再会、ユクリシスさん
「どうだい兄ちゃん、そこの彼女さんにこの指輪。洞窟国産の宝石がついてるんだぜ!」
「マスター、この宝石は色のついた硝子です。確実に宝石ではありません」
「そんなインチキ野郎の店を見る必要はねぇよ!ほら、これが本物の洞窟国の宝石だ!」
「金属球に薄く塗料を塗っているだけですね。ここまでの透明度をだすとは、無駄に手が凝っています。本物には、遠く及びませんが」
店主たちが商品を見せてきて、それをニクロムがバッサリと斬り捨てていく。本当に偽物が多いな・・・さっきからずっとこれだぞ。
「テメェ、俺の店にケチをつけんのか!?」
「デマカセ言うんじゃねぇ、証拠見せろよ証拠!」
「黙らせますか?」
「平和的な方法でねー」
「了解しました。それが宝石だと言うのなら、しかるべき人物に鑑定を依頼しましょう。もし本物の宝石だったのなら、謝罪とお金をお支払いします。マスター、よろしいでしょうか?」
「まあ、ニクロムの眼が間違っているとは思えないしね。別にいいよ」
「それでは、参りましょう」
「そ、そこまでやる必要はねぇよ!わざわざ呼んでくるのも面倒だしな」
「そうだそうだ!その鑑定士を待ってる時間で、いくつ売れると思ってるんだ!」
やんややんやとはやし立てる店主たち。面倒だな・・・もうここらで、手打ちでいいんじゃないか?
「ニクロム、もういいだろ。数分で鑑定士を呼ぶことなんて出来ないし...」
「その必要はありませんわよ」
金髪の女性が店主の手から指輪を取る。が、すぐに投げ返す。
「こんなので、よく宝石として売れましたわね。その図太さには驚きですわ」
「んな、テメェに何が分かるってんだ!」
「本物の宝石は、こういうものを言うんですのよ」
懐から、1つの指輪を取り出す女性。その指輪には、透き通った小ぶりの紅玉がついていた。
「大きさは小さいですけど、れっきとした宝石ですわ。ご覧なさい、どっこからどう見ても別物でしょう?」
「魔力波長を確認、宝石に間違いありません」
「その露店に売っている指輪や首飾りについている宝石、全て偽物ですわよ。まあ、安価ですし見た目を飾りたい人になら、お似合いなんじゃなくって?」
そのやり取りを見ていた周りの人たち、中には商品を買った人もいたようだ。次々に店主に詰め寄り、金を返せと訴えている。まあ、騙していたんだししょうがないよね。見た目だけは立派だし、これはこれでアリなんじゃないか?それよりも...。
「まったく・・・どこの国にも、悪徳商人というのはいるものですのね」
「そうですね。ご無事で何よりです、ユクリシスさん。1年ぶりです」
「お久しぶりですわ、ツチオ。連絡出来なくて、申し訳ないですの」
1年ぶりに会ったユクリシスさん、特に変わった所は見当たらないな。
「立ち話もなんですし、どこかに座りませんか?確か、北側に広場があったはずです」
「そうですわね、連れがいるので先に行っていてください」
「分かりました」
そう言って、ユクリシスさんは人ごみの中に入っていった。ユクリシスさん、無事だったのか・・・良かった。連絡をくれなかったことについては、後で聞くことにしようかね。
「ジュースは買っちゃ駄目だって言いましたよねー!」
遠くからユクリシスさんの叫び声が聞こえる。連れの人が、何かやらかしたのかね?
適当に人数分の飲み物を買って、広場にあったベンチに座る。数分でユクリシスさんと、大量の食べ物を抱えた男性がやって来た。犬耳尻尾・・・獣人にしか見えないな。
「お待たせしましたわね。ウォー、彼がツチオですわよ。周りにいるのは、ツチオの従魔たちです」
「初めまして、ザクリオン帝国侍従長ウォーロドニスです。その節は、お嬢様がお世話になりました。名前は長いので、ウォーとお呼びください」
「これはこれは、ご丁寧に...。私は、王立学院3年生ツチオです。彼女らは俺の従魔、右からルウ・ライム・リン・ニクロムです。もう1人、俺の影も魔物なんですけどね。名前はまだ決まっていないので、影さんと呼んでください。あ、飲み物をどうぞ」
「ありがとうございます」
皆に飲み物を配り、ユクリシスさんがベンチに座る。ウォーさんは立ったままだ。
「それでは改めて、反乱が成功したらすぐに連絡すると言っておきながら、1年も待たせてしまい申し訳ありません」
「ホントそうですよ・・・どんだけ心配したと思ってるんですか。こっちからも連絡しようとしてみたのに、魔術具はつながらないし...。反乱は成功したんですか?」
「ええ、被害は最小限に抑えられましたわ。今まで連絡を出来なかったのは、魔術具を兄上に決闘の際、壊されてしまったんですの」
「前帝王に?」
「胸を剣で突かれたんですけど、その魔術具のおかげで傷は浅く済んだのです。あの魔術具は、私の命の恩人ですわね」
「それなら仕方ないですね...。兎にも角にも、ユクリシスさんが無事で良かったです。ユクリシスさんは、現帝王なんですか?」
「そうですわよ。忙しすぎて目が回りそうですわ、停戦ってだけで色々騒ぎが起きましたのに」
「そちらもですか。こっちでも、魔物と停戦ってことで色々あったらしいです。これじゃ、人魔間交流なんて夢のまた夢ですね...」
「ツチオや私が生きている間に、交流を持てればいいんですけど。まあとりあえずは、停戦できたことを喜びましょう」
ユクリシスさんと、コップとコップを軽くぶつけて乾杯する。しっかし、たまたま向かった王都でユクリシスさんと再会とは、中々の偶然ですね。
「ユクリシスさんたちは、どうして今日は王都に来たんですか?ご用事でも?」
「ええ、ツチオに会いに来たんですのよ。魔術具が壊れてしまったので、無事を伝えるには会うしかありませんもの」
「俺に会いに王都へ・・・運が良いですね」
「本当にその通りですわ。正直、学院に行って伝言を残しておこうと思っていましたもの」
「そうですか・・・ユクリシスさんたちは、この後どうするんです?」
「とりあえず、ツチオに連絡するという目的は達成出来ましたし、このまま帰りますわよ。ちゃんと休みを取っているとはいえ、仕事はまだまだ山積みなんですもの」
「そうですか、やっぱり王ってのは大変なんですね」
人の上に立つってのは、下にいる人たち全員を背負うってことだしな。やっぱり、凡人だったらとてもじゃないけど耐えられないだろう。彼女こそ、王の器ってやつなんだろうなー...。
「ツチオは露店で何をしていたんですの?冷やかしているってわけじゃ、ないみたいですし」
「ルウたちに似合いそうな装飾品を探していたんです。王都には何回か来たことがあるんですけど、観光はしたことがなくて」
「それなら、私がお手伝いしますわ!ツチオはそういうのに疎そうですものね」
「あー、ありがたいですけど今回は自分で選びたいんです。お気持ちだけ受け取っておきます」
「そうですの・・・それなら、似合っているかどうかくらいは見せてくれません?ツチオがどういうのを選ぶか、興味もありますしね」
むう、そこまで期待されても困るんだけどな・・・普通に似合いそうなやつしか選べないよ?
「そういやニクロム、何か掘り出し物ってあったのか?ずっと探していたみたいだけど...」
「いえ、今のところ通常な品か偽物しかありません。珍品を見つけたら、すぐさまお知らせします」
「そんじゃ、そろそろ休憩も終了。また探しに行きましょうか。コップ返してきます」
「あ、それ幾らですの?自分たちの分は払いますわ」
「いいですよ、これくらい奢ります。そんなに高くもないですし」
ルウたちの分は、買わなくてもいいんだしな。とりあえず、デザインだけを見ればいいか。リンたちのは、そういうわけにもいかないけどね。
再び露店通りへ戻り、良さそうな物が売っていないか物色する。うーん・・・お、これなんかルウにいいんじゃないか?
「ほら、このチョーカー。真ん中にクロスがついていておしゃれだし、色も紅白でお揃いだし」
「いいですわね。ルウは首元が寂しいですし、良い感じではないんですの?」
「特におかしな所はない、普通の装飾品ですね」
「ちょっと試してみてもいいですか?」
「いいですよー」
店主さんに断ってから、ルウが首にチョーカーをつける。紅白のベルトとクロスが、ルウの髪と服装にピッタリ・・・だと思う。
「どう、ツチオ・・・似合ってるかな?」
髪をかき上げて、首元のチョーカーを見せてくるルウ。何というか、妙にエロチックだな...。
「似合ってるんじゃないかな、俺はいいと思うぞ」
「似合っていますよ、お姉様」
「全体のバランスと色合いから、ルウに合っていると判断出来ます」
「そう?じゃあ、これにしようかな。これって首輪でしょ?・・・ってことは、そういうことなんだよね」
そういうこと?どういうことなんだ?まあ何にせよ、ルウはこれでいいな。他には・・・何もないかな。それじゃ...。
「すいませーん、これください」
「え?」
「そのままつけちゃいます?」
「そうしちゃいます。いくらですか?」
チョーカーの代金を支払って、露店を後にする。ルウはチョーカーをつけたまま困惑顔だ。
「ツチオ、装飾品を見るだけなんだよね?自分で作れるから、わざわざ買う必要は...」
「んー、そうなんだけどね...。まあ、ルウたちに何かあげたいなーって。俺の自己満足なんだけどね」
「いいんじゃないんですの?例え自分のためでも、全員が満足できるんですから」
「ありがとうございます。そういうわけだから、受け取ってもらえないかな?」
「はい、喜んで。選んでもらんだだけじゃなくて、買ってまでもらえるなんて...」
「・・・お父様、相変わらずお姉様には甘いですねー。うふふふ、妬けちゃいます...」
「ライムにだって、ちゃんと買うさ。どんなのがいいかねー」
その後も露店を見て周り、皆に似合うアクセサリーを買った。ライムには銀に紫のラインが入った指輪、リンはアクセサリーをあげてもつけられないので、腕輪っぽいのを角にはめてみた。青い線で幾何学模様が描かれているものだ、一番奥にピッタリとはまっている。より一層凛々しくなったな・・・ある意味、名前通りだね。
ニクロムには丸いリングがついているネックレス、銀色のチェーンに金色のリングだ。案の定突っ返されたんだが、とりあえず持っておけと押し付けておいた。「使う機会なんてないでしょうが」と言いながら、蛇の中へとしまっていたね。そのうち、つけてくれるようになるかなー...。
つけられないだろうが、影さんにもちゃんと買っておいた。シンプルなシルバーの指輪だ、ライムのと似ているけどどんな姿になるか分からないので、無難なものにしておいた。魔物である影さんに銀は大丈夫なのかと思ったが、どうやら問題はなさそう。あまり感情を出さない影さんだけど、結構喜んでいたし買って良かったと思う。ちゃんとその指輪をつけられるよう、実体のある体を持たせてあげたいな。
「それでは、私たちはここでお暇しますわ。これを渡しておきますわね」
夕方、帝国へ帰り際にユクリシスさんが前もらったものと同じ、連絡用の魔術具を手渡してきた。そんじゃ、この前のは返したほうがいいんかね?
「いいんですか?」
「いいんですのよ。帝王ってのは、色々と鬱憤が溜まるもの。たまに愚痴を聞いてほしいのですわ」
「それくらい、喜んで聞きますよ。それじゃ、前もらったのはお返ししますね」
前の魔術具を返した後、何故かウォーさんに2人っきりで話したいと、少し離れた場所に連れて行かれた。何か用事でもあるのかね?
「どうしました、ウォーさん?」
「いえ・・・ツチオ様、少しお願いしたいことがございます。お嬢様のことです」
「ユクリシスさんがどうかしたんですか?」
「どうかしたというわけではありませんが・・・お嬢様は王族、友人と呼べる存在は極少数に限られています。これからも、どうか仲良くしてもらいたいのです」
「・・・もちろんです。お話を聞くくらいしか出来ませんけど」
「それでもいいのですよ。お嬢様が相談出来るのなんて、数限られています。これからも、お嬢様と末永いお付き合いを」
主思いの従者ですこと。こういう人に仕えてもらえるなんて、ユクリシスさんは幸せ者だなー。
「ウォー、もう2人っきりの話は済みましたの!?さっさと帰りますわよ!」
「分かりました、今行きます!それでは、体にはお気をつけて」
「ウォーさんも、ユクリシスさんを支えてあげてくださいね」
ユクリシスさんがウォーさんの肩に手を置き、転移魔術の準備を始めた。今日の朝来たばかりなのに、もう帰るんだな。慌しいねー。
「そのうちまたお会いしましょう。今度会うのは、帝国を案内する時ですわね」
「そうですね、楽しみにして待っています」
「期待に沿えるよう、しっかりと計画しておきますわ。それではですの!」
この前みたく、ユクリシスさんたちの体を黒い靄が覆っていき、空の彼方へと飛んでいった。ふう、無事帝王になれたようで良かったな。今度の夏季休暇は、帝国に旅行することになりそうだね。