夏期休暇は王都と北方へ
2年生の夏期休暇です。
2年生の春辺りは勇者が来たり戦争があったり、まあよくもここまで大きな出来事に巻き込まれたものだ。ちょうど今日から夏季休暇、荷物をまとめながらそんなことを思っていた。
報酬金を受け取った後は、今まで通り勉学に励む毎日だった。変わったことといえば、ハロリーンさんが符術の教師として学院に赴任してきたことだろうか。何でも、符術を使う人数を増やすためわざわざ自分から申し出たらしい。ハロさんは美人な上に宮廷魔術士だ、生徒からの人気が高い。男子は元より、女子生徒からお姉様と呼ばれているのには驚いたなー。彼女の授業を受けた生徒たちは符術を使うようになったため、もう廃れる心配はないと言っても過言ではないだろう。俺もハロさんの符術を学びたかったため、学院で教鞭をとってくれるのは素直に嬉しい。研究のほうは大丈夫なのか聞いてみたところ、
「錬金術師じゃないんだし、研究なんてどこでも出来るわよ。お金は必要だけどね」
とのこと。何とも頼もしく男らしい台詞だ。ハロさん、格好いい!。そう言ったら符を投げられたけど何でだろうな。
影さんの成長は・・・まあ、順調なのかな。形はより人間っぽくなり、どこかライムを彷彿とさせる。影内搭載量や魔力も増え、魔術に幅も結構広がった。魔力が増えてるから進化してるんだろうけど・・・形があまり変わらないので、進化しているという実感が湧かない。これはリンみたいだな、基本の形は変わらない感じ。俺からも50mは離れられるようになったので、単独行動もいけそうだ。だが、影さんの最たる特徴は他にある。それは、常時俺と魔力を共有しているということだ。
魔力を共有していると言っても、ルウたちみたいに快楽が伴うものではない。こう何と言うか・・・自然に魔力を共有している感じ?自分の一部ってのがしっくりくるかな。俺と2人で戦った時も、相談しなくても連携に淀みがなかった。何かすごく自然だったんで、全然驚かなかったなー...。
最近じゃ、やけにルウと仲が良い。よく模擬戦をしているし、狩りの最中に2人だけ別行動することもある。その後、決まってどっちもボロボロになって帰ってくるけど、強力な魔獣とでも戦ってるのかね。まあ、仲良きことは美しきかな。悪いことでもないし、構わないだろう。
ライムとリンは、あれから一度も進化していない。まあ、影さん育成に力を注いでいたからな。遠出も出来ないから、強い魔獣と戦う機会も少ないし...。
ルウはな・・・あれ以来、ちゃんと相手をするようにはしているのだが...。勉強もしなきゃいけないし、あまり夜更かしも出来ないんだよね。まあ、疲れてはいるけど充実はしています。
リンもようやく遠慮がなくなってきたようで、朝の早駆けはすでに日課となりつつある。学院の周りを走るのだが、夏になると日本ほどではないが暑くなるので、今の季節はちょうどよい。さすがに冬はやりたくないけどなー・・・防寒の魔術とかってあるんだろうか?
そして、夏季休暇となったわけだ。今回もキサトさんが誘ってくれたので、精霊さんに会いにダンゼ島に行こうと思ったのだが。
『え、えっと・・・今年はちょっと都合が悪くて...』
『あ、そうなんですか。やっぱり、人が多くなると色々大変なんですね』
『う、うん、まあそんな感じ。多分来年には終わるだろうから、その時になったら来て』
『分かりました、頑張ってくださいね』
『頑張るー。あ、連絡は全然出来るからしてねー』
というわけで、今回の夏季休暇は王都から北方へ行くことにした。前回行けなかった図書館を見てみたいし、北方になら強い魔獣も多く生息しているそうだし。あの戦争以来、魔獣の侵攻は起きておらずまたもや小康状態となっているようだ。こういったことはよく起こるそうで、その間に防備を固めるそうだ。普通、こういう時は一気に畳み掛けるはずなのにな...。まったく、攻めてくる魔獣の考えは本当によく分からない。
とりあえず、数日王都に滞在してから、要塞へと向かう予定だ。軍単位で行動は起こさないが、腕の立つ冒険者たちは北方で活動しているらしい。北方の魔獣の素材は高値で取引されるので高く売れるからだと。要塞以北は未開拓(大昔はどっかの国の領土だったそうだけど)なので、あまり遠くまでは行けないけどね。
「やっと着いたね、やっぱり王都は遠いな」
「まあ、俺たちだけなら3日で着けるからいいじゃないか。馬車で1週間、校長たちと4日はかかるんだぞ。まあ、3日目は夜明け前から進みだしたけど」
「・・・」ぷるぷる
「お、もうすぐ順番か。学生証があれば、大丈夫なんだよな?」
「ブル」
「影さんは・・・出さなくてもいいか。よし、進もう」
特に問題なく王都に入ることが出来た、生徒証ってすごい。図書館に行く前に、まずは宿を探そう。とりあえず、今回もギルドに紹介してもらおう。やっぱりテイマー専門宿がいいしな。まあ、今回魔獣舎に泊まるのはリンだけだし、金額次第では普通の宿でも良いかもしれない。馬舎でも泊まれないことはないだろうからね。
王都の冒険者ギルドは、平民街で最も人が集まる第2の壁外縁北側にある。前来た時に確認しといたので間違いない。もう絡まれたくないし、さっさと聞いてさっさと帰ろう。まあ、絡まれる理由なんてないよな・・・ルウが少し怪しいけれど。美人だもんなー、ルウ。
俺たちは南門から王都に入ったので、北側にあるギルドへ向かうのにはそこそこ時間がかかる。空を飛ぶわけにもいかないしな...。周りの店でも眺めながら、ゆっくり歩いていきましょうか。
1時間くらい時間をかけて、ようやくギルドへと着いた俺たち。道中、気になる店なども見かけたが、まずは宿をとるべきだと場所だけ覚えて我慢した。ああ、早く見に行きたいな...。
「よし、ルウ。もし冒険者に絡まれたとしても、こっちから暴力に訴えたら駄目だぞ。向こうが手を出してきたら、遠慮する必要はないからな」
「やられる前にやり返したら駄目なの?」
「うん、それはやり返してないね。ただやってるだけだね。腕を掴まれたりとか、変な所を触られたりとか。そんな感じのことをやられそうになったら、やっちゃっていいから」
「分かった、失敗しちゃったらゴメンね」
西部劇の酒場の入り口にあるようなドアを開けて、ギルドの中へと入る。酒場が併設されていて、そっちで何やら人が集まっている。何かイベントでもやってるのかな、まあ関係ないか。ギルド内のほとんどの人が集まってるから、絡まれる心配も少なくなる。さっさと用事を済ませてしまおう。
「すいません、テイマー専用の宿屋を探しているのですが...」
「テイマー専用ですか。何日ほど滞在するのですか?」
「3日ですかね。そこそこのお値段で良い所ってないでしょうか」
「それなら、ギルドの目の前の通りを少し北に進んだところにある、斑の子犬亭がおすすめですよ。安くはないですけど、親切ですし料理もおいしいですから」
「そうですか、それではそこに行ってみます。ありがとうございました。そういえば、あの騒ぎは何なんですか?」
あれだけ騒がれるだけには、それなりの理由もあるはずだし・・・たかが飲み比べくらいじゃ、あそこまで騒がれないだろう。
「ああ、あれですか...。先ほどフラリと現れた女性が、冒険者相手に賭けをしているんです。金を賭けた腕相撲、勝ったら有り金全てやるって。最初はあまり金額が多くなかったのですが、思ったより腕の立つ女性で...。どんどん勝ち進む内に、自然と賭け金も膨れ上がっていって。Cランクの冒険者が負けた辺りから、段々騒ぎが大きく」
「止めなくてもいいんですか?」
「賭け事で済んでいるなら、ギルドが口出しすることではないですね。乱闘騒ぎになったら、さすがに止めますけど」
迷惑さえかけなければ、基本的には無干渉ってことか。・・・軽く覗くくらいなら、大丈夫だよね。
「あ、彼女がこんな紙を配ってましたよ。色々書いてあります」
そう言って、受付嬢さんが1枚の紙を見せる。そこには、このような文章が書かれていた。
\頂点
わたしは旅の武芸者です。
長旅をしているうちに、
旅の資金が尽きてしまいました。
有り金はこれで全部です。
この賭、負けの条件は、
私が、腕相撲で負けること。
勝はその逆。能力次第では、勝
つことも出来るだろう。
何だこれ、おかしな文章だな。勝敗の条件とか、言わなくても分かることだろう。最後だけ語尾も変だ、この流れならでしょうだろ。何か別の狙いがあって、この文章は用意されたと考えるべき・・・なのか?
「皆さん、気に留めていませんけど。まともに一応、皆さんに見せるように言われてるんですけど、まともに読んだのはあなたくらいですね。掲示板にも載ってるんですけど...」
やっぱり、何か狙いがあるんだな。そうじゃなきゃ、わざわざ見せるようには言わないだろうしね。
・・・ああ、そういうことか。ちょっと見辛いけど、蓋を開ければ簡単な暗号だな。暗号というより、読み方の問題かも。
もしここに書いてあることが本当だとしたら、騎士団にでも通報したほうがいいのだろう。まあ、信用してもらえるわけないか。そうだとしたら、俺が対処するしかないな。はあ、どうしてこう面倒なことに巻き込まれるんだろうね...。さっさと宿屋に行っときゃ良かった・・・見つけちまった以上、無視も出来ないしね。まあ、わざわざこうやって出しているのは、誰かに見つけてもらうために出してるってことだ。友好的かどうかは分からないが、敵対する意思はないと見て良いかな。
「ツチオ、どうしたの?その文のどこかに、気になることでもあった?」
「うーん・・・勘違いか偶然ならいいんだけど。ルウ、あそこで賭けをしている奴がいるだろ。あいつと腕相撲で勝負してほしいんだ」
「分かった、絶対に勝つよ。手っ取り早くお金を稼ぐなら、こういうのが一番だもんね」
「ああ、いや。別にお金が必要なわけじゃないんだ。ちょっとあそこで、賭けをしている奴に用があるんだ」
「そうなんだ、知り合い?」
「いや、そうじゃないんだけど...。ちょっと話がしたいんだ」
「分かった、やるからには勝つよ!」
「まあ、必ずしも勝つ必要はないんだけどね。とりあえず、話が出来ればいいから」
そう言って、俺たちは人ごみの中へと割り込んでいく。その中心では、1組の男女が腕を掴み睨みあっている。浅黒い肌のスキンヘッドと、豊かなブロンドと白磁のような肌で赤い目の女性だ。耳が少し尖がっており、見る者全てを魅了しそうな気持ち悪いくらいほど整ったその美貌と合わせて、一見エルフのように見える。顔に浮かんでいるのは、好戦的で獰猛な笑み。どこか肉食動物を彷彿とさせる、見ると背筋がゾクゾクする感じだな。ちょっとルウに、感じが似ているかも...。
「それでは・・・始め!」
審判が開始の合図を出すと同時に、スキンヘッドの手が机へと叩きつけられる。何度も叩きつけられたせいか机はひび割れており、手からは摩擦によって生じた白煙が上がっている。
「っつうううう!!!ちっくしょ、負けたー!!!」
「ご挑戦ありがとうございます、かけ金はすべて頂きますね。ま、私の敵ではないですわ!」
おーほっほっほ!と高笑いをする女性。すげぇ・・・あそこまで高笑いが似合っている人、初めて見たぞ。
「あちゃー、豪腕のアレックスもやられちまったか」
「あの女、絶対タダもんじゃねぇぞ!これで25人抜きだ!」
「おい、お前やってみろよ」
「無理だって、Bランクでも無理なんだぞ」
ふむ、かなり荒稼ぎしているみたいだな。脇の机には、硬貨の山がうず高く積みあがっている。
「他に誰か挑む猛者はいませんの!?誰でもいいですわよ!」
よっし、向こうもああいってることだし、いっちょ挑んでみますか。
「いやー、すごいっすね。彼、Bランクなんでしょう?いくら腕相撲とはいえ、勝つのはすごいですよ!」
「ふふふ、それほどでもありますわ!まあ?私にかかれば、こんなこと片手間ですわよ!」
「ホント、魔物並ですよね!マジで魔物ですよ、あなた!」
「・・・ふむ。それで、あなたはただ冷やかしに来たんですの?それなら、邪魔ですのでさっさとどっか行きなさい」
反応アリ。ここで引いてもいいんだが、もう一押ししておきたいな。
「いえいえ、ちゃんと腕相撲をしに来たんですよ。やるのは、彼女ですけど」
「へえ・・・いいですわ、本気で相手して差し上げましょう」
かけ金を机の上に投げ入れ、ルウたちは席につき手を握り合う。彼女の実力は如何ほどか、簡単に分かるとは思えないが見さてもらおう。本気でやると言ってるしな。
途中の暗号と言っていいのか分からない変な文。一応、ヒントは入っているので分かるとは思います。やりたいからやった、少し後悔しています。ネタばらしは次話で。