初めての模擬戦、新しい武器、勇者の実力
翌日、いつもより早く朝食を終えて、ルウたちと共に屋外闘技場に向かう。この闘技場は、生徒たちが模擬戦なんかをする時に使用されるもので、校舎からは少し離れている。闘技場内では再生魔術がかけられていて、魔術などによって破壊されても自動で修復されるらしい。普段は屋内の鍛錬場で間に合っているので使われないが、大人数での戦闘訓練の授業で使われることがあるとのこと。1回見に行ったことがあったんだが、立ち入り禁止ってプレートがかかってたから、後回しにしてたんだよなー。まあ、人が来ないって意味じゃちょうどいいよな。
この冬の間に、ライムが1回進化した。詳しい説明は後にするが、見た目はちょっと大きくなって、人間で言う手の部分が太く丸っこくなり、頭に小さな角っぽい突起が生え、全体的にちょっと厳つくなったな。
闘技場の入り口には、サシャ先生が待っていた。中に入る前に、ルウとリンには空に飛んで待機しておいてもらう。
「何で飛ばすんです?」
「出来るだけ情報を少なくしたいので。いいですよね、影に入れるって」
「相変わらず、その仮面はつけたままなんですね。それに、革鎧まで着ていますし...」
「一応、俺も戦う予定があるんで。武器も持ってきてますよ」
背負っている剣を見せる。扱いやすいよう短めの設計で、小さな盾も一緒に持ってきている。他にも持ち込んでいるのだが、それらは秘密である。
「盾を使うんですか?」
「ええ、ちゃんと訓練しているんですよ。それに、他にも策はありますから」
「へえ・・・楽しみにしていますよ」
ライムを連れて中に入り、舞台へと入る。既に勇者一行は来ていて、騎士たちと軽く打ち合っていた。使う武器は・・・金髪は剣、黒髪男は篭手、茶髪と黒髪女はどちらも杖だった。見た感じだと、茶髪が攻撃、黒髪女が回復支援を担当するみたいだ。
勇者の剣が結構な速さで剣を振り、女騎士は盾でその剣を受けている。中々の速さだし重いみたいだけど・・・うーん、何か引っかかるな...。
他の奴らも同様だ。黒髪男がステップを踏みつつ殴りかかり、茶髪がいくつも火の球を出現させ撃ち、黒髪女は壁やら妨害系の魔術の訓練をしている。・・・やっぱ、何か変なんだよなぁ。
「先生、何か違和感を覚えません?」
「・・・そうですね。スキル・素質は相当高いみたいですけど・・・まあ、当然と言えば当然ですか」
「え、違和感が何か気づいたんですか?」
「あなたもすぐに気が付くと思いますよ。模擬戦をすれば、確実に分かります」
「はあ...」
なら、今聞かなくてもいいか。あまり待たせても悪いし、さっさと彼らの元に向かおう。
「すいません、遅くなりました」
「申し訳ありません」
「いえ、少し体を慣らしたかったんで大丈夫です。もう試合を始めるんですか?」
試合?模擬戦の間違いなんじゃ・・・ああ、そういうことか。まあ、実際に殺しあうわけじゃないし、ちょっと意味は違うよね。
「そうですね、校長が来たら始めると思います」
「あれ、竜種はどこっすか?そいつが竜なんすか?」
「えー、このちっちゃい奴が?全然強そうに見えないなー」
「そうですね、何という魔獣なんですか?」
俺の後ろに隠れている、ライムを見て各々が声を上げる。見た目で相手を判断しちゃいかんな。
「それは後でのお楽しみです。竜ともう1体の従魔は、まあそのうちお見せしますよ」
「えっと、何で1体だけなんでしょうか?」
「まだ皆様の実力が、よく分かっていませんから。温存しているんです」
「温存してて勝てるほど、俺らは弱くないっすよ」
黒髪男が自分を見下しているのか思ったのか、ムッとした感じで俺を見る。
「別に弱いと言ってるわけじゃないんです。皆様が強いのは、さきほどの打ち合いを見れば分かりますよ」
「見てたの?」
「まあ、入ってきた時に軽く見ただけですけどね」
情報収集は大切、これ全てにおいての基本だね。
「お、もう全員来ているね。それじゃ、早速模擬戦を始めようか」
騎士たちと先生、校長が観客席みたく高くなっている場所に移動する。さっさと準備しようか。
盾を左手、剣を右手に装備して、鞘は腰から下げておく。そして、懐に呪符が入っているのを確認する。
魔術を使うのに、術具を使って発動を補助することがある。杖とか指輪、ネックレス。宝石が付けられているものが主流だな。
これらはあくまで魔術を補助すること、術の威力を上げたり詠唱を省略するための道具だ。宝石には精霊が宿るので、イメージを補強することが出来る。俺の場合、イメージは全く問題ない。なので、術の詠唱を省略するため、呪符を使用することにしたのだ。宝石付きの杖とかって、高いんだよな...。買えないことはないけれど、ダンゼ島でお金には余裕を持たせる大切さを思い知ったからな。あまり散財はしたくないんだよ。
呪符は杖とかとは違い宝石を使用しない、特殊な術具である。魔力を込めた筆とインクで符に模様を書き、それを魔術のイメージの補助とする。紙を均一な長方形に切る必要があるが、材料が安価でコスパの良い術具なのだ。まあ、模様を書く時と魔術を発動する時に、同じイメージをしなきゃいけないのが、ちょっと面倒だ。臨機応変、その場に合わせてイメージを変えることが出来なくなる。まあ、簡略化するにはどうしても形式を決めなきゃいけないからな。多少は仕方ないだろう。
俺が準備しておいた呪符は、格子模様だ。いわゆる、ドーマンセーマンのお札。陰陽師なんかじゃないから、本当にあくまでイメージなのだけれどね。この格子模様だけで、壁を発生させる魔術だけだが、符へ壁を無理矢理押し込み、符を硬化強化することも出来る。陰陽師といえば、お札を投げて攻撃したり、壁を出して防御してるイメージだからな。
勇者たちは既に準備を終えたらしく、武器を構えて俺を待っていた。あら、待たせちゃったかな。あの女騎士に睨まれてるのは、あっちを見なくても分かるよ...。敵意がバンバン飛んできてるもの。ん、敵意?・・・ああ、そういうことか。なるほどなるほど、それは違和感を覚えるわな。そうだな、確かに当然ちゃあ当然だ。
「それでは、双方構え!」
校長の掛け声で、俺たちは武器を構える。体中の魔力を漲らせて、身体強化を行いいざ!と思っていたら・・・勇者が俺に話しかけてきた。
「あの、本当に竜は呼ばないんですか?」
「今は呼んでいないだけで、後から呼ぶ可能性もありますよ。それに、こいつだっていますしね」
ライムの肩に手をかける。その際、体の一部を俺の手に移し袖の中に隠す。そのまま魔力を共有、感覚が一気に広がり視界が広がっていく。
「いいじゃんか、聖也。向こうがそこまで言ってんだから、そんだけ自信があんだろうし」
「そうよ、遠慮することはないわ」
「あくまで試合ですから、ミカドさんもあのようにされてるんじゃないでしょうか?」
「そうなのかな?こっちは全力でいきますからね!」
「もちろん、そうでなきゃ模擬戦になりませんから」
再び武器を構えて相対する俺と勇者たち。よっしゃ、気合、入れて、いきます!
「それじゃ、模擬戦開始!」
金髪と黒髪男が、真っ直ぐに俺たちへと突っ込んでくる。俺が金髪、ライムを黒髪男へと向かわせる。
金髪の間合いに入ると、上段から剣を振り下ろしてくる。俺の剣は短いから、この間合いじゃギリギリ届かない。もう1歩踏み込まないと。
金髪の剣は速く、剣筋は鋭い。僅か2週間ほどの訓練と素質だけでここまでのレベルとは・・・さすが勇者といったところか。だが、駆竜の爪よりは遅い。
体が自然と半身になり、ギリギリのところで剣をかわす。そのまま剣が跳ね上がってくるが、これは軽く体を反らして避ける。
金髪の体が一瞬固まったところを狙い、剣を切り上げる。かわされるのを気にせず、途中で止めてさらに踏み込み横へ薙ぐ。間合いを詰められて戦いづらかったのか、大きく後退する金髪。ライムたちは・・・お、押してるな。踊るようなライムの爪撃に、黒髪男は攻撃する暇もないみたいだ。向こうも一旦交代し、奥の方から魔力の高まりをライムが察知。茶髪と黒髪女の魔術だな、恐らく拘束してからの魔術攻撃。それならば...。
俺とライムは、後退した勇者たちを追撃する。飛び出した直後に、立っていた場所から蔦が伸び、風の砲弾が上空からいくつも落ちいる。前に出て正解だったな。
距離を詰めながら呪符を取り出し、魔力を込めながら数枚投擲する。結構な速さで迫る呪符を、金髪は剣で切り落とす。おお、あの速さの呪符を落とすか。やっぱスペックが違うな。
その間に俺は金髪の懐に入り、切り上げ・切り下げ・突きと三連撃を繰り出してみるが、剣で受けられ避けられる。やっぱり、たった1年の技術だな。ライムとの魔力共有による底上げ分を加えても、スペックで大きく上回れてはどうしようもないか。
そんな俺に対して、ライムは余裕綽々といった様子。細かく繰り出される黒髪男の拳打を避けながら、自分からも仕掛けている。まだ冬に進化して得た新技能は使ってないし、これなら余裕でいけそうだ。
俺に向かって、茶髪が火の槍を降り注ぐ。黒髪女はライムの動きを止めようとしているみたいだが、拘束はことごとくかわされている。俺は魔力を共有しているから分かるんだけど、魔獣ってのは魔力の気配に敏感だ。広範囲にぶっ放すか隙をつかないと、中々命中しないだろうな。
一旦大きく後退し、金髪から距離をとる。追尾するように俺を追う槍だが、数枚の呪符を壁にして防ぐ。便利だな、呪符。詠唱しなくていいってのが特に便利だ、もっとバリエーションを増やしたいものだな。
俺を見て、ライムも一旦俺の側へと下がってくる。かなり動いたはずの黒髪男だが、少し息が乱れているくらいだ。スタミナも上がるのか、持久戦は不利っと。
「・・・ミカドさん、俺たちは勇者としての力があるので、自慢じゃないですけどかなり強いと自負しています。多分、性能面ではあなたを大きく凌駕していると思います」
「ええ、本当にそうです。2週間近くの鍛錬でここまで動けるなんて、自信がなくなりますよ」
「でも、実際はそうではありません。そもそも複数の敵との戦闘の訓練に来たのに、1人と1体相手に押されています。性能では勝っているのに、どうして俺たちはあなたを倒すことができないのですか?」
それは自分で解決しなきゃいけないんだが、教えるのが教師の役目だからな。しょうがない、軽く指摘してやろうか。
「確かに、勇者様たちの才能は目を見張るものがあります。性能も、私なんかとは段違いです。剣は速く重い。ですが、それだけなんです」
「それだけ...?」
「はい。勇者様の攻撃は直線的ですし単調ですから、タイミングも読みやすいのです。いくら速くても、当たらなければ意味がないですからね。いくら直線的な攻撃でも、2人で連携すれば元の性能が高いのですから、中々の脅威となりますよ」
「性能に振り回されているってことですか?」
「ある意味、当然のことでしょう。まだこの世界に来て、1月も経っていないのですから。技術はこれから磨いていけばいいのですよ」
まあ、それだけじゃないんだけどね。むしろ、それが1番の問題かな。
「それともう1つ。勇者様は、模擬戦中どのような気持ちで挑まれていましたか?」
「え?そりゃ、絶対に勝つぞ!って気持ちですけど。な?」
「そうっすね。やる気に満ち溢れてるっす!」
やる気があるのはいいことだが...。実戦だと、そうはいかないから問題なんだよな。
「実戦では、魔獣や魔物が自分を殺そうと襲ってくるんです。当然、殺気やら敵意やら、そういうものが攻撃に込められています。ライム、少し殺気を出してくれ」
「こく」
ライムが勇者たちに殺気を放出すると、全員が気圧されたように1歩下がる。いわゆる、気に飲まれている状態だ。
「このように、敵は殺気を持って襲ってくるのです。なので、こちらも同等の敵意や殺気を持って戦わなければなりません。そう簡単に殺意を抱けないとは思いますが・・・これを乗り越えないと、魔物とは戦えないと思います」
「「「「・・・」」」」
全員が押し黙る。無理もない、日本で殺気を向けたり向けられたりなんて、経験できないだろうしな。これが違和感の正体だ。勇者たち、かなり強いのに何か迫力がないと思ったら...。殺気・敵意がないのなら、それも当然の話だ。
「とりあえず、少し休憩にしましょう。何事も、やりすぎは体に毒ですから」
少し衝撃が強かったみたいなので、とりあえず休憩にする。フォローは騎士たちに任せよう。
先生と校長の元へ歩く。先生はいつもどおり無表情で、校長は得心がいったような顔をしていた。
「なるほど、殺気か...。戦いのない世界にいたんだから、そんなもの持っているはずがないか。それなら、ツチオ坊が短時間といえど1人と1体で戦えたのも頷ける」
「本当に模擬戦をすれば分かりますね。迫力がないですし」
「それでも、あれほどの攻撃をよく捌けましたね。いくら直線的で単調でも、性能は高いんですから。素直に感心してますよ」
「魔手で魔力を共有すると、感覚が一体化するんです。その時、従魔の戦闘の勘とでもいえばいいんでしょうか。どうやって動けばいいか、自然と分かるんですよね。ライムは戦い方が人に似ているので、なおさら分かりやすいんです」
リンをテイムする時、ルウの魔力をもらって俺にも身体強化魔術の効果を引き継ぐことができた。魔手は、手で触れることで魔力を操るスキル。ライムの体の一部を手に隠し持っていたから、離れていてもライムと魔力共有出来たんだ。
「はあー、魔手ってのは奥が深いね...。そんなことができるなら、超一流の武術も再現できるんじゃないか?」
「いや、そんなの俺の体がついていきませんよ。あくまで、俺が動ける範囲でです」
さて、これで勇者たちはかなりマシになるだろう。俺とライムでどこまで持ちこたえられるかな。自分の実力も試してみたいし、ギリギリまでルウたちは呼ばないようにしてみよう。
「ここが変だよ、勇者召喚」その1 大した訓練もしていないのに、めっちゃ強い
魔獣とか雑魚相手なら魔力とかで圧倒できそうですけど、ツチオは格上の相手とも戦ったことがありますから通用しませんでした。現代日本から来たばかりなら、殺気とかそういうのもないでしょうし。
ちなみに、ツチオは1年訓練しているだけ、技術的には少し勇者を勝っています。それでもまだまだ半人前ですけれど。
あと呪符に関してですが、あれはあくまでもツチオの陰陽師に対するイメージやら偏見やらが混じっています。あくまでイメージですので、陰陽師好きの方から見たら変に思うかもしれません。ご了承ください。