すーぱぁ大怪獣出現(2)
(3)
そいつは、ある日突然に現れた。
一体どこからやって来たのか、自衛隊の富士演習場のど真ん中に空中から染み出すようにフェードインして来たのだ。
そいつは、ジュラ紀の恐竜と昆虫に人間を加えてミキサーにかけたような姿をしていたが、分類学上そのどれにも当てはまるようには思えなかった。
『全長92.6m、全高33.2m、全幅28.1m、尻尾の長さ66.8m、推定重量4千5百38t、四肢ト尻尾部ヲ備エ通常ハ二足歩行ヲ行ウ、頸部ヲ経ズニ胴体ニ直接頭部ガ接続スル、頭部ニハ1対ノ眼球及ビ1個ノ複眼、7個ノ単眼、2対ノ巨大ナ牙ヲ備エタ口、3対ノ触覚、及ビ三本ノ角ヲ備エル、背部ニハ伸縮可能ナ6対ノ触椀ヲ備エル、触腕部先端ニハ3本ノ鋏状ノ爪ヲ備エル、前後肢ノ指ノ数ハソレゾレ7本、通常時ノ歩行速度35.6km/h……』
『節足動物様ノ硬質外骨格ト脊椎ヲ含ム内部骨格ヲ併セ持ツ内外骨格生物、主ナ体細胞構成元素ハ、炭素,水素,酸素,窒素,硫黄,珪素,鉄,鉛,たんぐすてん,ちたにうむ,ぱらじうむ,もりぶでん,ソノ他、特ニ珪素ト重金属元素ノ含有量ガ通常生物ニ比ベ異常ニ多イ、DNA/RNAヲ持タズ遺伝情報ハ珪素化合物ヲ中心ニ構成サレタ結晶核上ニ存在スルトミラレル、……』
『外骨格ノ主成分はハ珪素ト稀土類元素カラナルせらみっくういすかーノ網目状構造ト高耐熱有機高分子カラナル、内骨格成分ハ不明ダガ同様ノ構造ヲ持ツト推定サレル、……』
『細胞内ヤ体液中ニ磁性流体ヲ含ミ、体内発電ヲ行ッテイル様子、ソノタメ周辺部ニ電波障害ガ引キ起コサレテイル、体内発電ヲ利用シタ放電現象ヤまいくろ波、れーざー発振現象ガ確認サレテイル……』
『呼吸器官及ビソレニ類スル器官ノ存在ハ不明、周辺ノ酸素/炭酸がす濃度ノ変化ハ極メテ微量、ソノタメ通常ノ生物ト同様ノがす交換ヲ行ッテイル可能性ハ低イ、……』
こんな大怪獣が何の前触れもなく突然空からわき出したら当然大騒ぎになるところだが、場所が富士演習場だったためとマスコミや周辺住民への情報管制が徹底されたため、パニックといった最悪の事態だけは避けられた。
『出現時ニオケル前兆現象──足跡、音声ヲ含ム大気振動、地底及ビ地表面振動、質量移動、熱量変動、電磁気的変動、大気流変動、各種がすノ確認、放射線、ソノ他──ハ一切無シ、……』
こいつは、出現するや否や、辺りに散開していた戦車や装甲車、自走砲等を手当たり次第に破壊しては乗務員諸共喰らっていった。
『食物トシテ人間ヲ含ム動植物ヲ摂取スルト同時ニ金属ヤ岩石ヲ直接摂取シテイル事ガ確認サレテイル、一方排泄ハ一切確認サレテイナイ、ソノタメ食物及ビ消化器官等ノ形態ニ関シテノ詳細ハ不明、……』
とにかく、演習中の部隊が攻撃を受けたのには違いなく、その点で自衛隊は目標に対し武力で対抗する権利があった。もっとも、喰われないためには逃げ出すか戦って勝つかのどちらかしかないのだけれど……。果たして、幕僚本部の下した判断は後者であった。
≪目標を武力により排除する、もしくは富士演習場内に留める事、そのために自衛隊及び関係機関は最善の策を取る事≫
目標は【破壊鬼皇】と呼ばれている。何故なら、
『頭部第一角基部ニ明ラカニ人工トミラレル付属物ヲ確認、長辺250mm、短辺85mmノ金属ぷれーとトちぇーんヨリ構成サレル、すぺくとる分析及ビ蛍光X線分析ニヨリ材質ハ双方トモ鍛鉄ト推定サレル、ぷれーと部ニハ草書体デ【破壊鬼皇】ノ文字ガ確認サレタ……』
からだ。
怪獣が漢字で書かれた名札をつけてるなんておかしな話だが、事実なのだからしようがない。まさか、自分で書いたとは到底思えない。一体、いつ、誰が付けたのだろう?
(4)
やつ──破壊鬼皇が現れてから十三時間。その間、政府閣僚と自衛隊幕僚本部とでやつへの対処に関して会議がおこなわれていた。大災害にも等しい驚異に対して、自衛隊は武力行使──すなわち攻撃を開始した。
たまたま実弾演習のために、陸戦兵器に関しては富士演習場及びその近隣には平時では考えられないほどの戦力が集中していた。
一方、航空戦力は航空自衛隊と周辺の陸海の航空隊が駆けつけた。更に、駿河湾と横浜から長距離巡航ミサイルが放たれ、誘導波に乗って飛来した。
攻撃開始からの十五分間は、中長距離からのミサイル攻撃に費やされた。が、爆煙が消えても破壊鬼皇は相変わらず醜悪なその姿を留めたままだった。
その後の二十五分は、特科による近距離での地対地ミサイルと砲撃が続いたが、それも効果がなかった。破壊鬼皇の周辺では局地的な磁気嵐が発生していて、ミサイルの誘導が効かなくなるのである。
そこで今度は、ようやく到着した爆撃機が活躍したが、やはり何の効果もなかった。それどころか、やつの背中から伸びる触腕と体節突起からの放電で、そのほとんどが打ち落とされてしまった。
次にとられた作戦は、航空機及びヘリコプターと戦車・自走砲による近距離精密射撃であった。目視と光学センサー、レーザー照準機を用いて、目・口及び関節のような外骨格接合部など、比較的脆弱と見られる部分への集中攻撃が敢行された。
が、なまじ接近してでの攻撃であったため、返ってやつの餌食になっただけであった。攻撃開始後9時間が経過しても、自衛隊は破壊鬼皇に何のダメージも与える事は出来なかった。
ただし、やつを≪富士演習場内に留めおく≫事には辛うじて成功していた。その点では、自衛隊の攻撃は評価できたが、いかんせん被害が大きすぎた。
そこで、幕僚本部は最後の賭けに出た。
破壊鬼皇も (我々のような)生物であると仮定して、毒物・薬物による攻撃に踏み切ったのである。C兵器は実際には使用してはならない事になっているが、日本が核戦力を所有していない事になっている点、またB兵器では後々の環境破壊に対する影響が大きすぎる点を考慮すると、これは最後の手段といえた。
破壊鬼皇が呼吸によるガス交換を行っているようなデータがなかったため、毒物を直接口から摂取させる方法と、濃硫酸・濃硝酸,フッ化水素酸,強酸化剤などの薬物噴霧の二つが採用された。結局のところ、青酸,テトロドトキシンなどの無機・有機の毒物は効果が無かった。フッ化水素酸による攻撃が辛うじてやつの外骨格にダメージを与えた。
だが、我々は見落としていた。やつは破壊鬼皇なのだ。
戦闘開始から17時間後、自衛隊は投入戦力の65%を失い、人的被害は行方不明を含む死傷者数、2832名に及んだ……。
(5)
「ヤッホー、みんな!」
この非常時に陽気な声をあげてやって来たのは、情報戦略自衛隊未来研の責任者、御手洗博士である。
「先生、大変な事になりましたよ」
我々は口々に富士演習場での惨事を説明しはじめた。モニタと情報パネルのデータを睨みながら、
「破壊鬼皇め、遂に出たか」
と、御手洗博士は小さく呟いた。
「やつめ、三十年前とそっくりそのままじゃわい」
「えっ?」
博士はやつを──破壊鬼皇を知っている。しかも三十年も前から。
「当たり前じゃ。でなければ、たかだか数時間でやつに関してこんな詳細な情報が得られる訳がない」
そう言われてみれば……その通りだ。データにはサンプリングした細胞の分析や、体内の断層撮影、その他にも各種の現象の観測と解析が必要だ。とても出現してから2〜3時間で得られる類のものではない。だが、以前にもやつと遭遇しており、その時のデータが残されていれば……。
「よし、葵君、出番だぞ!」
博士はニヤリと笑うと、俺に声をかけた。
「で、出番って……」
俺には何の事やらさっぱり分からなかった。
防衛省の秘密部門とはいえ、たかが一研究班に何が出来ると言うのだ。まさか、例の『バトル・ジャケット』であの大怪獣と戦えとでも言うのだろうか。
「いいから来なさい」
博士は俺の心の内の事などお構いなしに、強引に階下の工作室へ引張って行った。
「ほうら、こっちだ、こっち」
工作室からエレベータを使って更に階下へ下りると、そこは見た事もない巨大な部屋だった。この建物にこんな空間があるなんて、今まで聞いた事もないぞ。
「葵君、来たまえ。君に見せたいものがある」
博士の手招く方に向かうと、そこにあったのは……、
「どうだ。これが『高速戦闘機メタモファイターJ−1 クウジエイ』だ」
見た事もない形の大型メカであった。戦闘機? といえばその様にも見える。少なくとも翼と推進エンジンを備えたそれは、カテゴリー的には『航空機』であるらしかった。しかし、
「博士、これって、……本当に飛ぶんですか?」
俺は心に浮かんだ疑問を投げかけた。それほどに、このメカは妙ちきりんな格好をしていたのだ。どう考えても航空力学的に無理がある。
「何を言っとるかね。大丈夫じゃ。これさえあれば、『やつ』も敵ではない」
「あ、あのう……、質問があるんですが。『やつ』って、……あのでっかいのでしょうか?」
薄々は勘付いていたが、俺はおずおずと質問をした。そして、その答えは、思った通り最悪のモノだった。
「決まってるおる。わしが三十年間研究し続けた『対破壊鬼皇兵器 ジエイダー・システム』じゃ。絶対に負けっこない」
博士が自信満々で語るほどに、俺の不安はいや増しにつのって行った。
「でも、核兵器以外のあらゆる攻撃が効かなかったんですよ。こんな戦闘機一機くらいを投入しても無駄なんじゃ……」
「一機ではなぁーい! ジエイダーはこの『クウジエイ』の他に『高速戦闘巡視艇 カイジエイ』と『巨大戦車 リックジエイ』を加えた三機が連携プレーを行う事で、初めてその性能を示せるのじゃ」
博士の指差す方には、更に二台の大型メカが鎮座していた。だが……
「博士〜、富士演習場は海岸からは遠すぎますよ。戦闘機や戦車はいいとして、巡視艇はどうするんです? 破壊鬼皇のデインジャー・パルスで巡航ミサイルは中りませんよ」
俺は尚も喰い下がった。『バトル・ジャケット』の件以来、御手洗博士の作るものを使って無事で帰れた事なんて一度も無い。こんな得体の知れないメカで出撃して、大怪獣と戦えるわけが無い。
「大丈夫じゃ。陸戦時には『リックジエイ』で『カイジエイ』を牽引する。逆に海上戦闘では『カイジエイ』が引張る。何の問題もありゃせんわい」
うっ、嘘だ。何の問題もないわけがない。
「何をやっとるか、葵。さっさと乗り込め。おまえさんも、元空自のパイロットじゃろう」
くっ、痛いところを突いてきやがる。俺だって、好きでこんな変な爺さんとヒーローごっこをしてる訳じゃない。機会があれば、また戦闘機乗りとして活躍したいと思っていた。
「確かに『ジエイダー』は破壊鬼皇を倒すための兵器だが、それもこれもおまえさんのような優秀なパイロットが操縦してこそじゃ。じゃが、……じゃが、確かに『やつ』は強い。こいつらを使っても本当に勝てるかどうか……。いや、生きて帰れるかどうかもわからんのう。……済まんかった。許してくれ、葵准尉。わしには、君に無理強いしてまで危険な戦いに巻き込む権利はないからのう。『やつ』は……『やつ』は、わしがなんとかしよう。わしが操縦して……」
「待って下さい!」
メカに乗り込みかけた博士を、俺は思わず呼び止めていた。振り向いた博士の顔は、苦悶に歪んでいるようにも、笑いを抑えている様にも見えた。
「もうこれしか方法がないんじゃよ。自衛隊の通常戦力では破壊鬼皇は倒せん……。わしがやらねば誰がやるのじゃ。三十年前の繰り返しには、絶対させん」
博士の決意は堅いように見えた。だが、
「俺が乗ります」
何となくはめられたような気もするが、ここで黙って行かせたら男じゃない。
「博士も言ってたじゃないですか。俺みたいな優秀なパイロットじゃないと、満足に動かないんでしょう。『やつ』は俺が倒します」
い、言ってしまった。もう引っ込みがつかないぞ。だが、なぜだか俺は後悔していなかった。また戦闘機に乗れる。戦闘機に。……これが戦闘機? ちょ、ちょっとだけ不安だ。