すーぱぁ大怪獣出現(5)
(8)
全エネルギーを使いきってグレート・ジエイダー・マキシマムはその場に各座していた。
対する破壊鬼皇は、左胸に巨大鋼剣を生やしたまま立ち尽くしていた。肩から胸にかけての切り口から青黒い煙が吹き上げている。両腕を力無く垂らし、背部で触腕が痙攣のように震えている。
「やったのか?」
勝ったとは思わない。だが、せめて相打ちには……。
<くそっ。エネルギー残存量0.18%。メイン・ジェネレーターは完全にオーバーヒート状態>
「両腕リニア・シリンダー、過剰磁気圧により変形、使用不能」
≪腰部サスペンション、油圧低下。右膝関節、粉砕。サブ・ジェネレータ出力、辛うじて30%を維持。二次コンデンサー、電圧低下……。これじゃぁ動くこともできんぞ≫
<ぬぅぅぅ、冷却水が漏れとる。やっぱ、出力が過剰だったか……>
状況確認が続く中、俺は正面モニターに映るひび割れだらけの大怪獣をじっと見つめていた。こいつは何の為にこんなところに出て来たんだろうか……。
<な、何ぃっ。電磁場脈動振動数が上昇を始めた。『やつ』がまた動き始めるぞい>
目前の破壊鬼皇の外骨格から吹き上げる煙が、青から白色に変わった。同時にひび割れから緑の液体が吹き出し体表を濡らし始める。胸に突き刺さったソードも、徐々に体内に吸収されていっている。
「なんてやつなんだ……」
全身から煙を吹き上げながらも、『やつ』は顔を前に向け、動き始めた。再生仕掛けてる外骨格に再び亀裂が生じる。細かい破片が舞い落ちることも気にかけず、破壊鬼皇はこちらに歩み寄り始めた。
やつが一歩足を進める度に、復元しかけた外郭は再びひび割れ、崩れ落ちる。
が、それをものともしない姿は、正に破壊の皇に相応しいのかも知れなかった。
「カイジエイ側のジョイントを強制解除して、クウジエイだけでもボルトアウト出来ませんか?」
<無理じゃ。ジエイダー側の脚部ピストンが動作不良を起こしとる。これではメタモ=ファイターへもサーボ=スレイヴへもチェンジ出来ん。第一、射出するだけのエネルギーがもう無い。波多野君、マニュアルでそっちの火器だけでも使えんか?>
≪リックジエイも、右足側は全く言うことをききません。左側の加速砲もシンクロン砲も、今のサブジェネでは出力不足で撃てないし、ミサイルは誘爆防止リングがロックして使用不能≫
<万事休すか……>
負けた、というよりも『防ぎきれなかった』という事が、俺は悔しかった。何処まで行っても俺は自衛隊員なのだ。このままこの国がやつに破壊されるなんて、……ちきしょう。
俺が奥歯をかたく噛み締めてその時、『やつ』の動きが止まった。
それも、『びくっ』と、……そう、まさに人が何かに驚いてびくっとするような仕草をした後、固まってしまったのだ。
そして俺は見た。『やつ』の足元でひらめく白いワンピースを着た女性の姿を。一体、いつからそこにいたのだろう? ここは、ついさっきまで戦場だったのだ。女性が一人でやってこれるはずはない。
幻か? それとも……。
──ハッキィー、もう、こんなところで何やってるのよぉ。
長い髪の女性が告げると、『やつ』はおずおずと足元の彼女に向き直り、低く唸った。
──いい訳なんかするんじゃないの。
”キュヒュヒュゥゥ……”
──いい、今日はご飯抜きだからね。
”リュリィ、リィリィィィ”
──だめです。帰るわよぉ。それとも、お仕置きの方がいい?
”リリリリリリリィィ、……ケテュケテュ、ィィィィ”
──そうでしょう。じゃぁ、行くよぉ。
そんなやり取りの後、破壊鬼皇は俺達に背を向けると、しょんぼりと肩を落としていた。そのまま、とぼとぼと謎の女性の後をついて行く。
数十mほど歩いたろうか。ワンピースの女性は、『やつ』に何かを与えたように見えた。
そのとたん、まるで飼い主から餌を貰った飼犬のように、破壊鬼皇は尻尾を振りながら彼女の後を追いかけて行った。
途中、破壊鬼皇は俺達を振り返ると、片手を上げる動作をした。
俺も反射的に右手を上げた。
低いモーター音がして、動く筈のないグレートの右手も上がった。
そして、赤い夕日に溶けこむようにして、二人はそのまま俺達の前から姿を消してしまった。
(9)
「輝兄ちゃんって、特撮オタクだったんだね」
ひょんな事から見つかってしまったビデオグラムを、松戸家の居間で庄之介君と2人で見ながら、俺は当時を思い出していた。
あの後、俺は再び辞令を受け取った。
その結果がコレだよ。何の因果で、防衛大学を首席で卒業した俺が、居候の浪人生の役なんかをやらされにゃあならんのだ。
もっとも、御手洗博士と毎日顔を会わせることよりは、はるかにましのような気はするが、結果的にどっちもどっちである。だが、これも日本の、いや世界の平和と安定の為だ。致し方あるまい。
「庄之介ぇー、ハッキーに餌やっといてよねぇ」
「ええー、またぁ。……もう、しょうがないなぁ」
「俺がやっときますよ」
そんな親子のやりとりを聞いて、俺は立ち上がった。
居間を横切って勝手口に置いてあった巨大な『プリティードッグミート粗挽きジャンボ缶・ニューグレート』を左手に抱えると、俺は庭におりた。
庭の隅には、何の変哲もない木製の犬小屋が設えてある。缶の蓋を引き剥がして、それを犬小屋の前に置くと、俺は小屋の脇に腰を下ろすと胡座をかいた。
「こんなちっぽけなところに押し込められてちゃぁ、たまには遠出もしたくなるよなぁ」
俺は誰に言うとでもなく呟くと、深く溜め息を吐いた。
「輝兄ちゃ〜ん、お祖父ちゃんが呼んでるよぉー。御手洗のお爺ちゃんが来たんだってぇ。ねぇ〜、輝兄ちゃ〜ん」
噂をすれば……だ。まいったな。俺は頭をかきながら、よっこいせと立ち上がった。
「お互い苦労するよなぁ」
犬小屋に一言だけ告げて、俺はその場を後にした。
”テケリッ、リリリ……”
縁側を上がろうとしている俺に、『やつ』が応えた。鈍く光るネームプレートのぶら下がる小屋の暗い入口から。
250mm x 85mmのプレートには草書体で【破壊鬼皇】と書かれている。
(了)