6話 掃除代を請求する女王(番外編③)
6話 掃除代を請求する女王(番外編③)
数日後。
王城の空気は、表向きは平静を装っていた。
だが、その静けさは、決して安堵によるものではない。
嵐が去ったあとの静寂ではなく、嵐そのものが「常態」になってしまった結果の沈黙だった。
謁見の間には、再び星姫の姿があった。
数日前の出来事が、まるで夢だったかのように思えるほど、床は清められ、首の痕跡は跡形もない。
それでも、星姫の脳裏には、あの光景が焼き付いたままだった。
報告を受けねばならない。
外交を預かる者として、逃げるわけにはいかない。
星姫は、祈るような思いで口を開いた。
「……露の国との関係は、どのようにされるおつもりですか?」
声は抑えられていたが、その奥に滲む緊張は隠せなかった。
シンの国が消えたことで、周辺諸国の均衡は大きく崩れている。
とりわけ、隣接する露の国の動向は、避けて通れない問題だった。
壱姫は、玉座に座ったまま、星姫の方を一瞥した。
「露の国?」
その言葉には、何の重みも込められていない。
まるで、取るに足らない名前を聞いたかのようだった。
「どうでもよい」
「ど、どうでも……?」
星姫は思わず聞き返してしまう。
その反応に、壱姫はわずかに口角を上げた。
「シンの国の残骸には、広大な荒野が残っている」
淡々とした口調で語られる言葉は、すでに決定事項だった。
「露の国がそれを手に入れれば、開拓に追われて手一杯となろう」
星姫は、はっと息を呑む。
それは、単なる領土の分配ではない。
与えることで縛る、静かな支配の形だった。
「しかし……領地を、そのまま……?」
慎重に言葉を選びながら問いかける。
壱姫は、即答した。
「不要だ」
短く、切り捨てる。
「持て余すだけだ。露の国にくれてやる」
星姫の思考が、追いつかない。
一国を滅ぼした後、その跡地をあっさりと手放す。
それは、戦利品としての価値すら、壱姫が認めていないという宣言でもあった。
だが、壱姫はそこで言葉を切らなかった。
「……その代わり」
星姫は、思わず背筋を伸ばす。
「更地にした料金くらいは、きっちり請求するがな」
その一言で、場の空気が凍りついた。
「せ、戦争を……掃除代みたいに……」
星姫は、声を失いながらも、かろうじて言葉を絞り出す。
壱姫は、扇で口元を隠し、くつくつと笑った。
「当然であろう」
笑みの奥に、迷いはない。
「妾が動けば、それだけの価値はある」
その言葉は、誇示でも虚勢でもなかった。
事実を述べているだけの口調だった。
星姫は、完全に絶句する。
そこにあるのは、善悪の尺度では測れない論理。
国家を滅ぼし、その跡地を掃除した対価を請求するという、あまりにも苛烈な正義。
誰も、それを否定できない。
なぜなら、結果がすでに示されているからだ。
壱姫は、すべてを終えたかのように、扇を閉じる。
その姿は、戦場を踏み越えた武人でも、冷酷な暴君でもない。
ただ、誰にも止められない存在が、そこにいるだけだった。
星姫は、俯いたまま、何も言えなかった。
その沈黙こそが、壱姫の正義の重さを、何よりも雄弁に物語っていた。




