戦いの続き
またもや遅れてしまい、申し訳ありません。
<side ユクリシス>
「ったく、1人で勝手に進みやがって...。かなり揺れてたけど、全員大丈夫なのか?」
「今はあいつより、下のことをどうにかしないと。何とかここまで上ってきたけど、下からドンドン来てるわよ」
ツチオが勝手に上ってしまった後、私たちは階段上にいた魔術士たちを各個撃破しながら上っていた。外からどんどん増援が来ているので、足止めのための人員を残さなければならず、今ここにいるのは私たち王族3人だけだ。さっさと元凶を倒さないと、頑張っている人たちの苦労が水の泡。・・・元凶か。
「この時期にこの騒ぎ・・・前帝王派の仕業、ですわね」
「まあ、それが妥当ではあるな。主だった奴らは、全員僻地に左遷したんだったっけ。頭を失った派閥が、今更反抗なんてするのか?」
「それはそうだけど、そういうのって理屈じゃないんじゃないの?」
「理由なんて、今はどうでもいいですのよ。元凶を見つけて、洗いざらい聞き出さなければいかないのですから。ツチオがルウを倒せてない可能性があります、いつでも戦えるように」
階段を上ると、そこは広間・・・だったものになっていた。床に敷き詰められたタイルは粉々に砕け散り、壁の半分近くが壊され青空が見える。
「ユクリシス様方」
「ニクロム!この惨状は一体...」
「ルウとの戦闘跡です。最終的には、空中戦闘になりましたが」
「ツチオはどこに?ルウの洗脳は解けたのか?」
「ルウの洗脳は無事解けましたが・・・マスターは、少し不味い状況です。こちらに」
ニクロムに連れられて、広間の奥へと向かう。そこには、岩蛇に寄りかかりよく似た少女に治療されている、ボロボロのツチオの姿があった。腹から血を流し、右腕は何とか原型を留めているような状態。肌が裂け肉が露出し血だらけ、所々から骨らしきものも見える。
その側には、泣き腫らして目を赤くしたルウがへたり込んでいる。そして何故か、リンに羽交い絞めにされているライムが。
「・・・ユクリ、シスさん」
「ツチオ...」
「こりゃ酷ぇな...」
『しゃべらないで!まだ全然傷が塞がってないの!』
「そんな怪我で気絶してないなんて・・・とんだしぶとさね」
「気絶出来ないのが辛いんですよ・・・右腕、治るでしょうか」
『治るかじゃなくて、治すの!絶対に、元通りにするんだから...』
「全てが終わったら、こちらの魔術士にも治させますわ。それで、ライムは何で抑えられてるんです?」
「ルウが俺を刺したのが、相当頭に来たようで。っつ・・・1人で特攻しようとしたので、リンに抑えてもらってます」
「そうですの...。ルウは」
「洗脳されている間の記憶はないみたいです。今は大分落ち着いてますけど、さっきまでずっと泣きながら謝り続けてて...」
「無理もないですわ。間の記憶がないから、尚更訳が分からなくて恐ろしいんでしょうね...」
・・・最上階はもう1つ上でしたわね。非常時には、階段が天井に収納されるんでしたね。上からしか下ろせない、それなら...。
「天井をぶっ壊して、進むしかないですわね。タイレス、トゥルーリー。ツチオを階段の方へ避難させて...」
『あまり建物を壊すのは感心しませんねぇ。帝王としての品位を疑われますよ、ユクリシス様』
どこからともなく、女性の声が聞こえてくる。言葉遣いは丁寧だが、どことなくこちらを馬鹿にしているような感じ。
「・・・姉上、この声って」
『階段を下ろしますので、そこからお上がりになってください。第2王子王女様もご一緒に、あなた方にはお見せしなければなりませんから』
女性の声と共に、天井の一部が壁沿いに下りてきて階段となった。・・・まさか、この騒ぎって...。
「ど、どうしたんですかユクリシスさん?今の声が、誰のか分かるんですか?あいたたた...」
「・・・ええ、よく覚えていますの」
「でも、あいつは非合法の魔術研究を行っていた罪で投獄されて、獄中で死んだんじゃ...」
「脱獄したか・・・最初から、投獄されていなかったか」
「魔術で全くの別人を、自分の姿へと変えたんでしょう。それくらい、簡単にやってのける奴ですわよ。してやられましたわね...」
そうだとしたら、あれだけ多くの人間が操られたのにも納得がいきますわ。彼女なら、やりかねませんしやるだけの実力もある。
「何が目的なのよ、あの女。夢中だった兄上は、もう死んじゃってるのに...」
「聞いてみりゃ分かるだろ、お誘いにのってやろうぜ」
「大丈夫なの、罠って可能性は...」
「ないでしょう。私たちなんか、1人でも十分相手出来る。きっと、あいつはそう思ってますわ」
「その、今の声の人は誰なんですか...?この騒ぎの元凶?」
「・・・元凶、私を操った奴」
それを聞いたルウが、ゆらりと立ち上がる。さっきまで潤んでいた瞳が、今は憤怒に燃えている。
「私も行く、私が倒す」
「駄目ですルウ、あなたは既に戦えるほど魔力も体力も残っていません」
「でも!」
「そうです、お姉様。気持ちは痛いほど分かりますが、ここは抑えてください」
「さっきまで特攻しようとしていたライムが言う?」
「余計な茶々はいれないでください、リンちゃん。私が行きます、魔力も体力も尽きていません」
「そんなら、私も付いていくわよ。魔力は少ないけど、まだ戦えるわ」
「・・・いいえ、全員についてきてもらいます」
『そんな、ツチオは動かしていい状態じゃないのよ!殺す気!?』
ツチオ似の少女が言ってることは尤もですが・・・そうも言っていられない状況なのが、辛い所ですわね。相手が悪すぎる、下手したら人質にでもされてしまうかも。それならば、手の届く範囲に置いておいたほうが、まだマシですわ。
「ユクリシスさんたちがそこまで言う相手って一体...」
「・・・彼女の名前はアルミラ。前帝王の右腕、帝都一の魔術士。そして、兄上の熱心な信奉者ですわ。狂気を感じさせるほどのね」
「信奉者・・・どんな人なんです?」
「とにかく、兄上にしか興味がない魔人でしたわ。私たちなんか、帝王のての字にも満たない出来損ない。兄上のためなら何でもする、殺人・非人道的実験・誘拐拷問などなど」
「そんな人が、この上に...。その人がこんな騒ぎを起したんなら、何が目的なんでしょう?」
「あいつが考えることなんて、知りたくもないですわよ。とにかく、今じゃここで待ってる方が危険ですの。問答無用で付いてきてもらいますわ」
『・・・それなら、しょうがないわね。ツチオ、かなり痛むだろうけど我慢して』
「止血は?」
『微妙。今は止まってるけど、動かしたらまた開いちゃうかも...。出来るだけ安静にしとくしかないよ』
「了解。リン、悪いけど運んでくれ。蛇たちは・・・後で回収するしかないか。とりあえず、敵が来たら迎撃しといてくれ」
アルミラ・・・もう二度と会いたくなかったですわ。ここであったが二百年目、ツチオとルウの仇は私が取らせてもらいます。・・・絶対に許しませんわ。
<side ツチオ>
「っぐうぅ...」
「大丈夫・・・なわけないか。脂汗だらだら垂れてるもんね。出来るだけ揺らさないようにしてるんだけど...」
「い、いや大丈夫・・・血は出てないから大丈夫。気にしないで」
「背中で唸り声出されて、気にならないわけないじゃない...。危ないだろうけど、置いてった方が良かったんじゃない?」
「いや、ユクリシスさんたちが気にせず戦えるんなら、こんくらい安いもんだよ。あー、でも痛いもんは痛いわ...」
リンの背中に乗りながら、俺たちは階段を上っていく。しかし、前帝王の側近がこの騒ぎを起したか...。しかも狂った信奉者、主のためなら何でもするキチ女。そんな奴が、何でこんなことを仕出かしたのか。
「クーデター、なわけないか。主命だったんがから、主以外の人を帝王にするわけがない。だから、自分が帝王になろうとも思っていない...」
「姉上も言ったでしょ、目的なんてどうでもいいのよ。そんなの、後で聞けばいいんだから」
そうは言っても・・・相手は帝都一の魔術士で、しかも色々と狂ってるんでしょ?何をするか分かったもんじゃないぞ。何でこんなことをしたんだ・・・ユクリシスさんたちを殺すため?たったそれだけのことなら、暗殺とかもっと色々とやりようがある。わざわざ、町にいる人たちを洗脳するなんて大掛かりな真似をするとは思えない。これほど大掛かりなことをするなら、それだけの理由があるってもんだ。
「・・・ああくそ、全っ然分からんわ。痛みで集中出来やしねぇ。キチ女の意図なんて、常識人の俺に分かるわけないよな...」
「着きますわよ、しないとは思いますが奇襲に注意してくださいな」
「それなら、こちらから仕掛けましょう」
「舐めてかかると一瞬で消されるぞ。お前らはツチオを守れ、アルミラは元気な俺らに任せろ」
「タイレスさんの言う通りだ。今回は我慢して、俺を守ってくれ」
「・・・」
黙って俺の側に戻るライム。さて、アルミラさんってのはどんな人なんだろうねぇ...。
階段を上りきった先は、執務室のような丸い部屋だった。結構広く、かなり奥行きがある。床にはカーペットが敷かれ、大きな4つの窓から日光が差し込んでいり、普段なら机やら本棚でもありそうなものだが、今は真ん中に台が置いてあるだけで何もない。そして、その前に立つ人影。艶やかな紫色の髪を腰まで伸ばし、体の線がよく出る服を着た妖艶な女性だ。肌は病的なまでに白く、唇に塗られた真っ赤な口紅だけが妙に鮮やかだ。その背中からは蝙蝠のような翼が生えており、腰からは先が尖がった尻尾が。恐らく、悪魔か淫魔だろう。
「お久しぶりでございますね、ユクリシス第一王女様。今は帝王様とお呼びした方がよいのでしょうが、どうかご容赦ください。私にとって、帝王はあの御方にしか許されませんから」
「でしょうね。町民たちを洗脳したのは、あなたですね。何でこんなことを」
「あなた方にお話しても無駄です、どうせ理解なんて出来ないでしょうから」
「・・・テメェは、自分がしたことを理解しているのか?何の罪もない民が、やったこともない戦いを強いられてるんだぞ!」
「勿論、理解していますよ。ここで死んだ民たちも、あの御方のために死ねて本望でしょう。ねえ?」
「いくら帝王だからって、民を殺していい理由にはならないわよ!」
「・・・兄上のために死ぬ?どういうことですの、兄上はもう亡くなって...」
「ええ、ええ。他ならぬあなたに!あの御方の足元にも及ばないあなたに!殺されたのです!」
アルミラさんがそう叫ぶ。怨嗟にまみれた言葉とは裏腹に、その顔には三日月のような笑みが張り付いている。信奉する主を殺された憎しみ、俺には理由が分からない喜び。狂気と狂喜が混在した表情に、意識が向いていないにも関わらず鳥肌が立つ。
「・・・そうですわ、私が兄上を殺しました。それは紛れもない事実、兄上はもう戻ってきません。それは、あなたにも分かっているでしょう!」
「戻ってこない?誰がそんなことを決めたんですか?どうして、グランニール様が戻ってこないと言えるんですか?」
ユクリシスさんのお兄さんは、グランニールって言う人なのか。いや、それ以上に重要なのは...。
「何馬鹿げたことを言ってんのよ、死んだ兄上が生き返るとで言うの?」
「その通りです!あの御方が、再びこの世に光臨なされるのですよ!」
「何言って...」
「ユクリシス様、私の研究内容を覚えていますか?」
「禁術指定の召喚魔術、人の命を代償に対象を召喚するもの・・・まさかあなた、兄上の魂を現世に戻すつもりですの!?」
「さすがに察しがいいですね、その通りです。この町全てを覆う規模の陣、町中の生命の生贄。それと、依り代となるグランニール様の首」
アルミラさんが横に退き、台の上に乗っている物を俺らに見せる。文字通り血の気が失せた、大きな角を2本持った精悍な男性の生首が、そこに鎮座していた。
「既に準備は終わっています・・・後は、術が発動させるだけ」
「そう簡単にさせると思って?」
「速攻でお前を潰して、後で陣を壊せばいい」
「兄上の首も返してもらうわよ。あんな兄でも、一応兄妹なんだから」
その場にいる全員の魔力が、爆発的に膨れ上がる。1人1人の魔力が馬鹿みたいに強大。うわ・・・やっぱり、俺って場違いだな。
アルミラさんの濃密な闇のような魔力に気圧され、床に手をついて荒い息を吐く。一応俺も目に入っているんだな・・・しっかりと殺意を向けられてんよ。傷口を刃物で抉られるかのような感覚だ。
「ツチオ?ツチオ!」
「っはあ!わ、悪いルウ。目が離せなかった...」
『無理もないよ・・・目を離したら、殺されちゃうもの』
「それでは、主が戻るための前哨戦を始めましょう。残り時間はあと僅か・・・その間に、私を殺せるでしょうか?」
アルミラさんの魔力が、明確な殺意を伴って俺たちへ向けられる。それと同時に、床に線が浮かび図形が結ばれ光り出した。これが魔法陣・・・町中を覆っているはずなのに、外では大した変化は起こっていない。何処に魔法陣を仕掛けたんだ?
「それでは、存分に殺し合いましょう」
「殺されるのは、あなただけですわ」
そうして、壮絶な戦いの幕が開いた。




