャンピオンなのでしょうか。
「本当にそうですか?例えば週末にオフラインミーティングなど、如何にもありそうなお話なのですが。」
「うーん」
「今一度、むしろあるという前提で記憶を探っていただけないでしょうか。」
「あー、あーっ。あったわ週末に。」
「素晴らしい。では早速調査の第一回をそのオフラインミーティングに設定いたしましょう。」
「え?あたしオフミだなんて一言も言ってないよ。」
何故そのような処だけ感働きの良い切れ者なのですか霰さん。この僕にその不可思議のからくりをご教示願いないものでしょうか。
「大変申し訳ありません。僕の感でそうと決めつけて申し上げました。」
「じゃしょーがないね。でもオフミであってる。」
「霰さんにはミステリーショッパーとして僕達が用意した通信機を持参してオフラインミーティングに参加し、情報を収集していただきたいのです。」
「いやよ。理由はめんどくさいから。」
そのお答えは想定の範囲内です。
僕は即時に自分のスマートフォンを取り出して電子式卓上計算機のアプリケーションを起動し、5000と入力後に霰さんの目の前につきだしたのであります。
「ミステリーショッパーは正式なお仕事ですので報酬が支払われます。」
「ご、ごごごせん、えん?」
「ええこれが今回の労働に対する妥当な金額であると僕は考えます。それに、」
「それに?」
「霰さんはオフラインミーティングを楽しむために必要なお小遣いを十分にお持ちなのですか?」
霰さんは深々と頭を垂れて恭しく両手を差し出されました、僕から五千円を受け取るためにです。
「使っちまって、お財布空っぽです。」
「本来報酬はお仕事の完了をもって支払われるのですが、今回は特別に前払いをさせていただきます。」
「ははっ」
「しかし今渡すとオフラインミーティング前に手を付けなさる危険が御座いますので、五千円は前日に機材と一緒にお渡しいたします。」
霰さんが僕の部屋を去った後、僕は結果を心配しているであろう有志3人に”トラトラトラ”とメールを送信いたしました。
さて、オフラインミーティングですが、最終的に”ちずリョナ”様の東京観光を実施することになったようです。
待ち合わせ場所が上野駅ですのでスカイツリーなど行かれるに相違ありません。
僕たち紳士同盟が準備のために使える時間は正味4日しかありません。
僕は担当であるスマートフォンで操作可能な小型クアッドコプター…いわゆる空撮用マルチコプターの製造を間違いなく成功させなければいけません。
出来るだけ軽量に作りたいですので安易にブレッドボードなどは使わず、SIMフリーLTEモデムも分解してから必要最小限を削り出して実装をします。
僕が半田ごてを忙しく動かしているとたお先生から電子メールが届きました。
電子メールには圧縮された添付ファイルがあり、それを解凍すると小型クアッドコプターの動作試験用プログラムを取得することができました。
ハードウェアは僕の担当ですがソフトウェアはたお先生が担当をされます。
どうやらインターフェイスだけ決めたので僕の仕事がはかどるように試験用ツールを先に製作して下さったようです。
流石たお先生、仕事というものをよく理解されております。
さっちんは霰さんに渡すカチューシャの製造が担当であります。
カチューシャは骨伝導方式の音声レシーバーとして機能いたします。
これで僕の指示を霰さんに伝えようと、そういうわけなのです。
さっちんにはカチューシャやブローチなど乙女が所有するアクセサリーのデザインをする高い能力があるという意外な事実が判明し、是非にとお願いをいたしました。
かのえ君はサーバーの段取りをしております。
小型クアッドコプターからは常時FHD画質で5秒に一コマの準動画が送られ、なおかつスマートフォンによる操作で4K解像度のスチル写真もしくはHD解像度の動画データが送られてきますので急遽新しくサーバーをレンタルすることにいたしました。
かのえ君はVPSの契約からサーバーのセットアップまでを作業いたします。
オフラインミーティングの前日、学校で岡めぐみさんに背中をたたかれました。
「よっ。」
「これはこれは岡さんではありませんか。僕に何か御用ですかな?」
「用ってほどでもないけどねー、なんかね、私ねアンタのゲームで知り合ったコ達とオフ会することになってさー。」
はい、よく存じ上げております。
「それはよう御座いました。どうぞ楽しんで来て下さいまし。」
「でさー、実はさー霰ちゃんも一緒なんだよねー」
はい、それもよく存じ上げております。
しかし、ここでしらを切ってしまうと後に岡さんと霰さんがお話をしたときに僕の言うことに食い違いが生じ、不要な疑念を抱かせてしまいます。
「そう言えば霰さんも週末に遊びに行くと申しておりました。そうですか岡さんとご一緒でしたか。」
「そーそー。でもよく考えたらさ、霰ちゃんとはそこそこ話すのに遊びに行くの初めてなんだよねー」
本当は霰さんではなく岡さんに協力者になっていただけたら、僕達も作戦の成功に自信を持てました。
僕と岡さんの間には単なるご近所さんという以上の関係は御座いませんので、僕が御願いをできる義理は残念なことにどこにも御座いません。
おっと、霰さんは岡さんを姉の様に慕っている節がありますので、ある種のお願いは可能かもしれません。
「岡さんに一つだけお願いがあるのですが、霰に会ったら…」
「あー、まかせといて。全然面倒見るから」
「…いえ。そうではなく、妹のカチューシャを一寸誉めてあげて欲しいのです。」
「いいけど。なに、霰ちゃんカチューシャしてくるの?」
「ええ、僕からのプレゼントなのです。」
「へー、あんたがね。意外なことするわね。いいわ、誉めといたげる。」
岡さんに褒められれば行動の意外性で突き抜けた特性を発揮する霰さんもカチューシャを頭から外し難いことでしょう。さらにこの情報を岡さんに与えることで、もしカチューシャを外した状態で霰さんが現れても、きっと岡さんが気を聞かせてそれとなく指摘をして下さる筈です。
そして迎えた週末の上野駅。
”まりすけ”様がお約束の時刻より15分ほど早めに到着されました。
5分前に”巻ちゃん、”様と”めGu☆彡”様が到着、1分遅刻で”あさがおな ”様がいらっしゃいました。
僕達紳士同盟は道を挟んだ遠間からスマートフォンのカメラの望遠機能で彼女たちの様子を窺っております。
ふと、かのえ君が僕の方へ向き直りまして「主席、僕達がこれからやろうとしていることが、実はマーケティング調査だったなんて、僕はね思いもよりませんでしたよ。」と言いながら雲一つない晴天をしみじみとその目で飲み込むのです。
気持ちはよくわかります。
「かのえ君、僕もそのことは妹を説得するときに初めて気付いたのです。全く驚きの事実なのです。’間接的な’などと誤魔化して実は僕達の所業は紳士同盟十戒に違反しているのではないかと懸念していたのです。しかし、そうではなかったのであります。僕達は僕達のゲームの貢献度を知るいう正当な事由でマーケティング調査を行っているだけであり、ご主人様のスレッドLがその対象に選ばれたのは偶然にも調査員である霰さんがスレッドLに登録をしていたからというだけのことなのであります。」
「主席。」
「はい。」
「お言葉ですが、その霰さんがまだいらしていないようです。」
「そうですね。」
「すでに5分遅刻ですから、ひょっとすると、それは大変にまずい状況なのではないでしょうか?」
「かのえ君、僕もその通りだと考えます。」
霰さん、本当に勘弁して下さい。
あなたはその突き抜けた意外性でお兄ちゃんの心臓を止めるおつもりですか?
次回、第七話「オフ会後の紳士同盟」。
終わってからが本番なのであります。何故なら男は戦う生き物だから。