会食
ユクリシスさんからのお誘いで、ザクリオン帝国にやって来た俺たち。窓から見えた帝都の景色に後ろ髪を引かれつつも、まずは夕食へ向う。弟さんに妹さん・・・異母兄妹かもしれないな。いや、前々代の帝王の性別はまだ知らない。もしかしたら、お母さんが帝王だったかもしれないしね。
長い廊下を歩くこと数分、こりゃ1回は迷いそうだなーと思っていた時にようやく食事場へと到着した。やっぱり城ってだけあるなー、何だか構造も複雑だし。ここへ来るまでに、何回曲がったか覚えてないぞ。テレビ局みたいに、万が一攻め込まれても制圧し辛いようにしてあるのかな。
「それでは、私はこれで。どうぞお楽しみください」
「あの、俺たちが泊まる部屋って...」
「それは食事の後、メイドに案内させます。どこに何があるか分からないでしょうし、城にいる間は必ず1人は側にいさせますので、気になることがあれば何でも尋ねてください。答えられる範囲でお答えします」
まあ、帝国にだって見られたくない所はあるしな。勝手に探り回られないよう、監視する目的でもあるんだろう。そんなことをするつもりはないし、道案内がいてくれたほうが俺も助かる。構わないだろう。
「そういえば、ユクリシスさん。俺が人間だって、ご兄妹や従者には伝えているんですか?魔力の感じで分かるそうですし」
「もちろん、伝えてありますわよ。例えツチオたちが暴れたところで、従者たちがあっという間に無力化するので問題ないですわ。それだけの実力を備えている人たちですし」
「おっかないですねー。さっきから見張っている人たちも、従者の方ですね」
「・・・私は反対しましたのよ、客人であるツチオに無礼だと。ですが、さすがに戦争が終わったばかりなので」
「分かってますよ、警戒するのは当然です。ここで何もなければ、逆に拍子抜けしましたよ」
俺たちがユクリシスさんの部屋に着いた時から、何かが俺たちのことを見ているのは感じていた。上手く魔力を隠しているけど、これだと隠しすぎだね。そこだけ妙に魔力が薄くて、影さんが違和感を覚えていたんだ。多分、ルウたちも感づいていたんだろうけど、黙ってくれてたみたいだな。敵意がないからだろう。
「そう言ってもらえると、助かりますわ。それにしてもまったく、やるからには絶対気づかれるなと言いつけておきましたのに...」
「皆、魔術には敏感ですから。俺は気づいていませんでしたよ、影さんに教えてもらったんです」
「それでも、ですわ。直属侍従部隊は精鋭中の精鋭、完璧な仕事を求められていますの。人に気づかれるようでは一流とは言えません」
「あれなら十分一流と呼べると思いますがね・・・ちなみに、ルウたちはどうやって気づいたんだ?」
「視線を感じたよ、監視しているからしょうがないね」
「私は魔力ですよ。お父様の顔を嘗め回すように見ていたので、リンちゃんと影さんに魔術を上書きしてもらいました。今頃、どんな恐怖映像を見ているのでしょうねー?」
「ライム、よくあんなことが出来るわね・・・まあ、私くらいの腕なら魔術返しなんて朝飯前よ!細かい構成とかは影さんのほうが得意だけどね、やっぱり影魔なだけあるわ」
え、影さんもやったの?まあ、そういう幻覚魔術とかは得意そうだけどさ...。
「えっと、どんな魔術に書き換えたの?」
「本人が見て最も恐怖を感じる映像を、何時間か映すようにしてもらいました。視覚を奪って直接頭に見せているので、大人しく魔術の効果が切れるのを待つしかありませんよ。私が原案を作り、影さんが魔術を構築して、リンちゃんが魔術をかける。うふふ、お父様を監視したいのなら、せめて私の目の前でやることですね」
うっわー・・・大丈夫なのかそれ、トラウマとかにならないよな?見たくない映像を何時間も見せられるとか、それはもう拷問でしょ。
「センサーには魔力反応を確認していましたが、敵意がないので泳がしていました。報告したほうが良かったでしょうか?」
「ニクロムは何で報告しなかったんだ?」
「とりあえずこちらを見ているだけでしたし、まだ数分しか監視されていませんでした。マスターに余計な心配をさせるのは避けたかったため、報告は後にしようと思ったのです」
「うん、その判断で問題ないよ。さすがに、命にかかわったりしそうなやつは報告してほしいけど、こういった些細なことを一々報告されても面倒だしね。いい判断だよ、ニクロム。ちょっとは、自分で考えられるようになってきたな」
「あ、ありがとうございます、マスター。目覚めてから時間が経ったので、データも集まってきたのでしょう。いい傾向です」
「・・・メイドたちは大丈夫でしょうか」
「すいません、うちの娘がご迷惑を...」
「いえ、こっちから仕掛けたのでツチオが謝る必要はありません。ライムたちは、己の役目を全うしただけですのよ。これで、侍従たちも直接監視するようになるでしょう」
「それなら良かった・・・本当に大丈夫かな、侍従さんたち」
「対拷問訓練の成果を発揮するいい機会ですわね。私たちは、気にせず食事をするとしましょう」
そう言って、部屋の扉を開けるユクリシスさん。俺たちも後に続いて、その部屋へと入った。扉をしめる直前、遠くから女性の悲鳴が聞こえたような気がした...。
食事をする部屋は、ユクリシスさんの私室に劣らないほど豪奢な部屋だった。水晶みたいな素材で出来ているシャンデリアが部屋を照らし、壁にはいくつか絵が飾られている。どれも風景画だが、素人の俺にでも分かるほど素晴らしい作品だ。あのシャンデリア、蝋燭じゃないな。明かりを灯す魔術具なのかね。
部屋の中央には、よく金持ちが使っているような長い食卓と椅子が置かれている。うーん、この卓もまた高そうな木が使われてるな・・・料理をこぼさないよう、細心の注意を払わないと。
この部屋には、既に先客がいて椅子に座っていた。2人ともこちらに背を向けているので、こっちから顔を見ることは出来ない。恐らく男性の方の背中からは大量に腕が生えており、女性の方の身長は2mは軽く超えている。・・・予想はしていたが、中々濃ゆい人たちみたいだな。ここが魔物の国だと、改めて思い知らされたね。
「お、姉上!遅かったな、そいつがツチオって人間か...」
「・・・何か、変な感じ」
席を立って振り返り、俺の顔を覗きこむ2人。男性は厳つい強面のお兄さん、スキンヘッドだからよりそういう人に見える。これでサングラスをかけたら完璧だな。女性はどこか眠そうな半眼、身長は高いのに顔は少女みたいだな。茶色い髪を後ろで三つ編みにし、額からは1本大きな角が飛び出ている。
「客人相手に失礼ですわよ、顔をジロジロ見たりして」
「悪い悪い、人間ってのがどんななのか気になってな」
「ちっちゃい、弱そう」
「まったく...」
「済まなかったな。俺はタイレス、ザクリオン帝国第2王子だ。人間が来るって身構えていたんだが、そんなに強くなさそうで安心したぜ」
「トゥルーリー、第2王女。私、まだあんたのこと、信用してないから。下手なことしたら、すぐに殺す」
タイレスさんは見かけとは裏腹に好意的だったが、妹さんは殺気をガンガン向けてくる。見下ろされてる分、威圧感も5割増しだ。俺の後ろで、ルウたちも負けじと敵意をむき出しにしているな。
「トゥルーリー!ツチオは私の客人だと、何度も言ったでしょう!そのような態度、失礼にも程がありますわよ!」
「・・・ふん、女に守られて情けない奴」
うっ、これは結構グサっとくるなー...。実際そうだから、反論のしようもないし。今までも言われるんじゃないかと思ってたんだけど。
そう言って、トゥルーリーさんは椅子に戻って顔を背けてしまった。はあ、まあこれが普通の反応か。ユクリシスさんとウォーさん、タイレスさんが特殊なだけだね。
「悪ぃな、あいつ姉上がお前と知り合ってから、ずっとあんな感じなんだよ。人間なんて、信用出来ないっつってな」
「すみません、ツチオ。後でよく言い聞かせておきますわ」
「俺は気にしてないですから、あまり強く言わないであげてくださいね。ホント、気にしてないですよ」
タイレスさんとトゥルーリーさんの向かい側の席につく。右側にはユクリシスさんが、左側にはルウたちがいる。ニクロムも、上手く蛇の体を曲げて座っているな。いつの間にかメイドさんたちがやって来ていて、卓上に料理を配膳していく。・・・料理、多いな。大皿に山積みになってるぞ。しかも、それが1つ2つじゃない。全ての料理が超大盛りの特大サイズだ。
「厨房長が腕によりをかけて作った料理ですの。王国の料理とは違っていますが、味は保証しますわ!」
「その・・・帝国料理って、こういうのが普通なんですか?」
「郷土料理という意味でしたら、これは普通じゃないですわよ、さすがに」
ああ、やっぱりそうなんだな。こんなの、量が多すぎるしね。きっと、王族の食事ってのはこんなものなんだろう。
「一般家庭の料理は、ここまで種類は多くはありませんわよ。おかずは2~3種類くらいで、それらも芋などの腹持ちがいいものですわ」
「種類?量じゃなくて?」
「量はみんなこんなものですわよ。あー、そういえば王国の料理はかなり少なかったですわねー」
これがデフォルトなのか・・・すごいな、魔物って。そりゃ体も大きけりゃ必要なエネルギーも多いんだろうけど、ユクリシスさんもこんくらいの量食べるんだろうし。魔物が長生きなのは、こういう所にも関係してるのかな?
「ルウたちはここまで食わないけど・・・もしかして、我慢してた?」
「そんなことないよ。私が食べてるご飯の量は、進化する前も後も変わらないよ」
「私はお父様と同じ物を食べていますよ。そもそも、栄養を取るという意味では食事に大きな意味はありません。あまり必要ないですからね。私にとって、食事とはお父様と同じ物を食べるということが、一番重要です」
「私も進化する前と変わらないわね。まあ、前は草や肉くらいしか食べてなかったけど」
「・・・そういや、食堂の人たちがルウたちの食う量が多くて困ってたな。ずっと同じ量を与えてたから、全然気づかなかったな。確かに、人間が食う量にしては多いね」
ルウたちの食費は馬鹿にならなそうだな。エンゲル係数は平均をゆうに超えるだろうし。魔獣の肉を食べれば、少しは節約になるかも。はあ、卒業後の生活が本当に心配だな。
「それじゃ、冷めないうちに食べてしまいましょう。好きなだけ取って、自由に食べてくださいな」
「それじゃ、いただきます」
近くにあるいくつかのおかずを皿に入れていく。焼鳥に芋の揚げ物に、これはトカゲかな?鶏肉みたいな味がするんだっけ。虫はちょっと厳しいかもだけど、トカゲくらいなら大丈夫だな。とりあえず全部食べてみたいので、ちょっとずつ取っておく。
「おいおい、ツチオ。遠慮するこたねぇんだぞ。もっとガバっと取んねぇと、すぐになくなっちまうぜ」
タイレスさんは、多くのおかずを大量に取りどんどん皿に乗せている。下のおかずと混ざっているところが、何ともいえない色になってるな...。
「タイレス、取り方汚い」
「いいじゃねぇかよ、こういう場でくらい楽にして。姉上みたいに、あんなきれいには取れないって」
ユクリシスさんも大量におかずをよそっているが、間に葉物を挟んだりして混ざらないようにしている。よくあそこまで、きれいに分けられるもんだ・・・絶対A型だね。
「こういうのは慣れですわよ。普段から気をつけていれば、自ずと身につきますわ」
「だって」
「それが出来りゃあ苦労はしないんだけどな・・・ま、次からはやってみるよ」
トゥルーリーさんのは、ユクリシスさんほどではないが十分に整っている。少なくとも、グッチャグチャに混ざったりはしてないな。俺は、おかず同士を離して混ざらないようにしてるんだけどねー。ちょっとずつしか取らないし。
「味付けが濃いねー。王国の料理はどれも淡白だから、私はこっちのほうが好きかも」
「そうですね、特に肉魚類はおいしいです。あ、お父様。そのお芋ってどれですか?」
「うーん、野菜にまで濃い味ね。これはちょっと濃すぎるわ」
「香辛料や油がふんだんに使われていますね。こういった揚げ物料理は、王国では珍しいです。データベースに記録しておきましょう」
何だか、日本の料理を思い出させる感じだな・・・テイストは違うけど、どことなく似ている。うん、おいしい。料理の面からいったら、王国よりこっちのほうがいいな。
「どうです、ツチオ。お口には合いました?」
「はい、すごく美味しいですよ。俺の故郷の料理もこんな感じだったので、ちょっと懐かしいですね」
「そうですか、それは良かったです。ここで不味いと言われたら、どうしようかと思ってましたわ」
「招かれた身で、そんなことは言いませんよ。本当に美味しいです、こりゃ、王国に帰ったら物足りなくなっちゃうかもしれませんね」
この料理を、これからしばらく食べられるんだもんな。こりゃ、他の町も俄然楽しみになってきたぞ。
魔物=全員腹ぺこキャラ。ルウたちは小食な方ですね。