表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

チェーン・スモーキング

作者: 三文士

タイトルにある通り煙草が題材の作品ですが、決して喫煙を助長するものでがありません。


過激な性描写等は無い為、喫煙シーンはありますがR18には設定しませんでした。


ちなみに作者は、非喫煙者です。


良ければコメント、感想等をお願いします。

『もう。あんまりじっくり見ないでよ。ホントに恥ずかしいったら。』



そう言って千由里は、わざと不機嫌そうに紫煙を吐き出す。



『ゴメン。でも好きなんだ。千由里さんが煙草吸ってるところ。』



言葉としては謝っているがまるきり申し訳ないとは思っていない。



屈託の無い笑顔を浮かべ、雅人は千由里を眺め続けている。



もうすぐ二人が付き合って、一年が経つ。



千由里の部屋には、煙が雲の様に浮遊してはいつの間にか消えてゆく。





「チェーン•スモーキング」





『キミってホント変わり者。こんな変なヤツだって知ってたら絶対付き合わなかったな。』



『またまた。千由里さんてば。結構俺に惚れてるくせに。』



っるさい!バカっ!と言って、千由里がクッションを投げつける。



千由里は二十五歳。



雅人は二十三歳。



知り合ったのはバイト先の居酒屋だった。



歳もバイト歴も上だった千由里が、新しく入ってきた雅人の教育係になったのが最初の出逢いだった。



『仲里さんって煙草吸うんですね。』



仕事の事以外で話したのはそんな言葉が最初だったかもしれない。



休憩室と喫煙所を兼ねる狭い一室で、雅人がそんな風に話掛けてきた。



『悪い?女が吸ってるの。』



精一杯感じ悪く返事したつもりだった。



男はつくづく勝手だなと思う。



千由里が煙草を吸ってると何かと男は絡んでくる。



頭ごなしに否定してくるヤツもいるし。



かと思えば雅人みたいに一見柔らかく接してきても最終的に



『まあでも女性は子供を産むからね。それ考えると将来的にはやめた方が良いかも。』



なんて、最後はやっぱり説教を垂れるヤツもいる。



ヤツ等はそう言って同じ口で煙草を吸う。



自分を棚に上げて。



俺は嫌いだなとか子供がとか、世間的に見映えがとか色々な言葉を駆使してくるけれど。



結局のところヤツ等が言いたのは



『女が生意気に煙草なんてふかしてんな。』



って事なんだと千由里はそう思っている。



だから雅人も最初はそういう男の一人だと思った。



千由里は勝ち気で、男勝りな雰囲気だからヤツ等は少しでも優位に立とうとする。



だからくだらない説教を垂れてくる。



直接的なのもムカつくが、遠回しなのはもっと頭にくる。



だから雅人が話しかけてきた時、ああこいつもかって思っていた。



でも雅人は、何か違っていた。



『いいえ全然。むしろ好きです。』



『は?』



思わずくわえてた煙草が膝の上に落ちかけた。



『本当ですよ。なんか中里さんみたいな人が吸うと画になるっていうか。煙草の臭いも好きだし。』



そう言ってる雅人の表情は、どことなく苦悶の色が浮かんでいる。



『なんかそういう風に見えないんだけど。』



『そうですかね?』



『うん。てゆうかさ。キミは吸わないの?』



『え?』



先ほどから見ているが雅人は煙草を吸っていない。



灰皿からも離れた場所にいるし、吸っているところを見た事も無い。



何回か仕事を一緒にしているが彼からは煙草の臭いもしない。



『あー。そうなんですよ。』



『は?』



『生まれつきで肺が強くないんです。煙とかむせちゃうんですよね。』



そう言って雅人は自虐的に笑っている。



千由里は呆れていた。



目の前にいる優男は生まれつき煙には弱いが、煙草の臭いが好きで煙草を吸ってる女が好きだと言う。



嫌味かなとも思った。



なるほど、遠回しでもなくこういう変化球もあるのか。



そう思った。



でも何故?



千由里にはわけが解らなかった。



兎に角その場の会話はそれで終わったが、その後何度か二人は休憩室で顔を合わせた。



時には何人かの喫煙者がいて狭い室内が煙に埋め尽くされる事もあった。



それでも雅人は時々軽く咳き込みながらも部屋にいたのだ。



もうすでに新人期間は終わっていたから一緒に仕事することもなかったが、



喫煙所でたまに二人になった時は世間話もした。



そうして二人は、少しずつではあるが着実に距離を縮めていった。



連絡先を交換するのは自然の流れだったと思う。



それから何回か呑みに行ったりした。



付き合おうと思ったきっかけは音楽だった。



勿論、雅人の見た目や話す内容に好感をもったのは言うまで無い。



だが不思議と、背中を押したのは一曲の歌だった。



雅人の好きな曲が偶然にも千由里が長年愛したジャズバンドの歌う曲だった。



お互いの共通点に二人は心を躍らせた。



その曲について熱く語る雅人の横顔を見ていた時



千由里は目の前の優男に惹かれ始めている自分に気が付いた。



そのバンドのライブに行った帰り、千由里は自分の想いを雅人に伝えた。



『俺が言おうとしてたのに先に言っちゃうなんて。千由里さんらしいなあ。』



雅人はそう言って笑い、千由里を優しく抱きしめた。



千由里自身もバンドをやっている。



とは言うものの、かれこれ七年近く活動しているがインディーズですらデビューできてない。



才能がない。



そう言ってしまえば終わりだ。



大学も行かず親の反対も押し切り、ひたすらに歌を歌ってきた。



だが正直、最近は少し疲れてきていた。



歌う事や表現する事にではなく、『夢を持ち続けている自分』を維持する事に。



実を言えば数年前にうすうす自分には無理じゃないかなと思い始めていた。



しかし周りの仲間や友人達の前では既に引っ込みがつかなくなっていて



辞めたいとも言えず、ストレスは溜まっていく一方だった。



いつからか千由里だけの夢だった筈が、他人の夢まで勝手に背負わされていたのだ。



だから雅人と付き合いだして生活の中心が雅人になった時、実は少しだけホッとした。



ギターを弾いたりノートに歌詞を書かなくなっていったが、何故か心は満たされていた。



ライブにもでなくなった。



周りからは



『アイツは男ができてから変わった。あの男が良くない。』



と、陰口を叩かれたが気にしなかった。



雅人との時間は、失った千由里の時間を取り戻してくれた。





ある時雅人にこんな話をした事がある。



『あたしのステージネームさ。高校の時からずっと変わってないんだけどさ。』



『そうなんだ。なんていうの?』



『リリーって言うんだ。』



『へえ。なんでその名前なの?』



『うん。今でこそ百合の花の英語って事になってるけどさ。』



『本当は違うの?』



『ホントはさ。あたしの名前。中里千由里じゃん。』



『うん。』



『《里》が二つ入ってるじゃん。』



『うん。』



この時点で雅人は堪えきれず吹き出していた。



『笑うなよーバカッ。高校生のガキが考えたんだからさー。』



千由里も恥ずかしさで顔が真っ赤になっていたが、そのうちなんだかおかしくて笑ってしまった。



『ゴメン。だってさ。ククククッ。里が二つでリリーなんてさ。』



ダメだぁと言って雅人は腹を抱えて笑っていた。



そうやって転げ回っている雅人の姿を見て、千由里の心は吹っ切れた。



もう、諦めよう。



そう思ったら身体も心も不意に軽くなった感じがして、涙が溢れてしまった。



今の今まで笑っていたのに、急に涙が止まらなくなった。



『どうしたの千由里さん!?俺、笑い過ぎた?傷つけちゃったかな?』



雅人が駆け寄ってくる。



『違うんだ。なんだか、力抜けちゃってさ。』



もっと早く、皆が雅人みたいに笑ってくれてたらと思った。



随分前から、自分には才能もそれほどの情熱も無い事に気が付いていたのに。



何故だか皆は必要以上に千由里に期待をした。



『ずっと応援するね。』



とか



『俺の分まで夢を叶えてくれ。』



とか



そんな台詞ばかり。



皆千由里に夢を押し付けて、自分達ばっかり楽になってゆく。



皆の夢が千由里を鎖の様に繋いで捕らえ続けていたのだ。



その重みに絶えかねて、大好きだった音楽もいつの間にかそうじゃなくなっていた。



その事に気が付いてしまった時、千由里は身が引き裂かれる様に辛かった。



ちょうど其の位の頃だった。



千由里が煙草を吸い始めたのは。



最初は何となくストレス解消になると言われて吸っていた。



あんまりそうは思わなかったが仲間から



『なんだかリリーって、煙草吸ってる姿がキマって見えるよな。』



と褒められてしまい調子に乗ってしまったのだ。



大して好きでもなかったがズルズルと中毒になっていった。



ヤメようかと何度も思った。



けれどその度に、喫煙室で絡んできた男達の顔がよぎった。



『なーんだ。あんな態度してたけどちゃあんとヤメたんじゃん。』



そう言われているようでしゃくに障った。



だからヤメれなかった。



煙草も。



音楽も。



そういう強情な性格が、どんどん自分を追い込んでる事に自身も気付いていた。



だから雅人に出逢えて本当に良かったと思う。



煙草をヤメろとも、夢を追い続けろとも言わない。



今のありのままの千由里が好きだと言ってくれる雅人。



例え自分が変わっていっても恐らく好きであり続けると言ってくれた雅人。



嘘でも方便でもその言葉が嬉しかった。



誰かにもう良いんだよって言って欲しかった。





千由里が泣き止んで、部屋の中で体育座りをしていたら雅人がコーヒーをいれてくれた。



何も言わずに例のジャズバンドの曲を流してくれる。



流れる様な動作で雅人は窓を少しだけ開けて換気をしてくれた。



つくづくだなあと、千由里は思う。



『ねえ。』



『んー?』



『明日さ。朝から出掛けない?』



『何処へ?』



雅人はコーヒーを飲みながらゆったりと答える。



『あのーなんだっけ。魚河岸とかもんじゃとかのとこ。』



『築地?なんでまた。』



『なんとなく。サニーサイドっぽいとこに行きたくて。』



『ふーん。なんだか歌の歌詞みたい。いいよ。』



しばらくは音楽だけが、部屋の中に浮遊していた。



『あのさ。』



『なにー?』



千由里はずっと思っていた事を告げる。



『本当は雅人、煙草の臭い大っ嫌いでしょ。』



ブッと言って雅人はコーヒーを吹き出した。



『何でっ?いきなりどうしたの?』



初めて見る、雅人の焦った顔だった。



『だって。本当に煙草の臭いが好きなら換気なんかしないよ。』



『いやだって、さすがにさ。』



『ここ、あたしの部屋だよ?臭いなんてそこら中に染み付いてる。』



『ああ。』



『自然と換気しちゃうのは、本当は煙草が苦手な証拠だよ。』



『バレちゃったかー。』



雅人は凄くキマリが悪そうだった。



なんとなく、うすうす気が付いていた。



いくら口で言っててもやっぱり無理をしていたんだなって。



『なんで?』



『えっ?』



『なんで嘘ついてたの?』



千由里は雅人の方を見ていない。



視界の外で雅人が立ち上がったのが見えた。



ここで抱きしめて誤魔化す様な男なら、いっそ別れてやろうと思っていた。



『千由里さん。』



ふいに声がして、雅人の方へと振り向いた。



『嘘ついて、ごめんなさい。』



雅人は立ったまま、お辞儀をして謝っていた。



『ちょっと。。。何や。。。』



『ひとめぼれだったんです。』



『は?』



『バイトで入ってきた時、一目見て本気で惚れちゃったんです。』



千由里は声が出なかった。



そんな事、雅人は全く感じさせなかったからだ。



『でも共通点とかないし。』



『かと言っていきなりナンパみたいな事しても千由里さん、普通にキレそうな雰囲気だし。』



よく見ると、雅人はうっすら泣きべそをかいている。



『だから必死に考えて、千由里さんいつも煙草吸ってるから無理して喫煙所にいたんだ。』



『なにそれ。じゃあ肺が生まれつき弱いってのは?それもウソ?』



『違うよ!それは本当。だから自分は吸えなかった。』



身体を震わせながら釈明する優男はとっても情けなかった。



『それだけ、千由里さんに本気で惚れてたんだ。』



同時に、だからこそとても愛おしかった。



雅人はすっきりしたのか、大きな溜め息をついた。



『あーあ。今までは千由里さんが俺に惚れてるって設定だったのに。一気に逆転しちゃった。』



『バカだなーキミは。本当に変わってるなぁ。』



そう言いながら二人でケタケタ笑った。



『あっ!?』



ふと千由里は何かに気付いた。



『どしたの?』



『音楽は!?』



『へ?』



『バンド。あれもウソ?』



恐る恐るという感じで千由里が聞く。



『アレはマジ。だからあの時は嬉しかったなあ。初めてできた本当の共通点だもん。』



そう言って雅人はまた、屈託の無い笑顔で笑った。



『ふーん。本当かねえ。』



もう信じてよーと雅人が後ろから抱きついて来る。



ヤメてよバカっ。と、わざと気の無い返事をしたが本当はとっても幸せだった。



この子供みたいな笑顔が千由里を色んな呪縛の鎖から解き放ってくれたから。



夜はまだまだ長かったが、もう煙草には手が伸びなかった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 日常でもなく転生ものでもなく,ただ一目惚れという題材でゆっくり近づける二人の距離を描けるこの作品はいいと思います [一言] 好きです
[良い点] 今更ですが読ませていただきました。 チェーンスモーキングってなんだろ、て検索してたらお目にかかりました。とても読みやすい文章で楽しかったのです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ