後日談その2
遅れてしまって申し訳ありません。色々と私用がありまして...。
<夏休みが終わった数日後の休日、ダンゼ島にて>
巨大な樹の枝の上に一人の女性が座り、ブラブラと足を揺らしている。ドレスのような黄緑色のワンピースを見にまとい、ストレートの髪を指先でクルクルと弄くっている。
「はー・・・暇ねー。また写真集でも読んでようかしら」
「魔獣たちの様子は問題ないんですか?」
「大丈夫大丈夫よー。いきなり冒険者たちの強さが格段に強化されるわけじゃないし、しばらくは今のままで十分よ。あまり変えすぎるのも、逆に良くないしね」
「そうなんですか。色々と面倒なんですねー」
「まったくよ・・・はあ!?」
彼女の独り言に背後から現れた青年が答え、彼を見た精霊さんがギョッとする。それもそのはず、今度ツチオが訪れるのは来年の予定だったのだから。しかも、さっきまでいなかったはずなのに、いきなり後ろから現れたのだ。この島は彼女の感知が行き届いている、今まで気が付かなかったのがそもそも異常である。
「え、ツチオ!?いつの間にそこに!?」
「ついさっきですよ。具体的に言えば、『はー・・・暇ねー』って言った時に到着しました」
「ホントについさっきね...。移動手段は?」
『私ですよー。初めまして、は正しくないのかな?ツチノです!』
「へー、影さんが精霊化したの。進化先が決まったのって、そういうことだったのね。しっかし、本当にツチオとそっくりね...。双子?」
「そんなもんだと考えてください。一応、ツチノは精霊さんの眷属ってことになるんですか?」
「どうかしら?ツチノはツチノで、もう一精霊として成り立ってるし。まあ、一応眷属扱いになってるっぽいけど。そこまで気にする必要はないわよ。これで、いつでもこっちに来れるわね」
「休日にも来れますからねー。あ、これお土産です」
ツチオが懐から、きれいに装丁された本を取り出す。表紙に書かれている文字はこの大陸のものではない、ザクリオン帝国で買ってきたものだ。
「待ってたわよ!これが別の大陸の本なのね」
「ええ、向こうにも似たような魔術があるみたいです。でも、内容は結構違いますよ。魔獣とかの写真も載ってるんです」
「魔獣の?何か参考になるかも...」
精霊さんがペラペラと写真集をめくっていく。中には、ユクリシスさんが連れて行きたがっていた、大雪原やら大渓谷の景色もある。こちらの大陸と比べると、規模の大きな景色を集めたようだ。載っている魔獣も、見るからに強そうな巨大な奴が多い。
「土地が狭いと、どうしても魔獣も小さくしなきゃいけないのよね。あ、でも特徴なら使えそう...。この谷、すごく深いわね。精霊がわざわざ作ったのかしら?」
「それは、流れている川が少しずつ削っていったんですよ。天然物です」
「何千年かかるのかしら...。じゃあ、この山が爆発してるのも自然現象なの?」
「もちろんですよ。地下に溜まってる溶岩が噴出しているんです。土地が荒れてるわけじゃないですよ」
『そんなことも知らないの?まさに箱入りってわけね』
「箱入りというより、島入り?」
『うーん・・・あまり上手くない』
「手厳しいな...」
「あー、そういえばさ。ツチノって、ツチオと合体しないと本気になれないんでしょ?」
本を眺めながら、精霊さんがそう聞いてくる。
「そうですけど、何で知ってるんですか?」
「そりゃ、一応眷属だし。そんで合体なんだけど、ツチノも言ってるだろうけどあまり使わないようにね」
『散々言ってるのに、全然聞かないのよ、この人。全く、困るのは自分だってのに』
「必要なんだから仕方ないでしょ...。んで、どうしてあまり使っちゃいけないんですか?」
「まず、多量の魔力は人体に有毒。知ってると思うけど、溜まりすぎて飽和したら破裂するわよ」
ツチノがウンウンと頷いている。それは既に聞いていること、今更態々言われるまでもない。
「それは承知しています。でも、それ以外にもあるんでしょう?」
「もちろん。えっと、言葉にして表現するのが難しいんだよね...。ツチノはツチオがいて成り立っているから、影響を受けるのよ。でも、その影響っていうのは、ツチノの方からのが圧倒的に強い」
「まあ、魔力量的にもそうですよね。精霊と人間じゃ、魂的な質も違うでしょうし」
「そんな感じに考えて。その影響っていうのは、体や魔力にまで作用するの。人間にとって、それはあまり良くないの」
「良くないって・・・寿命が縮んだりするんですか?それは困ります...」
「まあ、使うのを必要最低限にすればいいのよ。最高なのは、使わないことね」
「それは無理ですね」
『そこまで平和な道は歩めませんよ...』
「少しは自分の体のことを気にしたらどうなの?」
「やることを全て終えてたら、好きなだけ静養しますよ。一応、心には置いておきます」
「時々思い出してね...。そんで、この変な生き物のことなんだけど」
精霊さんが本を眺め、ツチオがそれに答えてゆく。日が沈むまで、ずっとそうしていた。
<元スパイ姉妹と借金取り>
王国のとある町にある冒険者ギルド、山岳の麓の町なので山に生息している魔獣の素材の取引が盛んだ。夕方にもなると、狩りを終えた冒険者たちが大勢帰ってきて、ギルドは活気に満ちている。
受付嬢に素材を売り渡している人ごみの中に、顔立ちの似ている二人の女性がいた。腰に短剣を差した長身で短髪な大人びた方と、杖を持った魔術士らしい小柄で長髪なあどけない方。いつぞや、学院に侵入したものの無罪放免で解放された元スパイ姉妹、ルウィンとスウィンだ。ツチオの助言に従い冒険者として活動しており、今ではコンビでBランクの注目株である。
「はい、こちらが買い取り金額となります。お確認を」
「・・・はい、大丈夫です」
ルウィンが買取金の半分ほどを受け取り、残りは受付へと戻す。
「残りは預かっておいてください」
「了解しました」
ギルドカードを受け取った後、二人はギルドの外へ出た。既に日は傾き、橙色の夕日が長い影を作っている。
「大分お金も溜まってきたねー...。もうすぐで、普通の家くらいなら買えると思うよ」
「別に今のまま、宿屋暮らしでもいいんじゃないのか?」
「どこかに腰を据えるなら、長期的に見て家を買ったほうがお得なの」
「そういうものなのか...。細かい金勘定は苦手だ...」
「ちょっとくらいは覚えてよ、お姉ちゃん。ほら、早く戻ってご飯を食べよ?」
大通りに入って、宿泊している宿屋に戻ろうとする姉妹。そんな二人に後ろから、声をかける人影が一つ。夕日に背を向けていて、顔を伺うことは出来ない。
「ちょいちょい、そこのお二人さん」
「あ、はい。何ですか?」
「用事ならまた明日にしてくれるか?今日は疲れているんだ、今度に...」
振り返って声をかけてきた相手を見て、固まる姉妹。なぜなら、声をかけてきたのは、昔自分たちを殺そうとしたその人だったのだから。
瞬時に動き出すスウィン。ルウィンの首根っこを掴んで、そのまま一気に逃走を試みる。
しかし、回り込まれてしまった!突然目の前にツチオが現れたせいで、急ブレーキを余儀なくされる。
スウィンは諦めずに、後退しようと試みる。が、見えない壁に衝突し額を押さえて蹲った。
「つぅぅううう...」
「お、お姉ちゃん、大丈夫!?」
「人の話も聞かないで、逃げ出そうとするからそうなるんだよ...」
「お前を見ないで、逃げ出さない人間がいるか!」
「え、私は逃げようなんて思ってなかったけど...。えっと、ツチオさん。ご用時は・・・まあ、一つしかないですよね」
「そうそう、すっかりこの前言われて思い出したんだ。貸した金、返してね」
ルウィンたちが泊まっている宿屋へと案内され、食堂でお互い向かい合う。スウィンは会ってからずっと仏頂面、そんなに俺に会いたくなかったのかね...。まあ、逆の立場だったら絶対会いたくないから、気持ちは分かるけど。
「確かこの金額で合っていると思いますけど...」
「うん、ピッタリだね。耳を揃えて、キッチリ返して頂きました」
「それなら、用事は終わりだろう、さっさと帰れ」
「つれないねー...。少しくらい、近況を教えてくれたっていいじゃんか」
「お前に教えることなどない」
「お姉ちゃん、あまり邪険にするのは失礼だよ。いいじゃない、近況くらい」
「まあ、順調にやってるのは聞いてるよ。もうBランクなんだろ?早いねー」
腕の立つ冒険者については、職員や冒険者の間で噂が広がってるしな。あまり信用は出来ないけど、そんな噂が流れるイコール上手くやってるってことだし。
「お陰様で...。中々お金を返す機会がなくて、ちょっと困ってたんです」
「それなら良かった。俺もそんな暇ではないし、言われたとおりさっさと帰ることにするよ。誰かさんの、言う通りにな」
「む...」
今日この町に来たのも、別の用事があったからだしな。もうそれも済んでいる、後は帰るだけだよ。ルウたちが、夕飯を作ってまっている。
「じゃあな、頑張って家を買えよ」
「はい、ツチオさんも体に気をつけて」
「・・・まあ、金を貸してくれたことには感謝している。その、助かった」
「そうそう、素直なのが一番だよ。しかめっ面ばかりしてるとモテないぞー」
「う、うるさい!よけいなお世話だ!」
席を立ち、宿屋から出る。最近ずっと働き詰めだったしな・・・ちょうど良い息抜きになった。また明日から、商人相手の交渉、頑張っていきますかね。
次はリュカたちかなー。




