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2.弁当を食べるだけでも。

 今日から通常通り授業がある。

 地味な私は地味に真面目に授業を受ける。

 隣の咲乃がときどき消しゴムのかけらを飛ばしてくるが、無視である。関わっては負けだ。

 そして昼休み。

 私が手を洗って教室に戻ってくると、なぜか私と咲乃の机が向かい合わせでくっつけられていた。

 やられた。

 咲乃はニコニコ顔だ。

 私が机を戻そうとすると、咲乃も机を掴んで離そうとしない。意外に力が強い。というか、帰宅部の私の力が弱いのかもしれない。


「何するの? も……咲乃」

「一緒にお昼、食べるんじゃない」


 ごく当り前のように言う。


「一人で食べたいんだけど」

「駄目。一緒に食べる」


 咲乃がかぐや姫と呼ばれているのには、もう一つ理由があった。

 彼女は何を考えているのかよく分からない人間なのだ。

 それも仕方がない、彼女は月面人だからね。そういう扱いなのだ。


「私に拒否権なし?」

「拒否する理由がないじゃない」

「いや、だから一人で落ち着いて食べたいんだよ」

「そんなわがまま許さない」


 えー? まるで私が悪いみたいな言い方だ。

 いい加減分かってきたが、彼女に逆らうのは時間の無駄だ。大人しく席に座る。


「伊奈はお弁当派なんだ?」

「咲乃は?」

「私は購買のパン」

「購買って、すぐになくなるんじゃなかったっけ? のんびりしてていいの?」


 前に行ったことがあるが、出足が遅れたのでほとんど売り切れだった。

 咲乃が購買に行くならその隙に机を元に戻せる。早く行けと念を送る。

 しかし咲乃には慌てる様子が見られない。


「もう買いに行かしてるから」


 「行かしてる」という言葉に引っかかりを感じる。

 案の定、しばらくして青柳先輩がやって来た。

 間近で見るのは初めてだが、扉の鴨居に頭をぶつけかねないような巨漢である。横幅も広い。咲乃三人分くらいある。


「遅いなぁ。何やってるのさ」

「すみません。ジャムパン売り切れてまして」


 え! 敬語なの!

 三年生で柔道部の猛者である青柳先輩がペコペコと頭を下げている。いかつい雑作の顔なのに、とてつもなく情けない表情だ。

 うわ、これがドMなのか。


「代わりに何買って来たの?」

「うぐいすアンパンです」

「うーん、まぁ、妥協点かな。お釣りは?」


 青柳先輩からお釣りを受け取る咲乃。どうやらお金は自分で出しているようだ。


「よくやった」


 咲乃が笑顔で青柳先輩の頭を撫でてやる。

 とたんに情けない顔が締まりのない顔に変わる。どっちにしても、駄目である。

 青柳先輩がこっちを見た。ヤバい、今の私はゴミを見る目をしている。慌てて顔を逸らす。


「この娘は?」

「ああ、私の親友の伊奈。彼女もよろしくね」

「そうですか。俺、青柳。よろしく」

「はぁ、乗倉です。よろしく」


 一応立ち上がって頭を下げる。


「じゃ、今日はサッカー部だし」

「分かりました。いつでも呼んで下さい」

 

 青柳先輩がまたペコペコ頭を下げながら教室を出ていく。


「え? あんな扱いって非道くない?」

「いや、本人があれを望んでるんだよ。ドMの心理はよく分からないよね」


 全くもってよく分からない。

 それより咲乃は聞き捨てならないことを言っていた。


「私が親友ってどういうことなの?」

「え? 私達親友じゃない」

「え? いつそんな話したっけ?」

「いや、親友になるのに会議して決めるわけないじゃない。いつの間にかなっているもの。それが親友なんだよ」


 そうなのだろうか? 私は今まで親友がいなかったのでよく分からない。親友どころか、友達だってまともにいたことがないのだ。

 いやいや、それにしたって、知り合ってまだ数日と経ってないのだ。いきなり親友はどうだろうか?


「私達って、別に親友じゃないって思うんだけど」

「え!」


 咲乃が目と口を大きく開いて私を見る。間抜けな表情だが、咲乃だとこういう時でも絵になるのだ。実にずるい。


「今の非道いよ。私達が親友じゃないって?」

「いや、そうでしょ? 少なくとも私はそう思うけど」

「非道い、非道すぎる」


 咲乃が口を押さえてうつむいた。声をしゃくり上げている。え? 泣かしちゃった?


「あ、いや、ごめん、泣かないでよ」

「でも、でも……」

 

 慌てて席を立って、咲乃の横に回り込む。

 肩が震えている。少し、いや、かなりためらった後、その肩を抱いてみる。


「ほら、泣かないでよ、咲乃」

「でも私達、親友じゃないって」

「あ、いや、でもねぇ」

「私達、親友だよね?」

「うーん」

「やっぱり違うの? うう……」


 机に突っ伏された。


「いや、違うって」

「何が違うの?」

「私達、親友。かもしれない?」

「かもしれない? かもしれない?」

「いや、あー、親友。そう、私達、親友」


 親友とか、言ってて恥ずかしくなってくる。


「親友?」

「そう、親友」

「だよねぇ~」


 満面の笑みで顔を上げる咲乃。

 うっわー、やられた。


「嘘泣きとかなしでしょ?」

「でも言ったよ。私達親友だって」

「言ったけど……」

「じゃ、私達親友だし」


 強引に私の手を握ると、ブンブンと振り回した。

 もういい加減疲れた。全てを諦めて、弁当に向かう。

 私が弁当を食べているのを、咲乃がジィッと見ている。


「伊奈のお弁当って、誰が作ってるの? お母さん?」


 静かに弁当を食べさせる気はないらしい。


「私。私が全部作ってるの」

「すごいね」


 もう、高校生ですからね。自分の弁当ぐらい、自分で作れますから。

 これは少し自慢なのだが、私は料理だけは上手い。料理は一人でできるので、趣味としてもちょうどいいのだ。今日のいもの煮っ転がしもうまくいった。


「でも茶色いね」


 一言余計である。自分では弁当も作れずに、パンなんて食べている奴に言われたくはない。


「いいなぁ、お弁当、いいなぁ」


 また何かを始めた。

 口元に指を当てて、上目遣いで私を見てくる。


「自分で作ればいいじゃない」

「私、料理はしたことないんだよ。いいなぁ、お弁当、いいなぁ」


 可愛らしくまばたきなんかして、何やらアピールしてくる。


「ねぇ、料理って、一人分も二人分も、手間は変わらないと思わない?」


 徐々に露骨になってきた。


「そんなことないよ。鍋の大きさだって変わってくるし」

「そうかなぁ、そんなことないと思うけどなぁ」


 身体をクネクネくねらせてアピールを続ける。


「お弁当、作ってきて欲しいの?」


 いい加減、うっとうしくなってきたので聞いてやる。


「いや、それは悪いよ。悪いって」


 両手を振って遠慮してくる。実にわざとらしい。


「じゃあいいけどね」

「そうだね。そうだよね。私だけ毎日パン、ボソボソ食べとくよ。親友の伊奈はそうやって美味しいお弁当食べてればいいよ」


 パンをかじりながらうつむく。しかし目はしっかりこっちを向いて何やら訴えかけてきている。

 そうやって媚を売れば男子ならコロッといくのかもしれないが、女子相手にやっても無駄である。

 しかし段々と相手をするのが面倒になってきた。


「素直に作ってきて下さいって言えば作ってきたげるけど」

「ちっ、人が下手に出ていれば」

「え? いつ下手に出たの?」

「寂しくパン食べてる人間目の前にして、よく平気で自分だけお弁当食べてられるよね?」


 まだ開けていないパンの袋を机に叩き付ける。


「いきなりキレないでよ」

「パンばっか食べてると、心も荒んでくるんだよ」

「分かったよ。お弁当作ってきたげるよ」

「それじゃ、私が無理矢理作らせるみたいじゃない」

「いいえ、是非とも作らせて下さい。お願いします」

「仕方ないなぁ、じゃあ、作ってきてよ」


 傲然と胸を張る。

 もう、何この人?

 争い事を好まない私の性格があだとなった。まんまと咲乃の思惑通り、弁当を作らされることになってしまった。

 もしかして、私も青柳先輩みたいに下僕扱いなのかな?

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