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追いかけて八戸

○第一話:追いかけて八戸


’カフェねこやしきにようこそ’とは、僕たち有志4人が大義をもって多くの血と汗と涙を注ぎ込んで完成させた、女性向けの猫カフェシミュレーションゲームなのであります。

先日スマートフォンのマーケットに公開させていただき、無償ということもあって既に一万近いダウンロードを頂戴しました。

ご好評を頂いてそこに調子に乗って云うのではありませんが、それでもしかし我々有志にとって重要なのは、例え何万何億のダウンロードがあろうとそのうちの4ダウンロードだけなのです。

有志4人に4つのダウンロード。

有志それぞれに一つずつのダウンロード。

有志それぞれの”ご主人様”のダウンロード…それだけが重要、いやそれが全てなのであります。

余談ではございますがゲーム公開前日にご主人様との確実な邂逅を祈願し、4人で滝にうたれに行きました。5月は行水には一寸季節が早く、またどしゃりと落ちてくる水は思いの外冷たくて、僕たちの唇は毒々しい紫色に変化しました。

物語を始める前に僕たちのゲームについてちょっと説明する必要があるでしょう。

まだ、猫カフェのゲームであるところ迄しか説明していない筈でございます。

単刀直入に詰まるところを申し上げましょう。

僕は有志4人の主席を努めさせていただいておりますから、他3名の気高い仲間を代表してなんとしても皆様のご理解を頂戴する義務があります。

さぁさぁ、すっかり話してしまいましょう。

女の子と縁が無い男子高校生である処の僕たち有志4人は、同じ年頃の美しい女性と何らかの種類のお付き合いをする為に、なかなか凝ったゲームを一本、我ながら見上げた執念で完成させたのであります。

詳しい仕組みは追々説明をさせていただきますが、僕たちのゲームのからくりのだいたいは次のような塩梅でございます。

まず、ご主人様とは僕たち有志のそれぞれが主に彼女たちの容姿をもって判定し心に決めたお方を示します。

次に、ご主人様はゲームにログイン直後、ユーザーIDによって判別され専用のスレッド…通称スレッドLと称する小部屋に通されるのです。

スレッド内には個性的な猫4匹がご主人様のおこしをお待ちしております。

通常、猫たちの行動を決定するのは僕たちがプログラムしたパターンデータでございます。

しかしそのご主人様のためだけにあるスレッドLの猫達を動かすのはプログラムではなく、何を隠そう尻隠そう僕たち有志4人なのであります。

嗚呼、切ない男心。

僕たちはモテ期を欠いた状態でこの世に生まれてきてしまった。

待ち続けても努力しても僕たちに女生との出会いは無いのです。

演繹的な判断からその悲劇的な結論に論理的帰結を見たときは流石に僕達も頬を伝う涙を止めることができませんでした。

いやそれは耐え忍んで諦めましょう、決して誰も恨むまい。

だが己の不遇を飲み込む荒行を乗り越えても僕たちは心穏やかな悟りを得ることはかなわず、代わりに神が書かれた僕達に関する台本にささやかな抵抗を試みることにしたのです。

それが蟷螂之斧に他ならないことは誰よりも僕たちが理解しているのです。

例え仮想世界の猫とそのなじみ客という形でも、誰もが目を奪われる麗しき美少女と特別なかかわりを持ちたい。

今、あらゆる色恋の可能性から僕たちを取り除いてくださった世界に問いたい、いや叫びたい。

僕たちの行いは間違っているのでしょうか?

誰に僕たちの行いを裁く権利があると言うのでしょうか?

僕たちは誰の力も運命の引力もキューピットの不思議の力も使わずに4人の天女とめぐり逢った。折角でございます、一寸紹介をさせていただきたく存じます。

まず主席である僕のご主人様のユーザーIDは”まりすけ”と申されます。こじゃれた手毬がスケスケしたような、思わず抱きしめずにはいられない愛らしさなのです…おっといけません、あまりにも彼女を敬愛するあまり表現がやや感情的になってしまいました。

彼女はご友人と同じ時間を過ごすのが純粋にお好きなご様子でいかなる時も笑顔を絶やさないのです。僕はその対男心絶対兵器と形容可能な愛くるしい柔和な笑顔に完全にまいってしまっていて、ご主人様の笑顔を守るためなら赤鬼の棍棒に全身の骨を砕かれ地獄の業火に焼き尽くされても一向に構いません。

有志が一人かのえ君のご主人様は”ちずリョナ”様とおっしゃいます。一途にリョナリョナするような、背中を抱きしめずにはいられない可憐さです…おっといけません、あまりにも彼女がスペシャルなものですから表現がやや感情的になってしまいました。。

彼女はポメラニアン犬の様に小柄で愛くるしいお方で、ご友人が多く携帯電話のアドレス帳が尋常では無い状態になっているそうで御座います。

有志が一人さっちんのご主人様は”巻ちゃん、”と名乗っていらっしゃいます。振袖の巻ぼかしをチャンチャンして点で締めくくった様な上品さで御座います…おっといけません、あまりにも彼女を崇拝するあまり表現がやや感情的になってしまいました。

彼女は顔立ちもたたずまいも下品な派手さが無く控えめでありながら見る者の目を奪う雰囲気をお持ちで、日本人すら忘れかけている黒髪の乙女の真の姿を体現していらっしゃいます。乞い願うところは彼女の胸に抱かれたい…そう誰もが思う母性を全身から発していらっしゃいます。いつも控えめで皆から半歩下がりでしゃばることを好まないようです。

最後はわれら紳士同盟のラスボスたお先生のご主人”あさがおな”様。朝にガオガオして「な」が一文字余ってしまったような気風の良さなのです…おっといけません、あまりにも彼女が刺激的なものですから表現がやや感情的になってしまいました。。

彼女は美人と書いたたすきをかけて頭上に完璧超人選手権の優勝旗を掲げている様な奇跡的な美人で、見ていると劣情に負けて縦に横に獣のように抱きついてしまうのではないかという道徳的な恐怖に襲われます。ことごとくをはっきりと言葉になさる性格で、楽しいことも問題も多くの場合は彼女から始まる様であります。

さてさて、今まさにスレッドLに集った僕たちのかわいらしいご主人様たちは仲良くチャットでおしゃべりを始めたようです。

同じ顔触れで何度も同じ時間を過ごしているものですから、それはもう気安いものです。

>あさがおな:ところで巻ちゃんの名前って最後の読点まで必要なの?

>巻ちゃん、:え、どうして?

>あさがおな:いままで付けてなくて今更だけど、やっぱ付けるのかなって

>ちずリョナ:ひょっとして巻ちゃんの名前のネタ元知らない?

>あさがおな:知ってるの?

>ちずリョナ:友達がはまってるから

>まりすけ :なになに、知りたい

>巻ちゃん、:何のことだか分からないけどもういいじゃない

>ちずリョナ:わかったわ。姫の情けで黙っていてあげるわ

>あさがおな:なんかそーいうのやだー

>まりすけ :まぁまぁ

>ちずリョナ:乙女にも色々と意味があるってことよ

>巻ちゃん、:それ以上のヒントは命にかかわるからやめて

>あさがおな:そんななの?

>巻ちゃん、:わかんない、わかんない

>まりすけ :このへんにしときましょうよ

>あさがおな:検索するキーワードだけ思いついたわ

>巻ちゃん、:しなくていいから!

>ちずリョナ:あってるかわたしが判定してあげる、いってみそ

>巻ちゃん、:あーもー

悲痛な叫び声を残して”巻ちゃん、”はログアウトされました。

>まりすけ :ログアウトした?

>ちずリョナ:戦略的撤退ね

>あさがおな:いや、やばいやばい

>まりすけ :もーふたりでいじるから

>あさがおな:だれか謝っておいたほうがいいって

>ちずリョナ:じゃあ、わたしがメールする

>あさがおな:ごめんねー

>まりすけ :巻ちゃん明日もきてねって、お願い

>あさがおな:でも巻ちゃんの元ネタは教えてね、知らない顔しておくから

そして僕たち紳士同盟は猫としての役目を終えた後、彼女たちが残したチャットのログを幾度も読み返しては少々の満足と達成感を得て各々吐息を漏らすのであります。

因みにチャットのログは”まりすけ”様分を僕が、”ちずリョナ”様分をかのえ君が、”巻ちゃん、”様分をさっちんが、”あさがおな”様分をたお先生がそれぞれ裏声を駆使して読み上げる習わしになっております。

「どうかね君たち、僕はログを読んで正直女子力の高さ、ひらたく申せば可愛いという印象は受けなかったけど、逆にね何か腑に落ちてへそのあたりにしっくりきた気持ちなんだよ。」

「うん同感だね。俺たちは女の子に対する知識が皆無だからね。毎日毎日勉強をしている気持ちだよ。」

「そうだね。知識がなければ先入観もないから、僕たちはスポンジが水を吸うように知識を吸収して自分のものにするだろう?だから沢山の情報を鵜呑みにしてしまうわけだからお腹がいっぱいになって、それでへそのあたりに落ち着いた気持ちになったんだよ。」

さっちんの意見に僕は思わず膝を叩きました。

「うーん成程。いやいや成程、合点がいったよ。全く目の前にもやもやと居座っていた雲が霧散し突然視界が開けた気分だよ。」

「ところでさっちん。ご主人様たちの話の流れから察するに君の主人である”巻ちゃん、”はどうやらお腐りめされているようだよ。」

「そうだね。それはきっと事実だと思うよ。他に彼女が逃走した理由が思いつかないからね。でもだからと言ってご主人様が持つ気高さが損なわれることは無いだろう?」

ここでまたしても僕はさっちんの堂々とした言動に対して鼻を鳴らしてまで感心をせざるをえないのでありました。

僕たちの中で彼は愛玩動物に似た立ち位置にあります。

名を属栄さっか さかえといい、小柄で仔犬のような笑顔をして小鳥のような声で話します。

僕たちの中で彼だけはちょっと離れた所に住んで居るのですが、無理をして僕たちと同じ学習塾に通っているという健気なまでの可愛らしさです。

学校においては男子生徒からはギリギリで男子と認識されておりますが、女生徒からは女子の亜種と認識されておりまして、こうなってしまってはどう頑張ってもお互いの気持ちが恋に発展をしません。

そのような華奢な存在の彼がこの様な骨の太い男前だったとは、どうやら僕たちは彼をとんでもなく見誤っていたようです。

「かのえ君。さっちんの心意気と言ったらどうだい、天晴じゃあぁないかね。実に天晴だ。敬愛する主人が腐っていても鋼鉄の忠義を示しているよ。彼の小柄な体が今だけは巨人に見えるんじゃあないかい?」

「主席。俺もねそこをねちゃんと話し合いたいんですよ。’腐’を’不治の病’などに置き換えたならさっちんの境遇に少なからず感情移入をしてしまい、俺の両目は友を思う涙でただならないことになっていたと思うよ。でもね、’腐’とはね…本当に残念な気持ちなんだ。俺はねひょっとしたら入力欄の文字制限で”ふ”の後に続くはずだった”ぢのやまい”が破棄されてしまった…そんな事故だったらなって、少し思うんだよ。’腐’はイケナイよ。」

「”不治の病”から”痔の病”を減算したら”腐”が残る…か、深いね。かのえ君は文学畑ではなかなかの職人技を見せる一級技術者だね。」

それまで眉一つ動かさなかったたお先生が突然僅かにでも表情を動かして十文字以上も言葉を発したのですから、僕たちの驚きようといったらありません。

「おお、たお先生が反応されましたよ。」

「不動のたお先生を動かすとは、かのえ君。僕は君が恐ろしいよ。」

 :

(以下略)

以上の様な事を日々繰り替えして僕たちはご主人様のことをより理解し、敬愛の念を強くしていったのです。

敬愛の念は日々右肩上がりにあるいは指数関数的に単調増加してゆきます。

そしてある日、かのえ君の大きくなりすぎた紳士的であった敬愛の念が爆発し、そのエネルギーがやや品性面で劣る劣情に変換されたのであります。

「ちずリョナ様。俺は貴女に一目お会いしたいのです。」

僕たちはかのえ君が呟いた一言を聞いたときに衝撃で心臓が止まるかと思いました。

猫屋敷紳士同盟副主席かんぬき 閂庚かのえ

学校においては女子に絶滅希望イケメンなどと後ろ指をさされてしまう彼の人間としての器は、とてつもなく大きいか、むしろゼロであるといえます。

かのえ君は人前で堂々と美少女ゲームをしたり猥褻な写真集を鑑賞することができます。彼は自分がしたいと思ったことをそのまま実施することに、時と場合に係わらず疑念を持ちません。

そうなのです、かのえ君が”会いたい”と口走ってしまったなら、肝が据わっているにしろ何も考えていない阿呆であるにしろ、きっと本当に会いに行ってしまうのです。

それによってかのえ君の恋心が惨敗轟沈し暗く冷たき深海に絶望を抱いて永住するのは一向に構いません。しかし僕たちのゲームの真実がご主人様たちに知れるのは大問題です。

ここは主席の責務として僕がかのえ君の暴走を止めなければいけないでしょう。

「やぁかのえ君一寸思い詰めているようだが大丈夫かい?そんな君を更に追い詰めるつもりは毛頭ないけれど、どうにも聞き捨てならないから一つだけ注意をさせてもらうよ。いいかい?つまり君は紳士同盟十戒その4を忘れたのかということなんだよ。ご主人様のプライベートに干渉をすることはご法度なんだよ。いいね、君。僕はしっかりといったからね、きっと判っておくれよ。」

しかしかのえ君は表情に決意の色を濃く落とした状態で、ずんずんとたお先生の方へ歩いてゆきます。

これはいけません。僕は不本意ながら実力行使に出ざるを得なかったのであります。

ところがなんとしたことでしょう、確かに僕はかのえ君に見事な羽交い締めを決め、彼はぴくりとも動けないはずでした。彼は柔道の達人ですから、虚を突かれ僕に決められてしまった技に抵抗を試みることの無意味さを、僕たち4人の中では誰よりも知って居る筈です。

それなのに、嗚呼それなのにこれが愛の力と見せ付けんばかりに、かのえ君は己れの関節に刺し入る痛みに打ち勝ち闘牛の牛の様にずっしずっしとその歩みを続けたのです。

「俺は!ちずリョナ殿に会いたいんじゃあああぁぁっっ!!!!」

これはまさに魂の咆哮なのであります。僕という錘を引きずったままかのえ君はたお先生の胸ぐらを掴んで力の限り前後左右に揺さぶったので御座います。

するとどうでしょう、その揺さぶりの過程でたお先生の脳内のなんらかの機能の機動スイッチがオンになったようなのです。

たお先生は能面のような表情でくるりと軸のブレないメカニカルな回転でモニタの前に座り、みゅーん、みゅいんみゅーんと電気仕掛けのごとき指使いでキーボードをタイプするのです。

間もなくモニタに地図が表示され、ちずリョナ様の写真に付随している位置情報がバラッとプロットされました。

たお先生は位置情報を瞬時に解析し、サーボモーターで駆動して居る様な腕の動きで地図上の青森県の更に北の方の特定の位置を指さしその説明をし始めました。

「おそらく…ここが自宅、ここが最寄り駅、そしてこの駅で乗換…ここが通学している高校。」

瞬間カッとなったかのえ君は充分合点承知之介と威勢よく発して座敷を飛び出してゆきました。僕も夜の街灯と街灯の間に彼を見失ってしまう前に、大急ぎで後を追います。

それからはあっという間で、気が付くと新幹線に乗っていて、気が付くと八戸付近に立っていて、はっと我に返った時にはたお先生が”乗換駅”と説明したとある駅のプラットフォームに僕は居て自動販売機で缶コーヒーを買い求めていたのです。

日が昇っているのでどこかで夜をあかした筈ですが恐ろしきかな記憶にございません。

「な、なな、なんと。いつの間に。」

しかし僕には僕の置かれた状況に驚き、記憶の底を掘り起こしたり、推理をして僕の失われた時間を復元している暇はないのです。

「いかぬ我が使命を忘れる処であった。」

かのえ君を止めなければ。

かのえ君の姿を探すと彼はベンチにどっかりと腰を下ろし、タブレット端末を操作しながらスマートフォンで電話をしております。

そして「判った、ありがとう」と言って終話したのです。

何事かと判断に困りかのえ君の口から何しろ説明を聞こうと彼の下手にならぬ様あえて威圧的にずかずか歩くと、四歩目のあたりで僕の片腕はかのえ君に両腕にからめとられ、僕は力ずくでベンチに座らせられたのでした。

「おいおい君、一寸乱暴だね。」

それを枕詞に一々問い詰めようと思ったのですが、かのえ君が真剣な顔で唇に人差し指を当てて「うしろを振り向いちゃいけませんよ」と言うので、僕の口から出るはずだった言葉は水風船を針でつついたようにぷしゃりと情けなく形を失って喉の奥に戻って行ったのです。

間もなく階段を上ってくる数人の少女の楽しげな声が聞こえてきます。

かのえ君はズッズッと力んでわずかに僕のほうを向き、僕に向かって振る指を隠すように体を丸めてからまた「いいですか、後ろを振り向いたり声をあげたりはしてはいけませんよ。本当にお願いしますよ。」とやけに念を押してくるのです。

僕たちがまるで道端の石のように誰でもなくしていると、階段を上がってきた女の子たちが僕たちが据わっているベンチの背中合わせの反対側に座りました。

彼女たちがベンチでおしゃべりをし、やがてやってきた電車に乗りそして姿が見えなくなるまでの間、かのえ君はなんとも幸せでそれ以上にやさしい微笑みを浮かべて、身じろぎもせずにじっと道端の石を演じております。

僕はそんな彼を横目でずっと何とも申し上げようがない気持ちで眺めているのでした。

背中合わせに座っている少女は、かのえ君のご主人ちずリョナ様で間違いありません。ええ、そうに決まっております。

そしてかのえ君はこの土壇場で紳士同盟十戒その4を守り通してみせたのです。

彼はどれだけ振り返ってちずリョナ様の姿を見たかったことでしょう。

でも、彼はついに電車が走って行ってしまってもなお横目ですら盗み見をすることはしませんでした。

僕は「見事!」と悲痛に吐き捨てて彼を抱きしめたのです。

帰りの電車でかのえ君は「主席にはめぐみさんがいるから、僕の気持ちなんてわからないと思っていたよ。」と切り出しました。

「何を言うのかねかのえ君。僕たちは運命を同じくした有志ですよ。わからないことがあるかね。」

「うん。それについては頭を下げさせてくれ、すまなかった。実はね白状するとね俺はめぐみさんと主席が話しているところを見ては裏切られた気持ちになっていたんだ。だから今回も主席に相談できずに暴走してしまう以外になかったんだ。本当に申し訳がない。」

僕は岡さんと自分がいつも話している状況を思い浮かべ、そして一寸眉を力ませて首を横に振ってから「岡さんと僕はどこまで行ってもご近所付き合いの域を出ないからね。勘違いしてやろうとどう頑張っても、現実が僕に教えてくれる限りでは恋心になるきっかけなんてこれぽっちもないよ。」と答えました。

しかしそんな自分の申し開きよりも僕はかのえ君の有志としての魂のしっかりとしたところを全く信じてあげられなかったことを、この帰路の間に謝罪しなければなりません。

どうにかして僕の頭から心が伝わる上手い台詞をひねり出さなければならないのです。

同じころ、同級生の岡めぐみさんが僕たちが作ったゲーム’カフェねこやしきにようこそ’をスマートフォンのマーケットで見つけユーザーレビューを読んでいなさったご様子です。

「”なににも使えないちょっとした時間の暇つぶしにいい”、”いろんな意味で罪がないゲーム。疲れたくないときはコレ。”??誉め言葉なのかどうか、どう読んでも微妙ねぇ。」

とはいえ、それを僕が知りようはどうにもないので御座いますがね。

かのえ君の一件があった訳ですから僕はへとへとに疲れ切って我が家にたどり着いたのですが、まだ僕は布団に倒れさせてはもらえないようです。

玄関を上がるなり風呂上がりの中学一年生の妹と鉢合わせをし、一寸驚いたような表情で見つめられました。

「あーっ、あ兄ぃちゃん。今すぐリビング行って頭下げなきゃヤバイって。」

僕は思い当るところがあってよろよろとスマートフォンを取り出すと着信履歴に自宅の固定電話の番号が見つけることができました。

成程全てが理解できました、どうやら僕は今無断外泊という扱いの様です。

無断外泊の上に連絡もつかぬでは父も母もそれはそれは腹に据えかねていることでしょう。

移動中はかのえ君の暴走を止めることにだけ必死で、意識が完全にとんでしまっておりましたので、残念なことに親からの着信に一回も気づけなかったのです。

我が妹に事前に自体を教えてもらえたのはせめてもの幸運であります。

僕は妹を軽く拝んでからさぁもう一頑張りと恐れを知らない戦士の様に重い足をリビングに進めるのです。

「あ兄ぃちゃん。」

僕の妹が僕の袖口に指をかけて引っ張りますがこれはどうも僕の身を案じての行いではないようです。

僕の妹は僕のことを”お兄ぃちゃん”ではなく”あ兄ぃちゃん”と呼びます。

僕の妹がまだ幼いころにお兄ちゃんと正しく言えず”あ兄ぃちゃん”と間違ったところ、たまさか妹の回りにいた大人たちがやれめんこいだのやれ好いたらしいだのと褒めたものですから妹は言い間違いを改めることをせず現在に至るのです。

僕は後一~二年もすればそのような稚拙な言葉遣いを恥じて自然と年相応の言い方に変わると信じております。

「あ兄ぃちゃん。あたし明日英語のテストあるの。」

成程、勉強を教えてほしかったのですね。

「一生に一度でいいから、十の位が5以上の点数とりたい。」

僕は判った判ったと頭を撫でて自室で待つように伝えます。

先ずは父親と母親の怒りを鎮めてこなくてはなりません。


次回、第二話「来訪者歓迎ス」

猫屋敷に初めてのお客様を迎えて興奮を抑えきれない僕達紳士同盟一同。当方に歓迎の用意あり。



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