サシャ先生、意外に演技派、ライムのターン
勇者たちが賊の討伐に参加する覚悟を決めたので、俺たちは作戦の立案を行う。まあ、その前に洞窟内部の様子と、賊の人数を確認する必要がある。もしどっかに賊が出かけていたら、洞窟に侵入したとき挟み撃ちになる可能性がでてくるからな。
「人数の確認はあそこにいる奴らに聞けばいいとしても、内部の偵察はどうするんだ?」
「私の従魔にいかせますよ。こいつはスライムですから、液体状になれば見つけづらいですし。肌は銀色ですけど、多少はいじくれるので光を反射できないようにできます」
ライムの肌色が、鈍い銀色へと変化する。うん、これなら何とかなるだろうな。
「私と魔力を共有したまま、離れて行動もできるので、こいつが見た中の様子をそのまま俺に伝えられますから、偵察役にピッタリですよ」
「それでは、その従魔に任せよう。準備が出来次第、見張りを無力化して侵入させよう」
「了解です。先生、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「何ですか?」
「ライムの影に、ガルムを潜ませることは出来ますか?見つかった時に、1体でもいれば戦いやすいでしょうし」
「では、試してみましょうか」
先生の影からガルムが出てきて、ライムの影を覗き込む。いきなり先生の影からでっかい狼が出てきたのを見て、勇者たちが驚いているな。
しばらくライムの影を見ていたガルムが、するりと影へと潜り込む。そこから頭だけ出して、先生に向かって一言吠えた。
「1体だけなら、何とか入れるみたいです。このまま潜んで、賊に見つかったら援護するよう、命令しておきました」
「ありがとうございます。ライム、洞窟の構造を確認してくるだけでいいんだぞ。何か困ったことや判断に困ることがあったら、すぐに知らせること。いいね?」
「こく」
「よし。こっちの準備は出来ました、あいつらはどうしましょう?」
洞窟の入り口付近は、木々が生えておらず視界が開けている。正面から行ったら、すぐ中に知らされちゃうし...。遠くから魔術で狙撃するか、静かに近寄って押さえ込むかの、どちらかだな。人数と出来たら構造も聞きたいから、出来れば押さえ込みたいところだな。
「私がやりましょう。皆さんは、あいつらから見えないところで見守っていてください」
先生の影からガルムが2体飛び出て、木々の影へと飛び込む。そして、そのまま影から影へと飛び移っていき、大回りで入り口にいる賊たちの真横へと移動した。気配が全く感じられないな・・・でも、どうやって賊たちを抑えるんだろう。今は入り口から数m離れた木陰で息を潜めているけど...。あそこから賊に飛び掛るのか?いくらなんでも、それじゃあ大声を出されるぞ。
ガルムたちが移動し終えるのを確認した先生は、武器と防具を俺に預けて、真正面から入り口へと歩いていく。近づいてくる先生を見つけた賊たちは、丸腰なのを見て下卑た笑いを浮かべながら立ち上がる。
「おいおい、姉ちゃん。どうしたんだ、こんな森の奥で」
「え、あ...」
「道に迷っちまったのか?そんなら、俺たちが案内してやるよ。まあ、当然対価はもらうがな」
「そうだなぁ、見た感じ金は持ってなさそうだし、体で払ってもらうしかねぇな!」
「ッ!」
先生を見つけた賊たちは、怯えた様子を見せる先生へと近づいていく。その途中、ガルムたちが隠れている木陰を通り過ぎた時、先生しか見ていない賊たちの影へと、ガルムが音もなく潜り込む。それを見て、先生は慌てて後ろへと逃げ出した。
「はっ、逃げられると思ってんのか!?」
「待ちやがれ!」
つられて走り出す賊たち。洞窟からある程度離れてから、その場で立ち止まる先生。追いかけてきた賊たちが先生を掴もうとした時、影からガルムたちが飛び出し賊たちに圧し掛かった。
「な、なんだこいつは!?どこから湧いて出やがった!」
「くそ、どきやがれ!」
ジタバタと賊は暴れるが、当然そのくらいでガルムはどかせられない。先生が手招きしているので、荷物を置いて走り寄る。
「お見事です、中々の名演でしたね」
「それほどでも。それより、尋問は任せましたよ」
「先生がやればいいじゃないですか」
「あなたのほうが適任でしょう」
「はあ、好きでやったわけじゃないんですけどね...」
まあ、やるからにはきちんとこなそう。あまり時間もかけてられないし、さっさと吐かせないとな。
「こほん・・・お前らに聞きたいことがある。お前ら、あの洞窟を隠れ家にしている賊の仲間か?」
「ち、ちが...」
違うと言いかけたほうの男の顔を蹴る。
「嘘をついたら、苦しくなっていくだけだぞ?もう一度聞く、あそこを隠れ家にしている賊の仲間か?」
「そ、そうだ!」
「よし。今から質問に答えろ、嘘はつくなよ。もし嘘をついてるなら、死にたくなるような苦痛を味あわせてやるから、ちゃんと正直に答えるんだぞ。いいな?」
コクコクと頷く賊2人。さくっと済ませちゃおう。
「それじゃ、最初の質問。今、あの隠れ家には何人の人間がいるんだ?あの中にいる以外に、賊の仲間はいるのか?」
「い、今あそこには13人いる!他に仲間はいねぇ!ちょうど昨日、お頭たちが奪った荷物を換金してきたから、今頃酒盛りをしているはずだ!」
「そ、そうだ!それで間違いねぇ!」
色々喚きたてる賊の顔面を掴み、一気に魔力を顔へとかき集める。血が集まり、顔が真っ赤に染まっていく。
「あががががが!!!???」
「ぎゃああああ!!!」
「嘘はついたら、死にたくなるような苦痛を味あわせるっつったろ?ちゃんと、本当のことを言え」
「に、38人。38人だ!」
「本当だ!本当だから、もう止めてくれええええぇぇぇ!!!」
さすがにこの状態で、嘘をつく余裕はないだろうな。手を離すと、力が抜けて地面へと突っ伏す賊。うえ、手が涙やら唾やらで汚れちゃったよ...。今度からは、頭を掴むようにしよう。
「そんじゃ、次の質問だ。あの洞窟の中は、どんなふうになってんだ?どんだけ部屋があるのかとか、どこで酒盛りしてるのかとか」
「さ、酒盛りをしているのは、きっと奥の広場だ。俺達以外は、全員そこで酒を飲んでるはずだ!」
「1番デカイ道の先にある!他にも何個か分かれてっけど、今はいねぇよ!もうこれでいいだろ、離してくれ!」
「嘘はついていないな?」
「あ、当たり前だろう!もうあんなの二度と御免だ!」
「もう質問はないんなら、さっさと俺たちを放してくれよ!」
「よし、お疲れさん。ライム」
ライムが賊の口に針状にした指を入れ、微量の弛緩毒を流し込む。数分で毒は体に回り、賊の体から力が抜けていく。
「これで、1日は確実に動けませんよ。弛緩毒ですけど、心臓が止まるほどじゃありません。力は抜けますけどね」
「とりあえず、そこらへんに放置しておきましょう。竜の側なら、魔獣もよってこないでしょうし」
「そうですね。そんじゃ、ライムを偵察へと向かわせます」
「そちらはお任せします。その間に、彼らをどこかに隠しておきましょうか」
「ライム、無理はするなよ。バレたらすぐに戻れ、出来るだけ手出しはするな」
「こく」
頷いてから、ライムは液体へと変形して洞窟へと入っていった。ライム、無事に帰ってきてくれよ...。最悪、情報なんてなくてもいいから!
<side ライム>
お父様に見送られて、洞窟の中へと入りました。そこそこの広さですけど、やはりお姉様が入れないでしょうねぇ。リンちゃんなら、何とかいけそうです。
天井に張り付いてから、するすると奥へ進んでいきます。通路には所々松明がかけてありますが、光が届いていないところも多いです。
とりあえず、奥にある広場という所を目指します。人数があっているのか確認し、出来れば会話から他に仲間がいないか調べたいところです。もしかしたら、お父様からお褒めの言葉をいただけるかも...。「でかした、ライム!」と言って私の頭を撫でてくれたら・・・うふふふふふ。きっと、リンちゃんは嫉妬しちゃうんでしょうねぇ。それを隠そうとしているのに、全然隠せていないところも非常に愛らしい。本当に、リンちゃんはかわいい妹のような子です。私は、お父様に心も体も全てを捧げることが、至上の喜びですから。人並みに嫉妬はしますけどねぇ、うふふふふふ。
奥に進んでいくにつれ、多くの人間の気配が集まっているところを感じ取ります。恐らく、そこが男の言う広場なんでしょう。途中にいくつか分かれ道がありましたが、そこからも人の気配はしませんでした。ここまでは、嘘はないですねぇ。
広場の手前で止まり、こっそりと中の様子を伺います。多くの男たちが、飲めや食えやの大騒ぎ。酒樽をひっくり返して、浴びるように飲んでいる奴までいる始末です。全員が酔っ払っていますから、そこまで討伐は難しくなさしですねぇ。人数は・・・ピッタリ23人。ちょっと聞き耳を立ててみましょう。
「お頭ぁ、次は商隊じゃなくて村を襲いやしょうよ!さすがに、何回も冒険者の相手はキツすぎるぜ!」
「小さな村なら、女を攫うのも楽だぜ!ここんとこ、ご無沙汰だしな!はははは!」
「んだてめぇ、やる気か!?」
「オメェこそ、後悔してからじゃ遅ぇぞ!」
「俺達も、大分人数が増えたよな」
「もう40人だったか?最初は15人くらいだけだったのに、もう倍以上か。これからどんどん増えていけば、もっと稼ぐことも不可能じゃないよな!?」
「明日から、また仕事だ。今日のうちに、飲めるだけ飲んどけ!」
どうやら、人数も合っていたみたいですね。お父様にも伝わっていますし、もう戻っても構わないでしょう。賊が来る前に、外に戻らなければ...。
「おい、お前。見張ってる奴らに、酒を届けてこい。そろそろ切れる頃だしな」
「うっす」
ちょうど引き返そうとした時、1人の賊が酒を持って広場から出てきて、ふとした拍子に上を見て、天井に張り付いている私を発見した。
「な!?お、お頭、変な奴が...!」
すぐさま腕を伸ばし、賊の頭を貫く。が、広場の中へと倒れこんでしまい、中で酒を飲んでいた奴らに死体を見られてしまった。
「んな!?お前ら、敵が来たぞ!侵入者は皆殺しだ!」
数本のナイフが飛んできたので、かわしつつその場を離脱。急いで出口へと引き返す。ガルムに影から出てもらい、背中に乗らせてもらいお父様の元へと走る。あれほど見つかるなと厳命されていたのにも関わらず、私の失敗で賊たちに襲撃を知られてしまった...。お父様に合わせる顔がありません、如何様な罰もお受けいたします...。
<side ツチオ>
広場の賊たちを探っていたライムが、奴らに見つかってしまった。何か色々謝ってるけど、今はそれどころじゃない。このままじゃ、あっという間に20以上の賊がここへ殺到するぞ!
「ライムが見つかって、賊たちが追いかけてきています。ガルムに乗って逃げていますが、後から賊全員がすぐに来ます!」
「総員、戦闘態勢に移ってください。入り口から、少し離れたところで待ち伏せます。クルミ様、ガルムが入り口から出てきて賊が見えたら、洞窟内に魔術を撃ち込んでください。出来るだけ、広範囲を攻撃するもの魔術でお願いします」
「わ、分かりました!」
「それで全員は倒せないでしょう、洞窟から出てき次第仕掛けてください。乱戦になると予想されるので、2人一緒に戦闘するように。クルミ様とヒエイ様の護衛は、騎士様に任せます」
「了解した」
ライム、早く戻ってこい...。今のところ、怪我をしている様子はないしガルムなら追いつかれることもないだろうけど...。謝んなくていいから、今は戻ることに集中しろ!
1分も経たないうちに、ガルムとライムが洞窟から飛び出してきた。すぐさま俺の前で、土下座をしだすライム。茶髪が杖を洞窟に向けるが、先が微かに震えている。今から人間を殺すという事実からか、薄れた罪悪や恐怖感が再び湧き上がってきたのだろう。黒髪女が茶髪の手に、自分の手を重ねて震えを抑える。ライム、土下座は後でいいから。今は、賊の相手に専念して。そう伝えると、今の失敗を挽回しようとしているのか、ライムが殺気を漲らせて爪を構える。ルウやリンも、負けじと闘争心をむき出しにして、賊たちに備えているな。
そして、賊が持っているだろう松明の光が洞窟内にちらつくと同時に、茶髪が火球を中へと放り込む。大きな爆音と爆炎が巻き起こり、それが戦闘開始のゴングとなった。さあ、現代日本から来た勇者がどう賊と戦ったらどんな反応を示すのか、見させてもらおう。