遠足
ユクリシスさんが戻った後の残りの夏季休暇は、全て王都で過ごした。符を補充したり、新しくハロさんが使っていた身体強化符を作ってみたり、ルウたちと模擬戦をしてみたり・・・今思い返せば、符術関係のことばかりやっていたな。模擬戦でも、俺は符での援護に回っていたからね。
模擬戦では、色々なペアで戦ってみた。ルウ&ライムの人化ペア対残り全員とか、俺とニクロム対ルウたちとか...。まあ、色々と試してみたわけだよ。
色々と見えてきたこともある。ルウとライムは意外に調子が合っているとか、リンとニクロムが撃ち合うと案外互角の戦いになったとか。てっきり手数でニクロムが押し切るとばかり思っていたが、リンは電撃でかたっぱしから落としその上攻撃までも行っていた。結局、リンに詰め寄られたニクロムの負け、経験の差が伺えたね。
俺にも課題が見つかった、近寄られるとどうしようもないということだ。符術使いとして、相手に近づかれないように立ち回ってはいるものの・・・やっぱり難しい。近づかれたら、符を投げる前に攻撃されちゃうしね。身体強化符を作ったのも、肉弾戦を出来るようにって思ったんだけど...。やっぱり、俺は符術が似合ってるよ・・・掠りもしなかったぜ。ルウとライムに、いいようにあしらわれたよ。
「落ち込まないでよ、ツチオ!私たちがいれば、ツチオが肉弾戦をする必要はないんだから!」
「そうですよ、お父様。そういうことは、私たちにお任せください。そこらの魔獣なんて、お父様に近づけさせませんから」
ルウたちにはそう慰められたものの、いつでもルウと一緒に戦えるとは限らないしな。ルウやライム並とはいかないまでも、最低限護身は出来るようにしたい。一応、武術の授業は取っていたとはいえ、あれはほとんど体力作りみたいなもんだったしな。こんなことなら、2年の時に武術の授業を止めなければよかった。
夏季休暇が終わり学院が始まる。3年生にもなり、授業も大分本格的になってきた。テイムの授業を受けている生徒は、ほぼ全員が2体目の従魔を従え、模擬戦で連携の強化に励んでいる。1体目の従魔は進化しており、戦闘が白熱しているね。
俺の場合、テイムの授業で一緒に授業を受ける従魔は、リンと影さんだ。先生に、最低でも魔物を連れて来いと言われたのだ。これ、リンたちが人化しちゃったらどうすればいいんだろうな?授業受けさせてもらえるんか...。
「そういえば先生。すっかり忘れていましたけど、2年前にリンをテイムした時拾ったあの魔術具はどうなったんです?」
「魔術具・・・ああ、あの鞄ですか。特にギルドから連絡は来ていないので、恐らく遺族が引き取ったのでしょう。今のあなたなら、別に必要ではないでしょう」
「そうですけど、もらえるものならもらっておきたいですしね。まあ、もらえませんでしたけど」
リンと影さんが放つ雷と黒の矢を、ガルムたちは走り回って避ける。時折命中しそうになるが、一声咆えると魔術は霧散してしまうので中々当たらない。ガルムたちは攻撃するために近寄りたいのだろうが、2人に弾幕を張られて攻めあぐねているな。
「もう1体、追加しても大丈夫ですか?」
「うーん・・・多分大丈夫です、お願いします」
先生の影から1体のガルムが出てきて、戦闘中のガルムの数は5体となった。2体は影さん、3体はリンへと襲い掛かる。
3体のガルムに囲まれたリンだが、周囲に魔術をばら撒き牽制しつつ、近づいてきた奴には蹴りをかまし上手く立ち回っている。狭い場所での戦闘は苦手なんだが、中々どうして様になっているじゃないか。朝の早駆けを再開して以来少し態度は軟化しているものの、まだまだツンケンしている。鬱憤を晴らしているんだろうな・・・スマン、ガルムたちよ。
影さんは、2体のガルム相手に善戦している。俺と同じく肉弾戦は出来ないので、相手との間合いに気をつけながら戦っているな。空中に機雷を作って待ち受けたり、影状態に戻って避けたり...。1人で戦わない影さんなら、こんだけ出来てりゃ十分過ぎるね。
「さて、今日はそろそろ終わりにしましょうか」
「あれ、いつもより早いですね」
「今日はこの後、遠足の説明があるんですよ。聞いていませんでした?」
「遠足・・・あー、確かにそんなことを言っていたような気が」
遠足って、ずいぶんとほのぼのしたイベントがあるんだなー。今まで、イベントっていったら実習しかなかったもんな。毎回、色々と大変な目に会うし。ハイキングにでも出かけるんかね?
「遠足ってどこに出かけるんですか?海、それとも山?」
「山ですよ。詳しいことは、説明の時に話しますから」
山ってことは、登山でもするんだろうな。近場の山っていったら、やっぱりマロンマ山?ちょっと魔獣が出たりするけど、まあそんくらいなら問題ないか。その後は何をするんだろうなー、楽しみに待っていよう。
「それでは、これより各授業別魔獣討伐実習を開始したいと思います。各自、担任の先生の指示に従ってください」
夏季休暇が終わって1ヶ月ほど経ったその日、俺たち3年生一同は王国西部の山へ赴き、大量発生している魔獣を倒すという実習を行うことになった。いつも3年生はこの時期に討伐実習があるらしいのだが、今回はとある魔獣が大量発生していたから、そいつらを討伐することとなったようだ。これが、先生の言っていた「遠足」とやらだ。
「・・・全然ほのぼのじゃねぇ!」
「ついてないねー、魔獣が大量発生している時に被るなんて。いつもは、海にいる魔獣を倒すんだって。やることが終わったら海で遊べたのにー...」
「泳ぎたかったでありますなー」
「トリス、泳げるの?」
「泳げるでありますよ!よく地底湖で遊んでいたんであります!」
そうか、今年がいつもと違うだけなんだな・・・まあ、海でも遠足とは言えないけど。遊べるだけ、まだ遠足成分が残ってたか。
「それじゃ、僕は魔術の授業だから。後でね」
「僕たちは武術ですので。ツチオさんも、気をつけてくださいね」
「頑張るんでありますよー!」
この実習では、普段の授業の成果を実戦で活かすことを目的にしているので、授業別に別れて行動することになっている。俺はテイムの授業なので、リュカたちとは別行動だね。普段は自分たちだけで戦っているけど、今回は先生や生徒たちと一緒だ。色々と動きにくいだろうが、まあそれは授業だし仕方がない。
「全員注目、これから実習内容の確認をしますよ。今回の実習では、この山一帯で大量に発生しているストーンゴーレムを討伐します。最初は中腹辺りで発生していたようですが、今では麓にまで下りてきているそうです。麓の村や町に被害が出る前に、倒さねばなりません。幸い、力は強いものの動きが緩慢。打撃や魔術が弱点の相手ですので、3年生でも十分対処できる相手です。これから班に分けるので、各自役割分担をして討伐してください。10分後に出発しますので、その間に決めてくださいね」
ストーンゴーレム。低純度の魔石が核になり、岩を集めて形成される魔獣。テイマーもよく使役する魔獣だが、この場合は自分で作るらしい。性能は先生の言ったとおり、お世辞にも良いとはいえない。まあ、壁ぐらいにはなるわな。
魔石を核にしているので、上手くやれば取ることも出来る。まあ、核を壊せば一撃だし純度も低い、そんなことをする奴らはあまりいないな。
しっかし、まがりなりにも魔石を核とする魔獣が大量発生するなんて・・・珍しいな。誰かが鉱脈でも発見したんかね。洞窟国のほうにまで伸びている山脈だから、ありえなくもないか。まあ、そういうことの究明はギルドにお任せだな。
「それで先生、俺は誰と班を組めばいいんですか?一人だけ余っちゃいましたよ」
「あなたは個人行動です。人数的な関係で、どうしても1人余ってしまうんですよね...」
「いやいや、そこはどっかの班に入れるんでいいでしょう。全部、同じ人数にする必要もないじゃないですか」
「でも、あなたは1人のほうが戦いやすいでしょう?従魔も多いですし、1人で班を組んでいるようなものですし」
「・・・まあ、そうですけど」
「私も一緒に行動しますので、問題ないと思います。出来る範囲で構わないので、生徒たちの手助けをしてあげてください」
「了解です」
はあ、これじゃあいつもと変わらないね。しかも、生徒のお守りもしなきゃならないときたもんだ。まあ、万が一ってこともあるしね。ここはお兄さんが一肌脱いじゃうぞー。
「ゴーレムと戦うのは初めてだね」
「そうだな・・・遺跡にいたあの索敵機は、ゴーレムに分類するのかね?」
「核を持ち自律して行動するものですから、ゴーレムの一種として捉えられるかと」
「そうか。まあ、あいつらとは戦ってないし、実質初めてってことになるな」
「堅い相手は苦手です、刃が通りませんから。斬れるといいんですけど」
「殴ってみれば?ライム、ルウと模擬戦しているときはよく殴ってるじゃない」
「それでは、お父様の言う通り殴って倒してみましょう。硬化すれば、岩よりは堅いはずです」
「ブルル...」
「リンの魔術は雷だから効かなそうだね。突っ込んで蹴り飛ばしてくれば?」
「ブルゥ」
「そう?それなら、護衛を頼もうかな。影さんの魔術は大丈夫なの・・・問題ないんだ、さすが闇。それじゃ、今回は影さんに頑張ってもらわないとね」
生命力は取れないけどな・・・核を呑めれば、少しは腹の足しになるのかね。まあ、実際にやってみないと分からんか。
「俺はどうだろう・・・火蜂系はちょっと厳しいか、自爆ならともかく雀蜂はなしだな。移動しながらだろうし、岩蛇もあまり出せない。土柱ならいけるかな、それと普通の五行符。わざわざ重ねる必要もないだろうしね」
金は土より堅いしね。ぶつかりあったら、壊れるのは土のほうだろう。そんじゃ、張り切って参りましょうか。
ゴロゴロと岩が転がっている山道を進んでいくテイマーたち。各々が従魔に辺りを探らせている。ゴーレムには意思がない上に岩、目か魔力で確認する他ない。結構大きいから、分かりやすいんだけどね。岩で死角も多いのだけれど。
だが、死角を気にする必要はないようだ。登山を開始して30分ほど、早くも数体のゴーレムに遭遇した。その奥には、結構な数のゴーレムがうろついている。
「かなり下りてきていますね・・・皆さんは、適度に散開して各自討伐に当たってください。くれぐれも離れすぎないように、私の眼の届く範囲にいてくださいね」
先生の言葉で、生徒たちが数人の塊に分かれ、ゴーレムと戦闘に移る。そんじゃ、俺らもやりますかね。
「あなたは上のほうをお願いします、追加で来られると面倒です」
「分かりました」
戦闘の間を縫って山道を登っていく。俺たちに気づいたフリーのゴーレムたちが、緩慢な動きで近づいてきた。
「じゃあ、ルウとライムはガンガン倒しちゃってくれ。あんまり倒しすぎるといなくなっちゃうから、適度にな。ニクロムも前に出るか?」
「近接戦闘用装備の試用を行いたいので、前線で戦いたいと思います」
「よし、それならルウたちと一緒に前だ。リンは左方、影さんは右方を警戒してくれ」
ルウたちが近づくと、ゴーレムは大きく腕を振りかぶり真上から振り下ろす。攻撃はそんなに遅くないな、まあ歩く速さに比べたらだけど。軽く横にずれて避けたルウは、一撃でゴーレムの頭を吹き飛ばしさらに胴体にもう一発食らわす。蜘蛛の巣状にひび割れ、ゴーレムを形作っていた岩がバラバラになって崩れ落ちた。やっぱり、余裕そうだな。こういう相手には、めっぽう相性が良さそうなルウだ。
いつもとは違い、爪ではなく殴って戦っているライム。手を円筒状に変形硬化させ、ゴーレムの腕を掻い潜りながらたこ殴りにしている。少し大変そうだけど、問題なく戦えている。これなら大丈夫そうだ、まさにサンドバック。岩だけどね。
ニクロムの近接戦闘用装備、それはごっつい腕だ。篭手と書いてあったけど、実際に見てみるとまるっきり腕だな。バスケットボールを余裕で包めそうな拳に、それに比例するように太い手首。周りには歯車っぽいものがいくつもついていて、グルグルと回転している。何か仕込まれてそうだな・・・見る機会は今度になりそうだけど。振られたゴーレムの腕を掴み、片手で粉砕している。ニクロムが一発殴っただけで、ゴーレムの胴体は粉々になって吹き飛んだ。試用とか言ってたけど、これで試用になるのかね?まともに戦闘してないじゃんか。
「俺たちの出番、なさそうだね」
「ブルルゥ...」
「確かに、これじゃ魔石は粉々だろうね。まあ、しょうがないよ。諦めよう」
「ブルル」
「そうだな、俺たちは他の生徒を見ていようか。危なそうだったら手助けしろって、先生にも言われてるしね」
ほとんどの人たちは1体を囲んで戦っているから大丈夫だろうけど、2体目が来たらちょっと厳しいだろう。俺たちが、魔術で引き付けとこう。ルウたちには、まだまだ余裕があるし、もう10体くらい来ても問題ない。せっかくの実習なんだから、実のあるものにしよう。
ルウ 年齢不詳 見た目は10代後半ほど メス
ツチオが始めてテイムした従魔、名前の由来は竜が訛った形。ツチオが空から落ちた際、ルウの背中に落下した。
グラップルワイバーンという、攻撃系の魔術を使えない竜だったため、人化してからも魔術は使えない。竜だった頃は全身を使った肉弾戦を行っていた。進化して腕が生えると、肉弾戦の他にも炎を発することが出来るようになり、中距離でも戦えるようになった。燃費が悪いようで、あまり本人は使いたがらない。
人化してからも肉弾戦スタイルは変わらないが、一撃必殺のブレスを使えるようになった。保有する魔力をほとんど使用してしまうため、正真正銘の切り札。今のところ、戦争時の悪魔相手にしか使っていない。
自他共に認めるツチオの嫁。グラップルワイバーンは、背中に乗られた相手を生涯の相手とするから。ライムほどではないが、ツチオを優先する嫌いがある。四肢は竜っぽいものであり、腰からは尻尾が生えている。鱗と髪、瞳は赤色。
好きなものはツチオと魚、嫌いなものは屍人。性格はやや好戦的、広い意味で。
スキル・魔術など
強化魔術:肘から先が発熱する魔術。熱によるダメージだけでなく、腕力強化や鱗の硬化も行っている。
ブレス:高熱の熱線を射出する技。魔術というより、竜が持つスキルのようなもの。空中での姿勢制御などもこれにあたる。