勃発
ようやく帝国での話です。
「うーん・・・生活に使う魔術はかなり発達してるけど、戦闘用のものはあんまり変わりませんねー。どうしてここまで違いが...」
「魔物の中には、先天的に火を吐いたり風を起せる種類もいますので、戦闘用の魔術はあまり重視されてませんのよ。生活を助けるという意味合いが強いんですわ」
「種類によっては、全く魔術を使えないってのもザラだしな。俺たちも、そこまで使えるってわけじゃねぇし」
「近づいて殴ればいい話だし」
「そんなもんなんですかねー・・・あ、でもユクリシスさんは魔術士なんですよね」
「そうですわよ。まあ、私は近接戦と魔術戦、どちらもこなしますけど」
マナバリーという魔術都市にやって来た俺と王族一行。追加で紙を買ってから、魔術書が売っている店に寄ってみた。この魔術がどういう効果を起すのかとか、そういうことが書いてあるものだ。あまり厚くないので、そこまで値段も高くない。さすがに、戦闘用のものは高いけどね。紙も、王都で売ってあるものよりは安かったな。
「もう魔術書はいいだろ?小腹が空いたんだが...」
「そろそろ昼ね。どっかで軽食でも取る?」
「そうですわね」
1日2食みたいだが、ほとんどの人は昼にも何かを食べる。軽食とか言ってるけど、結構多いんだよねー...。これじゃ、1日3食と何ら変わりないよ。
「ツチオも食べるか?」
「い、いえまだお腹空いてないからいいですよ」
朝あんだけ食ったんだしね・・・夜のために、お腹を空かせとかないと。
「・・・そういえば、マナバリーには鐘があったわね」
「鐘?」
「ああ、あれか。何時間か毎に鳴るやつ。王都は広すぎて、音が届かないからないんだったっけか」
「そうですわねー。音を拡散する魔術具はありますけど、まだ量産は出来ていないですし」
そう話していると、マナバリーの町に鐘の音が鳴り渡った。研究塔に鐘が設置されていたのか、綺麗な音だね。音に魔力が乗ってるし、もしかしたら何かしらの魔術具なのかも。癒しの音色みたいな。
「・・・?」
「どうした、ルウ」
ルウが耳に手を当てて立ち止まる。
「いや、何か違和感が...」
「ルウもですの?妙ですわn!?」
突如、地面に跪くユクリシスさん。いや、ユクリシスさんだけじゃない。タイレスさんにトゥルーリーさん、ルウたちに道行く人々まで。周りにいる人たちは、ほとんどが地面に倒れているけど。え、何、何が起こってんの!?何で俺だけ何もないの!?
「だ、大丈夫ですか!?おい、皆も平気か!?」
「だ、大丈夫ですわ...。そこそこ強い魔術ですけど...」
「何なのよこれ・・・頭の中がかき乱されて」
「っつう...」
ユクリシスさんたちは問題なさそうだね。さっきの鐘の音、魔力が乗っかってた。あれが原因なのか?
「お父様!お姉様が...!」
「ルウは魔術に弱いからな・・・ライムたちは平気なのか?」
「平気・・・とは言えません。今の、頭に誰かの声が聞こえていて...」
「何なのよ、この気持ち悪い声。まるで底なし沼よ、ズブズブと引きこまれていきそう...」
「対魔術用防御、メインコンピューターに防壁を構築します」
影さんも少々苦しそうだが、ユクリシスさんたちほど苦しんでいる様子はない。それよりルウだ、様子が尋常じゃない。口を魚みたいにパクパクと開閉し、目を大きく見開いている。
「ルウ、大丈夫か!?意識はハッキリしてる?気分は悪くないか?」
「うあ・・・ツチオ...?」
「ああそうだ、ツチオだよ。気をしっかり持てよ」
くそ、ルウに何が起こっているんだ?ニクロムがメインコンピューターを防御して、特に外傷がないってことは・・・多分、精神系の魔術なんだろう。
「つ、ツチオ...」
「何だ?どうしたルウ?」
「・・・に、逃げて」
「え?」
「うあああああああ!!!???」
ルウの頭を抱え大きな叫びを上げる。周囲に魔力が荒れ狂い、体から炎が噴出し空気を焼く。
「おい、一体どうしたんだルウ!?逃げろってどういうことだ!」
肩を揺すってみるが、ルウは反応しない。もう叫けんではおらず、ダラリと脱力している。くそ、本当に何が起こってるんだよ!
「お父様!今近づくのは危険です!お姉様の魔力が暴れていて...」
「なら、治してやればいいだろ!魔力の流れを治すのなんて、俺なら簡単に」
俺がそこまで言ったところで、ルウの魔力を落ち着きを取り戻す。よかった、俺が治すまでもなかったね。でも、まだまだ心配だ。とりあえず、どこかで休ませてやらないと。
そう思っているうちに、ルウが俺の手を握る。どうしたのかと聞こうとした俺を、彼女はいきなり投げ飛ばした。
「うを!?」
「ツチオ!?」
「ルウさん、どういうつもり!?」
「・・・お姉様?」
飲食店みたいな建物に投げられ、机や椅子を吹き飛ばしながら壁にぶち当たってようやく止まる。リンやニクロムが殺気立つなか、ライムだけは何かに気づいたみたいだ。影さんに助けてもらいながら戻ると、ルウを囲むようにして皆が立っている。肝心のルウは、まったくの無表情でボーっと突っ立っていた。あんな能面みたいなルウの顔、初めて見るぞ。何をやられたんだ、一体。
「お父様、大丈夫ですか?お姉様の様子が...」
「見れば分かるよ。ルウ、俺のことが分かるか!ツチオだぞ、ツチオ!」
「・・・」
まったく反応しないルウ。見向きもしないというか、俺の言葉が届いていないような感じだ。
そうこうしているうちに、周りに倒れていた人たちが目を覚ます。ただ、全員様子がおかしい。一言も発しないし、顔がルウのように無表情だ。・・・いや、ルウが彼らのように無表情なのか。
立ち上がった人々はしばらくボーっとしていたが、突然俺たちの方を向く。それと同時に、ルウが背中の翼を広げた。そして、俺たちの方を向いた人たちが、一斉に襲い掛かってきた。
「何で俺らが襲われなくちゃいけないんだよ!」
「知らないわよ!怪我をさせたら駄目だから!」
「ああもう、やり辛いな!って、おい待てルウ!どこに行くつもりだ!」
翼を羽ばたかせて飛び立つルウ。殴りかかってきたゴブリンっぽい奴をかわし、ルウの足を掴もうを俺は手を伸ばす。が、その手は虚しく空を切り、ルウは町の中心部へと飛び去ってしまった。
「・・・ルウ、どうして」
「マスター、ルウの行動を解明するのは後です。今は、この状況を脱しなければ」
「集まられる前に、ここを動いてしまいますわよ!ほら、ツチオも早く!」
ユクリシスさんたちに促され、俺たちはその場から逃げ出した。くそ・・・この町で、何が起こっているんだ...。
「ツチオ、こちらでの話し合いは終わりましたわ」
「そうですか・・・タイレスさんたちは?」
「まだ向こうで作戦を詰めています。一応、身分は隠していますけどね」
俺たちは今、町の端っこにある王国でいうギルド支部っぽい建物に身を潜めている。正常な意識を保てている人たちが集まって、現状を打開するための対策を話し合っているそうだ。
「それで、どんな魔術が仕掛けられたのか、分かったんですか?」
「ええ、精神操作・催眠系の魔術でしたわ。鐘の音に魔力を乗せて、町中に効果を広げたみたいですわ。操られていないのは、魔術に耐性を持っている人たち。傭兵や魔術士、それに高位の種族ですわ。ツチオは人間だったから、そもそも魔術の対象外だったみたいですわね」
「それで、作戦ってーのは何なんですか?」
「もちろん、この魔術を解除する作戦ですわよ。これだけ大規模な魔術、いくら鐘で効果を広げているといっても、何かしらの下準備が施されているはずですの。ここに来る間にも確認しましたが、特にそれらしいものはなかったですし...」
「魔法陣的な?」
「そういう感じですわ。そんなもの、見れば絶対一目で分かりますし」
「仕掛けが分からない以上、魔術を行使している魔術士を倒す他ないってことですか...」
「そういうことですわ・・・それより、ツチオはさっきから何を書いているんですの?ちゃんと話は聞いています?」
「聞いてますよ、返事もしてるじゃないですか。符の補充です、この後一戦やらかすんでしょう?新しく買った紙で、新しい符を」
「・・・ついて来る気ですの?」
「当たり前です。ルウが奪われたんですよ?黙って待ってろとでも言うつもりですか」
「辛いのも、ツチオの気持ちも分かります。ですが、相手は多数の一般民にこれほど大きな魔術を使える魔術士。ハッキリ言って、ツチオの腕では足手まといですの」
・・・かなり気にしてることを、随分とハッキリ言うな。まあ、事実だし否定もしないけど。
「ツチオにはついて来てもらうつもりですが、研究塔への突入組には入れません。周りで露払いを頼む予定ですわ」
「・・・そうですか」
「くれぐれも、早まった真似はしないようにしてくださいね。ライムたちも、ツチオをしっかり抑えておいてください」
「もちろんです、お父様を死地へ飛び込ませるわけにはいきませんもの」
それを聞いて安心したのか、ユクリシスさんは作戦を話し合っている部屋へと戻っていった。・・・はあ、やっぱり事実を突きつけられると堪えるな。
「お父様・・・大丈夫ですか?ああ言われましたけど、お父様が望むなら私は...」
「いや、途中まではユクリシスさんの言う通りにしとこう。戦闘の混乱に紛れて、ルウを奪還しに行くぞ」
「でも、ルウは魔術で操られてるんでしょ?本気のルウと戦って、私たちは勝てるの?」
「・・・全員でルウと戦えば、勝率は3割ほどです。問題は、他にも敵がいるであろうことと、ブレスですね」
「ああ、回避も耐えるのも難しいからな。他に敵がいた場合は、とりあえずライムが相手して耐えてくれ。速攻で敵を潰して、援護に向かう」
「分かりました。この命に換えても、お姉様を抑えきって見せましょう」
「いや、絶対に死ぬな。それでルウが戻ってきても、何の意味がない。いいな」
「勿論です」
「まあ、悪いことを考えてもしょうがない。いい方のことを考えよう・・・勝てる可能性は、低めだけどね」
「どうするの?ブレスを放たれたら死んじゃうわよ」
「そうなんだよね...。全員でかかっても3割だし」
「私と模擬戦していた時は、手加減していますからね。情けないです...」
「竜と互角に張り合えるんだ、十分だよ。勝ち目があるとしたら・・・速攻で倒すしかないか」
「そうなるでしょう。出会い頭に全力で叩き潰す、これしかありません」
「全力でって、大丈夫なの?間違って殺しでもしたら、元も子もないわよ」
「相手のことを心配する暇なんてないよ、ルウ相手にね...」
ルウの本気か・・・キマイラ戦では結局ブレスを使わなかったし、正直測りきれないんだよね。まあ、何にせよブレスを放たれる前に無力化するしかない。
「そんじゃ、さっさと呪符を書き切っちゃうか。集中したいから、しばらく1人にしてくれ」
「分かりました、手の火傷は大丈夫ですか?」
「ああ、影さんが治してくれたよ。ルウのことばっか考えてて、全然気が付かなかったね。明日は早い、ちゃんと寝とけよ」
「ツチオもよ・・・ルウさんのことは私たちだって心配なんだから」
「・・・おう」
まだルウとの繋がりは絶たれていないけど・・・何かに邪魔されているような気がする。もう1回テイムを上書きすれば、魔術を解けるかな...。まあ、やるだけやってみようか。
「あ、お父様。これを」
「ん?・・・これって」
去り際に、ライムがルウのチョーカーを手渡してきた。ルウの魔力が暴走した際に吹き出た炎で、焼き切れて落ちてしまったのだろう。十字架の部分も、少々変形している。
「お姉様に返してあげてください。とても大切にされてましたから」
「ありがとライム。気が付かないで、失くしちゃうところだった」
「それでは。お父様、私にとってもお姉様は大切な存在です・・・お姉様を誑かした不埒者、絶対に逃がしません」
「それは俺も同じ気持ちだ。だけど、まず第一なのはルウを奪還すること。分かってるな」
「分かっています。それでは、お休みなさい」
さてと、手早く呪符を書いて明日に備えないと。ああその前に、作戦の詳細を聞いておかないとね。
「ん、どうしたの影さん。え、大切な話を2人っきりで?明日の作戦にも関係するの?・・・分かった、じゃあ向こうの部屋で聞こうか」
大切な話って、何なんだろうね?影さんがそこまで言うなんて、今までなかったし。相当大切な話なんだろうな、一体何なんだろう...。