腕相撲の女性
金髪赤目のエルフっぽい美女と、赤髪で四肢が竜のような美女が腕を掴み合い睨みあっている。こうやって見ると、中々絵になる光景だな。滑らかな金髪女の手と凶悪で暴力的なルウの手。ルウに容易く壊されそうな硝子のようなだが、あれで幾人もの力自慢を潰してきた。あんな細腕のどこに、そんな力が篭ってるんだろうな...。
「ちゃんと本気を出さねば、承知致しませんわよ!」
「分かってますよ。ルウ、任せたぞ」
「うん、私がこんな若作りババアに負けるわけないよ」
「・・・何ですって?」
あれ、金髪さんの額に青筋が浮かんでるぞ?何でだろーなー。
「だって、すごくお歳を召しているじゃないですか」
「ほほほ、何を言っているのかサッパリですわねー。私、まだまだ20代...」
「×10、いや15かな?」
「何言ってやがりますの、この糞餓鬼!」
辺りがシーンと静まり返る。鼻息荒く怒気を噴出していた金髪さんは、一旦顔を伏せるとすぐにさきほどと同じ表情へと戻った。
「お見苦しい顔をお見せして、申し訳ありません。私、エルフですので人間でいうとまだ20代なんですわ」
「まあ、そういうことにしておきますか。それじゃ、仕切りなおして」
2人がふたたび睨み合い、集中を高めていく。よし、そんじゃ...。
「試合始め!」
開始の合図と共に、2人の魔力が一気に高まり、机の周りに烈風が吹き荒れる。腕が軋みを上げ、肘が当たっている部分は既に陥没している。ちょっ、いきなり全力全開かよ!?予想はしていたけれど、ここまで激しいなんて想定外だぞ!
「ふうううっ・・・な、中々やりますわね...!さすがは竜種、馬鹿力ですわ!」
「そっちこそ、普通じゃないと思ってたけど...」
2人は腰を浮かして、片手は机を掴んでいる。爛々と目を輝かせて翼を広げているルウ、膨大な魔力で髪が逆立ち口からは牙を覗かせている金髪さん。
最初は拮抗していた相撲だが、次第にルウが押され始めた。金髪さん、ルウより膂力が強いのか!お互いに魔術を併用しているのだが、その技術も金髪さんが上だ。
「っつ、くう...!」
「口ほどにもありませんわね!ですが、私に本気を出させたことについては、評価して差し上げますわ!このまま潰れなさい!
「・・・よし、本気を出すかルウ」
「う、うん・・・お願い」
「な、助太刀は厳禁ですわよ!」
「別に手出しするつもりはありませんよ、ルウの力を全開まで引き出すだけです。それも駄目ですか?」
「・・・そういうことなら、さっさとやってしまいなさい!」
「すいませんね」
ルウの右腕に魔力を集中、瞬間的にルウの膂力が跳ね上がる。一気に金髪さんの手を押し返し、机の上へと叩きつけた。その一撃によって、さんざん痛めつけられていた机はようやく限界を迎えたようで、粉々に砕かれた。ふう、勝てたか。大金、ゲットだぜ!
「・・・むう、完全にしてやられましたわ。まったく、そんな力があるんなら最初から使いなさいな」
「まずはあなたの力がどれくらいか、確認したかったんですよ。あまりに強すぎたら、多分勝てなかったでしょうし」
「はあ、負けは負けですわ。私自身が認めましたもの、しょうがないですの」
「そんじゃ、この金はそっくりそのまま俺へと...」
「入りますわね。・・・逃げやがったら、魔界の果てまで追いかけて必ず殺してやりますわ」
「分かってますって。こっちから話しかけたんですから、逃げるわけないでしょう。場所は斑の子犬亭、北に少し行ったところです」
「分かりましたわ・・・ああ、負けてしまいましたわ!悔しいですが、賭けは賭けですの。このかけ金、全てあなたの物ですわ!」
「ありがとうございます、早速預けちゃいましょう」
周りが色々と野次を飛ばしてくるが無視して、お金を大きな袋に入れてさっきの受付嬢さんのところまで持っていく。目を丸くして驚いていた嬢さんだが、大袋を受け取ると慌てて奥へと持っていく。
「か、数え終わりました。確かにお預かりいたします。あ、机の弁償代はあそこから引いておきますね」
「え!?・・・共犯者は」
周りを見渡してみるが、解散した野次馬たちばかりであの目立つ金髪は見当たらない。に、逃げやがった...!
「もういませんね。そういうわけで、引いておきますからね」
「は、はい...」
くっそー、あんの糞ババアめ・・・後で請求してやる!
斑の子犬亭に戻ると、既に金髪さんがやってきていた。食堂で何やら軽食を取っている。サンドイッチみたいなやつ、間に照り焼き肉と野菜が挟まれている。
「遅かったですわね、どこをほっつき歩いていたんですの?」
「あんたが壊した机の弁償の手続きをしていたんですよ!あなたの分のお金、支払ってください!」
「ケチくさいですわねー、男は度量ですわよ?それに、今の私はあなたに負けたせいで、一文無しですの。払う金がないですわ」
「そんじゃ、それはどうするんですか」
「あなたの奢りですわ!」
「・・・はあ」
女将さんに謝りつつ、金髪さんの食事代を支払う。別にこんくらい、奢ってもいいんだけどさ...!
「それであなたは魔物、いや魔人なんですね?」
「ええ、そうですわよ。あの文を見て気が付いたんですのね」
「はい。まあ、ルウたちは見なくても気が付いたみたいですけど」
「まったく、失礼な小娘ですわよ。ちゃんと調教しておきなさいな」
「ツチオは、どっちかといえば調教される側だけどね」
「ちょ、馬鹿お前!そんなことないだろ、俺がちゃんと調教してるだろ!」
「そうかな・・・まあ、確かに私はもうツチオなしじゃ生きていけないし、そういう意味では躾けられちゃったのかな」
「何ですのあなたたち!280歳を超えてもまだ未婚の私に対するいじめですの!?適齢期も後数十年でケツに火が付いている私に、自分たちの熱愛っぷりを見せ付けてるんですの!?かまされてぇんですの!?」
あ、280歳なんだ。目安としては、大体÷10か。結婚適齢期、かなり若いんだね。まあ、10代で結婚するような世界だもんなー、当然適齢期も若いか。
「お、落ち着いてくださいって!きっと良い相手が見つかりますよ、そのうち!」
「そのうちって何時ですのよー!!!」
・・・うん、もうこの話題には触れないほうがいいな。古今東西、嫁き遅れの話題には触れるべからず。よし、本題に戻ろう。
「まあ、それは置いといて。まずは自己紹介から入りましょう。俺はツチオ、』王立学院2年です。こいつらは俺の従魔、見て分かると思いますが魔人です」
「私の名はユクリシス・ザクリオンですわ!ザクリオン帝国、第1王女。現帝王は実の兄、オニキスですわよ!」
王女ここで来る!?というか、ザクリオン帝国?聞いたことのない国だな・・・うん、この大陸には4つしか国がないし。小さな部族の里くらいならあるんだろうが・・・帝国なんて言うには、それなりに大きな国だろうからな。
「何ですの、その微妙な顔は。大陸全てを治めている、我が帝国の名を知らないとは言わせませんわよ!」
あ、こいつ絶対別の大陸から来てるわ。多分、北方から侵攻してきてる魔獣たちが生まれた場所だ。
「すいません、そちらの大陸のことは、あまりよく分かっていなくて。というか、何で戦争中の別大陸にある王女様が、敵国というか敵大陸のど真ん中に侵入してるんですか?中から切り崩す作戦ですか?」
「違いますわよ!そんな姑息な手は使わず、正々堂々真正面から戦いますわ!」
「それじゃあ、何でこの国に?しかも、わざわざギルドなんかにあんな暗号を出して」
「あのくらいの暗号、分からないような奴に用はありませんわ」
\頂点
わたしは旅の武芸者です。
長旅をしているうちに、
旅の資金が尽きてしまいました。
有り金はこれで全部です。
この賭、負けの条件は、
私が、腕相撲で負けること。
勝はその逆。能力次第では、勝
つことも出来るだろう。
これがその文だ。ヒントは最上行の\頂点。\は右斜め下に文字を抜き出せということ。ちょうど真下にある、「わ」から右斜め下に抜き出すと、
わ
旅
資
は
負
撲
能
だ
次は頂点。すなわち、頭文字を抜き出せば良いということだ。平仮名もあるけれど、それは無視をしても問題ないだろう。そうしないと読めないしな。
わ
た
し
は
ま
も
の
だ
私は魔物だ、ユクリシスさんが見つけてほしかった文がこれだったんだ。俺が最初に接触したから良いものを、もし他の冒険者に見つかってたらどうしたんだか...。まあ、普通は信じないよな、こんなもの。偶然だと思うのが自然だね。俺も、実際に相手の反応を見るまでは半信半疑だったし。反応を見て実際に勝負してみて、魔人だと確信するに至った。
「それで、何をしにここまで来たんです?観光なんて言わないでくださいよ」
「・・・その前に、これからあなたにお話することは両大陸にとって、非常に重要な問題ですわ。もしかすると、この大陸の命運を左右することになるかもしれない。この話を聞いたら、もう引くことは不可能。当事者となるのです。あなたには、それだけの覚悟がお有りで?」
真剣な顔で、ユクリシスさんがそう言う。要は、面白半分で顔を突っ込んだら後悔するぞ。聞くからには覚悟を決めろってことか。・・・どうしようか、今ならまだ引き返せる。ユクリシスさんのことは忘れて、予定通りの夏季休暇を過ごし、学院に戻ることも可能だ。
「・・・ユクリシスさんは、俺でいいんですか?もっと強くて偉い人だって、ゴロゴロいますよ」
「そうですわね、話の前にそこを確認しておきますか。ツチオ、あなたはこの王国の上層部に伝手を持っています?」
「そうですね・・・学院長は結構影響力が強いらしいですし教師の中には宮廷魔術士、勇者とも知り合いです。第3騎士団長とも知り合いですし軍部大臣とも顔見知りですから、ないこともないですね」
「それだけあれば、十分過ぎますわ。それでは次に、他国との伝手は?」
「それはあまりないですね、それぞれの第1騎士団長と顔見知りってことくらいでしょうか」
「まあ、ないよりはマシですわ。期待していませんでしたし、むしろあったほうが驚きですわよ。案外、顔が広いんですのね」
「戦争に参加したら自然と...」
「ふむ、戦争に参加経験もあり・・・従魔も強いし、まったく問題はないですわね」
そんじゃ、後は俺の覚悟次第ってことか...。
「ユクリシスさん、あなたを手伝えば戦争は終わりますか?」
「・・・そうですわね、それが目的ですもの。私は、大陸間の争いを止めるため、単身ここまでやってまいりました」
俺はまだ、話を聞くとは言っていないのだが・・・まあいい。ユクリシスさんを手伝うことで巻き込まれる戦いと、戦争が続くことによって巻き込まれる戦い、前者のほうが遥かに短いだろうからな。
「分かりました、覚悟を決めますよ。最後までお付き合いします」
「助かりますわ。さすがに、もう1度あの手は使えませんもの。それに、ツチオなら条件にはピッタリですし」
「はあ・・・戦争を止めるというのは気になりますが、その前にザクリオン帝国について教えてください。何の知識もないんじゃ、話についていけそうにないですから」
「そうですわね、まずは簡単に向こうの大陸について説明しましょう」
ユクリシスさんは少し水を飲んでから、ゆっくりと話し始めた。
「まず、私たちの大陸はザクリオン帝国しかないのです。1国が大陸全土を治めているのです」
「ふむふむ」
「その大陸には、この大陸にいる人間たちは存在しておりません。我が帝国民は、ほとんどがこの大陸で言う魔獣に似たような姿なのです」
「ふむふむ・・・ん?ってことは、北方から侵攻してくる魔獣ってのは...」
「我が帝国軍の部隊ですわね」
だから、妙に装備が統一されていたり紋章があったりしたのか...。所属を判別するために、あの紋章があったんだな。まあ、ここまでは予想通りだな。どっかの組織に属しているってことまでは、読み取れていたからね。
「ですが、我が帝国民とこの大陸の魔獣はかけ離れています。姿かたちは似ていても、全くの別物なのです」
「どういうことですか?」
「彼らも、この大陸の人間と同じです。感情がある、一個人なんですのよ。この大陸の魔獣とは違う、感情・理性・精神があるのですわ」
・・・えっと、ちょっと待って。俺の想像が合ってたのか?魔獣が魔獣じゃなくなるのか?
「つまり、あなたたちが魔獣と思っていた北方からの侵攻兵は、全てこの大陸で言う魔人でしたのよ!人間と同じ、喜怒哀楽を感じ家族や恋人を愛する、れっきとした人なんですの!」
・・・マジかよ。くっそ、何でこう当たらないでほしい予想ばっかり当たるんだろうな...。
分かった人はいたでしょうか?某少年名探偵の中の話からヒントをもらいました、2分の1の頂点です。