調べて、学んで、事件の予感
ライムが進化してから、1週間ほど経った。進化してから、やけにベッタリとくっついてきたり、距離感がかなり縮まった気がするけど、まあ良いことだし気にする必要もないだろう。壁に穴が開きっぱなしだと寒そうだし、塞ごうとしたのだが、ライムに何故か止められてしまった。外の景色を見たいらしい。確かに、魔獣舎の窓は高いからライムじゃ外を見ることが出来ない。たださえ殺風景な部屋なんだから、外くらいは見せてあげたい。あの穴はライムには小さすぎるから出れないだろうし、そのままにしておいた。直せと言われたら直すとしよう。
その後、進化したライムの種族を図書館で調べてみた。図鑑には液状のスライムは載っているけれど、金属のスライムは固体のメタルスライムしかいないらしい。人型のスライムも載っていなかったし。どうもライムのことがよく分からない。
というわけで、本職の方に聞いてみることにした。あの人、実は元冒険者らしい。校長に誘われて、この学院の教師になったんだとか。Aランクで二つ名まであったらしいし、魔獣の知識はかなりのものだろう。
「というわけで、サシャ先生。ちょっといいですか?」
「・・・誰から、その話を聞いたんですか?」
授業が終わった後、先生のところまで出向いて尋ねてみたところ、そう返された。あれ、秘密にしてたのかな?
「図書館の司書さんが言ってましたよ。彼女なら知っているのではないかって」
「そういえば・・・校長はよく図書館に出入りしてましたね。資料などの関係で」
「ええ、校長から聞いたそうです」
「はあ...。そうです、私は元冒険者ですよ、それで何を聞きたいんです?」
「はい、『猟犬』のサシャ先生」
「・・・それも?」
「司書さんから聞きました。すごいですねー、二つ名なんて」
「まったく、あの先生は...。生徒の前では言わないでくださいよ」
「もちろんです」
元冒険者なんて分かったら、1年生に質問攻めにあうだろうからなー。騎士や宮廷魔術士と同じく、二つ名持ちくらいの冒険者は憧れの的となるからな。
「そろそろ本題に移ってください」
「あ、そうでした。先日、俺のスライムが進化したんですよ」
「あの人型をとっているスライムが?まあ、色々やってるみたいですし、そのくらいのペースでもおかしくはないですね」
「早いんですか?」
「いえ、普通です。でも、1年生はあまり外で戦闘しないため、1回進化できればいいほうです」
そういえば、授業は基本学院内での模擬戦形式だな。そりゃ、魔力も溜まらないわ。
「まあそれはおいといて。進化したスライムの種類が分からないんですよね。図書館でも調べたんですけど、図鑑に載っていなくて...」
「図鑑に載っていないスライムですか...。ゲルスライムからの進化ですし、可能性はそこそこありますね」
・・・ん?
「今、ゲルスライムっていいました?」
「言いましたよ。あなたのスライム、ゲルスライムから進化したんでしょう?」
「いやいや、そうじゃなくって。俺のスライム、人型じゃないですか」
「スライムが食べた物の特徴を得るのは、あなたも知ってるでしょう?」
金属を食べたら、表面を硬化させられるようになったな。
「ええ」
「それと同じですよ。あのゴブリンエリートを食べて、人型を取れるようになったんです」
「へー...」
「恐らく、スライムが元から持っている、変形のスキルでしょう。それにしても、あなたのゲルスライムはかなり固体に近いんですね。普通、あんな風に立ったり出来ませんよ」
「それは多分、金属を食べさせ続けた影響ではないかと」
「硬化できるようになったんですか。確かに、山に住んでいるスライムは全体的に硬いですからね。それで、どんなスライムに進化したんですか?」
「それがその・・・金属状のスライムになってしまいまして」
「ゲルスライムから、メタルスライムになったんですか?それは聞いたことないですね...」
「いえ、メタルスライムじゃないです。液状ですから」
「液状?金属なのに?」
「そうなんです。あ、液状といっても人型のままですよ。カチンカチンの金属の体ではなくて、ドロドロなんです。腕とかも、伸ばしたり変形させたり出来ますし」
「・・・」
押し黙ってしまう先生。記憶の中を漁っているんだろう。ヒントくらいは、分かるといいんだけど...。
「・・・そのスライムに、何かおかしなものを与えませんでしたか?」
「おかしなもの・・・ミスリル鉱をいくつか与えたくらいですね」
ドラゴンの加護なんて、言っても信じてもらえないよな。
「ミスリル鉱なんて、どこで手に入れたんですか」
「鍛冶の先生に譲っていただいたんです。少し余っちゃって、売るしかないからって」
「そうですか...。私のも、そのスライムの種類は分かりません。ですが、恐らくミスリル鉱の魔力が原因で変異したのではないかと思います。教師なのに、生徒の質問に答えることが出来ずに、すいません」
「いえいえ、そんなことないですよ。もし変異したのなら、知らないのが当たり前なんですから」
「そう言ってもらえると、気が楽ですね。一応、校長にも伝えておきましょうか?色んなところに伝手があるので、話くらいなら聞いてもらえるかもしれませんよ」
「・・・いえ、そこまでして知りたいわけじゃないですからいいです。それに、ライムが何になったって、俺の従魔だということに変わりはないですから。それでは、失礼します」
先生の推測は、恐らく合っているだろうな。元々ドラゴンの加護で、進化の土台は出来ていた。そこへ、魔法銀ミスリルという進化のトリガーがやってきて、今の形に至ったんだろう。ゲルという性質に、ミスリルが混ざった形になったわけだ。うん、そう考えると一応納得はいくな。それにしても、ライムはゲルだったのかー...。ずっと人型しか見てなかったから、全然気が付かなかった。もしあのゴブリンを食べてなかったら、バ○ルスライムみたいになってたのか?・・・ありがとうゴブリンエリート、君のおかげでライムのプニプニは救われたんだ。もうドロドロだけどね...。
そんなわけで、ライムは新種のスライムかもしれない、ということが分かった。さすがドラゴンの加護、いい仕事をする。これなら、ルウとリンにも期待が出来そうだ。
そのルウなのだが、そろそろ進化してもおかしくないんじゃないか?と前から思っている。俺が授業の間は、ずっと狩りに行ってるんだから、魔力が溜まっていないということはないだろう。もう数ヶ月続けているんだし、そろそろ結果が出てもいいんじゃないかなー?
「ツチオ君、ツチオ君。この問題が分からないんだけど...」
「ん、どれどれ。ああ、これはこっちを移項して計算すればいいんだよ」
「あ、ホントだ!ありがと!」
「ツチオ殿ー、これってどうすればいいんでありますかー?」
「んー、ってこれ前教えただろう。そん時のやつを見ながら解きなさいな」
「ううー」
「ツチオさん!」
「今度は何だ?」
「移項って何ですか!?」
「そういうのは、自分の宿題を終えてから聞きなさい!」
「そんなー!?」
そして、今。ルウが帰ってくるまでの間に、リュカたちに数学を教えている。教科書を見た限り、数Ⅰ+Aの範囲までしかやらないみたいなので、文系の俺でも十分教えられる範囲だ。
リュカは実家でも勉強していたらしく、学院の勉強を先取りしている。うーん、問題に悩んでいる姿も絵になるなー。
トリスとファルは、普通の足し算引き算なら問題ないけれど、掛け算になってから一気に苦しみだした。九九ってかなり便利なんだなー、と実感している。
「それにしても、ツチオ君はさっきから何をしているの?」
「んー、図書館の手伝いだよ。暇だしね」
「いやー、助かってるよー。受付やってたら、書架の整理が出来ないからね。生徒たちが元の場所に戻してくれればいいんだけど...」
「まあ、わざわざ高いところに戻すのは面倒ですからね。下に戻しちゃう気持ちも分かります」
「本の確認のときに、一々並べ替えてたらかなり時間がかかっちゃうからね。こうやって、時々整理してるんだよ。でも、受付も空けられないし、ちょうど手伝いが欲しかったときに君が来てくれたんだよ」
「こんくらいのことなら、いつでもお手伝いしますよ」
図書委員だったしな。高校でも、こうやって図書室の本の整理とかやってたしな。あ、この本面白そう。後で読んでみよう。
「このまま図書館で働かない?慣れれば楽しいよ」
「うーん、やってみたくはあるんですけど、色々やらなきゃいけないこともありますから、とりあえずはお手伝いですね。すいません」
「いや、いいんだよ。まずは進級が第一だし。手伝いだけでも十分ありがたいよ」
「そういってもらえると、頑張ろうって気になりますねー」
「ツチオ殿ー、二桁の掛け算はどうやるんでありますかー」
「それもこの前教えただろう!?」
トリスは復習する習慣をつけないと駄目だな。俺が言えた事っじゃないけどね...。復習なんてしてなかったっす...。
「ああ、そういえば。校長がよく図書館に来るって言ってましたけど、何でここに来るんですか?サシャ先生は、資料の関係って言ってましたけど」
「あー、それはだねー...。うーん、言ってもいいことなのか...」
「もしかして、禁書的な何かが保管されているとか?」
キサトさんを坊と呼ぶ校長のことだ、そんくらいはあってもおかしくない。それに、こういう学院の図書館には、テンプレとして大抵禁書庫があるもんだ。
「何だ、知ってたんだ。そうだよ、この図書館の奥には禁書庫があるんだ。校長先生が、よくそういう本を持ってくるんだよ」
「研究用に?」
「それもあるけど、あういう本は犯罪者に悪用されることがあるからね。安全なところに保管する必要があるんだよ」
「それがここってわけですか」
「まあ、学院の先生は皆一流だからね。わざわざ危険を冒して、こんなところに来る賊はいないでしょ」
「確かに。しかし、禁書ですか。生徒が閲覧することは出来るんですか?」
「先生と校長の許可がいるけど、見ることは出来るよ。まあ、年に数人しかいないけれど」
「へー。やっぱり、厳重に警備されてるんでしょうね」
「そりゃもう、自信作だよ」
「へ?」
「あああああ、いやいや...。そ、そう校長先生が言ってたんだよ」
「そうなんですかー...」
学院の先生は皆一流ね...。この司書さんは、何が一流なんだろうね。
「そんで、禁書庫の中にはどんな本が入ってるんですか?」
「うーん、私もあまり入ったことがないから、詳しくは知らないんだけど。開いたら中に引きづり込む本とか、ヤバイ魔獣が封印されている本、悪魔を召喚する本とか、あと強力な薬のレシピが書かれている本とかがあったね」
「強力な薬って・・・毒薬?」
「それ以外にも、爆薬・媚薬・催眠薬・精神が崩壊するまで酷い幻覚を見せる薬なんてのも...。まあ、危なすぎて市場には流通してない薬のレシピとかかな」
「それは確かに、危ないですね...」
「拷問とかにも使われるからね。明確に敵対してはいないものの、帝国に渡ったらマズいんだよ」
色々小競り合いが起こってるらしいからな、帝国とは。魔獣がいるのに戦争だなんて、本当に理解できない。いや、理解したくもないね。
「そういう本があるから、禁書庫には厳重な警備がされてるんですねー」
「賊が入るとは思わないけど、念のためにね。間者がくるかもしれないし」
「禁書を取りに?」
「禁書には、危険だから禁書になったものと、他国に渡さないために禁書になったものがあるんだ。さっきの薬の本は危ないのもあるけど、他国に渡ったらそれこそ脅威になっちゃうからね。そういう本は、強力な魔導書だったり兵器や街の設計図なんかがあったりするよ」
「設計図まで、禁書扱いなんですか。ってことは、ここの図書館に?」
「そうだよ。まあ、重要なのは王城内に保管されているよ。こっちには魔導書とかが多いよ」
それはそうか。魔導書は授業で使ったりするにしても、兵器の設計図なんてあっても困るだけだよな。
「あ、でもこっちで予備を保管してたっけ...」
「他にも何か保管してるんですか?」
「ああいや、何でもないよ」
まあ、俺が禁書庫に入ることなんてないだろう。関係ないもんなー。
「よし、こっちはこれで大丈夫かな。そっちは?」
「終わりましたよ。これで全部ですよね」
「そうだよ、手伝ってくれてありがとう。何かお礼をしたいんだけど、今何も持ってなくて...」
「いや、1回くらい手伝っただけで、お礼なんていいですよ。それじゃ、あいつらの勉強を見てきますんで」
「悪いね。何回か手伝ってもらった時のために、準備しておくとするよ」
やっぱり司書さんは良い人だな。購買のおばちゃんといい司書さんといい、ここは人材に恵まれてるな、禁書を集めてくるらしいし、やっぱりあの校長は只者じゃないな。
「ツチオさーん!早く来てくださいー!」
「ツチオ殿ー!」
「はいはい、今行く。つうか、お前ら図書館で大声出すなよ...」
まったく、まだまだ子どもだな...。
その夜。草木も眠る丑三つ時、学院を囲んでいる塀を乗り越えて、数個の黒い影が学院内に侵入する。学院を覆うようにして警戒用の結界のような魔術が張られているが、侵入者はそこへ穴を開け、全員が入った後元通りにし、侵入の痕跡を残さない。そこらへんの賊が出来るわけのない、手練のやり方だ。
数個の影は、音を立てずにまさに影になって院内を走っていく。足裏を何かで保護しているのか、足跡すら残らない。魔獣舎を通り過ぎ、校舎を通り過ぎ、寮には見向きもしないで走る。彼らが向かったのは・・・そう、図書館だ。
図書館にたどりついた影。当然のごとく鍵がしまっているが、1人が手をかざすと独りでに扉が開いていく。その中に全員が入ると、図書館の扉はしまった。彼らが侵入した痕跡はどこにもない。
やがて日が昇り、いつも通りの朝を迎える。
次回、ちょいシリアスです。