実戦訓練、渓谷へ向かう、死喰い鳥
その日の午後は、勇者たちには騎士たちと訓練してもらい、俺と先生は図書館で明日の訓練場所探しに精を出した。ある程度絞れたところで、司書さんからこの辺りの賊に関する情報が入り、それに合わせて選びなおしたりと、色々大変だったな...。閉館時間になっても決めることが出来ず、司書さんにも手伝ってもらい、何とか日をまたぐ前に終えられた。ここまで起きていたのは、実地実習の時以来かな...。
そして翌日。まだ日が昇って間もない頃に、俺と先生、勇者たちとその騎士が裏口へと集まっていた。勇者たちがしげしげとルウを見る中、サシャ先生が話し始める。
「今日は、外で実戦を経験してもらいます。とりあえず、魔獣を殺しても平気になってもらうため、レダガン渓谷へと向かいます。あそこは国が保有しているため、冒険者が入ってくることはありません。生息している魔獣は、そこそこ強いですがBランクの域を出ません。皆さんなら問題ないでしょう」
レダガン渓谷。昨日、悩みに悩んで決めた場所だ。マロンマ山のある山脈を流れる川が作り出した谷で、その川や周りの山々に魔獣が生息している。騎士団の訓練地として使われているので、勇者付きの騎士たちなら1回は行ったことがある。そして、付近の森に中規模の賊が潜伏しているとの情報もあったため、そこに決定したのだ。
「午後には到着出来るので、到着し次第すぐに訓練に入ります。日が落ちる前に近くの騎士団訓練施設に向かい、1晩宿泊する予定です。質問はありますか?」
「あの...。私、転送魔術が使えます。記憶にある場所にしか行けないんですけど、相手の思考を読む魔術とあわせれば、一瞬で着けるはずです。さすがに馬は連れて行けませんけど、大幅に時間が短縮できますので、それで向かいませんか?」
黒髪女がそう提案する。転送魔術なんてあるのか、便利だな。俺たち10人+従魔を運ぶことができるのか?
「従魔も連れて行けるのですか?」
「はい、転送する人に触れていれば問題ないはずです。すぐに戦闘に参加できませんけど...」
「問題ないです。休憩しても、そちらのほうが時間は短いですから。お願いできますか?」
「もちろんです、自分が言い出したことなんですから。それじゃあ、全員私の手に触れてください」
皆が黒髪女の手に触れる。ルウたちは、俺の体にくっついているけれど。
「それでは、転送しますね。完了するまで、絶対に手を離してはいけませんよ」
そう言って、黒髪女が目を瞑り彼女に従っているだろう男の騎士の思考を読む。そして数秒が経ったとき、周囲の景色がグルンと切り替わり飛行機が飛び立つ時のような浮遊感に襲われた後、俺たちはどこか森の中にある大きな建物の前に到着した。しっかりと2本の足で地面に立っているものの、未だに少しフラフラする。
「ふう・・・到着しました。ここであっていますでしょうか?」
「あ、ああ。ここであってるよ。しかし、すごいな転送魔術というのは...」
「魔力は大丈夫ですか?」
「少し休めば問題なさそうです。思考を読む魔術、初めて使った割には上手くできました」
辺りはマロンマ山麓と似た雰囲気の森だった。まあ、同じ山脈なんだから当然か。遠くから水の流れる音が聞こえてくるので、そいつが渓谷から流れてきてる川なのだろう。一応、魔獣の情報は頭に入れてきている。実戦訓練に行く前に、もう1度確認しておこう。
まずは川に生息する魔獣。まずはリザードマン、蜥蜴が人型をとった魔獣で強い膂力と武器を扱うだけの知能が特徴。主な獲物は骨を尖らせた槍だけど、中には死んだ騎士や冒険者の武器を使う個体や、魔術を使ってくる奴もいるらしい。渓谷で最も多い魔獣だ。後、舌や土の魔術で攻撃してきて堅い体のロックフロッグや、強力な鋏と強酸性の泡が特徴のアシッドクラブだったかな。どっちも体は大きくて、人間の子ども並のサイズはある。
山に住んでいる魔獣で、渓谷まで来る奴は1種類しかいない。死喰い鳥と呼ばれる魔獣で、コンドルを大きくしたような奴だ。死肉を食べる魔獣だが、それは奴らが死肉が好きなだけ。そこらへんで死んでいる生き物を食うこともあるが、基本的には自分で殺し丁度いい具合に腐らせる。そして、その肉を食べるのだ。性格は獰猛で非常に好戦的、醜悪な顔と真っ黒な羽もあいまって、不吉の象徴とされている。インカ大帝の生まれ変わりって伝説もあるんだけどなー、コンドル。
30分ほどで、黒髪女の魔力は回復した。騎士たちが先頭に立ち、俺が左ルウたちが右、先生が殿を務めている、勇者たちを守ることを前提においた布陣だ。しばらく森の中を移動すると、前が拓けて川に出た。このまま上流に向かって進むらしい。ここらへんからリザードマンが出てくるらしいので、川からの奇襲に注意しなければいけない。
川をさかのぼっていくと、リンが接近してくる魔獣を捉える。風の探知ではなく、魔力を直接感じているらしい。そのため、あまり範囲は広くない。すぐそばまで来ているのか。
「魔獣が来ています。上流から6体ほど、すぐに接敵します」
「まずは我々が戦います。それを手本にしてください」
騎士たちが剣と盾を構えるのを見て、固い表情で頷く勇者たち。俺たちが手を出す必要もないだろうし、辺りの警戒をしておこうか。
その直後、水面から猛烈な勢いでリザードマンたちが飛び出してきて、正面にいた騎士たちに突撃する。それを盾できっちりとガードし、騎士たちが反撃。だが、リザードマンたちはすぐに後退し、川の中に戻ってしまう。川の中で機会を伺い、再び攻撃をしかけてくるつもりだろう。援護していいかな?いいよね、別に。
「援護します、川の中から引っ張り出しますよ」
「頼む!」
「リン、やってくれ」
「ブルゥ」
リンが水面に電撃を落とすと、リザードマンたちが次々に川から飛び出してくる。鱗から煙を上げているので、少しは効いているみたいだ。これで、川の中に逃げても無駄ってことは分かっただろう。後は騎士たちに任せよう。
リザードマンたちは槍を構えて、騎士たちと睨みあっている。最初に動いたのは、金髪にホの字の女騎士だった。盾を構えて、一気に距離を詰める。と同時に、他の騎士たちも各々の武器を構えて突っ込んでいった。
リザードマンが槍を突き出して迎え撃つが、盾で受け流しつつ自分の間合いへと女騎士は踏み込み、横へ剣を一閃。浅く肌を斬るに止まったが、リザードマンの体勢が崩れかける。無理な状態のまま槍を叩きつけるが、待ち構えていた盾によって阻まれる。そのまま槍を外に払い、女騎士は突きを繰り出し、リザードマンの腹を貫いた。
悲鳴を上げるリザードマンに、他の奴らが加勢に入ろうとする。が、茶髪付きの騎士が両手で構えた剣で、そいつの胴を斬り払う。飛び散る鮮血、辺りに漂う鉄のような血の香り。茶髪が真っ青な顔で口を押さえている。
そうしている間にも、女騎士はリザードマンの首を切り裂き、止めを刺していた。吹き出る血を手で押さえながら、倒れこむリザードマン。すぐに絶命した。
勇者に付くだけあって、彼らの実力は申し分ない。集団ならBランクのリザードマンを、怪我1つなく片付けてしまった。
戦闘の後には、当然死体が散乱する。先ほどの首が切り裂かれた死体は、まだ状態がいいほうだ。中には、腹を切られて内臓が出ている奴や、顔面が潰されてるやつもいる。もう1人の男が殺った奴だな、メイスを振るってたし。端的に言ってしまえば、匂いと合わせて相当グロい。
「う、うええええええ!!!」
あ、茶髪がゲロった。後ろを向いて、地面に手を付きながら嘔吐している。黒髪女が背中を擦ってるけど、彼女自身も今にも倒れそうなくらい顔が青い。男たちは・・・あっちもそうとうキテるな。顔色が、青を通り越して真っ白い。
「えぐっ、うえぇ...。こ、こんなの出来ない、出来るわけがないじゃない!」
「陽子、落ち着いて...。少し休みましょう」
「落ち着けるわけないじゃない、あんなの見せられて!えっぐ、うええええ...」
茶髪が取り乱し、黒髪女が宥めている。ああー、その何だ。最初の相手が悪かったな・・・リザードマンは、人間に似ているからなー...。
「せめて、カニから見せればよかったですかね...」
「そうでしょうか。どっちにしろ見るのなら、先に厳しい方を見たほうが後々楽ですよ」
「先生のは厳しすぎるんです・・・はあ、これは落ち着くまでしばらくかかりそうですね」
とりあえず、落ち着くまで待っていよう。はあ、先が思いやられるな。
数十分で、ようやく茶髪は落ち着いたみたいだ。顔は青いし泣き腫らしているけど、心はまだ折れていない。先生の言うとおり、これならカエルくらい難なく倒せるだろう。
さらに川を上っていく。途中、再びリザードマンが襲い掛かってきて騎士たちが応戦した。その時は、全員顔色が悪いものの、しっかりと最後まで見据えていたのには驚いたな。適応が早いというか何というか・・・目を逸らすわけにはいかないからな。そこらへんも、勇者としての素質なんだろう。
そうして歩くこと数十分ほど、ようやく森を抜けて渓谷へとたどり着いた。木々は一切なく、岩がごろごろと転がっている。川の横は狭いが歩けるようになっていて、このままさらに上流へと向かえそうだ。
「ここからは、勇者様たちに実際に戦っていただきます。大丈夫ですか?」
全員が黙って頷く。とりあえず、最初から最後まで勇者たちに任せてみるが、無理そうだったら俺たちが加勢する感じだ。まあ、最初はカニからやっていけばいいよ。簡単だろ、カニなら。食べたことあるだろうし。
そうして進んでいくころ数分、渓谷で最初に遭遇した魔獣は、死喰い鳥だった。リンが空から近づいてくる敵に気づき、見てみたら大きな鳥が羽ばたきながら急降下してきた。禿げた頭に醜い顔、ぶっとい嘴で突っついてくる。
全員が攻撃をかわすが、一旦空中に戻った鳥は旋回しながらこちらの様子を伺っている。茶髪が魔術を詠唱するものの、声が震えて失敗しまくるわ、いざ放ったものの腕が震えてあらぬ方向へと飛んでいくわで、まったく倒せるような気がしない。おいおい、コンドルだぞ?リザードマンならともかく、鳥くらいは倒してもらわなきゃ、いくらなんでも困るぞ...。
再び接近してくる鳥の翼に、ようやく茶髪の火球が命中する。バランスを崩して墜落した鳥に駆け寄った金髪が、一撃で鳥の首を落とす。ようやく1体、金髪の反応は・・・やっぱりショックみたいだな。剣を持つ手が震えてる。うーん、こういうときは何て声をかければいいんだ?そうだな...。
勇者に近づき、震えている肩をぽんぽんと叩く。俺を見る勇者に、少しだけかけておく。
「あなたがこいつを殺したことに、気を病む必要はありません。これが、この世界での常識なんです。むしろ、こいつを殺したことで救えた命があるかもしれません」
「・・・本当ですか?」
「ええ、山に住んでる子どもたちにとって、死喰い鳥は危険極まりないですから」
「・・・なら、いいんですけど」
まあ、そう簡単に割り切れるものじゃない。むしろ、簡単に割り切れるほうがおかしいんだ。時間をかけて、自分の中でゆっくりと消化していくしか、解決する方法はない。
「死喰い鳥は、危険な割に素材に価値がないんです。襲われれば応戦しますけど、普通の冒険者が率先して倒すような魔獣じゃないんですよね。ライム、消化しちゃって」
「こく」
「そうなんですか・・・子どもが襲われるのに?」
「冒険者たちも、慈善事業でやってるわけではないですから。彼らを責めるのはお門違いですけど、やっぱり数を減らすに越したことはありません。死喰い鳥は群れませんから、襲われた場合は逃がさないように気をつけましょう」
「分かりました」
フォローはこんなものかな。ふう、男ならウジウジ迷わず度胸を見せてほしいもんだ。まあ、俺には度胸なんてないから、人のことは言えないんだけど...。
「よくあそこまで舌が回りますね。詐欺師にでもなれるんじゃないですか?」
「失敬な。全部事実ですよ」
「ええ、ギルドは定期的に死喰い鳥の討伐依頼を出すので、死喰い鳥狙いの冒険者はある程度います。あの魔獣、肉を放置しておけばすぐに集まりますから。百害あって一利なしですし、繁殖能力も高い。中ランク冒険者にとって、格好の獲物ですよ」
「まあ、返り討ちにされる人も多いみたいですけどね」
「大きくて数も多いですから。集まられると厄介です」
まあ、これで多少は魔獣を殺すことも出来るだろう。基本、魔獣は人間に害しか為さないから、感謝されることはあっても恨まれることはない。何とかリザードマンくらいは、殺せるようになってもらわないと。いや、俺は別に彼らを殺すことに快感を覚えるような人種にしたいわけじゃない。彼ら自身のためにも、魔獣は殺せるようにならないといけないんだ。
勇者として召喚され戦うと決めた以上、戦闘は避けては通れない。その時に魔獣や魔物を殺せなければ、彼らが死ぬだけだ。それはさすがに忍びないし、彼らの気持ちは分からなくもない。悩める後輩を導くのも、先輩の役目だからな。
この世界で生きていく決めた俺は、既にこの世界の住民だ。自分たちのために呼び出した、彼らを助ける責任が俺たちにはあるんだ。責任を果たすのは、人間としての最低限の義務。やることはやらないとね。
さて、次はカエルを探そう。死喰い鳥とカエルで慣れさせたら、リザードマンへとステップアップだ。
「ここが変だよ、異世界召喚」その3 普通に生き物を殺す
いくらなんでも、サクッと殺せないんじゃないかと思います