ライムと、ご飯と、魔法の授業
うーん、ペースが上がらない...。
毎日図書館に行っいるからかすっかり常連さん扱いになっており、受付の男性が話しかけてきてくれた。
「今日も来ましたね。どんな本をお探しなんですか?」
「えっと、スライムについて載ってる本はありませんか?」
「スライムですね。少々お待ちください」
少々お待ちしていると、一冊の本を持って受付の男性が戻ってきた。かなり厚い本なので辞書なのかもしれない。
「魔獣大辞典改訂版です。魔獣について調べる時は、この本がオススメですよ」
「ありがとうございます、読ませてもらいますね」
適当な机に座って、辞典を開く。色んな魔獣について、図解付きで載っている。ついつい脇道に逸れそうになるのを我慢しながら、スライムの項目を探す。・・・あった。どんなふうに書いてあるのかなー?
『スライム。世界のエネルギーが石や草、水が集まり核となり、魔力を集めて丸い形状を取る。どんな物でも吸収消化して糧とするが、それ以外は何も出来ない。子どもでも倒せる、雑魚魔獣である』
ひどい言われようだな...。どんな物でも食べれるってことは、金属や毒でも消化できるのかな?とりあえず、続きを読んでみよう。
『形質は消化した物によって変わる。山に住んでいる個体は少し堅く、森に住んでいる個体は光合成でエネルギーを作ることが出来る等。魔人にランクアップした例はない』
これでおしまいだな。何でも消化できるってことだし、金属や毒を手に入れて食わせてみよう。可哀想だけど、強くなってもらわないとどうしようもないからな。
「辞典、ありがとうございます」
「もういいのですか?」
「スライムだけ調べられればいいんで。あ、そうだ。どっかで金属とか毒草って売ってませんか?溶解液でもいいっすよ」
「金属?毒草?溶解液?魔獣の素材ってことなら、外の街に売ってると思いますよ。鍛冶の教室や植物園で、分けてもらえるかもしれません」
「鍛冶教室に植物園ですね、分かりました。ありがとうございます」
まずは鍛冶教室に行くか。くず鉄でもいいから、分けてもらえないかな。
「ああ、くず鉄だぁ?そんなもん、何に使うってんだよ」
鍛冶の先生である、髭もじゃのちっこいおっさんドワーフが俺に尋ねてくる。まあ、当然だな。
「俺はテイマーの授業を取っていて、使役している魔獣のエサに金属が必要なんです。余った端っことかでいいんで、分けてもらえませんかね?」
「そういうことなら、あの箱ん中から適当に取っていけ。ちっさい金属とか、余ったやつが入ってるぞ」
「分かりました、ありがとうございます」
適当な金属のかけらをもらってから、植物園に向かう。
「毒草に溶解液?一体、何につかうんだい?」
植物園にいたのはエルフさんだった。多分男性なんだろうけど、やっぱりきれいな顔立ちで中性的だ。リュカには負けるけどね。
「スライムに食べさせてあげたいな、と思いまして」
「君はテイマーだったね。テイムしたてかい?」
「今日、テイムしたばかりです」
「そうか...。なら、まずはこの草を食べさせてあげなさい。いきなり溶解液なんて飲ませたら、体ごと溶けてしまうからね」
紫と黄色の葉っぱをもつ草の束を渡される。いかにも毒草って感じだな。
「そこまで毒性は高くないから、スライムでも食べられるはずだよ。その草に慣れたら、もっと毒性が強いのをあげるからね」
「溶解液はまだダメですか?」
「うーん...。水で薄めれば、飲めないこともないと思うけど...。危ないものだけど、君なら大丈夫かな...。ちょっと待ってて」
何で俺のことを知ってるんだろう...。エルフだけの情報網でもあるのか?しばらく待っていると、エルフの先生は小さな小瓶を持って戻ってきた。中には透明な液体が入っている。
「これはカニバルプラントの溶解液だよ。兵士の鎧も溶かす。十分に薄めてから、スライムに飲ませること。後、絶対に他人に触らせちゃダメだよ」
「了解です。色々とありがとうございます」
「先生なんだから当然だよ。リュカ君のこと、よろしくね」
やっぱりリュカ繋がりか。何であそこまで断言できていたのか、ようやく理解できた気がする。
昼食を食べてから、ルウ用の肉と水を持って魔獣舎に戻る。リュカとトリスは、図書館で数学の勉強会をするらしい。用が済んだら、俺も行ってみるか。
「ルウ、ライム、ご飯だぞ」
ルウの部屋に入り、肉を地面に置いてやる。お腹が空いていたらしく、バクバクと食べている。多めに貰ってきといてよかったな。
「ライムはこっちだ。この草、食べられるか?」
あぐらをかいてライムをのせて、毒草を食べれるかどうか聞いてみる。すぐにぷるぷると震えるライム。いけるみたいだな。
「はい、お食べ。ゆっくりでいいからね」
体の中に草を一束入れてやると、シュワシュワと泡を出し始める。俺は水の準備をしておくか。
鎧をも溶かす溶解液なんだ。最初はかなり薄めたほうがいいだろうな。バケツに入れてきた水を、部屋の中にあった桶に移す。だいたい一~二ℓってとこだろう。
「そうだ、こんなのも貰ってきたんだけど...」
溶解液が入った小瓶をライムに見せと、ものすごい勢いで部屋の隅に跳ねていった。あんなに早く動けるのかよ!?っていうか、
「・・・これか?」
ぶるぶると震えるライム。ルウも嫌そうな顔で、小瓶を見ている。そんなに嫌なのか...。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。ちゃんと水で薄めてやるから」
飲ませることは確定済みだ。ここはライムのために、心を鬼にしなければいけないんだ!
「ほら、今から水に入れるよぞ。自分で見てないと、俺が入れすぎちゃうかもしれないよ?」
怯えながらゆっくりと戻ってくるライム。意を決したらしく、水を張った桶の中に飛び込む。
「んじゃ、入れるぞ。これ以上は体が溶ける、ってくらいになったら教えてくれよ」
そう言いながら小瓶のふたを開け、一滴ずつ水の中に入れていく。五滴目を垂らしたところで、ライムからストップがかかった。
「こんくらいだな。もっと濃度を上げられるようになったら、ちゃんと言えよ?お前が成長するためなんだぞ」
そう言われたら文句も言えないのか、黙って水を飲み始めるライム。いやー、本当に不思議な生き物だよな、スライムって。水さえあれば、生きていけるんだぞ。どんな体の構造をしてるんだか。ライムに追加の草を与えながら、そんなことを考えていた。
もらった草を一割ほど食べて、ライムの昼食は終わった。しばらくの間、昼食を毒草&溶解液入りの水にしてれば、少しは変化が起きるだろう。金属片を何個か置いてき出来たら食べるように言ってあるので、夕ご飯の時には少しは減っているかもしれない。
そのまま図書館に行き、リュカとトリスを探す。二人は机に隣り合って座り、数学の教科書を使って勉強していた。
「ツチオ君、来てくれたんだ。ルウちゃんのご飯はもういいの?」
「もうあげてきたよ。そっちの調子はどうだ?」
どうやらリュカが教える側なようで、トリスは教科書を睨みつけている。どんな問題をやってるのかな?
「さっきまでは良かったんだけど、ちょっと詰まっちゃって。ここがよく分からないらしいんだけど...」
トリスが分からないという問題を見せてもらう。記号が少し違うものの、前後ページから判断するに二桁の足し算引き算のようだ。識字率は高いし紙の量産もされているのに、計算は教えられていないんだな...。どうなってるだろう。
「どこらへんが分からないんだ?」
「繰り上がりとか繰り下がりとか、訳が分からないでありますよ...」
トリスが筆算を組んで、一生懸命計算している。うーん、何て言ったらいいんだろうな...。
「ツチオ殿は、数学の授業を受けていないでありますよね?いいんでありますか?」
「俺か?俺はいいよ、多分勉強するまでもないし」
「言うでありますな...。なら、これの答えは何なんでありますか!?」
「いや、それはトリスがやってる問題だろ」
「はぐらかそうたって、そうはいかないでありますよ!本当はわからないんでありますよね!」
むむむ。こちとら、教育大国の日本で高校生をやってたんだぞ。そんな計算、朝飯前よ!
「見せてみろよ。26だ」
「そんな適当に言っても合ってるわけ・・・合ってるであります。どどどどうやったんでありますか!?計算していなかったでありますよね!?」
「暗算だ」
「ツチオ君、暗算出来るんだ...。誰に習ったの?」
「え!?ええっと・・・親だよ親。俺は魔力が少ないから、計算だけは頭に叩き込まれたんだ」
「そうなんでありますか...。大変でありますね」
上手くはぐらかせたか。暗算て、出来る人が少ないんだな。これから気をつけよう。
「じゃあ、僕たちといても退屈かなぁ...」
「本でも読んでるよ。分からないところがあったら言ってくれ、教えてやるから」
「うん、よろしくね!」
その日はリュカたちに数学を教えてから、一緒に夕ご飯を食べた。毎日魚ばっかり出てくるのは、海の近くだからなんだろうか
次の日は、お待ちかねの魔法の授業だ。かなりの人数が授業を受けており、授業は大学みたいな大きな教室で行われるらしい。
「楽しみだね!」
「そうでありますな!」
「ってか、人多すぎだろ。ほとんどの生徒がいるんじゃないか?」
こんなに魔法のスキルを持ってる人はいないだろうし...。何でなんだろう?
「えっと、魔法と言っても最初に習うのは魔力操作で、その中には戦士さんとかも使う技術があってね、それで...」
「ちょ、ちょっと待ってくれリュカ!トリスがいっぱいいっぱいだし、俺も一度に言われたら飲み込めない」
「えっと、魔法で勉強するのは魔力操作で、えっと?」
「あ、ごめんね...。もうすぐ説明してくれると思うし、そっちのほうが分かりやすいよ!ほら!」
地面まで届きそうな真っ白いひげを結っている、年輩のご老人が杖をついて前の壇上に立つ。
「え、こほん。これから魔法の授業を始める。儂の名はゴーシュじゃ、よろしゅうな」
大声を出してる様子もないのに、かなり大きな声が聞こえてきた。また魔法なのか...。一体どうなっているんだろう。法則とかあるのかな。
「まず最初に言っておくことがある。魔法はスキルによって、ある程度才能が決まっておる。それは当然であるのだが、またもう一方で魔法というのは学問でもあるのじゃ」
ほう...。
「学問は、努力次第でどこまでも伸ばせるものじゃ。スキルを持ってない者でも、強くなることが可能なものが魔法じゃよ。スキルを持つ者も努力を怠ることなく、研鑽に励むこと。さもなければ、遠からず追い抜かれてしまうぞ」
なるほどな。俺でも努力すれば、攻撃魔法や回復魔法を使えるのか!これは頑張らねば。
「えっと・・・どういうことでありますか?」
「要は、しっかり勉強すればスキルを持ってなくても、スキルを持っている人並に魔法を使えるようになる、ってことだな」
「どんな勉強をすればいいんでありますか?」
「えっとそれは・・・話を聞いてたら分かるかもな」
「そうでありますか!」
俺も聞いておかないと。魔法に関しては、俺も全くの無知だからな。
「魔法の授業といっても、最初は魔力を操作する訓練を行う。魔力を自由に動かせなければ、上手く魔法を使えんからな。この中で、自分の魔力を動かせるという生徒はどのくらいおるかの?」
俺とリュカを含めて、数十人の手が挙がる。こんなもんなのか...。
「ふむふむ、まあ例年通りの人数じゃな。これから魔力の操作法を教えるため、お主たちは少し暇するだろう。まあ、復習だと思って勘弁してもらおうかの」
俺は魔手で、無理矢理動くようにしただけだからな。普通の魔力の動かし方も知っておきたい。退屈はしなさそうだな。
「まずは、へその下辺りに意識を集中させるのじゃ。自分の魔力を感じることから始めよう」
ゴーシュ先生の魔力の動かし方を聞きながら、俺は自分の中の魔力をグルグルと動かしているのだった。早く戦士が使うという技術を、教えてもらいたいな。




