43話 新たなる常連
43話 新たなる常連
午後の柔らかな陽光が差し込む「雪の庭」には、雪乃が作った新作ティラミスの甘い香りがふわりと漂っていた。
従業員たちがその味を試しながら感想を言い合っているその最中――
店の扉が静かに開いた。
カラン、と控えめな鈴の音。
顔を深く隠す帽子、シンプルな装いに長いマント。
だが、その所作のひとつひとつに、隠しようのない気品が滲み出ている。
入店した青年は、店内をゆっくり見渡した。
「いらっしゃいませ。」
弥生がにこやかに迎えると、青年は軽く会釈しながら言った。
「ここが……『雪の庭』か。……ようやく見つけた」
低くよく通る声。
その響きだけで、弥生と忍は思わず姿勢を正した。
雪乃はソファからちらりと青年に視線を向け、すぐに紅茶に視線を戻す。
「落ち着いた雰囲気のお客様ね。」
飄々としながら言ったが、その目は一瞬で青年の正体を見抜いていた。
――第一王子。
気配、歩み、礼の仕方、どれも“本物”のそれだった。
(偶然? それとも……わざと?)
しかし、気づいていないふりをすることにした。
王族が来たら何かと面倒になるからだ。
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変装王子、店長に興味を抱く
青年は雪乃のそばに歩み寄り、帽子の影から覗く鋭い視線を向けた。
「あなたが、この店の店長か?」
「ええ、そうだけど? 何かしら。」
雪乃は紅茶のカップを置いて、面倒くさそうに彼を見上げる。
「店長というのは、もっと働いているものだと思っていたが。」
青年の口元がほんのりと笑う。
雪乃は肩をすくめ、いつもの調子で返した。
「この店では“監督”が私の主な仕事なのよ。働くかどうかは……気分次第ね。」
「……面白い答えだ。」
青年は興味深そうに目を細めた。
「この店は、あなたにとって何だ?」
雪乃が
「私の自由よ。」
王子が微笑む。
忍と弥生は内心ヒヤヒヤしていたが、青年はそれ以上詮索せず席に座った。
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雪乃の自信作・ティラミス
「せっかく来たんだから、新作スイーツでも食べてみたら?」
雪乃が差し出すように言うと、青年は驚いたように眉を上げた。
「新作スイーツ?」
「そうよ。きっと口に合うと思うわ。」
その挑発的な笑みに青年は小さく笑い、頷いた。
弥生がティラミスを運び、目の前にそっと置く。
「……これは。」
青年はしばし見惚れるように眺めたあと、一口。
次の瞬間、瞳がわずかに開いた。
「――驚いた。実に繊細で……深い味わいだ。」
「でしょ?」
雪乃は当然のように胸を張る。
「甘みと苦味の共存……王宮の菓子職人でも、このバランスは難しい。」
「ちょっと、王宮のお菓子と比べるなんておこがましいわよ。」
「ふふ……その通りですね。」
まるで対等な相手と会話しているような、青年の柔らかな微笑み。
忍は横で小さくため息をついた。
(……やはり、この男が“第一王子”に間違いない。)
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新人ふたりの挙動不審
少し離れた場所で、セリーヌとクラリスは緊張気味に立っていた。
セリーヌは剣を持つ癖が出そうになるのを必死に抑え、
クラリスは完璧な笑顔を保ちながらも、青年をちらちらと観察していた。
忍が雪乃に小声で囁く。
「お嬢様……二人とも、完全に“王族を見る目”になっています。」
「でしょうね。」
雪乃は紅茶を啜りながら、そっけなく返した。
「でも、私の店で騒がなければ問題なしよ。」
そう言いながらも、彼女の瞳は青年を油断なく見据えていた。
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“常連宣言”という爆弾
ティラミスを食べ終えた青年は、静かにカップを置いた。
そして雪乃に向き直る。
「素晴らしい店だ。ここには……また来るとしよう。」
雪乃の眉がほんの少し動いた。
(……ああ、面倒なことになったわ。)
だが、表情は変えず淡々と答える。
「好きにすれば? ただし、騒ぎを起こすならお断りよ。」
青年は帽子を深く被り直し、微笑んだ。
「騒ぎは好まない。静かに楽しませてもらうさ。」
扉を開け、青年は静かに去っていく。
カラン、と鈴の音だけが残った。
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去った後の静寂
青年がいなくなると、店内にようやく落ち着いた空気が戻る。
雪乃は深い息をつき、紅茶を啜った。
「……これ以上騒がしくならないといいけど。」
弥生は心配そうに近づきながら言った。
「お嬢様、本当にあのお客様が“普通の常連”で済むと思いますか?」
「今日は静かに帰ったじゃない。」
雪乃は軽く肩をすくめた。
忍も続ける。
「ですが、お嬢様……あの方がここへ来る目的は、恐らく“興味だけ”ではありません。」
雪乃は一瞬だけ視線を落とし、そして――
「……まあ、その時はその時ね。」
紅茶を飲み干し、いつもの気まぐれで自由な店長の顔に戻った。
だが彼女はまだ知らない。
彼が興味を抱いたのは、“雪の庭”ではない。
そこにいる店長――雪乃だった。
そしてそれが、これから起こる騒がしい日々の序章であることを――。




