エリート宮廷魔術士VS符術使い2人
ハロリーンさんの研究予算調達のため、嫌な奴に俺の実力を見せることとなった俺たち。腐っても宮廷魔術士だ、どんなに嫌な奴でもかなりの実力のはず。舐めてかかるわけにはいかない。
「おい、呪符女。先に準備しないでいいのか?待っててやるぞ」
「あら、余裕綽々ね。それじゃ、お言葉に甘えて」
ハロリーンさんが、俺の首と背中に符を張る。そこから流れる魔力、体に力が宿り魔力を共有した時のような知覚の広がりを感じる。
「とりあえず、身体強化と知覚強化を施したわ。結構加速するから、いつもの状態じゃついて行けないと思う。魔力変化にも敏感になるから、あいつの魔力相手なら発動くらいは感づけると思うわよ」
「へー・・・俺のとは全然違いますね。ハロリーンさんも前に出るんすか?」
「あいつ相手じゃ、後ろにいたほうが危ないわよ...。ほら構えて。ツチオの符術、見させてもらうわ」
「ははは、宮廷魔術士さんを満足させられるかどうかは分かりませんが・・・まあ、全力でやりますよ!」
軽く体を動かして、どのくらい強化されているか確認。おお、結構速くなってるな・・・知覚も強化されてるから、あまり変わったようには感じないけど。
「もういけるか?じゃあ、合図してくれ」
「は、はい!それでは・・・試合開始!」
合図と共に、俺達は駆け出し嫌な奴は大量の火の玉を射出し弾幕を張る。俺は火蜂を放ち、弾幕の中に突っ込ませた。蜂たちは2手に別れ、まず第1陣が弾幕に穴を開け、第2陣がその穴を通り嫌な奴に突っ込んでいく。
「な!?」
いきなり弾幕を破られるとは思っていなかったようで、驚いた様子の嫌な奴。だが、対処は的確だ。すぐさま無詠唱で壁を作り出し、飛来する蜂たちが真正面から衝突し爆発する。堅いな・・・火蜂じゃどうやっても破れないな。
火蜂の爆煙で相手の視界が潰れている間に、地面に符を投げ土柱を作り出し、嫌な奴へと突き伸ばす。火蜂の攻撃を防いだ壁に防がれるが、そのまま相手を囲うように移動し、攻撃させる暇を与えない。
「いいわよ、そのまま動かせないで!後5秒!」
「分かり・・・っ!?何か来ます!」
嫌な奴を中心に、大爆発が発生し土柱が吹き飛ばされる。一気に後退して爆発は逃れたが、嫌な奴に攻撃させる隙を与えちまったな...。くっそ・・・というか、後5秒って何?
「素人じゃないみたいだな・・・だけど、こんだけじゃ認められないな!」
「よく言うわよ!防御に専念してたくせに!待たせたわね、ツチオ。あいつを動かすことは出来る!?」
「回避させるってことなら、やってみますよ!」
「させないね!」
嫌な奴が周囲に熱波を放つ。目前に迫った赤い波を、岩蛇を作り出し盾になってもらう。とりあえず4体、1体は俺の護衛、残り3体は嫌な奴へと突撃する。
「だから、何なんだよそれ!魔獣か、魔獣なのか!?」
嫌な奴は圧縮された水弾を放ち、蛇たちを砕いていく。が、すぐさま再生し攻撃を継続する蛇たち。もう2体追加しとくか。
嫌な奴の真後ろに符を飛ばし、背後からも蛇を襲わせ挟撃。目の前の蛇たちに気を取られていた嫌な奴は、背後からの攻撃を迎撃せず、地面を滑るように横へと避ける。よっし、動いた!
「動きましたよ!」
「ええ、後は任せなさい!」
ハロリーンさんの周りには、幾つもの符が浮いており、彼女が腕を一振りすると、ちょうど着地して動きが止まっていた嫌な奴の周りに転移。それらが一気に爆発する。あれ、死んじゃうんじゃ...。
「あんくらいじゃ、あいつは死なないわよ!」
爆煙が晴れると、半透明のドームで爆発から身を守っている嫌な奴がいた。むう、かなりの爆発だったのに・・・魔力に物を言わせた防御か。単純故に堅固な防御方法だな。だが、ハロリーンさんの攻撃もそれで終わりではなかったようだ。空中にドームを囲うように展開された符。それらが光線で繋がり、ドームへと張り付く。高密度の魔力がぶつかり、激しい光と煙を上げる。
「どうよ!これじゃ、さすがに攻撃出来ないでしょ!」
「舐めるな!」
ドームに亀甲模様が入り、突然爆発。周囲にあった符ごと吹き飛ぶ。魔力弾がハロリーンさん目掛けて放たれるが、爆発符を正面に配置して防御している。
「汚い魔術ね!魔力が多けりゃいいってもんじゃないわよ!」
「負け犬の遠吠えだろ!俺に勝ってから...」
何か色々話していたので、上空に墜落符を設置。蛇たちに四方から噛み付いてもらい、嫌な奴に回避させないようにしてもらう。
「墜落ちよ!」
「なっ、くそ!」
嫌な奴の頭上に障壁が発生、墜落符と真正面から衝突し火花を散らす。結構な魔力を込めたのだが、段々押し返されている。だが、それでいい。一箇所に防御が集中すれば、他の場所が疎かになる!
「ハロさん!」
「分かってるわよ!」
岩蛇・土柱・火蜂・爆発符が嫌な奴を包囲する。墜落符を押し返したところで、もう壁を張らす暇は与えない。これで詰みだな。
「・・・っち、降参だ。俺の負けだよ」
「んじゃ、これでハロリーンさんの研究に予算は下りますね」
「それは俺が決めることじゃないけどな。まあ、2人がかりとはいえ俺を負かしたんだ。多少は見直されるんじゃないか」
これで、符術衰退の危機は免れたかね。しっかし、ハロリーンさんの符での支援、中々良いな。特に知覚強化、相手の攻撃を避けるのが楽だ。こういう使い方もあるんだなー。
「・・・おいガキ、名前は?」
「ツチオですよ、聞こえていたでしょう」
「そうか。あの蛇は魔獣か?」
「違います、符術ですよ」
「・・・ふーん。最後の攻撃は中々だった、その調子で腕を磨け」
そう言って、嫌な奴は実験場から去っていった。最後のは、褒めてくれたのかな?ちょっとは符術に対する認識を改めてくれればいいけど...。
「べーっだ!何が『最後の攻撃は中々だった』よ!あんだけ符術を馬鹿にしてたくせにー!」
「まあまあ、いいじゃないですか。少しは認めてくれたんでしょうし」
「ふん、どうだか。それより、あの蜂や蛇は何なのよ!」
「何って、符術ですよ。生き物を模っているんです。そういえば、あの爆発符、どうやって転移させてたんですか?」
「符に転移魔術を仕込んであるのよ、ちゃんと罠も仕掛けてたのに、あいつの熱波で全部焼かれちゃったわ...」
ああ、あんときのね。蛇のは岩で囲まれてるから、熱波でも焼かれなかったんだよね。
「ま、これで予算も下りるはずよ。というか、無理矢理にでも下ろさせる」
「頑張ってください。でも、俺1人がいるだけで大丈夫なんでしょうか?」
「いいのよ、符術使いがあいつに勝ったってことが大切なの。あれでも、局内での地位は高いし」
「へー、あの人がね...」
実力を伴ってるから、あそこまで偉そうに出来るんだな。
「そんじゃ、俺もお暇させてもらいますね。研究、頑張ってください」
「本当にありがとうね、模擬戦に付き合ってもらって。ツチオも勉強頑張って」
「はい、また機会があったら」
さて、そんじゃリンをむかえにいきますか。怒ってないといいけど...。
「えっと、怒ってる?」
「・・・ブル」
騎獣舎に着いたのは、ちょうどお昼頃であった。ルウたちと一緒に何やら話していたのだが、俺を来た途端そっぽを向くリン。いくら話しかけても、別にとしか答えない。
「ツチオ、遅いよー。リン、ずっとツチオのことを待ってたんだよ」
「悪い、ちょっと色々あって...」
「もう・・・ほら、すっかりヘソを曲げちゃったじゃん。どうするの?」
「どうしようか・・・リン、何かしてほしいことってあるか」
「・・・ブルル」
「え、そんなんでいいの?」
「ブル」
「リンがしたいなら、それでいいけど・・・んじゃ、さっそくやろうか」
俺はリンの背に乗り、王都を出て街道をひた走る。リンがやってほしかったことは、俺と一緒に走ること。旅の時みたいに駆け足ではなく、全力で走るのだ。
リンの背に揺られながら、俺は吹き付ける風を体で感じている。まだ日は高いので心地良い。
「そういや、こうやってリンとだけで走るのは初めてだな」
「ブル、ブルルル」
「そうだったのか・・・言ってくれれば良かったのに」
ずっと、こうやって2人っきりで走りたかったのか...。全然気が付かなかった。そういや、あまりリンと話したことってないな。出来るだけ話しかけるようにはしてるんだけど・・・あまり話が続かなかったりする。甘えてはくるんだけどね...。
「涼しいなー・・・いつもルウに乗って飛んでたけど、リンと一緒に走るのも悪くないな」
「ブルル」
「ん、朝だったらもっと気持ちが良いだろうな。リン、走りたかったらいつでも言ってくれ。時間さえあれば、一緒に走ろう」
「・・・ブル?」
「いいんだよ、リンとはあまり時間が取れてないし。一番の後輩なんだから、まあ影さんも入れたら二番目だけど、遠慮する必要はないよ。少しは甘えなさい」
「ブルル...」
「女の子は、ちょっとくらい図々しいくらいがちょうどいいんだよ。俺だって、リンが全然甘えてくれないと寂しいからな。それとも、俺になんか甘えたくない?」
「ブル!ブルルゥ!」
「そんなら、遠慮するな。ルウやライムは独占欲が強めなんだから、ボーっとしてると取られちゃうぞ」
まあ、そんなにはならないと思うが。俺自身、えこひいきはいけないと考えてるし。皆、それぞれに良い所があれば悪い所がある。俺の愛は博愛だからな!良いことかどうかは分からないけど...。
「よっし、もっと加速するんだリン!風になるぞーー!!!」
「ブルゥ!!!」
つい調子に乗って王都周辺を走り回った結果、王都に戻ったのは日没直前だった。・・・あ、図書館行くの忘れてた。まあ、リンには変えられないよな!
「・・・」ニッコニコ
「・・・」ズヌヌヌヌッ!
まあ、ルウとライムは放置する結果になってしまったわけだ...。戻ってきた俺を待っていたのは、ゴゴゴゴゴッ!!!みたいな擬音がつきそうな笑顔のルウと、ドス黒い魔力を撒き散らしているライムだった。せめてリンも一緒に!と思ったのだが、薄情にもリンは騎獣舎へと逃げやがった。あんの駄馬!馬刺しにして食ってやろうか!
ルウとライムに気を静めるために、今夜は2人と一緒に寝ることになってしまった。ライムもいるし、襲われることはないと思うけど...。大丈夫かな、俺。
「ったく、ツチオ坊はどこにいても騒ぎを起こすね...」
「とんだ問題児ですね」
「え、何のことですか?」
夕食時には、校長と先生から問題児扱いされた。そんなこと言われるようなことは・・・模擬戦くらいしかないな。
「模擬戦のことなら、お互いに了承の上ですよ。符術の研究が凍結されそうだったんで、これは黙っていられないなーと」
「そういや、ツチオ坊は符術を使ってたね。しっかし、いくら使う人口が少ないとはいえ、研究の凍結はやり過ぎだな。研究なくして発展なしだからね」
「色々噂になってましたよ、宮廷魔術士筆頭が符術使い2人に負けたと。それに、大きな岩の蛇が見えたと」
「あっちゃー、見られてましたか...。まあ、別にいいですよ。あんなの、宮廷魔術士と比べたら全然ですし」
あの炎の竜巻と比べたら、蛇たちなんてミミズみたいなもんだよ...。あそこまで離れてると、最早畏敬の念しか出てこない。嫌な奴が本気を出してたら、きっと俺たちなんてあっという間に黒焦げだろうしね。
「・・・まあ、そう思っとけばいいさ。ほら、報酬金だよ。ちゃんと保管しときな。明日は早いから、ちゃんと寝ておくようにね」
「りょーかいです」
また数日は暇しそうだな・・・早く夏季休暇になってほしいぜ。図書館は・・・またの機会だな。