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嗚呼倦怠期

○第3話:嗚呼倦怠期


倦怠期のそれに近い感情だと僕は思うのです。


懐かしく思い出されるのはご主人様たちと出会って間もないころの初々しい僕たちです。

有志の誰もが猫を演じるときは胸をときめかせ頬を紅色に染めて、そんな自分を隠すどころか液晶画面にキスをしてしまいそうな勢いで、必死にご主人様との時間を貪り、皆と手の中の小さな幸福を謳歌していたものでございます。

それが最近では無論プログラムの改良の効果もありますが猫の操作に熟練し良く言えば手際がよくなり、またご主人様が何を求めておられるのか次にどうなさるのか勘も働くようになり、そういった慣れが僕たちの紳士性を蝕んでいったので御座います。

全ては仮想世界での出来事であり、なおかつご主人様は猫を操作しているのが人間だなどとはご存じありません。無論、知られたら僕達が困るというのが実の処ではありますが。

何にせよです、それをよいことに現実世界側の僕達の徳が著しく低下していると僕は嘆くのであります。

どうにも少々表現が抽象的になってしまいました、何か具体的な事例などで説明をさせていただいた方がよろしいでしょう。

最近の僕たちの無様の一例として、ネットカフェひまわりのお座敷でご主人様の接待をした時のかのえ君とさっちんの様子を紹介させていただきたいと思います。

さてさて、早速かのえ君が尻をぼりぼりと掻いておりまして紳士力の低さを容易に確認できます。

いやいやちょっと待って下さい、尻を掻く彼の指は僕の予想をはるかに上回ってかなり深くまで突き刺さっているようです。

僕の考えすぎかもしれませんが彼の指先は菊一文字に達し、そしてそのデリケートな局部を力の限り鋭い爪の先で掻き毟っている様に見えて仕方がないのです。

しかしその件は余談として横に置いておきましょう、それよりも片手でスマートフォンを操作し一匹の猫を演じながら行われる二人の会話を聞いてみましょう。

でわでわ先ずはかのえ君の一言から....

「尻切れて痔固まる」

「なに言ってんの」

「例え、例え」

「何の?」

どうしたのでしょうか、二人ともいつもの紳士口調ではありません。このような話し方は三流のすることです。

話し始めから終わりまで、徹底して節度のかけらも感じられません。

「イボ痔なんかさっさと切除してすっきりすべきとかとそんな状況の例え」

「ならば’切れ’は了解したが’固まる’くないじゃん。僕はそういう細かいところまでぬかりなくチェックするからね」

「切るとさ、で、治るとさ、皮膚が厚くなるでしょう」

「あー、なるね」

「な?」

「じゃあなに、肛門は鋼鉄の皮膚でカチカチなの?」

「バカなの?そこまで固くねーよ。2カチとか死ぬの?1.5カチくらいだわ」

「ブタなの?正式な単位にすんなよ」

かのえ君とさっちんの会話の途中でございますが、一寸ここで一言だけ挟ませていただきます。

どうかもう少々、この実りも無ければそれ以前に花も咲かないお話にお付き合いください。

オチは必ずつきます、僕が保証させていただきます。

二人は交互に話しておりますので続きはかのえ君の台詞からになります。

「じゃあじゃあ、擬音で擬音で言うから。カチカッ」

「へー、最後のチが無いんだ」

「そうそう」

「かのちゃん脳味噌膿んでるの?」

「うんこ出難いの」

「あー、ね。肛門硬くて出口がきつい分パワー居るんだ」

「括約筋大活躍」

「美味しいなーゴロがねーいーねー、どうやったら僕はそういう君になれるのかな、コツを教えてくれ」

「ケツ筋力無いと一生便秘なの」

「筋力なら鍛えればいいじゃん」

「明日の快便目指して」

「ゴムボールをけつの割れ目に挟んでさ。むぎゅっ、むぎゅって。ゆくゆくは鋼鉄の砲丸を押しつぶせるようにだね」

「ケツ筋力有り過ぎもまずいな」

「うんこがロケットみたいに発射されるから?」

「いや、糞圧が高すぎて肛門が裂けるなたぶん。怖いわー」

「ウォータージェット切断機みたいな?出力加減すればいいじゃん」

「出力3分の1。ヨーソロー。脱っ糞!みたいな、みたいな?」

「もっともっと。微速前進で素麺みたいなうんこ。細長くて千切れもせずに“にゅぅー”って」

「便器の底に溜まってモンブランみたいになるな」

僕はここいらで一寸二人に絡んでやろうかしらんと思いたち「やぁやぁ君たち。見たところノータリンな会話がはかどっているね。」と声をかけてみたのであります。

しかしこれがなんとつれないことでしょう、僕は彼らの心の端にもかけてはもらえず返事の声どころかわずかな視線すらいただけなかったのです。

二人はよどみなく知力を失った会話を続けます。

「おい、やめてくれよ。俺、今週モンブラン食べるってスケジュールにはいってるんだよ。うんこ味のモンブランと、モンブラン味のうんこ、どっちを選べというんだ。万死に値死ねよ」

「うるせーよ。急遽スケジュールねつ造すんなよ。具体的にいつだよ。言えよ。そして俺に暴かれろよ」

「ざけんなよ。地球が百億千万兆万回まわる時だよ」

「クソがやべーだろ。あまりにもキリがいいじゃん。神の時かよ」

「記念日だもん。僕だけの特別な日」

「コールスロー記念日とかミャンマーのラペット記念日とか生春巻き記念日的な?うんこ…記念日うんこモンブラン」

「なんで素直にサラダって言わねーんだ、きねうんブラン」

「きぬんブラン」

「うんこブランブラン」

「うんこ肛門から出掛けのままがに股で腰ふり」

「じゃあ、じゃあ、じゃあ、何振り目でブツが落下するのかを競う競技」

ここまで延々と二人の会話を聞きていたわけですが、僕は彼らの次の国語の試験の結果がひどく心配になってしまいました。

実は僕達は皆比較的に言って試験の成績がよく、学校の先生には優等生と認識していただいております。

それでも、その事実が厳然と存在してもなお、少なくとも国語に関しては二人を憂惧せざるを得ないのであります。

また、それ以前に彼らが頭のねじのうちのいずれかを、もしくは全てを締め間違っていないか、とても冷や冷やしてしまったのであります。彼らの脳は人間として正しく設計図通りに組み立てられているのでしょうか。

「振れ…え、えー、、まぁいいや、でさぁ」

「うん」

「俺さ、酵素ダイエットというやつをやってみようと思ったのね。いや、別に太ってないけど、なんかやってみたかったのね」

「うん」

「なんかね、毎日酵素を飲むんだって。面白そうじゃん」

「うん」

「でもね、その酵素が一回分1万円するんだよね」

「うん」

「ハハハハハ」

「うん」

「じゃぁじゃあじゃあ」※ここはかのえ君の台詞です。

ここでかのえ君が「どぅいーん」などと発声しつつさっちんに側面から体当たりを行いました。

これを受けてさっちんが「うぐーん」という謎の擬音を発しつつかのえに体当たりを仕返しました。

そのまま体当たりの応酬になるのかと思われましたが、実際にはそうはなりませんでした。

次のように、彼らは無益な抗争のかわりにより平和な解決を望んだようなのです。

「むぢゅー」

「むぢぢぃーん」

尖らせたお互いの唇がみるみる近づいてゆきます。

お互いの友情を示しあう口づけをこれから行おうと、そういう趣向に違いありません。

僕は手に汗を握り、来るべき口付がフレンチな場合とディープな場合の二通りの想像をして心の対ショック防御姿勢ををとるので御座います。

ところがなんという意外、事態はさらに大きな変化を見せるのであります。

二人は突然180度向きをかえ、お互いの尻を突き出します。この行為について僕はその時すぐには理解できませんでしたが、次の瞬間、謎の答えは僕の両眼に颯爽と飛び込んでくるのでした。

「ぶちゅー」

「ぶちゅちゅー」

二人は唇でする代わりにお尻でキスを行ったのでした。

そして二人で息をぴったりと合わせて「尻切れて!痔固まる!」と声高らかに雄叫びを上げたのであります。

このとき僕は心の底から二人と縁を切りたいと、そう神様と仏様とそしてご先祖様に願ったのです。

このようなどうしようもない気持ちは生まれて初めてなのでございます。ここに来て、このタイミングで計ったように導入のかのえ君の一言で〆てくるだなんて、僕は馬鹿も極めると天才に近づくのではないかとすら思ったのです。

本当に、本当に、本当に、本当に、このオチは知的水準が測定限界値レベルに低すぎます。

最早頭のねじが締め間違っているという悠長な問題ではございません。これは彼らの脳細胞が何らかの病原菌に侵されて治療不可能な状態にあることを明確に物語っております。そしてその病原菌にもし空気感染の危険があったとしたらどうでしょうか?僕がとるべき行動の選択肢はそれほど多くはないように思えました。

その様に僕が二人の至近距離にいることのリスクの高さに戦慄していると、さっちんのご主人様である”巻ちゃん、”様がログアウトされました。

さっちんは彼の特徴的な色の高い声でウーンと唸りながら伸びをし、See yaと簡単に言い残して早々に去ってゆきます。以前でしたら”巻ちゃん、”様が去ったなら一瞬の脱力感に身を任せた後、その日の”巻ちゃん、”様の素晴らしさを雄弁に語って聞かせてくれたというのに、今の彼はなんという淡白さでしょうか。

紳士たる者ご主人様に対しては煮えた油の如き熱さを有していなければいけませんが、これでは常温のアルコールでしかなく蒸発皿の上であっという間に消えてなくなってしまいそうです。

いつも通りならご主人様のうちの一人がログアウトされるのを契機に他のご主人様も順にログアウトされます。

そして”巻ちゃん、”様が去った後のご主人様たちのチャットの文言もいつも通りなものですから、僕たちも今日の終わりを直感し操作する猫のアクションのうちおねだり系を控え始めるのでございます。

以上にて事例の紹介を終えたいと思います。

本当にこの様な体たらくな訳ですから、紳士同盟の主席であう僕が何とかせぬことにはどうにも明るい明日は望めません。


そう決断した翌日の放課後。

僕は思うところがあって紳士同盟に招集をかけ、まだ幾名か自席で友人と雑談を楽しんでいる教室で「僕たちの形をきっぱりと決めようではないか」と3人に対してあえて唐突に切り出しました。

かのえ君はまんまと僕が仕掛けたちょっとした罠にひっかかってくれました。

「ひょっとすると主席にはそうする事に何らかの狙いがあるのかもしれませんがね、少なくとも僕が今聞かせていただいた限りじゃあ、一寸話の途中を端折りすぎちゃあいませんかね。」

そうですまさしく僕はその様な台詞を聞きたかった。そしてさっちんもよろしくのって下さいました。

「僕もかのえ君の意見に賛成するよ。もう少し詳しく話してもらえませんかね。」

僕は一番判って欲しい二人であるかのえ君とさっちんから想定通りの指摘を得られたことに大きく頷いて「ようがす、ええ、もちろんですとも。」と二人の注意をぐぐぐいと引き寄せつつ、だがしかし「しかし勿体ぶる訳ではありませんが説明はちょいと後にさせていただきますよ。」と前のめりの二人をそのまま背中の方へといなしてしまうようなやり方で話を進めました。

「おいおい主席、君ね、一寸それは僕も切ない気持ちになってしまうよ。だってそうだろう?僕とさっちんは主席の不可思議な話のなさりようの陳弁を聞き漏らすまいと本当に真剣だったのですよ。」

「ああ君たちが本当に真剣だということは僕にもよく判っているよ。でもね諸君、だからこそ僕は本気の更に上で答えなくちゃあいけないんだよ。」

「うーん、うん。主席、それはつまり僕達はこれから何が出てくるか期待をしていてよろしいと、こういうことなのかい?」

「勿論さ。今回は一寸ショック療法とも言うべき荒療治を実施しなければならないのさ。」

「ほうほう、ショック療法ときたかい。そいつはまた随分と挑戦的な物言いじゃぁないかね。いいだろう、受けて立とうではないか。なぁさっちん。」

僕はかのえ君との言い合いにやや高ぶった気持ちを抑えて「うむこれにて時機到来。早速たお先生のお言葉を拝借しましょうか。」と恭しく左手側にたお先生を招き入れたので御座います。

ゆっくりと、そしてゆっくりと、ねじを巻かれたブリキのおもちゃがぎーっちょんぎーっちょんと歩くように、僕達の前に歩み出るたお先生。

ややあってからたお先生は少々日が傾きかけた窓の景色に一瞥をくれて、彼の雪のように白い肌と能面のような表情から「夕焼けっ!にゃん!にゃん!」という台詞を繰り出した後、一礼をして引き下がられたので御座います。

僕もたお先生に一礼をします。本当にありがとうございました。

おかげさまで痴れ者二人に恐怖をもって現状を認識させることができました。

かのえ君とさっちんは唇が紫色になるほど青ざめて頭を抱えたり自分の胸のあたりを鷲掴みにしたりして恐怖の色を全身で表現しております。

かのえ君は言います。

「主席、僕は恐ろしいよ。限りなく理想機械に近いたお先生が、あのような売れない漫才師のようなずっこけた行いをするなんて。僕たち4人はきっと気付かぬうちに致命的に最悪な状態にあるのに違いないよ。そうさ、そうでなければあんな異常事態は説明が出来ないではないか。」

彼には嵐の海のように荒れ狂ってしまった彼の心を落ちつかせるための優しい言葉が必要だと僕は思いました。

「よくそこをまっすぐに見てくれたねかのえ君。まっすぐに見ることがとても大事なんだよ。」

かのえ君はまだ恐怖に由来する脂汗が引かぬ顔でそれでも手のひらを前に突き出して、自分は大丈夫で御座いますと主張しています。

さてかのえ君の方はこれでよろしいとして、さっちんには少々薬が効きすぎたようで、何やら一心に祈祷を行っております。

「祓いたまえ、清めたまえ、」

これはいけません、極めて危険な状態です。

僕は彼の背中に手を置いてなだめてみたのですが効果は一切なくて、それではどうすべきなのか思いつかず途方に暮れてしまうのでした。

「悪霊退散!悪霊退散!」

さっちんの祈祷はいよいよ激しさを増します。事ここに至っては今一度紳士同盟の最終兵器であるたお先生のお力を借りるしか手立てがありません。

錯乱したさっちんの前に歩み出でたたお先生は、何千万円もする万能工作機械のような精密な動きでさっちんの頭部に長髪のウィッグを装着し、手鏡でさっちん自身の姿を見せました。

さっちんが見た鏡には愛くるしい美少女が映っております。

「これが、僕、」

そしてその後たお先生は「愛しい人よ。さぁ、おいで」などと申されまして、色白で指の長い手をNC制御のごときカクカクした直線的な動きで差し出したのでした。

さっちんは一度は見た目通りの乙女の表情になり、拙い恋心にやや頬を染めつつたお先生の手を取りかけたのです。

僕とかのえ君はこのままたお先生とさっちんの愛の逃避行が始まるのかと、固唾を飲んで見守ります。

もし二人の愛が成立したなら僕とかのえ君は紳士同盟がたったの二人だけになってしまう寂しさや心細さに打ち勝って、たお先生とさっちんを祝福し送り出さなければいけません。

しかし指が触れる直前にさっちんは「きゃあああああっっ!!」と3つ先の教室まで聞こえそうな黄色い声をあげて数メートル吹き飛ぶように後ずさりし、そして唐突に正気を取り戻したのであります。

このとき、たお先生の真の狙いを知った僕は成程と感心してしまって唸り声を上げざるを得ませんでした。

正の手段で駄目なら負のそれもとびきりネガティブな手段で解決すべし、流石は我らがラスボスたお先生なのであります。

たお先生は見事にさっちんの魂を絶望の底なし沼から引き上げて見せたのです。

僕は丈の短いスカートを手にしてさっちんに歩み寄るたお先生の肩に手を置いて制し、最早十分で御座いますと深々とこうべを垂れた後、彼の手から布地が少ない本当に小さなスカートを受け取りました。

小道具の後片付などといった雑務をたお先生にやらせる訳にはゆきませんので、僕がスカートとウィッグの後始末を引き受けたのであります。

はじめはスカートを片付けるために折りたたんでいたのですが、ウィッグをつけたまま涙目で床にへたり込むさっちんを見まして、念のために「君、使うかね」と僕はさっちん本人に確認をいたしました。

完全にスカートを片付けてしまってから後になって必要と申されますと一寸準備に手数がかかるものですから、この時点で僕が質問をすることは極めて合理的であるとやや自画自賛ぎみではありますがそう信じております。

ですので実際にさっちんが「死ね」と僕が台詞を言い終えるのを待たずに即答しなさった時には、僕にも正当な事由があったものですから、大人げないとは存じますが抗議の意思を込めてムスッと頬を膨らませてしまいました。

「死ね!死ね!」と連呼しながらウィッグを取り外さんと持ち上げた腕をかのえ君が背中の方へ捻りあげます。

こうもあっさりと空手の有段者であるさっちんの自由を奪うとは、流石にかのえ君は柔道の達人です。

そしてかのえ君は、ショック療法はよく理解できたが本題の話が一向に進まないのでよろしくないと、主席である僕に対して真剣に訴えるのです。

全く彼が訴える通りで、特に僕には間違いなく僕の思う処と云うものを有志諸君に伝える責任があります。

僕は本題の話をしなければいけません。それも真剣に全力を出して説明をしなければいけません。

そこで僕は言葉だけでなく身振り手振りを活用して全身で思いを込めた説明をしたいと思いました。

でも僕の手にあるスカートが意地悪くそれを邪魔するのであります。こんなものを持ったままでは思うように手が動かせません。

僕は自分の両手を開けるためかのえ君に拘束されているさっちんにスカートをはかせてしまいました。

彼がはいていたズボンは綺麗に折りたたんで彼のバッグにしまいました。

この機転で全てが正しい状態に納まった今、僕は熱弁をふるい紳士性を欠いてしまった僕たちの現状をあるべき姿に戻す計画を披露したのです。

その詳細は割愛させていただきますが4分後、すなわち僕が理論整然と一切の説明をし終えた後、かのえ君とさっちんは感動し目尻に熱い大粒の涙さえ据え置いて喝采をおくってくれたのであります。

今や僕達の紳士性を健全化する長期的な計画については4人全員の意見の一致をみました。

本当に僕達の気持ちは同じ頑強な一枚岩の上に御座いますのでこれっぽっちの歪みもありません。

しかし長期計画について稀有する処が有るとすれば、それはとにもかくにも長期でありますから時間がかかるということでありましょう。

そこでふと3人の視線がスカートを履いたさっちんに集まります。

「いいね。」

「うん、上半身の男子用ブレザーに着られてしまっている様子と、下半身の極端に短いスカートからすらっと伸びたすべすべの脚部の対比が見事だね。」

「やぁかのえ君。君のそちらの分野の語彙の豊富さと造詣の深さに対して本当に僕はシャッポを脱ぐよ。」

「どうかな?長期計画の弱点はこの方向で解決できると考えるのだが。」

「すなわち短期的な計画ということですな。」

さっちんが何か申し立てをせんと足掻いておりますが、かのえ君が彼の関節をがっちり決めておりますし、今僕達3人は大事な話の途中です。少しの間黙っていてもらいましょう。

「さっちんにサイズが合う服でしたら偶然にも僕が幾つか所有しております。」

たお先生が十文字以上話されるときは決まって大事な情報です。

「ほう、たお先生。それは何たる奇跡的な偶然でしょうか。」

「本当にそうだね。事実は小説よりも奇なりと申しますが、正常に考えれば信じがたいそのような偶然が有るなんて。そしてそれはおそらくよい偶然でしょうから最早僕達がすべきことは一つなのです。」

「ああ、さっちんがこの様な姿で居てさえしてくれれば、僕達の中の紳士が居眠りをしてしまうなんてことは絶対に無いよ。」

「おっと君たち、あくまでも長期的な計画が達成されるまでの繋ぎであると言うことを忘れてしまっては困るよ。」

「勿論ですよ主席。そのことは僕も重々承知しておりますよ。僕達がなすべきは長期計画です。でもねただ長期計画のゆく道は本当に困難であるからこの策は絶対に不可欠なんだよ。」

「うん、うん。かのえ君、今回の話し合いも素晴らしい処に着地をしたね。僕はね君たちと一緒に仕事が出来て本当に幸せに感じるよ。」

そうして、この日よりさっちんはたお先生が用意された極めて紳士的な衣装を身にまとうようになったのです。

また、残念な報告なのですが僕が提案した長期計画は自然消滅し完全に立ち消えになりました。

これはさっちんという資産を有効活用した短期計画が思いの外効果的に機能し、僕とかのえ君とたお先生の思考力の100%が短期計画のために消費され、実質的に長期計画を考える者が一人もいなくなってしまったからなのであります。


家に帰ると玄関の壁に我が家にある全部の傘が立てかけてありました。

きっと掃除をした後仕舞い忘れてしまったのだろうと考え下駄箱の引き戸を開けると、傘が置いてあった場所に中学一年生の妹が座っておりました。

意表をつかれた僕は思わず「わぁ」と悲鳴をあげます。

妹はのそのそと下駄箱から這い出てきて外に出してあった傘を片付け始めました。

「あ兄ぃちゃん帰ってくるの遅いー。待ちくたびれて下駄箱に入っちゃったじゃないー。」

僕のIQは比較的に高いはずなのですが、妹が口にした長い待機時間と下駄箱の関係について何も思いつくことが出来ません、僕の知りうる全知識を順に当てはめていってもその両者を継げることは出来ないのです。

「あのね。あ兄ぃちゃんが作ったゲームをやろうと思ったの。でもね、なんかスレッドが一杯でどうのとか表示されて何にもできないの?どうしてなの?」

先日岡さんから聞いたものとほぼ同じ台詞をまた聞くとは、僕は既視感を覚えざるを得ません。

僕は先日岡さんにしたものとまったく同じ説明を妹にも行いました。

「うーん、あのねぇ、だいたいわかったけど…一人くらい増えてもいいじゃない?ねぇ、あたしもあ兄ぃちゃんのゲームしたいのー。」

僕は目眩がしました。

僕の妹と岡めぐみさんは性格がまったく異なります。

しかし、だのにです、目の前に立ちはだかる問題に対する対処方法が寸分違わず同じなのです。

彼女達は僕達紳士同盟がその成績優秀である頭脳を結集して、そして導き出した最大六千ユーザーという値をどの様に考えているのでしょうか?

とわ言え実は先日受け入れ処理をかのえ君に依頼した岡さんも含めて現在のユーザー数は5,999ですので、すなわち丁度一名の余裕があるのも事実で御座います。

加えて申させて頂ければ今回の場合は他でもない実妹からの要請ですので、主席である僕の肉親でしたら最後の最後に残ったたった一つの枠を進呈するのにうってつけの相手であると云えます。

僕はふと特定のスレッドの定員を7ユーザーに増やしてそこに僕の妹のユーザーIDを紐づける手口を考え付きました。そしてそれはとても良い考えに思えました。

「判りやんした、それではあなたのユーザーIDを教えていただけますか?」

「え?ええ。ひょっとしてなんとかしてくれるの?そういうことなの?やったー!あ兄ぃちゃん今から3秒間だけ大好き!今すぐメールするから。」

「ただし特別な処理をするので、ゲームができるようになるまで2~3日待って下さいよ。」

送られてきたメールには”ぁらяё”と一行だけが記載されておりました。

今日からサーバー当番はさっちんですので、彼にこのメールを転送して作業をお願いしなければいけません。

しかしさっちんに電話をすると”とある中国の企業からメールが届いたのでその内容に対して主席の判断を仰ぎたい”と逆にお願いをされてしまいました。

メールの内容を尋ねると英語のため完全には理解が出来ないという返事でしたので、そのメールを僕とたお先生に転送する様に指示を致しました。

有志4人の中で英語の成績が得によいのは僕とたお先生ですので、まあビジネス英語の経験の無い学生ですから一寸えいやぁという具合にはなりますが僕とたお先生の二人で対応した方がきっとよろしいでしょう。

電話を切ってしまう直前にさっちんに「主席は僕に何か御用事があったのでは?」と尋ねられたので、危うく失念しかけていた僕の妹の依頼をさっちんに伝えたのですが、そのとき大事なことを言い漏らしてしまったことに僕は気がつかなかったのであります。


翌日、いつもの様にネットカフェひまわりの座敷に有志4人が集います。

ご主人様4人もいつもの様にスレッドLにログインされました。

そしていつもの幸福な時間が始まると思った直後です、少なくとも僕は予想もしていなかった5人目がスレッドLに現れました。

ユーザーIDは”めGu☆彡”。

「岡さん?岡めぐみさん!?」


次回、第四話「御近所様来襲」。

あの岡めぐみが最後の一人とは思えない。

僕たちが今後も猫屋敷を続ける限り、第二、第三の岡めぐみが現れるかもしれない。

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