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3.なんで私だけ『咲乃』なの?

 放課後になる。

 これでようやく咲乃という災厄から逃れられる。家で静かにマンガを読もう。

 立とうとしたところで咲乃が声をかけてきた。


「私、今日サッカー部に行くんだけど」

「あ、そうなんだ」


 マネージャーでもしてるのだろうか。でもここで話に乗っかると、また面倒が待っていそうな気がする。軽くスルーだ。


「一緒に来ない?」

 

 どっちにしても面倒に巻き込む気のようだ。


「いや、私は早く帰りたいんだけど」

「何か習い事?」

「ないけど」

「じゃあ、一緒に行こうよ。汗臭い男子見るのも一興だよ」

「いや、そんな趣味ないし」


 咲乃が椅子ごと身体を近付けてくる。う、近い。


「私はあるんだよ。運動部男子の筋肉、最高だよ?」


 声をひそめて咲乃が言う。


「え? 咲乃って変態なの?」


 私も声をひそめる。変態なんて単語、あまり周囲には聞かれたくない。


「失礼だね。私は肉体美に興味があるだけだよ」

「じゃあ、美術部で石膏像のデッサンでもしてればいいじゃない」

「それじゃ駄目だよ。生身の筋肉じゃないと」


 拳を振り上げて主張しだした。

 興奮して声が大きくなりかけている。


「生身の筋肉がお好きなんだ?」

「こんなの言うの、親友の伊奈だけだよ? 私、筋肉大好きなんだ」


 いらない情報を聞かされた。だからどうしろというのだ。


「それでわざわざサッカー部通ってるんだ?」

「サッカー部だけじゃないよ。日替わりでいろんな部活回ってるの。一応マネージャー的なこともするよ? ちょっとしたお手伝い程度だけど」


 そんな部活を何股もするようなことなど、本当なら許されないだろう。

 しかし彼女はかぐや姫様なのだ。ちょっと顔を出すだけで、どこの男子部員達も大喜びに違いなかった。ずるい女である。


「咲乃の趣味は分かったけど、私を巻き込むのは本気で勘弁してよ」

「伊奈にも筋肉の良さを知って欲しいんだよ」

「なんで?」

「だって、親友じゃない」

「いや、親友だからって、趣味が一緒でなくてもいいでしょ?」

「そうかな?」

「そうだよ」


 本当はよく知らない。親友がどんなものなのかなんて、今まで考えたこともないのだ。

 とにかく今は面倒回避である。


「でも、私は伊奈と趣味を共有したいんだよ」

「そういうの、本気で勘弁なんですけど」

「つれないね」

「うーん、はっきり言うけどね。私、そういうベタベタしたの、大嫌いなの」


 こうやって相手を拒絶するのはそれなりに勇気がいる。しかしここは思い切るべきだ。このままだとずっと咲乃のペースだ。私の平穏な高校生活が滅茶苦茶になる。


「大嫌い、なんだ」


 咲乃が身を引いた。予想以上に打撃を与えたようだ。やっぱり言い過ぎたかな?


「分かったよ。部活には一人で行く」

「そうしてよ」


 咲乃はゆっくり立ち上がると、扉の方へ向かった。その後ろ姿は、随分と元気がないように見えた。


「咲乃!」


 思わず声をかけてしまった。


「何?」


 満面の笑みで振り返られる。うわ、またはめられたか。


「あー、明日、お弁当何がいい?」


 とっさに出てくるのは、せいぜいそんなセリフだった。


「唐揚げ。鶏の唐揚げが食べたい」


 にこやかに拳を握る。


「分かった。唐揚げね」

「期待してるよ」

「期待してて」


 激しく手を振りながら咲乃が出ていった。私もお付き合い程度に手を振って見送る。

 さて、唐揚げか。材料買って帰るか。

 と、立ち上がったところで声をかけられた。


「乗倉さん、だよね?」


 知らない女子だった。いや、顔は知っている。クラスメイトだ。名前は知らない。

 茶色の毛にウェーブをかけている。この学校は校則が緩やかなので、こんな髪型でも許される。どっちにしろ、私とは対局に位置する女子と言えよう。

 そんな女子に話しかけられるなんて思ってもみなかった。どうしても怪訝な顔になってしまう。


「あたし、桃瀬。話すの初めてだよね。今、サキのこと『咲乃』って呼んだね?」


 変なことを言われた。お前ごときが咲乃を呼び捨てなんて、十年早いんだよ! 的な言い掛かりだろうか。また面倒事だ。


「彼女がそう呼べって言ってきたの。無理矢理に」

「え! 向こうから!」


 桃瀬さんが驚いた顔を見せる。桃瀬さんもそこそこ可愛いが、さすがに変な顔になる。誰しもが咲乃のようにいくわけではない。

 彼女は何に驚いているのだろうか? どう振る舞っていいのか、さっぱり見当がつかない。


「いや、ありえないってば。サキって『咲乃』って誰にも呼ばせないんだよ?」

「なんで?」

「親友以外には呼ばせないんだってさ。地味に傷付くよね」

「ああ、彼女に言わせると、私は親友らしいよ」

「え? 嘘でしょ?」

「そう言ってるよ、彼女」

「えー、親友?」


 そう言って、桃瀬さんが上から下へ、私の全身を視線で舐め回していく。その目には、三つ編みを左右に垂らした、スカート丈の長い地味な女が写っていることだろう。


「なんでこの娘が?」


 ボソリとつぶやいたが、はっきりと聞こえた。地味に傷付く。


「私にもよく分からないけど、一方的に親友認定されてるの」


 私は事実を述べる。私も親友であることを認めさせられたのだが、あれは罠にはめられたのだ。無効だと言っていい。


「うーん、そうなんだー。サキって本当、何考えてるか分からないねー」


 嘆かわしげに首を振る桃瀬さん。地味に傷付く。


「まぁいいや。あの娘のこと、よろしくしてよ。悪い娘じゃないし。良い娘でもないけどさ」


 軽く手を振って、他のクラスメイトのところへ行った。みんなで私を見ている。さっそく噂話になっているらしい。こういうの、疲れるんだよなぁ。




 森田咲乃は有名人である。そして仲の良い友達が大勢いる。

 朝、クラスに入ってきただけで、大勢のクラスメイトからあいさつを受ける。


「おはよう、サキ」

「サキちゃん、遅いよ」

「おっす、森田」

「姫、今日もきれいだぜ」


 確かに誰も、「咲乃」とは呼ばない。友達同士なら一番ありきたりな呼び方のはずなのに、誰もそう呼ばないのだ。


「おはよう、伊奈」

「おはよう、サキ」

「ああ?」


 いきなり鋭い視線で睨み付けてきた。


「おはよう、咲乃」

「よろしい」


 椅子を引き、優雅に腰を下ろす。


「あのさ」


 ちょっと咲乃に身を近付ける。


「なんで私だけ『咲乃』なの?」

「どういう意味?」

「『咲乃』って呼ばれると嫌がるんでしょ、君」

「伊奈は親友だから『咲乃』って呼ばないと駄目なんだよ」

「駄目なんだ」

「そう決まってるの」

「いや、そもそもなんで私だけ親友なの?」

「親友であるのに理由なんていらないよ。伊奈はピーンときたの」

「ピーン?」

「ピーン。この娘は親友だ! って。だから親友」


 まったくもって意味不明だった。しかしこれ以上追及しても、まともな答えは返ってきそうもない。


「分かった、諦める。でも私に迷惑かけるのだけは勘弁してね」

「何それ?」

「だって君、有名人でしょ? 私みたいなのが親友だってなったら、変に思われるよ」

「その考えが変だよ。私達の間には、何の障害もないよ」

「そういう言い方は誤解を招くって」

「あ、私にそういう趣味はないから安心して。あくまで男子の筋肉命だから」


 男好き宣言である。中身はアレだが、見た目だけはやたらに良いのだ。男子なんていくらでも取っ替え引っ替えできるのだろう。別にうらやましくなんてないけどさ。


「お弁当は?」

「作ってきた。鳥の唐揚げね」

「うわー、楽しみー」


 両手を頬の横で組んで笑顔。本当、見た目だけはやたらに良い。


 それにしても、咲乃は本気で私のことを親友だと思い込んでいるらしい。そして実際、親友にしか呼ばせないという、「咲乃」という名前で自分を呼ぶことを強制してきている。そもそも強制というのがおかしいのだが。

 これはどう解釈すればいいのだろか? 私達は本当に親友同士、なのだろうか。いいや、私はそうは思っていない。

 今まで親友なんていたことのない私なので、親友の定義がよく分からないのだが、咲乃が言うようなピーンで親友が決まるなんておかしくないだろうか? それにそこには私の意向は一切反映されていない。

 咲乃がどう思おうとも、私が親友だと思わない限り二人は親友ではないはずだ。そう言うと、咲乃はまたタチの悪いやり方で親友だと認めさせようとするのだろうが、私の内心の自由は憲法で保障されているのだ。

 そう、私達は親友ではない。我がままなかぐや姫様と、それに振り回される凡人。それが私達の関係なのだ。

 そうに決まっている。


 三時限目の後、青柳先輩がやってきた。


「あ、今日から伊奈のお弁当もらうし。お昼は買いに行かなくていいよ」

「え? そうなんですか?」


 目に見えて落胆する。嬉々としてパシリをするなんて、どんだけ情けない人なんだ。

 恨みがましい目で私を見る。中身は情けないが、見た目はいかついのだ。思わず緊張する。


「伊奈をそんな目で見ないでよ。絶交するよ?」

「すみません」


 大きな身体を小さくして、とぼとぼと出ていった。さすがに憐れみを感じる。


 そして昼休み。


「さー、お弁当ですぞ-」

「お口に合えば幸いですけど」


 すでにテンションが高い咲乃の前に弁当を置いてやる。

 弁当箱を開いた咲乃は満開の笑顔。


「すごーい」

「どうぞ召し上がれ」

「いっただきまーす」


 咲乃がさっそく唐揚げに手を付ける。


「美味しー!」


 やたらとテンションが高い。

 でもここまで喜ばれると、悪い気はしない。人に料理を食べてもらう喜びなんて、久し振りに感じたかもしれない。

 二人向かい合って、弁当を食べていく。

 咲乃はベラベラと、昨日見てきたサッカー部の筋肉について熱く語っている。ユニフォームで汗を拭いた時に見えた腹筋がたまらん、とか、言ってることは完全に変態である。

 さっき青柳先輩の後ろ姿を見ていて気になったことがある。


「筋肉って言えば、青柳先輩って筋肉だけはあるよね。二人、実は付き合ってたり?」

「付き合う? ないないない。ドMに興味はないよ」

「じゃあ、今付き合ってる人ってどんな人?」

「誰とも付き合ってないよ」

「嘘でしょ? 親友に嘘付くの?」

「嘘じゃないって。私に寄ってくるのは碌でもないのばっかりだし、付き合うとかあり得ないんだよ」


 そう言うと、ため息をついて遠くを見る。

 かぐや姫なりの苦労があるのだろうか。そんなことないか。好きなだけ男子が寄ってくるのだ。ハーレムなのだ。


「ふーん。そうなんだ」

「あ、信じてないね?」

「信じるわけないじゃない。それって特定の男子とは付き合ってないって意味?」

「不特定の男子とも付き合ってないよ。え? 伊奈って私のこと、そういう目で見てるの?」

「だって男好きだって、自分で言ってたじゃない」

「私が好きなのは筋肉だって。ショックだよ、伊奈がそんなふうに見てるなんて」


 目尻に手をやる。


「また嘘泣きするでしょ? 同じ手は二度食わないよ」


 咲乃が派手に鼻をすする。美人がそんなことをするもんじゃない。


「私、ホントそんなんじゃないし」


 咲乃の眼をよく見ると、赤く充血していた。

 え? 本当に泣いてるの? いいや、これは高度な嘘泣き術に違いない。

 でもどんな時でも崩れることのない美貌が、みっともなくクシャクシャになりかけている。

 ちょっとマズいな。


「分かったよ。ごめん、言い過ぎました」

「ホントだよ?」

「分かった。咲乃は男好きじゃない」

「筋肉が好きなだけなんだよ」

「そう、筋肉好きの変態です」

「え? 変態は言い過ぎだって」


 いいや、言ってることは変態なのだ。

 はぁ、本当、扱いにくい奴だなぁ。

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