プロローグ1
プロローグ
黒一色の空間。
そこに光は届かなかった。何もかも吸い込んでしまいそうな闇はどこまでも広い。いや、たとえどれほど狭くても、目の前に壁があったとしても、気がつくことはないだろう。光なき暗闇の中で、視覚から得られる情報は何一つなかった。
奈落の底。地上に住む人間の誰もがそう呼ぶ場所。すでに、そこに何があるのか、どんな場所であるのか、知る者はいなかった。誰もが闇を恐れ、見向きもしなかった忘れ去られし場所。ここに何があるのか、誰も知らない。
「……」
その闇の中で、何かがゆっくりと動いていた。何も見えないにもかかわらず、それはまっすぐ歩を進め、闇の中へと足を運んでいた。
下へ。奈落の底のさらに下へ。地獄と称されてもおかしくないほどの深い場所へ。そこに、闇の中を動く者の求めるものがあるはずだった。
他に動くものはない。空気の流れ一つない。ただ足音だけが、響くこともなくその足の持ち主の耳だけに届いていた。
足音が消える。それは足を止めた。おそらく奈落の最も広い空間で、それは見えない何かを見つめていた。
「ファイア」
透き通るような男の声がした。闇の中でうごめく影が手をかざした時、その手の平に拳大の火球が生まれる。それが照らす男の顔は、うっすらと笑みを浮かべていた。
炎がゆっくりと上に昇っていく。そして炎は辺りを薄明るく照らした。奈落の底にある唯一の光だった。
そして炎が照らす「それ」を見て、男は笑みを深めた。
「久しぶりだね、モルティア」
それは石像だった。巨大な、足の指の長さだけで男の身長はありそうなほどの石像。それがかたどるは、雄叫び一つで町を破壊する、それだけの力を持つはずの、竜だった。
「こんな寂しいところにいたんだね。昔の敵ながら、同情するよ」
声に反応したのか、あるはずのない思念が男に流れ込んできた。
『誰、だ』
「やっぱり、死んでなかった」
石像から流れ込む言葉。石の竜は、生きていた。