足りないもの
足りないもの
「突然だが、夏だ」
「夏ですね、暑いし。本当に唐突ですが」
「うむ。では、夏とは何だ? 答えたまえ」
「暑いです」
「うむ。だが、それだけでは足りない。マイナス5点だ」
「零点満点で?」
「無論、百点満点だとも。常識というものを知らないのかね君は」
「夏は暑い。どうです? 常識人でしょう?」
「では何故その常識的な答えが満点に足りないばかりかマイナス点に至ってしまったのか、それを考えてみるといい。きっと、とても有意義な時間になることだろう」
「……先輩と顔を突き合わせている時点で、有意義とは千里と離れてしまう事実に、今からでも遅くはありませんから気がついてください」
「ふふっ。分かっているよ。君が生粋のツンデレだということは。私との会話をそんなにも有意義と思ってくれる愛には是非とも応えたい限りだが……」
「三回くらい死んでみればいいんじゃないですか? 世界変わりますよ」
「ああっ! その愛に応えられないこの身が憎らしいっ! だが今は、今だけは許してくれたまえ。そしてもう一度、夏についてこの私に教授してくれんかね?」
「暑いです」
「テイクスリー!」
「暑いです」
「ワンモアッ!」
「暑いです」
「ふふ。頑固だね君は。そんなにも私と会話したいのかい?」
「や、適当にあしらっていればその内帰るかなと。で? どんな答えを期待してるんですか?」
「よくぞ尋ねてくれたね? そうとも! 私が言いたいのは、今が夏真っ盛りだということだ!」
「はい。もう夏休みも終わりですが、一応、夏ですね」
「夏っ! 太陽の夏! 浴衣の夏! 水着の夏! 薄着の夏! 小麦色に日焼けした肌! もとい夏!」
「浴衣あたりから、完全にエロ親父目線ですね」
「夏とはこんなにもイベントが溢れているすばらしい季節だとは思わんかね?」
「そうですね」
「もう一度聞こう。夏といえば?」
「暑いです」
「夏とはっ!」
「聞いちゃいませんね」
「海に行ったり山に行ったり祭りに行ったりコミケに行ったりキャバクラ行ったりの夏だろう!」
「や、最後のは行っちゃダメでしょう。未成年が」
「……幼稚園ならいいかね?」
「これ以上ないくらいに最悪です」
「致し方あるまい。通園路までで我慢しよう」
「国家権力には気を付けてくださいね」
「案ずるな。バレぬよう、しっかりと園児服着用で行くとも!」
「さようなら。シャバ。こんにちはブタ箱って感じですが」
「むう。ならば裸えぷろんで行くしかあるまい」
「先手を打って通報しときます」
「待ちたまえ。……なぜかな?」
「そっくりそのまま質問しますが」
「園児になり済ますことが困難ならば、保育士さんしかあるまい」
「いいですか? 今からとても重要なことをお教えしますから、鼓膜かっぽじってよーく聞いてください」
「はっは、鼓膜をかっぽじったら聞こえないよ?」
「細かいことはいいんです。いいですか? 保育士さんは……」
「うむ」
「裸エプロンはしていません」
「…………え?」
「なに今初めて聞いた衝撃の事実みたいな顔してんですか。当り前じゃないですか」
「看護師さんは、ナース服だろう?」
「そうですね」
「なら、保育士さんは裸えぷろんだろう?」
「その結論に至るまでの道がさっぱり理解不能です」
「なんてことだ。いつの間に日本は変わってしまったんだ」
「変わる以前に、始めからそうです」
「私は、以前祖父から、保育士さんとは須らく裸えぷろんであるべきだとの講釈を受けたのだが」
「エロジジイの戯言です」
「祖父は、スチュワーデスがキャビンアテンダントと名を変えたショックでこの世を去るくらいに正常な人間だった」
「なら、この世界の人間はほとんどが異常な人間ですね」
「む? 話がずれているぞ。余計なツッコミが過ぎるものだから」
「先輩がこのままシャバの空気を吸えるかどうかの瀬戸際だった気がしますが」
「私は、波打ち際がいい」
「話のつながり無視ですか。いい度胸ですね」
「波打ち際で波と戯れる少女たちの姿は、実によろしい。イジワルな波のイタズラで、トップを持って行かれる少女を、一度くらいはみたいと、強く思う」
「死ねばいいのに」
「ああ……夏はいい。あらゆる雑事から解放され、本能のままに飛び立てるこの季節を、私は心から愛しく思えるよ」
「先輩、受験生ですよね?」
「それはそれとして、夏だ。まじめな話、我々は海にも山にも行かなかったね?」
「バイトでしたから」
「私は、君からいつ電話が来るかを楽しみに、実に一ヵ月半もの間、携帯電話の前で正座していたというのに! その所為で、今年は海や山はおろか、何度餓死しかけたことか」
「どちらにせよ勉強する気はないんですね」
「で、だ。もう休みも終わろうとしている今、何故私が君を呼び出したと思う?」
「さあ?」
「足りないのだよ。夏のイベント分が! 海にも山にも祭りにも行けなかった今年の夏! 私にはイベント分が足りない!」
「明日から学校です。海にも山にも行けませんよ」
「あるじゃないか。今からでも出来る夏の一大イベントが」
「……なんですか?」
「決まっているだろう? 君から思いの丈をぶつけられる、そう、告白イベントだ!」
「帰ります」
「待ちたまえ。そう照れるな」
「照れてません」
「では何故?」
「……」
「うん?」
「……好きなら、いつもみたく勝手に恋人にでもなんでもすればいいんです。なんで、こっちから告白なんてしなくちゃいけないんですか」
「ふふっ。そうかい?」
「……そうです」
「……では、改めて。君が愛しい。私のラバーとなってくれたまえ」
「……だから、好きにすればいいんです。どうせ、断れないんだから」
「……うむ。では行くぞ! まずは海! そして山だ!」
「ちょっ! だから、明日から学校ですってば!」
「気にするな! 愛しいハニーとの思い出のない夏休みなぞ、私が認めん!」
「……ああもう! 分かりましたよ! 勝手にどこへなりとも連れて行ってください!」
「いざ行かん! ロマンスの向こう側へ!」
「黙れ変人変態変質者!」
実験作なんでまあ自分でも微妙に感じますが、とりあえず、後輩さんは男の子なのかどうなのか。BLだと思って呼んでも読める内容にしてみました。むしろ、あんまり女の子っぽくはないかな。
まあ、感想、ダメだし、なんでも良いので何かあれば、遠慮なく書き込んでみてください。
それでは、悠でした!