各国騎士団長と、僅かな違和感
その日の昼過ぎに、学院生と護衛の先生たちは王都へと向かった。それと入れ替わるように、増援の騎士たちと冒険者がやって来た。亡くなった人たちと学院生を合わせた人より多いので、結果的には人数が増えたな。
ルウが人化して、周りの目も変わっている。腕や脚、尻尾を見て眉をひそめるも、その容姿を見るとほとんどの人が呆ける。他人の前では少し鋭い表情のルウだが、それでも相当な美人さんだ。俺はデレデレしている時のルウのほうが好きだけどなー。ちなみにあの服は、自分の肌のようなもので魔力で形成されているらしい。魔力が切れてもなくなることはないし、常に清潔が保たれているので洗濯する必要もない。形状も自由に変えられるそうなので、欲しい服は見ただけで自分で作れるそうだ。服道楽にとっては、たまらない能力だな。
通常時は、胸当てを外してネクタイをつけている。これも紅白の縞模様、自前の服とあわせてどっかの制服みたいだ。可愛い。露出も多くないので、こっちが見てても安心できる。
そして、今は夕方。何でか知らんが、校長に呼ばれたのだ。何でも、暫定だが俺とルウたちが裏から要塞へ侵入する隊に選ばれ、帝国とか妖精領の騎士団長たちが魔物とその主を見ときたいらしい。うん、面倒だね。面倒だが、ここで断って気を害して帰られても困る。あくまで顔合わせだけだと、校長も言ってることだし、どうせこんなことになるとは思っていた。何にせよ、ルウを1人だけで行かせるわけにもいかない。勇者も同席するらしいから、仮面を持っていかないとな。念のために、ちゃんと持ってきといて良かったな。
そんなわけで、俺たちは今、騎士団長たちがいるという天幕の前に、校長と一緒に立っている。ライムとリンは留守番だ、さすがに天幕には入れないからな。
「いいかい、くれぐれも失礼な態度をとるんじゃないよ。どいつもあまり礼儀にはうるさくないから、そこまで畏まる必要もないが...」
「適切にですね。ルウは基本的に話さないでいいからな。相手が求めた時だけ、後は俺が話すから」
「分かった、丁寧に話せば大丈夫?」
「それで問題ないよ。そんじゃ、行こうか」
校長の後に続いて、天幕へと入る。中には大きな机があり、数人がその周りに座っている。勇者たちに騎士、帝国やらの騎士団長たち。そして、
「・・・んん?ツチ」
「あれ、キサトさんじゃないですかー!いつの間に来てたんですかー!?」
機先を制して、キサトさんの台詞を自分の声で遮る。伝わるかどうか分からないが、勇者たちに見えないように口パクで訴える。キサトさんが読唇術を使えるかどうかは知らないが、とりあえず意思は伝わるだろう。
俺の様子から何かを察したのか、キサトさんは口を閉じる。さっすが騎士団長、他人のスタイルを分かる目を持っているだけあるな。
「積もる話は後にしようか、まずは全員の顔合わせにしよう」
「そうですね」
開いている席に座る。最初に口を開いたのは、帝国の騎士団長だ。どうやら虎の獣人らしく、頭から黄黒の縞模様の耳が出ている。鎧は着っぱなしで、傍らには巨大な斧が置いてある。
「そんじゃ、手短に済ましちまうぞ。俺は帝国第一騎士団長、レギットだ」
「私は、妖精領第一近衛兵団長、ジャミールです。よろしく」
「儂は洞窟国第一鍛冶場長、ムシスだ」
鍛冶場長って・・・兼任ってことなのかね。
「久しぶりだな、婆さん。最後に会ったのは何年前だったっけか?」
「6年前に、帝国に寄った時以来だね。あんときゃまだ副団長だったか。ジャミールとムシスも、久しいね」
「ええ、本当に。あなたが王国にいると聞いて、驚きましたよ」
「まったくだ。お前さんの腕なら、妖精領でもやってけるだろうに」
「少しは故郷にも貢献しないといけないしね。まあ、今は後進の育成に専念してるよ」
「ったく、そんなの帝国でも出来んだろ。王国はどうにも好かん、あんな若造に任せるなんて正気の沙汰じゃねぇよ」
ジロリと勇者たちを睨むレギットさん。校長の話は本当だったんだな。
「いやいや、レギット殿。勇者様方は、非常に王国に貢献してくださっていますよ。先の戦闘も、勇者様方が敵の頭を潰したらしいしの」
「その前に、魔術士たちが道を作ったんだろ。そんくらい出来て当然なんだよ。つうか、別に勇者がいなくても問題なかったんじゃねぇのか?」
「中々手厳しいですな。まあ、王都を落とされては王国もお終い。過剰なくらいがちょうどいいのじゃろう」
「私もあまり王国にやり方は、好きではありませんね。勇者召喚に頼るとしても、自分たちで限界まで挑んでからにするべきでしょう」
「どうにも、上層部はキナ臭いしな。どうせ、召喚魔術に予め精神操作くらい、仕込んでいるんだろう」
次々と出てくる、王国への批判。うーん、嫌われてるなー。つうか、各国の騎士団長と知り合いって、校長って本当に何者?
「それらはとりあえず置いておこう。まだ紹介は済んでいないよ」
「勇者一行はいいとして、婆さんの後ろにいるのが魔人と主か?」
「ミカドです、お目にかかれて光栄です。彼女はドラゴンの魔人で、俺の従魔です」
簡単に名乗ってからお辞儀。あまりへりくだっても、逆効果だろうしね。
「こいつはまだ2年生なんだが、無理をいって残ってもらったんだ」
「まだ生徒なのか・・・そいつは災難だな。しっかし、ドラゴンの魔人は初めて見たな...」
「そうですね、別の魔物は見たことがあるのですが」
「悪魔系の魔人しかみたことがないな」
ドラゴンの魔人は珍しいのか・・・確かに、業火さんたちはあまり外へ出ないみたいだけど。
「ミカドはこの前の戦闘にも参加してたんだろ、どんな魔獣を倒したんだ?」
「えっと・・・結構数が多くて種類は分からないですね。あ、でも、魔物に襲われたんですけど、従魔と協力して倒しましたよ」
「へえ・・・どんな魔物だったんですか?」
「捻じれた角に、山羊っぽい脚をもった魔物です。結構危なかったですけど、何とか倒せました」
「恐らく悪魔型の魔物だろうな。よかったな、従魔が進化してなきゃ死んでたぞ」
・・・言われてみれば、その通りだな。うっわー、本当に紙一重の勝利だったんだな...。
「まあ、多少は戦えるんなら問題ないだろ。そんじゃ紹介も終わったし、さっさと作戦の説明に移るぞ。おい、要塞の図面を持ってこい」
机の上に、要塞の設計図らしきものが広げられる。・・・うーん、これだけ見ても俺にゃあサッパリだな。でっかい壁があるってのは、何となく分かるんだけど...。
「とりあえず、大雑把に説明しとくぞ。裏から侵入する部隊には、各騎士団から選りすぐりの奴らを招集する。それと、勇者たちとそこのテイマー一行だ」
「え、正面の陽動部隊じゃないんですか?魔人がいれば気を引けると思いますけど...」
「正面はあくまで陽動ですから。今回の作戦は、いかに早く要塞を内部から開けるかが重要ですから。出来れば頭も潰したいですけど・・・それは出来たらでいいですね」
「そうだな、迅速に要塞内部を制圧せにゃならん。門さえ開ければ、いくらでもやりようはある」
ふむふむ、確かにその通りだな。まあ、ルウが侵入部隊に参加するって決まった時点で、俺もついていくことは確定済みだ。まあ、格下相手ならいくらでも相手できる自信がある。格上だとほぼ無力だけど、それは団長やら勇者に任せりゃいいだろうし。
「問題の侵入方法なんだが・・・婆さん、どっかに隠し通路とかはねぇのか?」
「王族が住んでいるわけじゃないんだし、そんなもんあるわけないだろう。もし占領させれた時に、敵に使われたらどうする」
「まあ、そりゃそうか。ってことは、正面に敵を集めて裏から侵入ってことになんな。だけど、こんなに高い壁どうやって登るんだよ...」
「えっと、どのくらいの大きさなんですか?」
金髪勇者が尋ねる。縮尺が分からないから、何とも言えねぇな。
「確か、10mくらいだったかねぇ」
「10mですか・・・彩香、全員まとめて浮かせられるか?」
「その後の戦闘を考慮すると、出来れば避けたいですね...。少数精鋭といっても、そこそこの人数はいるでしょうし」
ふーむ、10mか・・・まあ、そんくらいなら何とかなるかな。
「それなら、俺がどうにかできますよ。そこそこ静かですから、バレることもないでしょうし」
「お、マジか。本当にいけるんだな?」
「ええ、やったことはないですけど恐らく」
「魔力的には?」
「問題なしです」
「何人も同時に運べるか?」
「はい。まあ、移動は自分の足になるかもですけど」
「そんなん、大した問題じゃねぇよ。じゃあ、ミカドに任せてみっか!」
少しは戦闘に影響されるかもだけど・・・今回はルウたちもいるから、全くもって問題なし。
「んじゃ、細かい作戦を詰めていくか。ミカドはどうする、聞いてくか?」
「いえ、いても大したことは出来ないでしょうし、後で校長に聞きます。魔獣の死体集めの手伝いに行ってきますよ」
そう言って、ルウと共に俺は退出した。さて、宣言通り死体集めに参加してくっか。
人間の死体はすでに集められ、火葬されている。土葬ではゾンビやスケルトンなど、アンデッド系の魔獣に変身してしまうことがあるので、基本的に亡くなった人間は火葬される。魔獣は放りっぱなしになってたのだが、素材を剥ぐために集めることになった。
戦場だった平野のあちらこちらに、魔獣の死体は転がっている。冒険者たちは大きな布を持ってきて、その上に魔獣の死体をどんどん投げ込んでいる。いつ要塞へ向かうのかは知らんが、きっとすぐに出発するのだろう。その前に、出来るだけ素材を剥いでおかければならない。
「うーん...」
そんな中、俺は山積みになった魔獣の死体を前に、1人唸っている。どうしても気になることがあるんだよな...。
「どうしたの、ツチオ?まだ怪我が痛むの?」
「あ、そういうわけじゃないんだけど・・・こいつらを見て、少し引っかかってな」
俺の腕や腹をぺたぺた触ってくるルウをどけて、ちょうどリンが運んできた魔獣の中から、ゴブリンらしき奴らを数体、地面へと下ろす。手を合わして謝ってから、ゴブリンたちを仰向けにしていく。魔獣といえども命は命、どの生き物の命にも貴賎なし。戦争に参加し、多くの命が失われていく光景を目にして、改めてそう思わされた。感謝と冥福を祈らない奴には、絶対に罰が当たるだろうから、こうやって祈ってみる。この世界にきてからも、いただきますとご馳走様はちゃんとしてたけどね。
仰向けにされたゴブリンたちは、革で出来ているらしい胸当てと腰当をつけ、粗末だが丈夫そうな服を着て、腰にはナイフを下げている。鞘も持ってるから、恐らく剣でも持ってたのだろう。
「どこが?ただのゴブリンじゃない」
「パッと見ではな。なあ、ルウ。俺たちが今までに見たゴブリンって、どういう装備だった?」
「え、そりゃ腰に汚ない布を巻いて棍棒を持ってる・・・あれ、でもこのゴブリンたちは、ちゃんとした装備を...」
「ああ、その通りだ。ゴブリンだけじゃない、ここにいるのだけでもコボルト・オーク・ハーピー・その他諸々。どいつも、必ず防具はつけてるんだ。おかしいだろ?魔獣がそんなことをするなんて」
「魔物がつけさせたんじゃない?ほら、テイマーでもそういう人がいるらしいし」
俺は個々の質を重視するタイプだが、テイマーの中には質より数!って人のほうが多いそうだ。そういう人たちは、弱い魔獣を大量にテイムし物量で押し切る戦い方をする。その際、ゴブリンとかに簡単な防具くらいはさせるそうだが・・・これは、魔物がそうさせたのか?・・・いや、それは恐らく違うだろう。
「けどさ、こいつらの防具、ほとんど同じだぞ。どの魔獣も、大きさは違うけど」
「・・・ホントだ。既製品をまとめ買いしたのかな?」
「もしくは・・・こいつらが、同じ組織に所属していたか」
「え?」
「このゴブリンの胸、そいつは腕、そいつは脚。何か同じ焼印がしてある。多分、どっかの紋章か何かだ」
ここまで多くの魔獣を使役するのは、いくらなんでも1人のテイマーじゃ不可能。複数のテイマーが所属している組織が、こいつらを差し向けたのか?いや、そんなら要塞を落とす必要性がない。直接、王都を襲えばいいはずだ。同様に、他国の陰謀って可能性も薄い。他に入り口はいくらでもあるし、そんなら援軍を出すわけがない。他に可能性はないのか?・・・1つあるな。ないとは言い切れない、考慮に値する可能性。というか、今まで何で思いつかなかったんだ。別大陸から来てるんだから、海を渡る方法だって確立しているはずじゃないか。泳いで渡れる距離なら、もっと前から侵攻しているはずだし。うーん、でもなー・・・まあ、まだ推測の域を出ない仮説だ。いくら悩んだところで、解決できるものでもなし。頭の片隅にでも置いておこう。
「何なんだろうね、この紋章」
「今のところ、判断しようがないな。とりあえず、目の前のことに集中しよう」
「そうだね。じゃあ、一緒に行こう!」
「はいはい」
ゴブリンの死体を山に移して、俺はルウたちと一緒に死体を探しに向かった。もし俺の仮説が正しかったら・・・魔獣が、魔獣じゃなくなるかもしれないな。
ツチオ君、何かに引っかかっていますね。後々まで引っ張りそうです。