冒険者、全滅、漁父の利
ルウがあやしい魔力を感じるというので、リュカたちを置いて俺たちは森の中を歩いていた。十数分ほど歩いたとき、ルウが立ち止まり魔力が近いことを知らせてくる。
「すぐそこにいんのか?」
「グル」
「やばそう?」
「グルル」
「そうか...。バレないようにしないとな」
かなりヤバげな魔獣みたいだ。あわよくばテイムと思ってたんだけど、どうやら無理っぽいな。
音を立てないよう、静かに近づいていく。少し歩いたところにあった、拓けている場所に、問題の魔獣はいた。
その姿は、パッと見では黄色の毛の馬のようだ。だが、額から突き出ている一本の長く黒い角が、それを否定している。食事をおえて昼寝をしている最中なのか、地面に足を折って座り込み目を閉じている。
「・・・一角獣かよ。かなりヤバい相手じゃんか...」
「グルル...」
「戦ったら、勝てそうか?」
「グル・・グルル?」
「微妙って・・・ライム、お前は隠れてろよ。あれはマジでやばいから」
「こく」
一角獣、ユニコーンとも呼ばれる生物は、地球ではキリスト教の象徴的な動物だ。紋章にもよく載ってるし、角は毒を発見できるとも言われている。処女を森に置き去りにすれば、純潔に魅せられてやってきた一角獣を捕まえられる、という寓話もある。
だが、これは旧約聖書の誤訳による結果だ。別の獣を誤って一角獣と訳し、修正された後も連想が残ったため、キリスト教の象徴として取り入れられたのだ。元々に一角獣は、非常に攻撃的でライオンの敵、荒地とかに住んでいるらしい。
この世界じゃどの一角獣なのか知らんが、どっちにしろ危険なことには変わりない。キリスト教なんてないから、多分攻撃的なほうだと思うけど...。間違っても、喧嘩を売るべき相手じゃないな。どんな攻撃をしてくるのか分からないしね。
「とりあえず、刺激しないように去るぞ。寝てるみたいだし、静かにしてりゃ気づかないだろ」
「グル」
「こくこく」
ルウでも勝てるかどうか微妙、らしい。三十六系逃げるにしかず、何でこんなところにいるのかは気になるけれど、命は惜しい。
静かに後退しようとしたその時、俺たちとは反対側の茂みがガサガサと動く。ピクッと反応して、目を開ける一角獣。おいおい、一体何なんだよ。
茂みの奥から、四人の革鎧を着込んで武器を持った男女が入ってきた。あれは・・・冒険者ってやつか?ギルドがあるってのは聞いてたけど、実際に見るのは初めてだな。構成は、大剣を持ったおっちゃん、片手剣と盾を装備した青年、黒いローブを着て杖を持っているひょろっとした眼鏡の男、法衣のようなものを着ている女性だ。
「お、こんなところにいやがったか...。面倒かけさせやがって」
「まあ、見つかったんだから良しとしようじゃないか。しかし、こうしてみると中々迫力があるな」
「ユニコーンはBランクの魔獣ですからね。レッサードラゴン並の強さですよ」
「私たちはCランクパーティーですけど・・・大丈夫でしょうか?」
「問題ねぇって。第一、そのレッサードラゴンだって倒したじゃねえか」
ふむ・・・あいつは名前は、やっぱりユニコーンなのか。レッサードラゴンくらいの強さってことは、ルウなら相性しだいではいけるかも。BランクとかCランクってのは、こういう小説お馴染みのやつで合ってるだろうな。
ユニコーンは、気持ちよく寝てたところを起こされて機嫌が悪いのか、低く唸りながら地面を蹄でかいている。今動いたら、俺の位置がバレてしまうので、ひとまず様子を見ることにする。
「おーおー、怒ってるぜ。やる気は満々ってか」
「ここは王国管理下の森ですから、あまり長居はできませんよ」
「そうだな、さっさと倒して帰ろう。作戦はいつも通り、行くぞ!」
そう言って、おっちゃんと青年は一気にユニコーンと距離を詰める。眼鏡と女性は後衛みたいだな。詠唱しているから、魔法使いだろう。
「うおおおおおお!!!」
先に攻撃を仕掛けたのは、おっちゃんだった。勢いを乗せて、大上段から剣を振り下ろす。
ユニコーンは大きく嘶くと、角で大剣を受け止める。そのままの体勢で鍔ぜりあっていたが、
「はああ!」
横から青年が斬りかかってくるのを見ると、頭を青年の方向へ振り、おっちゃんを吹き飛ばす。青年は一旦後ろへと下がった。
「ふん!中々やるな」
「そんなこと言ってる場合じゃないぞ。魔法で一気に仕留める!」
前衛二人の腕が、うす赤い光に包まれる。ありゃ、火の強化魔法だな。確か筋力上昇、鍔ぜりあってたから、あれで押し勝つつもりか。
だが、そうしている間にユニコーンも魔法を使っている。体と角が、バチバチと電気を帯び始めた。雷系の強化魔法、速度と筋力の同時上昇だと思う。
それと同時に、雷の矢が発生し後衛二人を狙う。回復役をダメージディラーを狙うのは、戦術の基本だもんな。
「くそ!あいつは頼む!」
「任せろ!」
青年はすぐに後衛の前に立ち、矢を盾で防いでいく。何かしらの強化がなされているのか、しっかりと魔法を弾いている。
「うぐ!くそ...」
「すぐに回復します!」
だが、一発もらってしまったみたいだ。その場で膝をついて動かなくなってしまう。女性がすぐに駆け寄り、魔法で回復している。
「らああああ!!!」
「精霊よ、土の力を集い敵を貫く槍となれ、土槍!」
速く重いユニコーンの角での突きを、おっちゃんが大剣で捌く。眼鏡が土の槍を放つも、雷撃によって砕かれてしまう。あのおっちゃんすごいな、あんな速い攻撃をきっちり受け流してるよ。
「細けぇのをいくつ撃っても倒せねぇ!でかいの一発、お見舞いしてやれ!」
「分かりました。時間稼ぎ、お願いします」
「おう!」
眼鏡が魔力を溜め始め、おっちゃんはそのまま抑え続ける。回復を終えた青年も攻撃に加わり、ようやく冒険者側に余裕が出てきた。
「はあ!」
「だりゃあ!」
青年の剣が脚を捉え、動きが鈍ったところをおっちゃんが全力で斬りつける。胸に命中し、ユニコーンは大きく後退する。
「っち!浅いか!おい、でかいのまだか!?」
「もうすぐです」
「早くしろ!あいつの魔力も高まってるぞ!」
「出来ました!精霊よ、敵を砕く地の力を、我が手に集いて撃ち放て、岩ほ」
眼鏡が杖を向けて、魔法を放とうとしたその時。ユニコーンの体に一筋の電流が走り、角が強く輝く。
一瞬、姿がブレたかと思ったら、突然ズドン!という音が聞こえてきた。眼鏡が準備していた魔法も撃たれない。眼鏡を見ると、
「があああああ!!!???」
「グラスーーーー!!!」
ユニコーンの角に胸を貫かれた眼鏡が、大きな叫び声を上げる。ジュゥゥゥ...、と肉が焼ける音と、嫌な臭いが辺りに立ち込める。あいつの名前、グラスっていうのか。まんま眼鏡だな。
ユニコーンが頭を振り、眼鏡を振り飛ばす。ドサっと地面に投げ出され、女性が駆け寄り回復魔法をかける。
「ちくしょおおおお!!!」
激高したおっちゃんが、まったく避けようとしないユニコーンに突っ込んでいく。さっきの突進の反動で動けないのか?
「死ねぇええええええええ!!!」
大きく振りかぶられた剣が、頭の上から振り下ろされる。そのまま首を飛ばすかと思われたが、ユニコーンが僅かに首を動かし角を剣とぶつけた瞬間、バチバチバチ!と電流がおっちゃんに体を貫く。ユニコーンがまとってた電気が、おっちゃんに流れ込んだんだろう。真っ黒焦げになったおっちゃんが、ぷすぷすと煙を上げながら倒れこむ。
「くそくそくそくそくそ!シャメリー、グラスは!?」
「だ、駄目です...。ぐすっ、助けられませんでした...」
「バーナーを見てくれ!まだ助かるかもしれない!」
「は、はい!」
青年は回復の時間を稼ぐためか、今までとは打って変わって攻撃を仕掛ける。盾で雷撃を捌きつつ、傷つくことも厭わずに斬りかかる。
「はああああ!!!」
乾坤一擲、青年の突きがユニコーンの胸に突き刺さる。大きく嘶き、前脚で青年を蹴り飛ばす。
「ぐは!」
「レイン!今、回復を!」
「来るな、逃げるんだ!」
胸に剣が刺さったまま、ユニコーンの体を再び雷がまとう。またあの高速突進をするつもりか。
「シャメリー、早く逃げてくれ!」
「でも、置いてなんかいけない!」
「早くしろ!このままじゃ、全滅だ!俺が抑えてる間に、さっさと逃げろ!」
「・・・分かりました。レインも、絶対に生き延びてください!」
そう言って、法衣の女性は外に向かって走りだす。青年は盾を前に出して、突進を受け止める構えだ。
ユニコーンが地面を蹴り、青年に向かって突っ込み盾ごと貫く。だが、それだけでは終わらない。勢いを弱めることなくユニコーンは駆け、今まさに森に入ろうとしていた女性も、その角で串刺しにした。
「ふむ...。あのパーティーじゃ倒せなかったか。まあ、ランクが一個下みたいだし、しょうがないか」
「グル、グルルルゥ?」
「ん、助けなくてよかったのか?そうだなー、あいつの攻撃パターンが知りたかったから、傍観していたわけだが...」
そう言われれば、助けるって選択肢もあったわけだ。全く考え付かなかったのは、俺が下衆いからだろうか。
「ま、あのパーティーのおかげで攻撃パターンも分かったし、ダメージも与えてくれた。あいつらの死を無駄にしないためにも、あいつをテイムするぞ」
見殺しにした、俺が言っていい台詞じゃねぇな。
「ライムはそこで待機、危ないしね」
「こくこく」ぷるぷる
「大丈夫だって。いざとなったら、空に飛んで逃げるよ」
よし、やるか!ユニコーン、俺の野望のためにテイムされてもらうぞ!メスであることを祈るぜ!
「やいやい、そこのユニコーン!こっち向きやがれ!」
どこかに行こうとしていたユニコーンが、声を聞いて俺を睨む。イラついているのが、手に取るように分かるぜ。
俺の隣に立っているルウを見たユニコーンは、明らかに様子が変化する。歯を向いて耳を立て、体をパチパチと電流が走る。
「精霊よ、金剛の如き何者にも侵されぬ力を、鋼身!」
俺だって、漫然と2ヶ月過ごしていたわけじゃない。武術の訓練以外にも、魔力を増やすために支援魔法の訓練とか、色々やってきたんだ。そのおかげか、この2ヶ月で魔力量はけっこう増えた。増えたといってもまだまだ平均以下なんだけど...。前みたいに、ルウに魔力を渡して気分が悪くなる、ってことはなくなった。
今のは土の支援魔法、鱗を堅くする効果だ。元々、ルウが使える身体強化魔法と鱗の強度と合わせて、中々の防御力になるだろう。
防御を強化したのは、あの突進対策だ。多分、あれがこいつの持ちうる中で、一番強力な技だからな。あの速さを避けようとするのは下策、どっしり構えて受け止めるほうが、まだダメージは少ないと思う。飛んで避けることも出来るけれど、空中から攻撃する手段がないから却下。飛び上がりと着地を狙われたら、どうしようもないからな。
ルウの背中に乗り、魔力をルウに流し込む。ユニコーンは突進の構えをとっており、角が真っ白く発光しバチバチと火花が散っている。
俺は体中の魔力をルウの前面に集中させる。体勢を低く保ち、顔と内臓を傷つけられないよう構えている。
ドン!という音と共にルウの体が大きく揺れ、踏ん張っていたルウが後ろに押し込まれる。
「グルウゥ...!」
「大丈夫か、ルウ!?」
くぐもった声をルウが上げる。前を見ると、腹にユニコーンが潜り込み右胸に角を突き刺していた。だが、半分ほどしか体にめり込んでいない。鱗に阻まれて勢いが弱った角を、筋肉を引き締めて防いだのか!もし相手が万全の状態だったならば、もっと傷は深かっただろう。手負いだったことが幸いしたな。
「グルラァ!」
なおも貫こうとしているユニコーンの首に噛み付き、自分の体から角を引っこ抜きそのまま地面に何度か叩きつけた後、動けないように首と胴を踏みつけ固定する。それでも暴れるユニコーンだったが、十数分で疲れたのか諦めた大人しくなった。
「よし、俺たちの勝ちだな。おつかれ、ルウ。傷は大丈夫か?」
「グル!」
「一応、後で治療してもらえよ。さて、残りはこいつの処遇だが...」
大人しくはなったものの、未だに俺を睨み続けているユニコーン。勝負に勝ったんだから、テイム出来たはずなんだけど。
「お前はこれから、俺の従魔だ。俺の言うことをちゃんと聞けよ、負けたんだからな」
「・・・ブル」
不承不承ながらも、俺の言うことを聞く意思は見て取れた。最初はこんなもんだろう、これから懐かせていきゃいいか。
「ならよし。ルウ、離してやれ。こいつも仲間になったんだからな」
「・・・グル」
ユニコーンを離したルウだが、まだ警戒は解いていないみたいだ。まあ、ちゃんとテイム出来てるかは俺もイマイチよく分からない。ラインはまだ出来てないし、魔獣の意思を信頼するしかないからな。
ヨロヨロと立ち上がるユニコーン、大分痛めつけちゃったから早く回復させてやんないと。先に剣を抜いておくか?
「剣、抜いてもいいか?」
「ブルル」
いいらしいので、柄を握って一気に引っ張る。思ったより簡単に剣は抜け、傷口から血が吹き出す。ちょ、全然よくないじゃん!
「止血、止血!」
「ブル...」
え、このくらいの傷なら、ほっといてもそのうち治る?そりゃそうだろうけど、早く治すに越したことはないだろうよ。とりあえず、血ぐらいは止めておこう。
清潔な布を取り出して、ユニコーンの傷口に当てる。勢い強かったのは最初だけで、今はポトポトと滴るくらいだ。これなら、すぐに止まるかな。
「さてと。ライム、出てきていいぞ!」
「・・・」ぷるぷる
藪の中からライムが出てきて、俺のそばまで走ってくる。ん、青年の剣が気になるのか?
「どうした?これが欲しいのか?」
「こくこく」
「まあ、俺は使わないしいいけど...。あー、死体とかどうしようかね...」
このまま放置しといたら、誰かに見られたときに面倒だな。・・・有効活用させてもらおうか。
「ライム。あの死体、全部食べちゃっていいぞ。所持品は一応取っといて、いらないものはあげるから」
「・・・!」ぷるぷる!
嬉しそうに震え、死体に走りより飛びつくライム。喜んでくれて何よりだ、やってることは死体処理なんだけど。
「んじゃ、ライムが食べ終わるまで休んでおこう。そういや、お前ってメス?」
「ブル」
「おお、そうかそうか、メスなのか!そいつは良かった!」
オスだったらどうしようかと。いや、オスでもメスでもテイムしたけどね。メスのほうがいい、ハーレム的には。
こいつの名前も考えなきゃいけないな。それにこれで3体目、そろそろ本腰を入れて人化させる方法を探すかね。
あれ、主人公が下衆いぞ?