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帝都

 ユクリシスさんに誘われザクリオン帝国にやって来た翌日、俺たちはユクリシスさんの案内で帝都へと赴いた。上から見たときにキチッとしていた方が貴族街や高級商店がある辺り、全体的に建物も白っぽい。逆にごちゃごちゃしていたのは、平民街や商店街があるみたいだね。

タイレスさんとトゥルーリーさんは、今日もお仕事らしい。そういや、王族ってどんな仕事をしてるんだろう。ユクリシスさんは、書類仕事や貴族と会食をしているって言ってたけど・・・そのお手伝いでもしているのかね。それとも、騎士団に入ってるのかな。今度会えたら、聞いてみようか。


「それにしても、何でユクリシスさんが案内するんです?帝王なのに、案内なんて出来るんですか?」

「昔抜け出した時の記憶がありますわ。そこまで町並みは変わってないですし、大丈夫ですわよ」


当たり前だが、ユクリシスさんは魔術で姿を変えている。まだ数回しか民衆の前に出てないそうだが、中には覚えている人もいるかもしれないしね。帝王なんだし、用心しておくべきだろう。


「それより、ツチオは大丈夫ですの?気分が悪くなったりしてません?」

「いえ、特に問題はないですけど...。どうしてです?」

「そりゃ、周りには魔物ばかりなんですのよ。人間にとっては、皆敵ですし。怖くはないですの?」


こっちに来る前から分かってたことだけど・・・やっぱり、ここって魔物の国なんだよなー。通りを歩く人々、店前に立ち客引きをしている親父さん、町を巡回警備している兵士。皆が皆、魔物だった。丸っきり魔獣の姿の人もいれば、ルウたちみたいに体の一部が魔物の人もいる。


「怖くなんてないですよ、敵意がないですから。それに、表情から違いますからね」


こっちの人たちの顔には、皆感情が乗っている。本能むき出しの魔獣とは大違い、一緒にいるのは失礼だって言ってたしね。


「それなら良かったですわ」

「それにしても・・・城を出てから、めっちゃ視線を浴びてるんですけど」

「完全な人型の魔物は珍しいですのよ、相当高位の魔物しか完全な人型にはなれませんから。元から人型の魔物もいますけど、そういう人たちもそこそこ強いですの」

「へー・・・そういや、ユクリシスさんって何て種類の魔物なんですか?」


ユクリシスさんは人型、しかも王族で帝王になるほどの実力者だ。相当高位の魔物であることは間違いない、見た目には大きな特徴はないんだけど...。何なのだろう?


「そういえば、ツチオには言っていませんでしたわね。私は吸血鬼ですのよ」

「吸血鬼・・・あれ、でもタイレスさんもトゥルーリーさんも巨人っぽかったような」

「王族の中じゃ、異母兄妹なんて普通ですわよ。タイレスとトゥルーリーは、血の繋がった兄妹ですけどね」


吸血鬼に巨人っつったら、竜と並ぶ魔物の中でも強者の一角だぞ。さすが王族、立派な血脈だな。


「もしかして、お兄さんは竜族だったりします?」

「ええそうですわよ。ツチオには言ってましたっけ?」

「いえ、何となくそうなんじゃないかと。しっかし、平民街は貴族街に比べて、道が入り組んでいますね...。大通りにいれば迷わないでしょうけど、ちょっと横道に逸れたらすぐに分からなくなっちゃいそうですよ」

「区画整理をしたんですけど、中々住民が賛成してくれないのですわよ。どうしても取り壊わなきゃいけない建物が出てくるので、それに反対されて...」

「まあ、家を壊されたら住む場所がなくなっちゃいますもんね。無理に進める必要はないと思いますけど」

「せめて、人口の把握と違法店の摘発は行いたいですわね。早急に片付ける必要がありますわ」

「大変なんですね、帝王って。それにしても、あの壁はすごいですねー。こっからでも、ハッキリと見えますよ。相当な厚さでしたし、どうやってあんな壁を作ったんですか?」

「ああ、あれは帝都が出来るきっかけになった、大昔の大戦争で出来たんですのよ。昨日も少し話しましたわよね?」


大昔の大戦争・・・帝国が、まだ種族別に争ってた群雄割拠の頃だな。さながら、戦国時代といった感じだろう。


「まだ帝国が出来る何百年も前、ここは大きな入り江でしたの。そこが、戦争での戦闘ですり鉢状に吹き飛んだんですのよ」

「入り江が吹き飛んだって・・・一体何があったんですか?」

「さあ、これは親から聞かされた話なので、実際のところは分かりませんわ。ただ、話の中では竜のブレスと超威力の魔術が真正面から衝突して弾け飛んだとか。その時に一緒に吹き飛ばされた土が、すり鉢の周りに降り積もってあの壁の元となったらしいですわ。その壁のおかげで、海から水が入ってこないようになり、そこには大きな陥没だけが残され、いつかの帝王がここに遷都したんですのよ。王城があるのは、すり鉢のど真ん中ですわ」


クレーターの中心にある王城は、王国のと違って大きな塔がいくつも連結しているような感じだ。下は一緒の建物になってるけど、上に行くにつれて塔へと分かれている。


「すり鉢状ってことは、中心に向かって低くなってるんですよね。雨が降ったら、王城に向かって水が流れちゃうんじゃ...」

「この帝都の地下には、多くの水路が張り巡らされているんですのよ。雨水はその水路を通って、海へと流れますわ。昨日行った、排水路のことですわ。町はぐちゃぐちゃですけど、公衆衛生はしっかりしていますの。伝染病が流行ったら困りますものね」


へー、地下水路。魔術でそんなものまで作れるのか・・・こっちのほうが、結構進歩してるんだね。


「帝国にある大きめの都市には、基本地下水路がありますわ。海がなければ、川や湖に流しますわね」

「地下に水路なんて、やっぱり帝国って凄いですね。王国が勝てないわけだ」

「それとこれとは、話が違いますわよ。確かに帝国のほうが魔術技術に優れていても、王国や人間に勝てないものがありますもの」

「何かありますかね・・・個体の性能は言わずもがなですし、魔術でも負けちゃってるんですから勝てるところなんて」

「そこですわ。1人1人の力が強いので、軍単位での連携がうまくいかないんですのよ」


そうか?俺が戦ったとき、ゴブリンとかは複数体で仕掛けてきたけど...。


「そりゃ、ゴブリンなど個々の力が弱い種族は、集団での戦闘に長けていますわ。ですが、その連携を取れるのは同族とだけ。他種族とは、上手く力を合わせて戦えないのですの」

「まあ、強い種族からしたら弱い種族なんて、足手まといですもの。多種族国家ならではの弱点ですね」

「その点、人間の戦略は優れていますわ。あれの十分の一でも真似できれば、かなりの強化に繋がると思うのですが・・・中々受け入れてもらえませんの」


うーん、どうなんだろ。魔物が人間の真似をしても、上手くいくのかどうか疑問だな。戦略や連携を考える必要はあると思うけど。


「まあ、今はそんな話は抜きにして帝都観光を楽しみましょうよ。ユクリシスさんも、折角休みを取ったんですし」

「そうですわね!それじゃ、ツチオが行きたい所に連れて行ってあげますわ!どんな所を見てみたいんですの?」

「そうですね・・・とりあえず、魔術具店に行ってみたいです。地下水路を作れる帝国の技術に、興味がありますから。あと、紙を売ってるところですね。王国には、あまり売ってないんですよ」

「紙ですか・・・専門じゃないから分かりませんが、確か紙を使う魔術具なんてのもあったような気がしますわ。それを作るための紙が、どこかに売っているかもしれませんわね。魔術具店ならいくつか良い店を知ってるので、そこに行ってみましょう!歩いていたら、そのうち紙を売ってる店も見つかりますわよ」

「お願いします」


ユクリシスさんに続いて、通りの人ごみへ足を踏み入れる。紙専門店とかあるかな・・・魔術具って需要があるんだから、1つくらいあってもよさそうなんだけどね。まあ、他にも町はあるんだ。あまり急かずに、帰るまでには見つけられたらいいなーと考えとこう。






「すごかったですねー、帝都。特に魔術具店、あんなに安い魔術具は王国にないですよ」

「生活に使える魔術具は、国主導で開発したんですのよ。帝都でもそこそこ普及してきてますが、魔術都市なんかじゃほとんどの家庭にありますの」

「王国でも作ってくれれば、売れそうなんですけどねー。そうそう魔術都市と言えば、あそこの専門店で買った紙、魔術都市で栽培されてる草から作られたそうなんですよ」

「ああ、あのお高めな紙ですわね。私が王国の貨幣と換金した、帝国のお金で足りましたの?」

「何とか。でも少ししか買えなかったんで、魔術都市に行って直接買いたいですね。輸送費がない分、帝都で買うより割安ですし」

「ちゃんと魔術都市にも行く予定ですわよー」

「それは良かった。というか、王国のお金なんか持っててもこっちじゃ使えないでしょうし、どうして換金してくれたんですか?こっちとしてはありがたいですけど...」

「今度王国に行った時、お金がないと困りますの。少しは持っていたのですけど、この前ウォーの腹の中に全部納まってしまいましたわ」

「そういや、色々食べ歩いてましたね。あの軽食もおいしかったですよ」

「私のお気に入りですの。小麦粉を水で溶かして、卵と具を入れて焼くだけ。辛めのソースと相性抜群ですわ!」


夕方になる前に、俺たちは王城へと戻った。途中、魔術具を作るための材料を売っている店を見つけ、そこに売ってあった魔術具用の紙を買わせてもらった。あんまり量はないけど、高級紙より遥かに魔力を許容することが出来るらしい。店主さんに見せて確認したから間違いない。重符は星2つでもう限界みたいだったし、これでさらに多くの星を重ねられるだろう。まあ、俺の魔力はそんなに多くないんだけど・・・作っといて損はないっしょ。後、岩蛇や雀蜂を作り直しとこうかな。高級紙より多くの魔力を使えるから、機能を増やせるだろうし。やっぱ、こういうことを考えている時が一番わくわくする。まさに作ってワクワクだな。


「お、姉上にツチオじゃねぇか。もう帰ってきたのか」

「あらタイレス、もう仕事は終わったんですの?」

「姉上が休むために、大きなもんは全部終わらせたろ。俺たちは、細々としたものを処理するだけだよ。そんなに量も多くないしな」


止まっている部屋に戻っている途中、廊下で仕事を終えたタイレスさんとトゥルーリーさんと鉢合わせる。タイレスさんたちも、国の仕事に関わってるのか。


「お2人はどんな仕事をなさっているんですか?」

「俺たちは姉上の補佐だよ。忙しい姉上がどうしても都合がつかないとき、俺らが代理になったりとか」

「2人は、将来帝王になるかもしれませんの。今から慣れておいたほうがいいですわ」

「え、次の帝王はユクリシスさんの子どもがなるんじゃ...」

「私は吸血鬼ですのよ、子どもなんて滅多なことじゃ出来ませんわよ」


吸血鬼は人間を噛んで眷属にするからな、子どもを作る必要はないか。そしたら、ユクリシスさんは元は別の魔物?というか、親は何の魔物なんだ?


「そんじゃ、ユクリシスさんは吸血鬼に噛まれたんです?」

「違いますわよ、父上が吸血鬼だったのですわ。母上は悪魔ですのよ」

「ああ、父親が吸血鬼。男なら、子どもを作ることが出来るのか...」

「最高位の吸血鬼でしたので、そういう種族の常識は通用しませんわよ。私はまだその域にまで達していませんし、達せられるかどうかも分からない。兄弟に譲るのが、一番現実的なんですのよ」


ユクリシスさんでも強いだろうに、まだ上があるのか...。最高位の吸血鬼とか、一体どれほどの強さなんだか。想像を絶するね。


「まだ夕食まで時間があるんだよな・・・久々に体でも動かすか」

「そうですわね、私もずっと書類仕事ばかりでしたし。ここらで発散させときましょうか。よければ、ツチオもやりません?私たちみたいな魔物と模擬戦を出来る機会なんて、そうそうないでしょうし」


ユクリシスさんたちと模擬戦か・・・魔人クラスの魔物とは、ルウ以外まだ戦ったことがないんだよね。ニクロムもデータを取りたいだろうし、断る理由もない。


「それじゃ、お願いします」

「なら私もやる。その人間、模擬戦で見極める。1対1で勝負よ」


俺たちと会ってから、ずっと黙っていたトゥルーリーさんがそう言って俺を睨んだ。1対1・・・拳で語るってわけか。俺の場合は、1発で頭が吹き飛びそうだけど。


「俺は符術士で支援役で、1対1は苦手なんですけどね・・・まあ、いいですよ。やりましょっか」

「負けた時、そんな言い訳しないでよ」

「もちろん、やるからには正々堂々正面から挑んで負けますよ」

「最初から負けるつもりなんて、とことん情けない奴ね」


中々手厳しいな...。人間だからしょうがないとは思うけど、さすがにここまで言われて黙って負けるのもなんだ。勝てはしなくても、せめて一泡吹かせようじゃないか。



城内にある訓練場へと向かう。中では数人の騎士さんたちが訓練してたが、俺たちを見るとあっという間に片付けて去っていった。まあ、王族が3人も揃ってたら裸足で逃げ出すわな。


「姉上、タイレス。手は出さないでね」

「影さんも今回は待機ね、模擬戦なんだから大丈夫だよ」


トゥルーリーさんは、全長3mはあろう片刃の大斧を手に持っている。刃は潰してあるから、斧というよりはハンマーかな。まあ、俺の場合はどっちでも大して変わらないな。


「いいんですの、ツチオ1人で戦わせて。いくら模擬戦とはいえ、トゥルーリー相手じゃ軽傷じゃ済みませんわよ」

「そりゃ心配だけど、ツチオが1人でやるって言ったんだ。私はそれを尊重する」

「いくら気に入らなくても、姉の客を半殺しにはしないでしょ。それに、ライムがいるしね...」

「ライムの行動基準はマスターが最優先なので、問題ないと思いますが」

「ライムが?何をしますの?」


模擬戦の準備をしている俺に、ライムが近づいてくる。側までやってくると、自分の体を少し毟り取って手渡してきた。


「模擬戦ですし、今回はトゥルーリーさんの顔を立てて反対はしません。模擬戦ですからね」

「・・・模擬戦よ。殺しも酷い怪我も負わせないわよ。手加減出来るくらい、実力に差はあるだろうし」

「随分と余裕ですね、身長も高いですし足元を掬っちゃいますよ?」

「あんたに掬われるほど、柔に鍛えてないわよ」

「お父様、模擬戦と言えど戦闘は戦闘です。万が一という時のため、これを私だと思って持っていてください」

「どこに持ってりゃいいんだよ・・・結構重いぞこれ、懐には入らないし」


掌に乗ってる銀色の塊だが、見た目に反して結構な重量がある。ポケットに入れたら抜けるかもしれないぞ。


「それなら、呑み込んでしまえばいいんですよ!さあ、一気にググッと!」

「え、呑みこむってむぐぅ!?」


突然掌から塊が飛び、俺の顔に張り付く。引き剥がす間もなく口に潜り込み、ビチビチと暴れながら喉を下っていった。


「はああああ...。私の体が、お父様の中に・・・ようやく1つとなれました...」

「げほげほっ!こ、これって無害なんだよな?毒とか持ってないよな?」

「私がお父様にそんなことをするわけないじゃないですかぁ。薬も過ぎれば毒となる、逆もまた真なりです」

「いや、それはどうなんだろ・・・って、何か腹が膨らんでるんだけど!?うわ、何か広がってる!」

「うふふふ、しばらくの間妊婦さんですね。滅多に出来ない体験ですよ」


俺の腹に入ったライムの体は、膨らんだかと思うとすぐに萎んだ。捲って見てもいつもどおり、押し込んでみるが違和感はない。


「本当に何をしたんだよ...」

「万が一の時のための保険です、とりあえずはこのくらいでいいでしょう。出来ればもっと、私ごとお父様の中に入りたいのですが・・・それは、またの機会にですね」


そんな機会、来ないで欲しいな...。どこのピンクの魔人さんだよ、ライムは銀の魔人か。


「準備が出来たなら、さっさと始める。完膚なきまでに叩き潰してあげるわ」

「そういう台詞が似合いますね・・・行きますよ」


ルウたちがいない俺なんて、異世界から来た符術士にすぎないんだ。あの大きな胸を借りるつもりで挑んでやる!


ヤンデレって難しい...。

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