表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/113

戦いの後、決意

大・増・量!

「う、んんぅ...」

「あ、ツチオ!ユクリシスさん、目が覚めたみたい!」

「ルウ?・・・兄上は!?タイレスとトゥルーリーは!?ツチオはどうなったんですの!?」

「おいツチオ、うるさいから黙らせろ。私はあの脳筋共が吹き飛ばした空間の修復のせいで、軽く頭痛までしてるんだよ...」

「必要な所だけ残して、後は消しちゃえばよかったんじゃ」

「それもそうだが、折角作ったんだから消しちまうのはもったいないだろ。いざという時の避難場所にも使えるし」

「それもそうですね...。そんじゃ、説明しちゃいますか」


 業火さんのブレスがグランニールを消し飛ばした数分後、ユクリシスさんが目を覚ました。タイレスさんたちに比べて傷が浅かったのもそうだが、やっぱりブレスの余波で覚醒したんだろう。地震かってほどに揺れたからな。


「えっと、まず俺たちは全員無事です。タイレスさんとトゥルーリーさんも、怪我を負っていますがツチノが治療していますよ。ほら、隣で一緒に寝てたんです」

「兄上は!?」

「・・・まだ確認してないので確証はありませんが、十中八死にました。ほら、あの業火さんって竜とサシで戦って、ブレスで消し飛んだんです」

「・・・確かですの?」

「皆見ていましたし、今確認しに行っています。・・・最後に、俺は帝国を発展させたかっただけ、と言っていました」

「そうですの...」


 俯いて俺の言葉を聞いているユクリシスさん。その顔に浮かぶのは、国を守れた安堵か、他人の手を借りた悔しさか、それとも業火さんたちへの恨みか。俺からでは、見ることが出来ない。


「・・・とにかく、その業火様に礼を言わなければなりませんね。そういえば、ここは一体どこなんですの?」

「業火さんたちが本気で戦ったら地形が変わるので、別の空間に移動したんです。あそこにいるのが、ここの主の断絶さんですよ」

「そうでしたの。お気遣い感謝いたしますわ、断絶様」

「私は業火たちに頼まれてやっただけなんだけどな...。無駄に土地を荒らす必要はないし、古竜の株が下がっても困るし」

「マナバリーが救われたことには変わりありません。しかし、空間まで作ることが出来るなんて、古竜の力はさすがに並外れていますのね」


 そうこうしているうちに、業火さんたちが戻って来た。地面スレスレで翼を大きく羽ばたかせ、着地する。床が振動するのを感じながら、空間の膜を突き抜けて業火さんたちの元へ向かう。


「お疲れ様です。どうでしたか?」

『辺り一帯グツグツの溶岩で煮立ってて、とてもじゃないが遺体は残っていないだろうよ。もう断絶が戻したがな』

『生命らしい反応はなかったし、多分死んだと思うわよ~。思ったより強くてビックリしたわ~』

『業火のブレスと撃ちあうくらいだしな。蘇るとあそこまで強くなるたあ、驚きだ』

「そうですか・・・分かりました、ありがとうございます」

『ああそうだ。ツチオ、断絶にもう出していいと伝えてくれ』

「?分かりました」


 再び断絶さんの元に戻り、言われた通りのことをそのまま伝える。出していいって、何を出すんだ?


「断絶さん、業火さんがもう出していいって...」

「あー、すっかり忘れてたな。むくれてないといいけど」


 断絶さんが指を振るうと、虚空に黒い渦が現れる。時計回りでグルグルしているそこから、何か飛び出してきて俺の顔に張り付いた。かなりの重さに、重心が一気に後ろへずれ尻餅をつく。


「ギュルルルゥ!」

「え、何々!?何が起こってるの!?重いんだけど!頭が何かに咥えられてるんだけど!」

「あれ、この子って...」

「お父様が治療した業火さんの子どもですね。あまり大きくなってないです」

「そりゃ、竜の寿命は長いから、成長するのもそれなりに遅いぞ。ある時期から、一気に大きくなるけどな」


 どうやら、業火さんのお子さんが俺の顔に飛びついて、頭を齧っているいるようだ。甘噛みだから全然痛くないんだけど、唾液でべとべとになっちゃてるよ...。


 一頻り噛んで満足したのか、俺の膝に大きな顎を乗せてゴロゴロとする幼竜。断絶さんが投げたタオルでよだれを拭きつつ、頭を撫でると気持ち良さそうに喉を鳴らす。・・・まるっきり猫だな、これじゃ。


「うん?おい、もう1体はどうした?」

「ギュルル」

「はあ、恥ずかしがって中に残ってる!?ったく、面倒かけやがって」


 渦の中に手を突っ込み、しばらくゴソゴソしてると思ったら、何かを引っ張り出し俺目掛けて投げつけてくる。またもや顔に飛び掛られ、床に頭を打ち付けた。投げられたそいつは、すぐに跳ね上がり渦へ戻ろうとする。が、既に断絶さんによって閉じられていて、その場を右往左往。


「この子って・・・駆竜?ちっちゃいわねー」

「顔も幼いです。あの卵が孵ったんでしょうね」

「珍しい竜種ですね、翼が無く四肢が発達しています。ああでも、皮膜のようなものがあるので、それで滑空するのでしょうか」


 ルウたちの言う通り、丸っきり駆竜を小さくしたような竜がそこにいた。まだ腕の刃は生え揃ってないけど、鮫肌鱗は親と同じ通りだ。

 ぷるぷると震えたその幼竜2・・・少し他所他所しいな、業火さんのお子さんは幼火で、こっちは幼駆でいっか。幼駆ちゃんは、ぷるぷると震えていたかと思うと視線から逃れるように俺の背中へ隠れる。可愛いなー、服をちっちゃい手で摘んでいるのが尚更。


「大きくなったなー、よしよし」


 撫でてあげると、おずおずを頭を擦り付けてくる。気に入った相手に体を擦り付ける、猫の行動にそっくりだ。うーん、懐かしいなこの感じ。特にこのおずおず感、慣れたばかりの野良猫にそっくりだ。


「ギュルゥ...」

「おっと、悪いな。放っておいちゃって」

「モテモテだな、傍からみたらただの変態だが」

「ええっ!?」

「いや、その2体はまだ子どもだぞ。幼竜2体に抱きつかれて、その頭を撫でている・・・喜んでいるからセーフ...。いや、余裕でアウトだな」


 瞬間、この空間の空気が凍りつき、撫でる手も止まる。まだそんなことは分からないのか、キョトンと俺を見上げている幼竜2人。ルウたちはまだしも、ユクリシスさんまでそんな冷え切った目で見ることはないでしょう!


「ツチオ・・・そんなに子どもがいいの?」

「誤解されるようなことを言うな!つうか、そんなにってなんだよ、そんなにって!」

「だって、ライムと私じゃやり方が違うし...」

「恥ずかしながらお父様、体型的に見たら私も幼女に入るかと。ねえ、リンちゃん?」

「私に対する当てつけ!?ツチオが変態だなんて、今更でしょ・・・ふん」

「魔獣を好いている時点で大分アレですけど、その上幼女嗜好とは...。救いようがありませんね」

『YESロリコン、NOタッチ!いや、普通はNOロリコンなんだけど』

「ツチオ...」

「ユクリシスさんまで...。幼女は対象外ですよ、もちろん。俺はルウたちが好きなんですから」

「まあ、ツチオが変態かどうかは置いといて。そろそろ、元の場所に戻ったほうがいいんじゃないか?」

「そうですね...。当然、向こうでも時間は同じ通り進んでいますか」

「当たり前だろ」


 アルミラさんは放置してきちゃったんだよな...。向こうはどうなってるんだろう、他にもグランニール派の奴がいたらマナバリーを制圧されているかもしれないし。


「大丈夫ですわ、私はまだまだ戦えますの。例え残党が残っていても、1人残らず捕縛しますわ」

「私も、少しは魔力が回復したから戦えるよ」

『ツチオは駄目よ!平然と話してるけど、大怪我なんだから!』

「分かってるよ。主が死んだって聞いたら、何を仕出かすか分かったもんじゃないな...」

「最悪、自爆くらいはするかもしれませんわね。戻ったら、一気に畳み掛けましょうか」


 タイレスさんたちはニクロムとリンに任せて、トゥルーリーさんとルウ、後ライムもいけそうか。怪我もしてるし無理はさせたくないが、どうなるか分からない以上、構えておいて損はない。一番いいのは、逃げ出して再起を図る、かな?本来なら逃がしたら駄目なんだろうけど、今回ばかりはな...。戦闘になって、分が悪いのはこっちだし。


『戻るのか。なら、私たちも行こう』

『俺らの前で、戦闘を始める気なんざ起きないだろ』

「そうも言えないのが、辛い所ですわね...。遮二無二特攻を仕掛ける可能性も大きいです」

「正確は、蜜毒さんに似てるかもです」

『あら、ホント~?でも私なら、逃げて隙を伺うわよ~』

「そうですね。ここで死んでは、恨みを晴らすことは出来ませんもの」

『そうよね~。やっぱり、ライムちゃんとは意見が合うわ~。うふふふふ』

「ふふふふふ」


 危ないトークは気にしないとして。業火さんたちが来てくれれば、さすがにアルミラさんとて逃げ出すだろう。突っ込んで来てもらえれば御の字と思っておこう。


「でも、出来れば捕まえたいですよね...」

「ツチオが心配することではありませんわ。アルミラを含めた後始末は、全て私たちがやりますもの。とにかく、それ以上傷を大きくしないことに専念しなさい」

「了解です。それじゃ断絶さん、お願いします」

「おう。こら!お前らは私とここで待機だ!」


 一緒に来ようとした幼火、幼駆を捕まえる。ぶーぶーと文句を言ってる2人だったが、断絶さんは構わずさきほどの渦を作り出し放り込む。


「ったく...。んじゃ、さっさと戻すぞ。場所はさっきと同じ場所だから注意しろよ」

「分かりましたわ。本当に、感謝してもし切れませんわ」

「いいって言ってんだろ。するなら業火たちにしろ」

「そうですわね。ありがとうございます、業火様方」

『礼を言うのはまだ早いぞ。まずは、この騒動に終止符を打つのが先決だ』

「全くですわ」

「断絶さん、また会いに来ますね」

「どうやってだよ。ここは別空間、ここまで跳んで来られるのか?」

「どうよ、ツチノ」

『うーん、難しいけどやってみる!原理は一緒なんだから、きっと出来るはずだし!』

「と、いうわけです。今度は、ちゃんと手土産を持ってきますから」

「ま、期待しないでおくよ。それじゃ」


 断絶さんが指を鳴らすと、俺の視界は暗転した。ザクリオン帝国マナバリーの町、研究塔前の広場へと向けて。






「・・・ユクリシスさん」

「来ましたわね、ツチオ。隣に来てください」


 王城にあるユクリシスさんの私室のバルコニー、そこに俺は呼ばれた。騒動に一段落がついて、ようやく時間が取れたらしい。話があると言われ、メイドさんに案内されてきた。俺を見る顔に畏れが浮かんでたけど・・・何でだろ?


 月光に照らされたユクリシスさんは、いわゆるネグリジェみたいな寝巻きを着て、手すりに座っていた。風で揺れるそのクリーム色の布地は薄く、キラキラと輝いている。髪はまとめて肩から前に垂らされており、僅かに見える真っ白いうなじが艶やかだ。


「事後処理、お疲れ様です」

「本当にお疲れですのよ、これでも。いくら不死だからって、疲れないわけじゃないですもの。その後の経過は?」

「至って良好です。何でも傷ついていたのは肉だけみたいで、すぐに再生できました。いやー、回復魔術って便利ですね」

「ツチオは私たちみたいに頑丈ではないのですから、少しは自重くらいしてはどうです。見てるこっちがハラハラしますのよ?」

「そうですねー...。前に出なくてもいいくらい、符術を使いこなせるようになればいいんですけど。まあ、使える魔力もかなり増えましたし、これからは出来るだけ出ないように心がけます」

「そうしてもらえると、助かりますわ」


 既に、あの騒動が起こってから5日ほど経過している。あの後、戻ってきた俺らを待ち受けていたのは、何が起きたのか理解出来ていなかったアルミラさんだけだった。後で聞いた話なのだが、俺らと一緒に戦ってた人たちが、市民を避難させていたらしい。さすがと言うかなんと言うか、場馴れしている。


 グランニールがどうなったのか問い詰めるアルミラさんに、俺が事の顛末を説明した。業火さんがしようとしていたのだが、さすがに任せっきりというわけにはいかないからな。ユクリシスさんは見てなかったし、俺がするしかないというわけ。

それを聞いたアルミラさんの様子は、悲惨の一言に尽きる。嘆き、叫び、怨嗟しか篭らない目で俺を睨んできた。あれにはさすがにゾッとしたな。あそこまで、直接的に恨まれることなんて、今まで経験したことがなかったからね。

すわ襲い掛かってくるかと思ったが、業火さんたちを見てアルミラさんは翼を広げて逃げていった。最後に、「その顔、しかと覚えました」と呟きが聞こえてきたので、多分いつかまた仕掛けてくると思う。ユクリシスさんは、その前に捕まえると意気込んでいるけどね。


 そっからの話は早い。ユクリシスさんは単身帝都へ転移で戻り、すぐにウォーさんと兵士、後回復魔術士を連れて戻って来た。町を軍が掌握して、状況確認は始めたのがその日の夜のことだ。俺たちと巨人コンビは帝都へ戻り、ユクリシスさんはそのまま陣頭指揮を。そうして、今に至るというわけ。


「現場はウォーさんたちに?」

「ええ。私も休んだほうがいいと言われ、今日の夕方にこちらへ戻ってきましたわ。タイレスとトゥルーリーも、大事無くて良かったです」

「そうですね。直撃してたのに数日で回復とか、やっぱ違いますねー」


 タイレスさんたちは、翌日の朝に目を覚ました。状況を聞いた2人は、面倒をかけたことを謝り、今は指揮に加わってウォーさんと一緒に処理に尽力している。


「ですが、ツチオの休みが潰れてしまいましたわ...。折角帝国観光をしてもらおうと思ってましたのに」

「いえいえ、帝都とマナバリーだけでも十分ですよ」

「十分じゃないですわ!ノーザンヒルの大雪原や、ニアーロックの大渓谷とか...。もっと見所がありましたの!」

「そ、そうだったんですか...」


 どうやら、ユクリシスさんの観光計画は帝国一周の旅だったみたいだ。転移魔術がなきゃ、とてもじゃないが回りきれないね。


「はあ・・・休みもとって楽しみにしてましたのに...。残念ですわ」

「今年じゃなくてもいいじゃないですか。来年はもう予定が入ってますけど、再来年以降はまだまだ空きで一杯ですよ?」

「そうなんですけど・・・まあ、いいですわ」


 陶磁のように滑らかで白い足を組みかえるユクリシスさん。布の隙間から、チラリと太ももが覗く。


「では、ここからは真面目な話ですわよ。ツチオ、今回は関係ない身であるにも関わらず、この騒動を収めるのに尽力してくれました。正直、業火様方がいなければ私たちは死んでいたと思います。本当に、ありがとうございます。それにつきまして、何か礼でもしたいのですけれど...。あまりに恩が大きすぎて、どんな礼をすればいいのか皆目見当がつかないのです」


 隣で座っている俺の手に、自分の手を重ねるユクリシスさん。体温が上がっているのか、僅かに汗ばんでいて、顔には朱がさしている。まっすぐと俺の目を見つめて、次の言葉を口に出す。


「そこでよくよく考えてみたのですが・・・1つだけ、ツチオが満足できそうなものを思いついたんですわ。そ、その、これでも顔や体には自信がありますし、大抵のことは受け入れられます。だ、だから・・・私と、夜を共にしませんこと?」


 多分、今までこのようなことはしたことがなかったのだろう。茹蛸のように顔を真っ赤に染め、熱い吐息を吐く。肩が肌蹴け、空気に晒された谷間には水たまりが。胸元に指をかけ、チラチラと胸を見せて誘ってくる。そんなユクリシスさんに俺は...。


「お気持ちだけ受け取っておきます。ユクリシスさんは帝王なんですから、真剣でもそんなことを言っちゃいけませんよ?」

「・・・やっぱり、幼女がいいんですのね」

「違いますよ!?第一、そんなことしたら浮気になるじゃないですか」

「それもそうですわね...。女好きのツチオなら、きっと喜ぶと思いましたのに」


 服を正して、姿勢を整える。女好きって・・・俺、そんな風に見られてたのか?そりゃ、傍から見たらそんな感じだろうけどさあ...


「ウォーが子ども子ども五月蝿いんですのよ。ツチオとの子なら、別に構いませんでしたのに...」

「人間との子が帝王になるなんて、市民が納得してくれるとは思えませんけどね。手は置いたままなんですか?」

「これくらいなら、浮気の内には入らないでしょう?」


 ・・・どうかなぁ。ライムはこれだけでも浮気って言いそうだし、ルウやリンもなぁ。まあ、これを見てるのはツチノだけだし、臭いを嗅ぎつかれなければ大丈夫・・・かな?


「まあ、断られたので諦めます。もし、ルウたちがいなければ?」

「それは・・・まあ」

「ふふ、それを聞けただけでも良しとしましょう。礼の話は今度にして、今はこの後の話を」

「この後っていうと・・・復興の話、というわけではないですよね。俺は関係ないですし」

「ええ、もっと先にまで続く話ですわ。ツチオは、私の道を覚えています?兄上に聞かれたときの、あの」

「もちろん。人間と共生する道、ですよね」

「ええ、私はそれを目指しています。ですが、まだまだ人間と魔物を分ける壁は高く、険しい。いくら私が言葉を投げかけても、受け取ってもらえねば意味がありません」

「そうですね...。こうやって言葉も通じるのに、不思議な話です」


 言葉の壁というのは大きい。だがそれ以上に、心の壁は堅牢だ。前の戦争で魔物と魔獣は違うと世の中に広まったが、納得するのには時間が掛かるだろう。時間による解決、それでは時間がかかりすぎるとユクリシスさんは言う。


「人間と魔物は、積極的に交流を持たなければなりません。そのためには、両者の間を取り持つ誰かが必要になりますの」

「・・・なるほど。その大役を、俺がやることになると」

「もちろん、無理強いはしません。ツチオにも、ツチオの思い描く将来があるでしょう。・・・私は、ツチオにしか務まらないと思います。ツチオは不思議な人です、考え方が私たちとは大違い。まるで、こことは全く異なる環境で育ったような」


 異世界出身とかさすがに想像もつかないだろうけどね。


「俺にそんな大役が務まるとは思えませんが」

「それはそうです、1人では出来ることも出来ません。ですが、あなたにはルウたちがいる、友人や頼りになる知り合いもいる・・・私たちも、全力で支えます。どうか、私の夢に力を貸してください」

「夢?」

「ええ、夢です。多くの魔物が繋がって出来ているこの国のように、人間とも友情や愛情を交わしたい。それが、私の夢ですわ」


 思い始めたのは、最近のことですけどねと微笑むユクリシスさん。その目が見据えているのは、きっと何十年、何百年も先の未来なのだろう。・・・やっぱり、俺とは器が違うよ。


「散々力を貸してもらった後に、厚かましいことは承知の上です。どうかまた私に力を。いえ、人生を賭けていただけませんか?」

「人生、ですか」

「はい。さすがに、ツチオが生きている間に、なんて楽観視はしていません。どうか、後世のための礎になってもらいたいのです、あなたなら、きっと出来ると私は確信しています」


 ユクリシスさんは、そう断言する。遥かに年下で、魔力も少なく、どこからどう見ても自分より劣っている者に向けて。確信すら篭っているのではないかと思うほど、強い意思を秘めた目で俺を見つめる。


 そんな視線を避けるように、何も言わず俺は手すりを下りて部屋の中へと向かう。ユクリシスさんの手が一瞬俺の指を握るが、するりと逃げてしまう。目を瞑り、落胆しているだろうユクリシスさんに向けて、俺は声をかける。


「・・・人間と魔物が共生できたら、それはきっと素敵な世界でしょう。でも、現実はそれを拒んでいます。人間の、魔物に対する敵愾心は強い。いや、魔獣に対するものですけど、魔物も同じをほとんどの人は思ってますからね。戦争で家族や恋人を亡した人もいます、魔物側も同じです。言うまでもないでしょうけど、茨で出来た壁に素っ裸で突っ込むようなものですよ」

「それでも、私はやりますわ。例え憎しみをぶつけられても、受け止めます。それが、帝王としての義務であり、責任ですもの」

「・・・そうですか」


クルリと振り向き、ユクリシスさんを見据える。やはり落ち込んでいたユクリシスさん、少々驚いている様子だが追撃の手は緩めないよ。


「目標は、10年以内です」

「・・・は?」

「目標は10年以内、10年の内に正式な国交を結びます。まずは経済面から進めて、市民などが交流を持つのは後々でいいでしょう。とりあえず急務なのは、魔物が敵ではなく、人間と同じような生き物だろ納得させることです。そこが一番の難関であり、そこさえ通り過ぎれば後は楽でしょうしね」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!ツチオは、私に協力してくれるんですの?人生賭けてくれるんですの!?」

「別にやりたいことなんて、特になかったですから。精々、ルウたちとずっと一緒にいたいってことくらいですよ。それに、子どもが出来た時に住み難い世の中じゃ困りますから」

「子ども!?人間と魔人との間で、子どもなんて出来るんですの!?」

「確認されてないだけですから、出来るんじゃないんですか?実際、ゴブリンとかなら出来るっぽいですし。魔獣ですけど。というか、あなたも俺との子ども云々言ってたじゃないですか」

「あ、あれは半ば冗談というかなんというか...。そうだったらいいなーって」


 もし子どもが出来て、魔人とのハーフってことで苛められでもしたらと思うとね...。今の世論じゃ駄目だしな。帝国側が交流を持ちたいんなら、後は人間側が受け入れるだけ。大丈夫、人間ってのは適応力が高い。特に商売人、金になる話には私情を挟まないし。そうやって少しずつ浸透させていけば、自ずから変わっていくはずだ。


「・・・まったく、断られたんじゃないかとヒヤヒヤしましたのよ?」

「無理な話なら断ってましたよ?出来ると思ったからやるんです」

「そうですか・・・本当にいいんですのね?」

「勿論。俺は、あなたに人生を賭けますよ。ルウたちのためにもね」

「しかと受け取りました。必ずや、10年で成し遂げてみせましょう」


 胸に手を当て、グッと拳を握る。将来の夢・・・日本じゃ、全く思いつかなかったそれが、明確なビジョンを持って俺の目の前にある。俺の力を頼りにしてくれる人もいる。ならば、その期待に答えよう。全身全霊をもって、ユクリシスさんの夢を叶えよう。それが、ルウやライムやリン、ニクロムやツチノの幸せに繋がるのだから。


「名づけて、人魔友好10年計画!おじさんになるまでには終わらせたいですから!」

「それが10年のわけですの...。まあ、区切りとしてはちょうどいいですし、構わないですわよ。早くマナバリーを再建して取り掛からないと」

「俺も、卒業後の進路を相談しなきゃいけませんね。校長はコネもあるみたいだし、帰ったら聞いてみようかな」


 そうして俺は、ユクリシスさんやルウたちと共に、融和への道を邁進する。将来の世界のため、愛する者のため、未来の我が子のために。

 


次回、最終話(予定)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ