勇者到着、ツチオは変装して対応す
校長に勇者相手の模擬戦を依頼されてから、1週間が過ぎた。サシャ先生と模擬戦の内容を相談したり、ガルムとの連携を相談したり、先生が日常的にやっていることを一緒にやらせてもらったんだが・・・これが中々大変だ。これを毎日やるとか・・・先生方、マジリスペクトです。その日の朝、朝食を食べていた時に、突然脳内に校長の声が聞こえてきた。
『ツチオ坊、聞こえてるかい?』
「え、え?・・・校長?」
「ん、どうしたのツチオ君?」
「ああ、いや。な、何でもないよ」
『大丈夫かい?』
『ええ、念話で伝えるなら、先に言ってくださいよ...』
『悪いね、気をつけるよ。今日の夕方、勇者一行が学院に来る。夕食の前に詳しいことを話すから、サシャと一緒に校長室に来てくれ』
『夕方って・・・何時来るんですか?』
『来たら分かるよ、派手だから。国が気合を入れてるからね。勇者が来たら、すぐに校長室に』
『了解です』
さて、とうとう勇者一行が来るのか。一応、対策は考えてある。どこまで誤魔化せるかな...。
その日の授業が終わり、図書館でリュカたちと勉強していた時。中に数人の生徒が入ってきて
「勇者様ご一行が、学院都市に来たらしいぞ!もうすぐ、学院に来るって!見に行こうぜ!」
と叫ぶ。そいつらは司書さんにつまみ出されたが、図書館にいた生徒たちは荷物も置いて、外に飛び出していく。
「ツチオ君、僕たちも行こうよ!」
「早くしないと、見やすい場所が埋まっちゃいますよ!」
「あー・・・先に行っててくれ」
「了解したであります!」
リュカたちも、他の生徒たちと一緒に正門へと走る。えっと、勇者が来たらすぐに校長室に行くんだったな。軽く見てからでも、大丈夫かな?
「司書さんは行かないんですか?」
「そりゃ、仕事中だしね。そもそも、僕は勇者召喚なんて反対だよ。異世界から無理矢理連れてきて、しかも子どもに戦わせるなんて」
「まあ、確かにそうですよね。それじゃ、俺も行ってきます」
「勇者様の相手、頑張ってね」
ありゃ、知ってたのか。まあ、司書さんなら知ってても不思議じゃないか。あの司書さんだしね。
勇者の来訪でいつもより騒がしい原っぱを過ぎて、正門へと向かう生徒たちの間を逆行しながら、校舎へと入る。サシャ先生は、入り口で待っていた。
「それでは、行きましょうか」
「はい」
先生と共に校長室へと向かう。その間に、俺は勇者への対策として用意しといた、仮面を取り出して装着する。鼻までを覆うような感じで、目元はしっかりと開いていて視界が確保されている。王都から持ってきた物らしく、舞踏会につけていくような物だ。なんていえばいいのかな・・・怪盗がつけていそうな、黒い布で出来ている。あまり派手ではないので、つけるのにそこまで抵抗はない。
「・・・なんですか、それ?」
「勇者が来るってことは、騎士とかもついてくるんでしょう?あまり身分をおおっぴらにしたくないので」
「はあ、別に気にするほどでもないでしょうけどね。私たちのことなんて、騎士は興味ないでしょうし」
「まあ、あくまで保険ですよ。気にしないでください」
校長室の扉をノックし、中へと入る。校長はいつもより質の良い服を着て、柄にもなく軽く化粧までしていた。おお、気合入ってるなー。
「ああ、来たかい・・・何だい、そりゃ」
「校長の化粧みたいなものですよ、気にしないでください」
「よく気が付きましたね、厳しく注意したかいがありました」
「散々、相手を見極めろって言われてましたからねー」
「まったく、お前たちは...。私だって、したくてしてるんじゃないよ。こんな歳になって、まさか化粧をするなんて思ってもみなかったよ...」
「ご苦労様です」
色々大変だな、校長も。貴族との付き合いや、やらなければいけないことも多いのだろうし。
「それじゃ、向こうの応接室で待ってくれ。勇者たちを迎えにいってくる」
「分かりました。そういえば、従魔は連れてきたほうが良かったでしょうか?」
「いや、今日は説明だけだから問題ない。魔獣を見せるにしても、サシャのガルムがいるからね」
そう言って、校長は出て行った。ルウたちも、ガルムみたいに影に入れたりしたらいいんだけどな。どこでも、簡単に連れて行けるし。
「それでは、応接室で待っていましょう。丁寧な対応を心がけてくださいよ」
「不敬罪で訴えられたくないですからね」
「騎士の相手は面倒なんですよ...。あなたも気をつけてください、貴族などは好かないみたいですし」
「相手にも因りますよ。立派な人なら、それなりの敬意をはらいます」
豚やら糞貴族が、貴族の中の極一部だといいんだがな...。この国の貴族が皆あんなのとか・・・そんなことになったら、この国を出て行くぞ。
「それでは、勇者様が来るまで内容を確認しておきましょう。やるからには、」
「真面目に誠実に、相手の利益になるように、ですよね?」
「その通りです。まず、私たちの立ち位置ですが...」
応接室で1時間、外から複数人が歩いてくる音が聞こえてきたので、相談を切り上げて身だしなみを整える。まあ、襟を正して仮面の位置を調整するくらいだけどな。
「残りは後で」
「了解です」
廊下に面しているほうの扉から、校長が入ってきて俺たちに目でサインを送る。よし、礼儀作法はしっかり、丁寧にだ。
装飾華美な鎧を着て、帯剣している騎士が4人、誰からを囲んで入ってくる。男2人女2人だ。
俺と先生は床に片膝をつき、右手を左胸に当てて頭を下げる。こうしておけば、とりあえずは問題ないらしい。付け焼刃の作法なんて、所詮はこんなもんだよなー。
「ふむ、中々作法の心得がある教師がいるのですな」
「王国唯一の学院だからね、当然さね」
「あの・・・頭を上げてください」
よく通る凛とした声が応接室に響く。顔を上げると、そこには4人の男女が落ち着かないように立っていた。
どうやら全員日本人みたいで、金髪と黒髪ツンツン頭の男子、茶髪ボブと黒髪ロングの女子だ。
「お見え預かり、光栄の極みでございます、勇者様。私、この学院で教鞭をとっております、サシャと申します。以後、お見知りおきを」
「同じく、光栄でございます。私は、この学院の生徒であります、ミカドでございます」
ツチオじゃどうしても日本人っぽい。ミカドなら、まだこの世界の名前として通る・・・かもしれない。
「そ、そんな畏まった言葉はやめてください!俺たちは勇者なんて言われてますけど、ちょっと前まではただの学生だったんですから」
「そうっすよ。サシャさんは先生で、俺たちは生徒なんっすから」
「そこまで畏まられると、こっちも話しづらいんですから!」
「ですので、いつも通りの話し方でお願いします。勇者としての、お願いです」
「・・・それならば、そうさせていただきます」
「お気遣い、ありがとうございます」
顔を上げると、視線が一気に俺に集まるのが分かる。やっぱりな、当然そうなると思ってたよ。
「貴様、勇者様の前で仮面とは、無礼にもほどがあるだろう!今すぐ外さないか!」
「・・・すみません、それは出来ないのです。俺の顔は、皆様に見せるのにふさわしくないので...」
「イザリア、彼にも事情があるんだろうから、強要するのはよくないよ」
「せ、セイヤがそう言うならそうしよう」
うわ、女騎士が顔を赤らめてすぐに意見を翻したよ。さすが勇者、一級フラグ建築士の資格持ちだな。
「あ、申し遅れました。俺は光谷聖也です。歳は17、ご指導よろしくおねがいします」
「俺は日比谷来牙っす、よろしくっす」
「私は久留巳陽子です!」
「比叡彩香です、よろしくお願いします」
勇者たちと校長がソファーに座り、俺と先生、騎士たちは後ろに立つ。これから、訓練内容を詰めていくようだ。
「私は、国王から勇者様たちに魔獣との戦闘を教え込んでくれと頼まれた。経験を積むには実戦が一番だが、その前にある程度慣れておく必要がある。だから、この2人の従魔を使い模擬戦形式で訓練を積んでもらう。質問はあるかい?」
「はい。お二人の従魔は何なんでしょうか?」
「それはまだ教えられないよ。実戦で、自分の知っている魔獣と戦うのは稀だ。より実戦に近づけるため、あえて従魔は教えない。明日試合をして、その上で対策を練ってほしい」
「俺からも質問っす!俺たち、結構強い自信があるっす。騎士団の方にも、かなり善戦したんすよ。嫌味な言い方になるかもしれないっすけど、2人は俺たちと戦えるくらい強いんすか?」
まあ、弱い相手と戦っても訓練にはならないしな。その指摘も当然だよな。
「まあ、そこらへんは戦ってみないと分からんが・・・2人とも弱くはないことは確かだよ。サシャは元Aランク冒険者だし、ツチ・・・ミカドは竜種を使役しておる。どちらも、優秀なテイマーだ」
「竜種!?その仮面男が!?」
「はい、偶然が重なった結果ですけれど」
「竜種っすか・・・それなら、確かに強そうっすね」
「他に質問はないかい?ないなら、そろそろ寝室に案内しよう。明日の朝は早い、ゆっくりと休んでくれ」
勇者たちと騎士たちが、応接室から出て行き、校長と俺たちだけが残る。ふう、やっぱり畏まった口調は疲れるな。
「お疲れ様、2人とも。ツチオもちゃんとした作法を覚えているじゃないか」
「あまり使いたくはないのですけどね...。やっぱり、慣れていませんから」
「あの仮面の理由は何なんですか?どんだけ自分の顔に、劣等感を持ってるんですか」
「いや、あれは説明するのが面倒なので、適当な理由を並べただけですよ。深い意味はありません」
「はー、勇者相手に嘘とは・・・大した肝っ玉だね」
「いやー、それほどでも」
嘘も方便ってな。TPOで使い分けないとね。
「話を聞く感じでは、明日の朝から訓練をするんすね。俺の授業はどうするんですか?」
「私のもです。テイマーの教師は私だけですよ」
テイマーは数が少ないからな、サシャ先生しかいないのだ。授業を取っている人も、2年生は俺と一緒に授業を受けてる人たちだけだし。
「ツチオは特別に休み、欠席にはしないし後で補習を設定するよ。サシャの授業は、別の授業に差し替えるよ。他の先生方とはもう相談してあるから、後で聞いておいてくれ」
「補習ですかー・・・嫌だな...」
「まあ、勇者相手の模擬戦は、ちゃんと成績に上乗せしとくよ。悪いが、我慢しておくれ」
「分かってますよ、言ってみただけです。それで、明日は何時ごろどこへ向かえば良いんですか?」
「朝食を終えたら、屋外闘技場に直接来てくれ。従魔を連れてな。まずはツチオ坊に戦ってもらうから、ちゃんと用意をしておくこと」
「分かりました」
俺から模擬戦か。まあ、サシャ先生はガルムを隠しておけるからな。事前まで情報を隠しておける、当然っちゃ当然だな。
「俺たちも、勇者の情報を知らせてもらえないんですか?」
「当たり前だろう。そうじゃなきゃ、模擬戦の意味がない。まあ、コウヤって勇者は聖剣の担い手ってことだけは教えておくよ。ほら、お前たちも早いんだ。さっさと夕飯を食べて寝た寝た」
校長に背中を押されて、先生と共に応接室から追い出される。言ってくれれば、自分で出て行くのに...。
「それでは、明日は頑張ってください。初戦くらいは勝ってくださいよ」
「まあ、少しくらいは相手を見る機会もあるでしょうし、そん時に作戦を練りますよ」
いくら勇者といっても、戦闘経験は全くない奴らだ。まあ、俺もそんなに多いほうじゃないし、1年前までは同じ日本人だったわけだが...。一日の長ってやつを見せてあげますよ。