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婚約破棄破棄されたので流行らない喫茶店をはじめました  作者: みずとき かたくり子


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23話 王宮からの招待状

23話 王宮からの招待状


朝の光が、喫茶店「雪の庭」の白い扉をやさしく照らしていた。


店内には、焼き菓子と茶葉が混じり合った、いつもの穏やかな香りが漂っている。

この時間帯は特に静かで、雪乃のお気に入りだった。


「……ああ、平和ね……」


カウンター席に腰掛けた雪乃は、両手でティーカップを包み込みながら、うっとりと息を吐いた。

紅茶の湯気がゆらゆらと立ち上り、その向こうでオーブンが静かに佇んでいる。


(今日も誰も来なさそう。最高……)


それが、雪乃にとっての理想だった。


厨房では弥生が黙々とスイーツの仕込みをしている。

ボウルを混ぜる音は小さく、規則正しく、耳に心地いい。


「お嬢様、プリンの仕込み終わりました。あとは冷やすだけです」


「ありがとう、弥生。今日も完璧ね」


「ふふ、ありがとうございます」


一方、忍は店内を静かに歩き回り、床や棚を丁寧に整えていた。

必要以上の音を立てないのは、もはや職人芸である。


「……三人とも静か。なんて理想的な朝なのかしら」


雪乃は再び紅茶を口に運ぶ。


その瞬間だった。


コン、コン。


控えめだが、はっきりとしたノック音が、静寂を打ち破った。


「……?」


雪乃の眉が、ぴくりと動く。


(この時間に?)


忍がすぐに扉へ向かった。


「はい、どちらさまで──」


扉を開けると、そこには郵便屋が立っていた。

軽く帽子を持ち上げ、元気よく声を張る。


「おはようございます!

喫茶店『雪の庭』さんに、王宮からのお手紙をお届けに参りました!」


「……王宮?」


忍の声が、わずかに低くなる。


弥生も手を止め、思わず振り返った。


忍が差し出された封筒を受け取る。

その瞬間、二人の視線が、自然とその封に吸い寄せられた。


――鮮やかな金色の王家の紋章。


疑いようもなく、王宮直々の書状だった。


「……」


忍は封筒を持ったまま、ゆっくりと振り返る。


「……お嬢様」


「……やめて、その呼び方」


雪乃は、すでに嫌な予感しかしない表情をしていた。


「ついに、来ましたね」


「来なくていいのよ、そんなもの……!」


雪乃はティーカップを置き、重いため息をつく。


「王宮って、あれでしょ?

面倒で、うるさくて、静けさの真逆にある場所」


忍は淡々と頷いた。


「概ね、その認識で間違いありません」


弥生が、少し不安そうに言う。


「お嬢様……開けなくても、内容は変わりませんよ?」


「わかってるわよ……」


雪乃は渋々立ち上がり、封筒を受け取った。


(どうせ碌な話じゃない……)


封を切り、便箋を広げる。


視線を走らせるにつれ、雪乃の顔色が徐々に変わっていった。


そして、最後の一文を読み終えた瞬間――


「……無理よ」


ぽつり、と呟いた。


忍と弥生が同時に顔を上げる。


「お嬢様?」


「絶対に無理」


雪乃は便箋を握りしめ、声を荒げる。


「王宮晩餐会で、

“雪の庭特製スイーツ”を提供してほしい、ですって!?」


「そんなの、絶対に行きたくない!!」


店内に、雪乃の叫びが響いた。


「王宮なんて行ったら、

目立つ! 疲れる! 終わったあと寝込む!」


忍は冷静に返す。


「ですが、お嬢様。

王宮からの正式な依頼を断るのは、かなり難しいかと」


「難しいじゃないわよ。無理なのよ、私が」


弥生も、やんわりと現実を告げる。


「それに……これは“お店にとって”大きな信用になります」


「信用なんていらないわ!」


即答だった。


「お客が増えたら困るのよ!

私は“ひっそり喫茶店”をやりたいの!」


忍が静かに補足する。


「王宮晩餐会で提供したとなれば、

雪の庭の名は、間違いなく広まります」


「最悪ね」


雪乃は椅子に腰を落とし、頭を抱えた。


「どうして私の人生は、

静かに紅茶を飲もうとすると、必ず邪魔が入るの……」


しばらく沈黙が流れる。


そして――


「……はぁ」


雪乃は、大きく息を吐いた。


「行けばいいんでしょう、行けば」


忍と弥生が、同時にわずかに安堵の表情を浮かべる。


「お嬢様、英断です」


「全然英断じゃないわ。諦めよ」


雪乃は恨めしそうに天井を見上げた。


「……これが終わったら、

絶対に静かな紅茶時間に戻るから」


その言葉に、忍と弥生は何も言わなかった。


(戻れた試しがない)


そう思いながらも、

誰も口にしないのが、この店の暗黙の了解だった。


こうして――

喫茶店「雪の庭」は、

再び“面倒ごと”の中心へと足を踏み入れることになる。


雪乃の望む平穏は、

今日も一歩、遠ざかっていった。

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