すーぱぁ大怪獣出現(1)
(1)
俺の名は葵輝久。航空自衛隊の見習いパイロットだ。今年、防衛大学をトップで卒業した俺の実力をもってすれば、エースパイロットになる日もそう遠い話ではない筈だ。いや、筈だった。
そう、あの変な爺さんと顔を合わせるまでは……。
不幸は、茶色の封筒に入ってやってきた。
それは『辞令』と書かれてある以外は何の変哲もない物だったが、中身はそうじゃなかった。結局、俺は紙切れ一枚でとばされた訳だ。
異動先は『情報戦略自衛隊新装備技術開発部隊未来技術研究班』、長ったらしいので略して『未来研』といわれているところだ……そうだ。
そんな部署は知らないって?
俺だって知らなかったんだ。一般人が知ってるわけないよな。
情報戦略自衛隊そのものが公にはなっていないのだ。ましてやその中の研究部門であれば超機密事項である。俺も名目上は空自の所属になったままだ。 (補給部隊の所属にされたのは気に入らないが)
そんな所で一体何をさせられるのか不安でもあったが、果たして俺の役目はテストパイロットであった。未来研で開発される各種装備やメカのテストをするのだ。
実はこれが想像以上に過酷なものである事には、この時は考えもつかなかった。
(2)
転属の初日、俺は未来技術研究班の責任者である御手洗博士を訪ねた。
「おう、来たか。待っとったぞ」
「葵准尉です。これからよろしくお願いします」
「うんうん。立派な青年じゃのう。時に葵君、心身は頑健かのう?」
「はぁ、一応は健康体ですが」
変なことを訊く爺さんだなぁと思っても、口には出さない。ま、多少は顔に出たかもしれないが。
ひとしきり俺を眺めていた博士は、次にこう切り出した。
「早速で申し訳ないが、仕事を頼まれてくれんかのう」
「構いません。それが自分の役目ですので」
「そうかそうか。では……」
博士は、子供のような笑みを浮かべながら、何やらごそごそと箱を引っ掻き回すと、何かのベルトのようなものを取り出した。
「おう、あったあった。葵君、これを腰にまくのじゃ。それからなぁ、これは両手首だ。ベルトを身に着けたら、一緒に来てくれ」
俺は言われるままに、腰と手首に何やら妙なメカのくっついたベルトを巻き付けた。そして、博士に連れられて、テレビカメラや各種センサーの設置された部屋に通された。
俺はこんな作りの部屋を前に一度だけ見たことがある。
爆発物や危険物を処理する為に、周囲が坊爆隔壁に覆われた部屋には、危険な匂いがした。「まずいぞ」と本能が教える寸前、博士はそそくさと部屋を出るなり、外から鍵を掛けてしまっていた。
「は、博士。大丈夫なんですか?」
俺は目いっぱい不安にかられたが、
「なぁに、心配はいらん。ちゃんとデータはとっとるからな。では、実験を始めるぞ」
俺の心配をしてくれている訳ではなさそうなのが気に掛かるが、こうなっては仕方がない。外から鍵を掛けられていては、手も足も出しようがない。
「葵君、まず、両腕を延ばして顔の前でクロスさせるんだ。手は開いて指はまっすぐ延ばしておく。違う違う、手首の所で……そうそう、いいぞ」
何かしら釈然としないままも、言いなりにポーズを作っていく。
「両腕を延ばしたまま、外側へ円を描いて今度は腰の前でクロスだ。うん、そうそう。次に、拳を握って腰に引き付ける。……うん、そうだ。なかなか飲み込みがいいぞ」
何か変だな。ラジオ体操にしてはおかしいし。
「よしよし。最後は右手を高く上げて、……そうだ。左手は腰。……違う、拳を握って引き付けて、……そうそう。じゃ、一連の動作を続けてやってみてくれたまえ」
いまいち釈然としないながらも、俺は覚えたての動作を行った。
「よしよし。完璧だね。……ん〜、よし。もっかいだ。OK。では今度は、今の動作の後にこう叫ぶんだ。『バトル・ジャケ〜ット、セ〜ットア〜ップ!』。分かったな」
「…………」
あまりのことに、俺は一瞬呆けてしまった。
「どうしたんだ? 早いとこやらんかい」
「一体ぜんたい何の冗談なんですか。新規装備のテストじゃなかったんですか?」
「何を言っとるんだ。わしの命令がきけんのか? いいからさっさとやりなさい」
変な爺さんでも、博士は直属の上司だ。その上、頑丈な部屋に閉じ込められている。従うしか無い俺は、渋々とポーズを作ると、ぼそぼそとしゃべった。
「バトルジャケッ、セッアップ……」
ううう、なんて恥ずかしいんだ。こんなのをビデオで記録されてるなんて。
「違う違う。何を聞いていたんだ。もっと、こう、勇ましくだよ。……もっかいだ」
「まだやるんですかぁ?」
俺は自分で聞いても情けない声を出した。それ以上にやっていることが情けない。
「当たり前だ。出来るまで、練習するぞ」
仕方がない。こうなったら自棄だ。俺は目いっぱい派手にポーズを決めると、声を限りに叫んだ。
「バトォ〜ル・ジャケッツ!、スゥェ〜トッ、ア〜ップ!!」
叫んだ瞬間、ベルトからまばゆいばかりの光が放射され、辺り一面に七彩の放電が起こった。
「ぐう、アアア……」
身体のそちこちに激痛が走る。皮膚感覚が麻痺し、立っているのがやっとだった。
しばらくすると、不意に放電が止み、室内に静寂が戻った。
「はあ、はあ、はあ、……」
痛みから開放された途端、俺はその場に片膝をついた。空自の耐G訓練以来だぜ、こんなのは。
「おお! 成功じゃぞ」
博士の声が、思考の止まった俺の耳に飛び込んできた。
「博士、どうしました? おお、やりましたね」
「何だなんだ、……おお、かっくいい。成功ですね、先生」
次々に聞こえてくる歓声に、やっとの事で顔を上げると、観察窓の向こうに大勢の白衣が群がっているのが目に入った。
「大丈夫か、君?」
スピーカーで尋ねられた俺は、何回か首を縦に振ると、ふらふらと立ち上がった。
防爆窓に薄っすらと俺の姿が反射している。俺の姿が……。
えっ? 俺のこの姿って。
奇妙な違和感に囚われて、自分の姿とガラスの像を何回も確認する。
「な、何なんだ、これは」
今度こそ俺は驚愕した。
「どうだ、すごいだろう」
御手洗博士の声が、閉ざされた室内に響く。
「それはなぁ、分子変換処理で作り出した、防護服だ。着心地はどうだね?」
「ま、まぁまぁ……です」
今度は壁に投影されたプロジェクター映像を見ながら、俺はやっとこさそれだけ応えた。
確かにすごい。俺の首から下は、赤と銀を基調とした派手なスーツに包まれていた。そう、まるで子供番組の『ヒーロー』が着るような。
ご丁寧に、ブーツと手袋まで附いている。違いといえば、俺の場合はフルフェイスのヘルメットを被っていない事と、服にでかでかと『日の丸』が描かれている事だろうな。
「先生、肩の辺りはもう少し張り出した方がいいのでは?」とか、「ブーツはやはり白の方がかっこいいですよ」とか、ガラスの向こうでは色々と議論を交わしている。
その間じゅう、俺はボーっと突っ立っている事しか出来なかった。
「んじゃ、次行くぞ」
いきなり博士の声がすると、背中で金属音がした。反射的に振り向くと、腹に衝撃が走った。吹っ飛ぶ直前に目撃したのは、マニピュレータハンドに握られた357マグナムだった。
「いてててて……」
俺は腹押さえながらやっとの思いで立ち上がった。
「お〜い、だいじょ〜ぶかぁ?」
ちきしょう、大丈夫な訳ないだろう。至近距離からのマグナム弾の直撃に死ななかったのは流石だけれど、衝撃はあんまり中和されてないぞ。
「よっしゃあ、上出来、上出来ぃ〜」
くそっおー、まだフラフラするぞ。どうせ防弾にするんだったら、耐ショック機能も付与して欲しいもんだ。
「次行くぞ〜、次」
「ちょ、ちょっと待って……」
みなまで言わせず襲って来たのは、なんと火炎放射機の炎だった。
「アチアチ、アチチチチ」
勘弁してくれよ。服は耐熱かもしれないが、熱そのものはあんまし遮断されてないぞ。しかも、顔はむき出しなんだ。一体全体、人のことを何だと思ってんだ。
「おー、すごいすごい」
俺のダメージを知ってか知らずか、窓の向こうでは歓声が沸き起こっていた。
その後夕方まで、機関銃の掃射やら液体窒素の直撃、果ては手榴弾まで、数々の耐久試験に俺は耐えぬき、やっとの事で開放されたのだった。
「やぁやぁ、よう頑張ったな。ご苦労さん。いいデータがとれたよ。そんじゃ、今日はもう帰っていいよ」
「ははは……。お、お疲れ様でした」
フラフラ四肢に鞭打って研究室を出ようとした俺は、はたと気がついた。
「博士、これ……、どうやったら元に戻ります?」
そうなのだった。俺はまだ真っ赤な『バトル・ジャケット』を着たままだったのだ。
分子変換処理された服には、着替えるためのボタンやファスナーの類が一切付いていなかった。
「ン〜、それかぁ……」
俺は、もしかするとまたあの恥ずかしい変身ポーズをしなけりゃならないのかと内心冷や冷やしていたが、博士の返事はそれ以上に残酷なものだった。
「元に戻す方法ねぇ。そうだなぁ、そこまでは考えてなかったなぁ」
「えっ?」
「君の着てた服の繊維分子から変換したもんでなぁ。元の服のデータがない事には戻しようもないし……。ま、今日のとこは、それ着たままで帰りなさい。明日には何とかするから」
「…………」
あまりの事に、俺はウキウキと去ってゆく御手洗博士の背中を、ただ黙って見つめていることしか出来なかった。
実はこれ以降、更に悲惨な運命が俺を待っているのだが──少なくとも今日と同じくらいひどい目に会う事は想像できた筈だ──この時はそこまで頭が回らなかった。