表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/17

6話 掃除代を請求する女王(番外編③)

6話 掃除代を請求する女王(番外編③)


 数日後。

 王城の空気は、表向きは平静を装っていた。


 だが、その静けさは、決して安堵によるものではない。

 嵐が去ったあとの静寂ではなく、嵐そのものが「常態」になってしまった結果の沈黙だった。


 謁見の間には、再び星姫の姿があった。

 数日前の出来事が、まるで夢だったかのように思えるほど、床は清められ、首の痕跡は跡形もない。

 それでも、星姫の脳裏には、あの光景が焼き付いたままだった。


 報告を受けねばならない。

 外交を預かる者として、逃げるわけにはいかない。


 星姫は、祈るような思いで口を開いた。


「……露の国との関係は、どのようにされるおつもりですか?」


 声は抑えられていたが、その奥に滲む緊張は隠せなかった。

 シンの国が消えたことで、周辺諸国の均衡は大きく崩れている。

 とりわけ、隣接する露の国の動向は、避けて通れない問題だった。


 壱姫は、玉座に座ったまま、星姫の方を一瞥した。


「露の国?」


 その言葉には、何の重みも込められていない。

 まるで、取るに足らない名前を聞いたかのようだった。


「どうでもよい」


「ど、どうでも……?」


 星姫は思わず聞き返してしまう。

 その反応に、壱姫はわずかに口角を上げた。


「シンの国の残骸には、広大な荒野が残っている」


 淡々とした口調で語られる言葉は、すでに決定事項だった。


「露の国がそれを手に入れれば、開拓に追われて手一杯となろう」


 星姫は、はっと息を呑む。

 それは、単なる領土の分配ではない。

 与えることで縛る、静かな支配の形だった。


「しかし……領地を、そのまま……?」


 慎重に言葉を選びながら問いかける。


 壱姫は、即答した。


「不要だ」


 短く、切り捨てる。


「持て余すだけだ。露の国にくれてやる」


 星姫の思考が、追いつかない。

 一国を滅ぼした後、その跡地をあっさりと手放す。

 それは、戦利品としての価値すら、壱姫が認めていないという宣言でもあった。


 だが、壱姫はそこで言葉を切らなかった。


「……その代わり」


 星姫は、思わず背筋を伸ばす。


「更地にした料金くらいは、きっちり請求するがな」


 その一言で、場の空気が凍りついた。


「せ、戦争を……掃除代みたいに……」


 星姫は、声を失いながらも、かろうじて言葉を絞り出す。


 壱姫は、扇で口元を隠し、くつくつと笑った。


「当然であろう」


 笑みの奥に、迷いはない。


「妾が動けば、それだけの価値はある」


 その言葉は、誇示でも虚勢でもなかった。

 事実を述べているだけの口調だった。


 星姫は、完全に絶句する。

 そこにあるのは、善悪の尺度では測れない論理。

 国家を滅ぼし、その跡地を掃除した対価を請求するという、あまりにも苛烈な正義。


 誰も、それを否定できない。

 なぜなら、結果がすでに示されているからだ。


 壱姫は、すべてを終えたかのように、扇を閉じる。


 その姿は、戦場を踏み越えた武人でも、冷酷な暴君でもない。

 ただ、誰にも止められない存在が、そこにいるだけだった。


 星姫は、俯いたまま、何も言えなかった。

 その沈黙こそが、壱姫の正義の重さを、何よりも雄弁に物語っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ