5.ゲームセンターと犬。
それから、放課後に時々遊ぶようになった。
普段、咲乃は部活の方へ顔を出すが、週に一、二回ほど部活を休み、駅前辺りで遊ぶのだ。
ある日はゲームセンターに行った。プライズゲームでぬいぐるみを狙う。
「また取った! 伊奈上手い」
「なんでだか、これだけは得意なんだよ」
よく一人で遊んでいるのは内緒である。
咲乃はあれこれと取るようせがんでくるが、なんでもかんでも取れるわけではない。取れそうな奴から取っていく。
「なんか、余計なのばっか増えたね」
「そういうもんだよ」
お店に袋があって助かった。それでも大きな袋、二つ分になってしまった。
「次はあれしようよ」
ゾンビを鉄砲で倒していく奴だ。ゾンビが気持ち悪いので気が進まなかったが、例によって強引に連れて行かれる。
ゾンビを殺戮していく咲乃の顔は嗜虐に満ちあふれていた。やはりただのドSではない。
私は一回で降参したが、咲乃はどんどん小銭を投入して殺戮を続ける。
「咲乃、頼むから近所の野良猫殺したりしないでよね?」
「そんなことしないって。え? 伊奈って私をどういう目で見てるの?」
そんな眉間に皺を寄せた顔も絵になる女。本当、ずるい。
この後もリズムゲームに興じる咲乃を眺めたりして過ごす。
「もうそろそろ帰ろうよ」
「そうしようか。荷物すごくなったね」
調子に乗ってぬいぐるみを取りすぎた。
「余計なのは明日学校で配ろう」
なるほど。かぐや姫様お手ずから配って歩けば、引き取り手なんていくらでも見付かるだろう。自分の使い方をよく知っているずるい女である。
「じゃあ、学校まで戻ろうか」
「面倒だよ。こういう時の青柳だし」
「え?」
私が止める間もなく、咲乃は携帯を耳にやった。
「青柳? 今駅前のゲーセンにいるから。ダッシュで来て」
用件だけ伝えてすぐに切った。
「冗談でしょ?」
「いつものことだよ?」
本当にすぐ青柳先輩が来た。肩で息をしている。しかも柔道着のままだ。
「これ、学校持ってって。私の机の上に置いといたらいいし」
「はい、分かりました」
「ちょっとちょっと、それはあんまりでしょ?」
「だからいつものことなんだって」
「これが俺の役目だから」
「いや、でも先輩、こんな後輩にアゴで使われてていいんですか?」
「それが俺の喜びだから」
うわぁ、ドMだぁ。でもこんなの、まともじゃない。
「そういうわけにはいきませんって。じゃあ、私も行きますよ」
「何言ってるのさ、一緒に帰ろうよ」
「咲乃だけ帰りなよ。一緒に行きましょう、先輩。半分持ちますし」
咲乃はまだ何か言っていたが、放って置いて青柳先輩と二人で学校へ向かう。
勢いで一緒に行くと言ったが、よく考えたら男子と二人っきりだ。どうすればいいのかさっぱり見当がつかない。実に気まずい時間が過ぎていく。
いいや、いい機会だし、この奇妙な下僕を説得しようではないか。
「先輩、こんなのおかしいですよ」
「何が?」
「何がって、咲乃ですよ。非人道的な扱いじゃないですか」
「俺が望んだことなんだ」
「咲乃は調子に乗らせるとどんどんエスカレートするし、いい加減ピシャっとやっとかないと、とんでもないことになりますよ?」
「だから俺が望んだことなんだよ。姫には無理言って使ってもらってるんだ」
あ、姫って呼ぶんだ。そう言えば、クラスの男子でもそう呼んでいるのがいたな。まぁ、確かにあの傲岸不遜さは姫と呼ぶにふさわしいか。
「彼女は最初嫌がったんだ。犬なんていらないって。でも俺が付きまとって、何度も土下座して、それでようやく使ってもらえるようになったんだ」
「なんでそこまでして? そりゃちょっと可愛いですけど、ただの女子高生ですよ?」
「ただの女子高生なもんか。あれだけ美しくて、気高くて、孤高な存在を他に知らない。遠くから見ているうちにどうしても側にいたくなって、こうして仕えることにしたんだ」
「先輩って、あのー……ドMですよね?」
「ドM? みんなそういうけど、別にそんなことないよ。崇高な存在に仕えたいって思うのは、ごく自然なことなんだ」
うわぁ、自覚なしか。崇高な存在って何だ? あれはただのドS・プラス・アルファだ。
「うーん、幻想ですよ。幻想見てるんですよ、先輩は」
「いいや、側にいるうちに確信したね。彼女は唯一無二の存在だ」
先輩はある種のカルトの染まっていらっしゃる。どうしたものか。
「で、先輩はこれからどうやるつもりなんですか?」
「どうやるって?」
「咲乃とお近づきになって、最終的にはお付き合いしたいわけですよね?」
「そんなことあるか。姫と付き合うなんて、そんなのありえない」
顔を近付けて力説してきた。近付いてきた分、私はのけ反る。怖いってその顔。
「じゃあ、咲乃が誰かとお付き合いしたらどうするんですか?」
「甘んじて受け入れる」
「咲乃が、彼氏がいるしもう寄ってくるなって言ったら?」
「遠くから見守る」
硬く拳を握り、遠くを見据える。
信念だ。彼は信念の人だ。
ある意味、ただの女子高生相手にここまで思い詰められるのは、尊敬に値する。
「じゃあ、まぁ、これからも頑張って下さい」
「そのつもりだよ」
もうこれ以上、私は言うべき言葉を持たない。
「君は姫の親友だよね」
「はぁ」
矛先が私に移った。崇拝の対象に私はふさわしくないに違いなかった。
「君が親友になってから、姫は前以上に光輝くようになった」
「そうですか? ああ、意地悪する対象ができたからですね」
「そうじゃない。姫は今まで少し影があったんだ。それはそれで良かったんだけど、時々胸が締め付けられる思いがした。それが君と出会ってからは生き生きしている。俺にも君の話ばかりするんだ」
「私の話、ですか?」
「今日はこんな意地悪をした、その時こんな顔をした。明日はどんな意地悪をしようか、どんな顔をするか楽しみだ、って」
「いや、それってただ意地悪して喜んでるだけじゃないですか。こっちは大迷惑なんですよ」
「それから今日の弁当はあのおかずが美味しかった。明日リクエストしたおかずが楽しみだ。そんなことも話すんだ」
「それは単にいじきたないだけですよ」
「宿題忘れたら教えてくれたり、教科書見せてくれたり、物を落としたら拾ってくれたり」
「隣の席だからですよ。それにあれって、絶対わざとやってますよ」
「わざとだよ」
「やっぱりですよね」
「そうやって君が親切にしてくれるのが、うれしくって仕方がないんだ」
「彼女になら、誰だって親切にしますって」
「君はまた違うんだ。だから親友なんだよ」
何がどう違うのだろうか? 困っているから普通に助けてやっているだけである。その困っているのも、わざとそんなふりしているだけなのだが。
「あの、彼女の言う親友って何なんですか?」
「それは俺にも分からない。でも親友ができたのは初めてだって言ってたな」
「できたっていうか、強制してきたんですけどね」
「逃しちゃいけないものってあるんだよ。俺にとっては姫で、姫にとっては君なんだ」
「はぁ、そんなものですかねぇ」
そんな話をしているうち、教室にたどり着いた。
咲乃の机の上にぬいぐるみを山積みにする。
「じゃあ、俺は部活の続きがあるから。送っていけなくて悪いけど」
「いいですよ。部活、頑張って下さい」
咲乃に青柳先輩、何を考えているのかさっぱり理解できない主従である。
これからもあの連中と付き合うのかー。静かな高校生活は遠のいたな。
駅に着くと、咲乃が待っていた。やっぱり待っていたか。笑顔で手を振る無邪気な姿に、少しだけ和んでしまった自分に驚く。
「先に帰ればよかったのに」
「一緒に帰りたかったんだよ」
あんまりベッタリなのは勘弁なんだが。
「そんな大きなの選ぶし」
学校へ持っていく前に、咲乃は気に入ったぬいぐるみを抜き取っていた。
抱えないと持てないような、白地に黒いブチの猫のぬいぐるみである。
「伊奈が取ってくれた記念。大事にするよ」
ニッコリしてぬいぐるみに顔を埋める。ちょっと可愛いらしい。いいや、見た目と言うことに騙されては駄目だ。
「じゃ、帰ろうか」
「うん、今日も楽しかったね」
咲乃が腕を組んできたのを引き剥がす。ベタベタするなって。
でも、こうして遊ぶのも前ほど嫌ではなくなっている。咲乃と遊ぶのはそこそこ楽しい。そんな心境の変化をかすかに感じる。
私も咲乃に毒されてきたのかな……