復活
魔法陣の光に照らされて、アルミラさんの姿が妖しく浮かび上がる。その周りを覆うように宙に浮いている、紫がかった黒い靄。
左右から挟撃するタイレスさんとトゥルーリーさん。迫る大斧と数多の武器が靄と衝突し、激しい火花を散らす。靄に見えるようなアレは、魔術で作られた砂鉄だ。アレが盾となって、アルミラさんへの攻撃を防いでいる。
武器を弾かれつつも連撃を繰り出す2人だが、突如一気に後退した。次の瞬間、2人がいた空間が弾け爆風が空気を焼く。
2人が退くと同時に、ユクリシスさんが正面からアルミラさんに突っ込む。まるで予知しているかのように爆発する地点を避け距離を詰めるが、目の前には集合して壁になった靄が。そのまま突っ込むのかと思いきや、靄の手前でいきなり小さな影に分裂した。ユラユラとジグザグしながら飛ぶ、2つの翼を持つ黒い影。蝙蝠だ。
蝙蝠たちがアルミラさんの背後へと回り込み、ユクリシスさんが姿を現す。靄は正面に集まっており、後ろはがら空きだ。そのまま貫手を背中に突き入れる。が、今度はアルミラさんの姿が霧散し、少し右に現れる。全くの無傷というわけにはいかなかったのか、右肩が裂けていた。
アルミラさんが手を振ると、靄の塊がユクリシスさんに放たれる。避けようとするものの、かわし切れないと踏んだのか腕を交差させて防御の体勢。
腕に靄が衝突し、ユクリシスさんの体が宙に浮く。そのまま押され、壁に叩きつけられた。魔力で強化されているにも関わらず、肌は削られ肉が露出している。
靄を攻撃に使っているので、防御が薄くなっている。タイレスさんが武器を投擲し、トゥルーリーさんは天井を蹴り脳天目掛けて斧を振り下ろした。
投げられた武器を靄で弾き、さっきと同じように霧となって斧をかわすアルミラさん。しかし、今度は避け切れなかったようだ。頭を狙っていた斧は、彼女の左腕を肩から断った。斧を振り切ったトゥルーリーさんの腹に、腕を切られたことなど意にも介さず、アルミラさんが黒い波動をぶっ放す。
「再生出来るとはいえ、痛いものは痛いのですよ」
「それには同意しますわ。ですから、抵抗しないでもらえると助かるのですけど」
「すると思います?」
「いいえ、これっぽちも。ほんの出来心です、忘れてください」
放たれた靄を吹き飛ばして、ユクリシスさんが戻ってくる。手首は靄で削り取られているのだが、煙を上げて再生していっているな。
片腕を切り飛ばされたアルミラさんも、何食わぬ顔で自分の腕を持っている。そのまま傷口へくっつけると、魔力が腕全体を覆い瞬く間に接着されてしまった。
「不死同士の殺し合い・・・どちらが先に精根尽き果てるか。我慢比べと洒落込みましょうか」
「・・・時間はかけられませんのに」
おいおい、ユクリシスさんだけじゃなくアルミラさんまで不死とか...。不老ではないんだろうけど、これじゃ術が発動するまでに倒すのなんて難しすぎるだろ。
「どうするの、姉上」
「不死だからといって、最強というわけではありません。拘束してしまえば動けませんし、気絶すれば無力ですわ」
「兎に角攻撃ってわけか、簡単だな。いくら帝都一の魔術士でも、1人だけなら押し切れる」
「でも、術が発動したらこっちの負けよ。そっちもどうにかしないといけないんじゃ」
・・・魔法陣、この部屋の床に設置されているものは発光しているのに、町中を覆っているものは全く見えない。陣の上から何かで隠しているとか?それでも町中にあるんだ、誰かが気づくと思うんだけどな...。
「誰かが通っても気が付かない・・・ここは魔術士の町、描けば絶対に誰かが気づくはず。それでも気づかないってことは、普通に暮らしている限りは誰にもバレない所に仕掛けられてるってわけだな」
「そんな、町中に至る規模で滅多に誰も入らないような場所があるんですか?・・・もしかして、建物の下に描かれているとか。上に何か建ててしまえば、誰も通らないでしょう」
「・・・そうか、建物の下に描かれているんだ!地下水路だよ、地下水路!」
帝国のそこそこ大きな町に必ずあって、普通に暮らしている限り滅多に訪れることがない。当然町と同じ位の規模だろうから、広さには事欠かないな。うん、そこしか考えられないよ。
「地下水路ってことは、文字通り地下にあるのよね?」
「それなら、私が飛んで行って壊してくる!リンも一緒に来て!」
「いや、駄目だ。そんな重要な場所なら、入り口を重点的に防衛しているはず。疲れているルウたちじゃ突破は難しい。ニクロム、どこに陣が描かれているのか分かるか?」
「・・・はい、僅かですが魔力の反応があります。術発動直前に魔力が高まってるから分かりましたが、先ほどまでは全く...」
「相当しっかり隠されてたんだな・・・ここから石畳を貫通させて、水路の陣を壊せるか?」
「難しいという騒ぎではないですね・・・やってみます」
窓ガラスを割って、テラスに出たニクロムが遥か下の地面を狙う。頼んでおいて何だが、あまりニクロムの狙撃には期待出来ない。結構距離があるし、石畳の更に下にあるんだからな。もっと確実に魔法陣を破壊出来る方法は...。
「・・・魔手で魔力を乱せば、発動を遅らせるくらいは出来るか?」
「そう簡単に操れるとは思えないけど。陣を操作される可能性くらい、考慮していると思うわよ」
「だよな。でも、俺に出来ることっつたらそれくらいしかないのも確かだ。やってみて出来なかったら、次の手を考えよう。とりあえず、魔法陣の基盤となっている所だけでも知っておきたい」
足元に書かれている線に左手を置く。すると、俺の頭の中に魔力の流れがイメージとして伝わってきた。一気に多くの情報が流れてきて、乗り物酔いの時のような気持ち悪さに襲われる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。こんくらいどうってことない・・・やっぱり、中心はここか。塔の壁に沿って下りてって、そのまま地下へと繋がっている。円形の魔法陣、幾つか魔力が強い場所がある。多分、ここから生贄になった人たちの魔力やら生命やらを吸い込むんだろう」
「なら、そこを潰せば術が完成するのを遅れさせられるね!」
「そうなるな。全部で6つ、場所は・・・ここから北東・東・南東に3つ、北西・西・南西に3つだ!」
「・・・ちょうど、広場がある場所になっています。その下に、大きめの空間があるのでしょう。しかし、操られた民間人が多いです。狙いをつけるのは困難かと」
「最悪、巻き込んでしまってもいい。今は術を止めることだけを考えろ・・・糾弾は、俺が受けるから」
「そんなことを言われては、尚更巻き込めませんね。安心してください、私は最強の機械人間ですよ?」
「・・・そうだな、網の目を通すような狙撃を頼む」
「お任せください」
ニクロムが陣の要所へ狙撃を試みている間に、俺は魔力の操作をやってみよう。流れを目茶目茶にしてしまえば、術の発動を遅らせられる。ニクロムが狙いをつける時間を稼げるんだ。
魔手で線を流れる魔力を掌握し、本来流れていた道から別の道へと逸れさせる。供給が止まり輝きを失う部分、過剰に供給され輝きを強める部分が現れた。よし、このまま流れを維持すれば、魔力を受け止めきられずに陣が焼き切れ...。
「させると思って?」
アルミラさんに魔力の支配を奪われ、手が陣から弾かれる。そこに俺を狙った刃が放たれるが、ルウとライムが各々の拳で殴り飛ばす。
「ツチオに用があるのなら」
「まずは私たちを通してもらいましょうか」
「まったく、何の役にも立たない人間がいると思ったら、まさか陣の支配を奪うとは...。面白い人と知り合いなのですね、王女様」
「ええ、若いながら中々に気骨のある青年ですのよ。それより、陣を気にかける余裕があるんですの?」
タイレスさんが下から武器で切り上げる。靄でガードしたアルミラさんだが、飛んだ先にはトゥルーリーさんが待ち構えていた。独楽のように回転しながら襲い掛かる斧を、体を霧にしたり靄を使って何とか避けていく。
肌には多くの切り傷、腿に大きな裂傷を作ったが、すぐに煙を上げて再生していった。まったく、本当に化け物だな、不死ってのは。
「ふう・・・王女様方と戦うのも大変でしたのに、そこに陣の防御まで加わっては、さすがの私でも厳しいですね」
「再生速度が先ほどより落ちていますわ、魔力の消耗も辛いのでは?」
「お察しの通り」
え、あれでスピードが落ちてたの?全快時じゃ、瞬時に再生ってことか。
「大人しく捕まって裁きを受けるか、ここで私たちに殺されるか。好きな方をお選びなさい」
「・・・そうですね、そろそろお遊びはお終いにしましょう」
アルミラさんが指を鳴らした瞬間、魔法陣の光が一気に強くなる。蛍光灯のようにぼんやり光っていたものが、白熱電球のような強烈な光へと変貌する。
それと同時に、俺の身へ何か強い力が働きだす。手足が毒で痺れたみたいに動かせず、床に膝をつく。
「・・・な、何を」
「何って、術を発動させたのですよ。もうすぐ発動するとさっきは言いましたが、あれは真っ赤な嘘。本当は、私の合図でいつでも発動できたのです」
「そんなこと・・・あなたに、何の利益もないでしょう。何でそんなこと...」
「いいえ、利益ならあります。王女様方の、絶望した顔を見れるではないですか」
計画が頓挫してしまうかもしれないのに、わざわざそんなことを?・・・いや、そんなことをしても成功する自信があったんだな。
「とうとうグランニール様の御復活です。第2王子王女様も、運が良ければ生き残れるやも知れませんから、せいぜい天に祈っておいてください」
「ざけんじゃないわよ...」
「ほら、術が命を取り込み始めましたよ。滅多に出来る経験ではないですし、是非ご堪能ください」
お腹の中から白く輝く何かが出て、窓から外へ飛んでいく。血液や魔力とか、そういう目に見える物ではない。もっとこう自分の根底を為している、それこそ魂的な物が吸い取られるような...。存在が失われていく感覚に、全身から冷や汗が流れ肌が粟立つ。そこにあるのは、ただただ嫌悪感だけ。吐き気を湧かせる隙も、涙を流す隙も与えられない。
「これ、やばっ...」
「な、何、これ...」
その場にいる人全てが、自分の魂を魔法陣へと吸い取られる。それは、アルミラさんとて例外ではない。
「何故、そこまで兄上に...」
「グランニール様は、私の存在理由。あの御方のいない世界など、一片の価値もありません。主のためなら、魂くらい自ら差し出しましょう」
空中に白い輝きが舞う中、魔法陣に変化が起きる。首がゆっくりと宙に浮き、いくつも現れた魔法陣が包む。上下に何かを調べるように動いていた陣が、首の下へと移動した。
生首の下でクルクルと宙を回転する陣、中へ行くにつれて太くなり下では萎む楕円形に見える。そんな陣の中に、キラキラと光る粒子が現れ何かを形成しだした。それは生首と直結し、大体180cm位の大きさ。人体が、形成されだしたのだ。
「ああっ!ようやくここまで来ました!女狐に討たれて数年、ついにグランニール様が現世に再臨なされます!後世に伝えるため、しかとこの目に焼き付けましょう!」
周囲の魔法陣から、途切れなく粒子が注ぎ込まれていく。次第に体はハッキリと見えるようになり、肉と骨を持ち始める。背中には大きな翼、腰からは太く長い尻尾も見て取れる。ユクリシスさんたちなら生き残れるらしいが・・・俺らはそうもいかないだろう。何とかして、術が完成するのだけは阻止しないと。
「ニクロム、大丈夫か...」
「こ、このような状況で、初めて自分に魂があると感じれるとは・・・出来れば、こんな機会はこないでほしかったです」
「そんだけ言えるなら、まだ大丈夫だな...。ツチノ、痺れが弱まったら合体出来るか?」
『はあ!?さっきしたばかりなの!そうぽんぽんやっていいもんじゃないって、何回も言った...』
「分かってる。一瞬でいいんだ、大量の魔力を使える状態でいられるか?」
『・・・本当に数秒なら、何とか』
「オッケー、悪いな無理言って」
『無理してるのはツチオでしょ・・・この騒ぎが収まったら、色々と決めるから』
「了解...。ニクロム、今すぐ狙いをつけて陣の一部を壊してくれ」
ニクロムは、うつ伏せの状態で固まっている。正確に狙いをつけるため、伏せたのだろう。銃口は窓の外、後は狙いをつけて撃つだけの状態だ。
魂を吸い取られている中でも、指くらいならまだ動く。既に狙いをつけてさえいれば、陣を壊すことも可能なはずだ。
「本当に無茶苦茶を言うマスターです。私は機械、スペック上可能なことしか出来ません」
「・・・無理か?」
「・・・誰が無理と言いましたか、私は最強の機械人間ですよ?3秒後に撃ちます、2人とも準備を」
「おし、ツチノ!」
『やるしかないなら、すぐに終わらせるよ!』
1秒、ニクロムの目の中を電子が走り、銃口を少しだけずらした。2秒、ツチノが俺の背に手を当て、合体変身のスタンバイOK。ほんの数秒の変身だ、さっきまでの経験も合わせて前みたいに長い時間はかからない。3秒、ニクロムがトリガーを引き、部屋中に轟音が響き渡った。ユクリシスさんやアルミラさんまでもがこちらを見るなか、俺の四肢の自由を奪っていた痺れが少しだけ薄れる。よし、これなら動ける!
すぐさま左手を光る陣の上へ置き、精霊へと変身したことにより扱えるようになった膨大な量の魔力を、一気に魔法陣へと注ぎ込む。ただでさえ術完成直前で高まっていたんだ、あっという間に魔力は許容範囲を大きく超えて、俺の手元の魔法陣は弾け飛んだ。
「ぬお!?」
大きな魔力が解放された衝撃で、俺の体は吹き飛ばされ壁へと叩きつけられる。腹と右腕がカッと熱くなり痛みが走るが、目は床の陣を見ていた。
基盤となっていた部位を欠損したことにより、魔術の機能は停止。魔法陣の輝きがフッと消え、魂の流出も止まり痺れも消え去った。削られた魂は大丈夫なのか気になるが、それを気にするのは後回しだ。あの生首はどうなった!?
部屋の中央に目を移す。既に術は中断されたにも関わらず、未だに生首が浮いている。いや、浮いているのではない。首の下から胴体が生え、地面に立膝をついて俯いている人影。背中には大きな翼、腰から伸びる太く長い尻尾。
前帝王グランニールが、蘇ってしまったのだ。
予約ミスりました・・・6月9日分です。




